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三つ巴:01

 

【山崎退:01】

 夏服から透ける女子のブラジャー。そんなものと言われるかもしれないが、廊下の壁にもたれて立っている山崎退は目に焼き付けようと見ない振りをして凝視していた。

「あっ、お妙さん……ブルー!」

 山崎の左隣に立つ近藤勲はそう呟いて体をくの字に曲げると、情けないがトイレへ直行したのだった。

「やれやれ。委員長も少しは耐性がついても良い頃なのに……」

 そんな事を言った山崎の目にピンク色のブラジャーが飛び込んできた。山崎は手に持っているペットボトル飲料を飲みながら、それから目を離さなかった。すると、右隣から声が聞こえた。

「オイ、チャイナ娘。今日のパンツはピンクだろィ」

 そう言ったのは沖田総悟で、ピンクのブラジャーを透けさせている神楽の背後へ近づくと、スカートを思いっきりめくったのだった。

「ギャアアア」

 上がる悲鳴。めくれるスカート。そして晒される淡いピンクのパンツ。逃げ出す沖田、追いかける神楽。そして鼻血を流す山崎退。

 山崎は先程近藤に向かって言った言葉を訂正した。女子の下着に耐性なんてつく筈がないと。何度見ても、それが惚れてる子じゃなくても体がカァっと熱くなるのだ。

「……最低です」

 機械的な声が突然聞こえてきたかと思ったら、いつからいたのか山崎の大好きな女子・たまがこちらを冷めた目で見ていたのだ。

「た、たまさんんっ!? いや、これは……」

 しかし、たまの氷のような視線が溶けることはなく、山崎の胸に突き刺さったままたまは立ち去ったのだった。

 夏の始まり。ラッキースケベがアンラッキースケベへと変わった。そんなもので今年の夏は幕を開けたのだった。

「おい、山崎」

 鼻血を拭き終わった山崎の元にやって来たのは土方十四郎で、このあと何を聞かれるのかは察しがついていた。

「総悟のやつを見なかったか?」

 やっぱり。

 山崎は想像していた通りの言葉だったと苦笑いを浮かべた。

「沖田隊長ならチャイナ娘に追われて、多分その辺りで揉み合ってるんじゃないですか?」

 沖田隊長と山崎は言ったが特に何かの隊に属しているわけではない。近藤も土方も沖田も風紀委員の仲間なのだが、近藤は委員長、土方は副委員長と来て自分だけ役職が無いのが不満だったらしく自ら沖田隊長と名乗っていたのだ。ただそれしきのこと。

「飽きねェな」

 土方は沖田の行動に呆れた顔をすると、山崎に言われた通りに廊下の先へ歩いて行った。そしてトイレの前に差し掛かった時だった。土方が青い顔でコチラを返り見たのだ。

 何事だ!?

 山崎は、これはとんでもない事があったぞと廊下を駆けて土方の元へ行くと――信じられない光景を目の当たりにしたのだった。開け放たれた男子トイレのドアの先。そこに大量の鼻血を流して突っ伏している近藤の姿があった。

「い、委員長ッ?! 副委員長! 何があったんですか!」

 そう言って山崎が土方に目をやると、トイレの奥を指差してもう片方の手で目を覆っていた。

「一体何が……ってああああッ!」

 山崎は大袈裟に声を上げると、目に焼き付いた光景に激しい動悸を覚えた。脳が撹拌されるような目眩と上がる心拍数。

 な、なにやってんだよ!

