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三つ巴:02

 

【神楽:06】

 神楽は保健室で借り物のセーラー服に着替えると、眼鏡を外して空いているベッドでうずくまっていた。他の連中はと言うと、神楽の隣のベッドで近藤が寝ており、その傍らには土方が立っていた。更にその隣にはたまが運んだ山崎が寝かされていた。沖田はと言うと、すっかり回復しているらしく入り口近くの処置台に腰掛け、神楽と同じように借り物の制服へと着替えていた。

「何があったか言えねーのか?」

 銀時は神楽の枕元に立ち、半べその顔を見下ろし呆れたように笑った。

 神楽は自分の口から何が起こったのか説明する気など一切なかった。出来れば思い出したくないのだ。

 恥ずかしい……

 冬場ならスカートの下にジャージを穿いていられたが、さすがにこう暑くなるとそれも出来ない。しかしジャージさえ穿いていればどちらの出来事も未然に防げたのにと思うと、神楽はやるせなさを感じるのだった。

「とりあえず俺はもう行くけど、お前らどーすんの? サボる?」

「あー、俺はもう少し休んでから戻りまさァ」

 そう返したのは沖田で、元気そうに見えるのだが腹を摩っていた。近藤と山崎はと言うと、まだ返事も出来ないらしく何にも言葉が返って来なかった。

「俺は近藤さんを運びに来ただけだ」

 近藤を見下ろしていた土方はそう答えると、ブースのカーテンを開けて近藤の側から離れた。しかし、その答えに難色を示したのは意外にも神楽であった。

「ま、待つアル! 銀ちゃんかトシか残ってヨ!」

 神楽は恐れたのだ。沖田と残されることを。近藤も山崎もいることにはいるのだが、寝ている以上いないのと同じだ。誰も来ないこんなひっそりとした場所で、沖田と二人だけにされるのは辛抱堪らなかった。

 そんな神楽の言葉が引っ掛かったのか、土方と同様にカーテンを開けて神楽の側から離れようとした銀八は引き返すと、神楽の耳元で小さく尋ねた。

「何でだよ? つか何があった?」

 言いたくはないのだ。しかし言わなければきっと沖田と二人だけにされてしまう。神楽はうずくまっていた体を伸ばすと、上半身をだけを起こした。そして銀八の耳元で同じように小声で喋った。

「サド野郎にスカートめくられた上に……おっぱい触られたアル」

 それを聞き終えた銀八は口を歪め変な顔をした。そしてカーテンを開けて顔だけを外へ出すと、まだそこにいる土方と処置台の上の沖田に言った。

「ちょっと沖田くん、土方くんと一緒に教室へ帰りなさい」

 土方は黙って沖田を見るとアゴで来いよと合図した。そんな土方と銀八に面白くないと言った顔をした沖田は、頭の後ろで手を組むと涼しい顔で保健室から出て行った。

「で、それでお前泣いてたってワケか?」

 神楽の元へ戻った銀八は、適当にパイプ椅子を広げると脚を組んで座った。そんな銀時の言葉に神楽はうんと頷いた。

 先程は沖田を恐れているとは言ったが、正直今まで沖田を恐いなどと思ったことはなかった。今も本当のところは沖田を恐いとは思っていない。恐いと思っている対象が実は沖田ではないのだ。それに神楽は気付いてしまった。

「どうせアレだろ、トラブる的なアクシデントだろ?」

「おっぱいはそうアルけど、スカートめくりはアイツの意思アル」

「ガキ臭えなオイ」

 銀八は沖田を馬鹿にしたように笑うと、神楽はそれを見てどこか安心するのだった。

「好きな子のスカートめくって許されるのは小学校低学年までだろ。なぁ?」

 神楽は本当にそうだと口にしたのだがその顔は耳まで赤く、心臓が爆発してしまいそうになったのだ。

 好きな子……アルカ!?

「つか、お前なんて顔してんだよ!」

「は、はぁ? 意味分からんアル! もう銀ちゃん帰ってヨ!」

 神楽はそう言ってベッドに潜ると、耳の中で煩く鳴っている心臓にキツく目を閉じた。

「あっそう。じゃあ先生行くから! もう泣いても知らねぇからな!」

 銀八は布団の上から神楽の頭を強く撫でると、保健室から出て行った。

 途端に静かになった保健室。神楽は布団から顔を出すと、銀八の言葉を心の中で復唱した。

“好きな子のスカートめくって許されるのは、小学校低学年までだろ”

 ここで言う好きな子とは、きっと神楽のことだろう。しかしあの沖田がそんな感情を持っているとは思えないのだ。沖田に関しては一般常識に当てはめて考えてはいけない。好きだからスカートをめくったワケじゃないだろう。嫌いだから嫌がらせでスカートをめくったのだ。神楽はそう考える事にした。