 そんな言葉を心で叫んだ山崎は鼻血を流すと、近藤に重なるように倒れたのだった。

 

 

 

【近藤勲:02】

 季節は夏。今日から夏服へと制服も変わり、女子は白いセーラー服をまとっている。

 朝の短い休憩時間。近藤は山崎と沖田は並んで廊下の壁にもたれていた。そんな近藤たちの目当てと言えば……女子の夏服から透けたブラジャーを見ることなのだが、大義名分では風紀委員としての見廻り活動であった。

 しかし、眼は透けているブラジャーにしか向かない。近藤も勿論血走る目で道ゆく女子の透けているブラジャー――透けブラを必死に見ているのだが、そうしていると近藤の大好きな女子・志村妙が教室から出て来たのだった。荒くなる息、止まらない妄想。近藤はお妙のなだらかな胸に目をやった。

「あっ、お妙さん……ブルー!」

 近藤はその瞬間エレクチオンが発動し、居ても立ってもいられずに情けないがトイレへと駆け込んだ。

 誰も他に人は居ない。そうしてしばらく個室でゆっくりしていると、突然トイレの外が煩くなった。

 今は来ないでッ!

 そんな近藤の願いも虚しく、学校のトイレなのだから他の生徒も入って来てしまった。近藤は急いでパンツとズボンを履くと、個室から出ようとして――――ドアの前にいるのが誰なのかに気が付いた。

「心配はいらねぇ。テメーのパンツくらいじゃ誰も興奮しねーでさァ」

 一人は沖田だ。そしてその沖田の声にキャンキャンと仔犬のように吼え立てているのは……

「そういう問題じゃねーアル! お前! マジぶっ殺すアル!」

 神楽であった。いつも沖田と神楽は飽きもせずに喧嘩ばかりしているのだが、今日はいつもにましてヒートアップしていた。

 今出れば確実に巻き込まれるだろう。近藤は息を潜めて二人が立ち去るのを待った。

「……床にその軽い頭、擦り付けて謝れヨ」

 神楽がドスの利いた声でそう言うも沖田には何も響かない。

「なら、テメーも跪いて俺の靴でも舐めるかィ?」

 更に神楽をからかって挑発したのだった。しかし何があったのか、突然そんな沖田が大声を上げた。

「オイ! それはやめろ!」

「うっさいアル! お前は水でも被って反省するアル!」

 近藤は焦った。聞こえてくる水道の水栓を捻る音。神楽が何をしようとしているのか想像がついたのだ。確か水道の蛇口には緑色のホースがはめられておりそれを――

「ああっ!」

 遅かった。逃げる前に近藤の頭上にも散水され、大量の水を頭から被ったのだ。それはドアの向こうの沖田も同じようで、冷たいと叫び声を上げていた。しかし、大人しくやられている沖田ではない。すぐに神楽とホースの奪い合いになると、二人は激しい揉み合いになった。

「テメーもこうだ!」

「ヤメろ! 冷たいアル! ゴルァ! 貸せヨ!」

 しばらくそうやって水かけの応酬だったのだが、突然ピタリと静かになった。何が起きたのか。近藤は静かにゆっくりドアを開けると、沖田と神楽を覗き見た。見ればホースがグルグルグルと二人の体に巻きつき、なんと絡まっていたのだ。

「お前ら、大丈夫か?」

 そう言って近藤は個室から出たのだが、二人の絡まり方に重大な問題を見つけてしまった。下半身にホースが絡まった沖田と上半身にホースが絡まった神楽。それだけ聞けば普通なのだが、神楽の上半身……特に胸に食い込む形でホースはキツく絡まり、しかも水に濡れたせいかセーラー服から透けるブラジャーがはっきりと浮かび上がっていたのだ。

「んくっ!」

 やや紅い頬で苦悶の表情を浮かべた神楽。それが近藤の脳天を直撃してボルテージを高めてしまった。次の瞬間には床に大量の鼻血を流しながら倒れており、そこで記憶は途絶えたのだった。

 

 

 

【土方十四郎:03】

 もうそろそろ休憩時間も終わりに近付いた頃、土方は廊下にいた山崎に沖田の居場所を尋ねようとしていた。放課後の見廻り当番について軽く話しておきたい事があったのだが、土方が自販機に飲み物を買いに行っている間に沖田は教室からいなくなっていたのだ。だいたいの見当はついていたが、念の為に廊下で突っ立っている山崎に尋ねたのだった。

「オイ、山崎。総悟のやつを見なかったか?」

 すると、返って来た答えは想像通りのものであった。

「沖田隊長なら、チャイナ娘に追われて多分その辺りで揉み合ってるんじゃないですか?」

 まぁ、そうだろうな。

 土方は息を吐くと沖田を見つけに廊下を歩いた。いつものことだ。そう遠くない所で騒いでいるんだろうとトイレの前に差し掛かった時だった。目線の先、トイレの中に風紀委員長であり親友である近藤の変わり果てた姿を見つけたのだった。何があったと駆け寄ろうとして、トイレの奥で不気味な物体が蠢いている事に気が付いた。目を凝らして見れば、それが一つの塊と化した沖田と神楽である事が分かった。どうやら緑色のホースに二人の体は結びつけられてしまったようだ。

 何やってんだ。

 土方は“あのバカ、ここに居た”と顔で表すと、山崎の方へ青い顔を見せた。

 さっさとチャイナ娘と引き離して、放課後の打ち合わせを済ませてしまおう。

 そう思ってトイレの中へと足を一歩踏み入れたその時だった。足がもつれている沖田がバランスを崩し、ホースで身動きの取れない神楽へと――――――

「なんでィ? この肉まん」

 そんな事を口にした沖田の手には、ホースで縛り上げられたせいで強調された神楽の小振りな乳房が掴まれていた。その瞬間、神楽の顔が軽く歪み、今までに見たことのない程に弱々しい表情になった。土方は咄嗟に手で目を覆うと、今見た光景に脈拍を速めたのだった。

「ぎぃんちゃぁああああん!」

 神楽の絶叫が響き渡る。その辺りでいつの間にかトイレにいた山崎が鼻血を出してぶっ倒れた。沖田はというと報復でもを受けたのか、壁にもたれてぐったりとしていた。まさに地獄絵図。土方は何から手を付けるべきか、床に倒れる同級生たちを眺めながら頬を紅く染めているのだった。

 

 

 

【沖田総悟:04】

 沖田はその日、朝の短い休憩時間に近藤と山崎と並んで廊下の壁にもたれていた。理由はまぁ言わずもがな。しかし、開始三十秒で近藤が棄権、退場。沖田はあーあと小さく零したが、その目はある一人の女子を追っていた。同じクラスの神楽だ。見ればピンク色のブラジャーが透けており、更に自分の隣を見ればそれをいやらしい目つきで見ている山崎がいた。

 沖田は目の前を通り過ぎようとしている神楽の背後につけると、神楽のスカートへと大胆にも手を掛けた。

「オイ、チャイナ娘。今日のパンツはピンクだろィ」

 別にパンツが見たいワケじゃない。それくらいで近藤や山崎程に興奮などしないのだ。しかし沖田は公衆の面前で神楽のスカートをめくったのだった。案の定と言うか、当たり前にブチギレる神楽。

「お前ッッ! 待てゴルァ!」

 沖田は神楽に追いかけられると男子トイレへ急いで避難した。しかし怒り心頭の神楽にそんな事は関係ないようで堂々と入って来た。

「テメー、ここがどこか分かってんのか! 出ろ!」

「あぁ、言われなくても出てやるネ。お前の息の根止めたらナ!」

 神楽はそう言ってこちらを睨みつけると、ジワジワと沖田を壁へ追い込んだ。正直、ここまで神楽が怒るとは想像していなかった沖田は、フォローのつもりでとんでもない事を口走った。

「心配はいらねぇ。テメーのパンツくらいじゃ誰も興奮しねーでさァ」

 しかし、それが余計に神楽を怒らせてしまった。

「そういう問題じゃねーアル! お前! マジぶっ殺す!」

 沖田と神楽はそこから再び揉み合いになった。しかし神楽が手にした水道のホースが沖田を怯ませた。ポケットの中のケータイは濡らしたくないのだ。だが、制止を素直に受け入れる神楽ではない。水道の水栓を捻るとホースから大量の水がばら撒かれた。

「貸せ! クソアマ!」

「ヤメろヨ! アホサド!」

 そんな事をワァワァ言って揉み合っている内に二人の体はずぶ濡れになり、長いホースがいつの間にか植物の蔓のように体に巻きついていた。気付けば沖田と神楽の体は、一つの巨大な塊と化したのだった。