「ううっ!」

 突然、隣のベッドから呻き声が聞こえて来た。どうやら近藤がうなされているようなのだ。

「オイ、どうしたアルカ?」

 神楽は仕切られているカーテンを開けると、近藤の元へ急いだ。そして近藤の体を軽く揺すると、養護教諭の月詠先生を呼びに行こうとして――――伸びて来た近藤の手に掴まれた。

「え? ちょっ、ゴリ?」

「お妙さぁん……」

 神楽は近藤にベッドの中へ引きずり込まれると、逃げ出す間もなく抱きしめられてしまったのだった。ただじゃなくても暑いのにゴリラ系男子に抱き締められるなど、暑苦しい上にむさ苦しくて堪らない。

「はーなーせー!」

 しかし、近藤は神楽を大事そうに胸に抱いている。神楽はアゴを殴って起こしてやろうとして、近藤に頭ごと胸の中に押し込められた。もうこうなると逃げられない。

「チャイナ……むすめ……」

 寝言なのだが確かに近藤は神楽のあだ名を呼んだ。神楽はむすっとした顔で何かと尋ねた。すると近藤は寝ているにも拘らず神楽に答えたのだ。

「好きだ……」

 神楽はブルっと体を震わせた。色んな意味で衝撃だったのだ。近藤はお妙のストーカーとして有名で、他の女子に興味などないように見えていた。その近藤が寝言とは言え告白するなど信じられない事であった。もう一つの衝撃はと言うと、男子に告白された事などない神楽は、これが告白されると言うことなのかと大きな驚きを覚えたのだ。

 ちょっと面白い。

 神楽は他にも近藤が何か答えないかと質問してみた。

「……私のどこが好きアルカ?」

 すると近藤はうーんと唸ってまた答えた。

「カオ……」

 神楽はそれもそうだろうとグフフと笑った。神楽は自他共に認める美少女なのだ。

「他にはないアルカ?」

「……おっぱい」

 神楽はこいつも見ていたのかとハァと溜息を吐いた。他人に見られて嬉しいワケがなくて……また神楽はイライラして来た。もういい加減離してくれと神楽は暴れると、ようやく近藤が目を開けたのだった。

「チャ、チャイナ娘っ!?」

「離せヨ」

 神楽が胸の中から近藤を睨みつけると、近藤は突然頬を染めて顔を背けた。

「お、おう」 

 しかしその腕はまだ神楽を閉じ込めたままだ。そんな近藤に神楽は、もしかすると本当に自分の事を好きなのかと疑った。

「お前……私のこと好きアルカ?」

「な、何の話ぃ!? 俺が好きなのはお妙さんだけ……だけかッ?」

「私に聞くなヨ!」

 一つのベッドで抱き合ったままの男女。さすがに十八歳にもなると微笑ましいと言える光景ではない。もう子供と呼ぶには無理があるのだ。それは今頃教室で机に突っ伏している沖田や土方にも言えたことだ。

「そうだよな、悪い」

「お、おうネ」

 何と無く今までにない近藤との雰囲気に神楽は戸惑っていた。妙に異性を感じるのだ。自分とは違う大きな背丈やぶ厚い胸板。神楽を抱く逞しい腕に男臭いシャツの匂い。それらにどこか惹かれていくのだ。

 一方、近藤もどういうわけか黙ったまま神楽を抱き締める腕に力を入れると、二人の体はより密着した。しかし、恋人でも何でもない関係の男女がいつまでも抱き合っているなどおかしな話なのだ。今更ながらそんな事に気付いた神楽は、力いっぱい押して近藤の胸から離れるとベッドの縁に脚を垂らして座った。

「……姐御には黙っててやるから、お前も誰にも言うなヨ」

 近藤も体を起こすと、神楽の背を見ながら頭をガシガシ掻いた。

「じゃあ、あともう一回だけ……抱き締めちゃマズいか?」

 神楽はハッとして近藤を返り見ると、近藤の瞳が神楽だけを映していた。その瞳がいやに真剣で、冗談で言ったようには思えなかった。ならば余計に良くない。

 神楽は黙ってベッドを下りると自分のベッドへと戻って行った。

 

 それから少しして近藤は保健室から出て行くと、神楽はまた少し気がラクになった。あの近藤ですらやはりもう大人の男と変わらず、一つ一つの行動に意味があるように見えるのだ。そう思うと沖田のスカートめくりにだってきっと意味があったのだろうが……神楽はもう考えるのはヤメだと頭を振った。

 異性とか性的なこととか興味が無いワケじゃない、ただそれに引かれていく自分が自分では無くなるような恐怖を感じているのだ。もしかするとそれは他の皆も同じかも知れない。

 神楽は殻を破れずもがくヒナのように、小さな世界で悩むのだった。