「どーするアルカッ!」

 神楽は沖田を睨みつけたが、沖田の目線はと言うと……先ほどから神楽の濡れた夏服が最大限に透けており、ピッタリとその肌にへばりついていたのだ。更に透けて見えるブラジャーと神楽の柔らかそうな肌。沖田の目はさっきからそれに釘付けであった。神楽もそんな沖田の視線に気付いたのか頬を紅く染めて黙ってしまうと、眉間にシワを作った。どうやらホースが胸へと食い込み苦しいようなのだ。

「んくっ!」

 すると神楽の背後で何者かが倒れる音がして、沖田の視線はようやくそちらへと向いた。

「あり? 近藤さん?」

 沖田は近藤に駆け寄ろうとして、突然トイレへ入って来た土方に驚いた。そのせいで下半身の動きが制限されている沖田はバランスを崩して、咄嗟に目の前の神楽に掴まった。それでどうにか転けずに済んだのだが、目を覆う土方の姿に沖田は何だと自分の手のひらに当たる柔らかな物質を確認した。

「なんでィ? この肉まん」

 見れば神楽の乳房を鷲掴んでおり、耳まで真っ赤な神楽が何とも弱々しい表情を浮かべていた。その瞬間、沖田の胸の中にポタリと一雫の甘いシロップが落ちた気がした。それが奥歯の方や鼻の奥、さらに喉の奥に広がってもっとこの感覚に酔いしれたくなった。しかしそう上手く行く筈もなく、自由な神楽の右脚が腹目掛けて蹴り込まれると、沖田は壁へとその背をつけたのだった。

 

 

 

【神楽:05】

 なんて事のない朝の休み時間。次の授業まで売店で時間を潰すかと、神楽は一人で教室を出た。お弁当は既に一時間目の授業中に平らげてしまったのだ。神楽はメロンパンでも食べようかなど思いを馳せて歩いていると、背後に人の気配を感じた。

 何アルカ!?

 そう思って振り返ろうとした時だった。

「オイ、チャイナ娘。今日のパンツはピンクだろィ」

 太ももに風が吹いてスゥーっと涼しくなったかと思うと、お尻のスカートが大きくめくり上げられたのだ。それも憎き沖田によって。ギャアっと叫んだ神楽だったが、すぐに沖田を走って追いかけると男子トイレへ入って行った。この時はまさか沖田に乳房を触られるアクシデントにまで見舞われるとは思ってもいなかった。

 

 その瞬間は突然に訪れた。沖田の熱い手のひらが神楽の冷えた乳房にへばりついたのだ。未知の感覚に神楽は顔を真っ赤にすると、担任教師の名前を叫んだのだった。

「ぎぃんちゃぁああああん!」

 すると、たまたま廊下を歩いていた担任の銀八がトイレへと飛び込んで来た。

「なんで神楽の声がこっから聞こえんだよ」

 しかし、トイレの中の惨劇に銀八は軽く動揺を見せた。

「え、やっ、何? ちょ、何があったよ?」

「銀ちゃんっ」

 なんともセクシーな格好で涙を流している神楽に、その神楽に腹を蹴られてぐったりしている沖田。そして床に倒れる近藤と山崎。最後にその様子をただ見ていた赤い顔の土方。

「助けてヨ、銀ちゃん!」

「とりあえずお前、ホースどーなってんだよ!」

 銀八にどうにかホースを解いてもらった神楽は自由になると、銀八へガバッとしがみ付いた。まだ心臓がドキドキと言っており、体も僅かに震えている。水を被ったせいで寒いのかもしれないが、それだけではないと何と無く分かっていた。

「あーあ……お前らまとめて保健室に来い。土方くん、突っ立ってねーでお前も一人くらい担げよ」

 銀八は沖田の肩を担いで歩かせると、神楽に片腕を取られながら保健室へ向かった。残った土方は近藤を担ぎ上げると、銀八に続いて保健室へ向かったのだった。