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レディバード:04


 すっかりと出来上がった沖田を肩に担いだ神楽は、沖田の言葉に従って夜道を歩いていた。

「だーかーらー……その角は左だって言ってんだろィ」

 神楽は沖田を道端に捨てて帰ってしまおうかと思ったが、捨てればまた何かトラブルが起きて新八と鉢合わせするかも知れないと思うと余計な事はしたくはなかった。

「あーもー……その角は左だって言ってんだろィ」

 スナックを出てからかれこれ二十分は経っていた。沖田の言う通りに角を左に曲がり続けているのだが、どう考えても同じ所をグルグルと周回しているだけである。今更ながら酔っ払いの言葉を鵜呑みにしてはいけなかったと、神楽は沖田を肩に担いだまま途方に暮れていた。

「どうすんの? ちょっとは酔い覚ましなさいよ!」

 神楽は昔よく遊んだ公園が目に付くと、そこへ沖田を運び入れた。そしてベンチに座らせると、仕方がなく自販機で水を買ってやった。

「ほら、飲んで」

 神楽はペットボトルの水を沖田に渡すと、沖田は目を瞑ったままそれに口を付けた。

「……あんた、本当は家が無いんじゃないでしょうね?」

 神楽はベンチに座る沖田を見下ろしながら言った。すると、着物の袖で口を拭った沖田がニヤリと笑った。

「へへっ、バレちゃあ仕方が無え。今夜はテメーの家に泊まらせろィ」

 神楽はそんな沖田の足を踏みつけると、プイと沖田に背中を向けた。

「そんなこと言って住み着く気でしょ? なんであんたと暮らさなきゃいけないのよ」

 沖田の言葉がどこまで本当なのか神楽は分からなかったが、家に男を上げる気はなかった。ましてやこんな時間だ。普通なら嫁入り前の娘が男と一緒にいるだけでも問題だろう。

 神楽は沖田を振り返り見ると両肘を抱いた。

「大丈夫。ここで寝たって死なないわよ」

「置いて行く気かよ! ひでー! こんな硬いベンチで寝れるワケねーだろィ!」

 沖田は突然駄々をこねると、神楽のチャイナドレスを引っ張った。しかし神楽はそんな沖田を振り切ろうと体をよじる。

「ちょっと! 離しなさいよ!」

「泊めてくれたって良いだろィ! 俺の役に立てる事を有難く思え!」

「ってか、あんたさっきからキャラ忘れてるわよ!」

 二人は押し合いへし合いで揉みくちゃになると、沖田が遂に神楽のチャイナドレスの裾を持ったまま立ち上がった。そのせいで神楽の生脚と純白のパンツが――――街灯に照らされ闇夜に浮かび上がった。

「最低ッッ!」

 神楽は沖田の顔面にドロップキックを食らわせると、ベンチの上で仰向けになっている沖田を置いて公園から出て行こうとした。すると、またしても沖田の手が伸びて、今度は神楽の手首を捕らえた。僅かに上半身を起こしてこちらを見ている赤ら顔。神楽はハァと息を吐くと、これで最後だと言わんばかりに忠告した。

「あんまりしつこいと、次はその鼻へし折るわよ」

 しかし沖田の目は酔っている割りには定まっており、神楽を真っ直ぐ見つめていた。

「本当に俺と出てくれんのか?」

 沖田はコンテストの事を神楽に尋ねたのだ。神楽は一緒息を飲むもスグに答えた。

「……考えとくわ」

 その答えに納得いかなかったのか沖田はしっかり上半身を起こすと、掴んでいる神楽の手を引き寄せた。

「俺がひと声掛けりゃあ、いくらでも女なんざ捕まえられるが……今回はテメーにしか声掛けてねぇ」

 神楽は軽く首を傾げると眉間にシワを寄せた。賞品の酒欲しさにここまでする沖田が理解出来ないのだ。沖田が女に上手いこと言って手懐けるのが得意だという事は知っていたが、まさかこの自分にまでそれが通用すると思っているのだろうか。

「変なの。なんかあんたに口説かれてるみたいで笑っちゃうわ」

 神楽はそう言うと沖田の手を自分の手首から離そうとした。しかし、解けたと思った手はどういうワケか神楽の手のひらを取り、二人の手は繋がれてしまった。沖田の少し汗ばんだ熱い手が神楽の手を包んでいる。

 何の冗談?

 神楽は沖田の顔を見つめてこの行為の意味を知ろうと探るも、赤ら顔の沖田はただボンヤリと神楽を見上げているだけだ。

「みたい……じゃねーよ。口説いてんだ」

 神楽は沖田の顔から視線を外すと、何もない暗がりに目をやった。

「なら、せめてあんたと出場すると私がどんな風に得するかくらいは言いなさいよ」

 賞品の酒なんてもらっても嬉しくはないし、沖田とベストカップルに選ばれるのだって別にどうと言うことはない。寧ろ、コンテストに沖田と出る事によって更に新八との距離が開いてしまうような気がしていた。不謹慎だ、なんて冷たい目で睨まれて軽蔑されるに違いないと。

「イベントを盛り上げるのは大事なことだけど、別に出場しなくたってそんなの出来るし」

 意欲的ではない神楽の言葉を聞いたと言うのに、沖田の表情はどこか明るく見えた。

「まぁいいや」

 沖田は神楽から手を離すと自分もベンチから立ち上がった。

「テメーが他の野郎と出ねぇって分かればそれで」

 神楽はその言葉に胸を貫かれたような痛みを覚えた。動揺していた。本当は誰と出たいと思っていたのか、それを沖田に見透かされている気がしたからだ。でも、違う。新八への好きと言う気持ちはそういった物では……しかし誰よりも気になって、傍に居たくて、同じ景色を見ていたいのは新八であった。

「出ないから。あんたとも誰とも」

「なら俺も宣言しておくでござる」

 沖田は神楽を茶化すようにそう言うと、公園のシーソーの上に飛び乗った。フラフラと危ない足取りで沖田は反対側へと渡ると神楽の方を返り見た。

「何がなんでも月の泉は手に入れておきたい所だ。だから俺はベストカップル賞を獲る為なら手段は選ばねぇ。さっきはああ言ったが、コンテストまでにテメーを口説き落としてやらァ」

 少し強めの風が吹いて沖田の長い髪とマフラーが靡く。神楽も風に髪を乱されると、一瞬何も見えなくなった。そしてようやく落ち着いたかと思ったら、シーソーの上に沖田の姿がなく神楽は目を大きく開いた。

 消えた……?

 しかし次の瞬間、沖田の声がすぐ背後から聞こえたのだった。

「それで……今夜、泊めてはくれねーでござるか?」

 神楽はハッとして後ろを向くと、明らかに悪さをしようとしていた沖田の手を捻り上げた。

「寝てる間に何されるか分かったもんじゃないわ」

「俺をその辺りの男と一緒にするな。寝てる女に興味は無えや。やっぱり反応を見て楽しみたいでござる」

 神楽は沖田を押すと自分から突き放した。どうも口説き落とす云々は冗談ではなさそうなのだ。そんな事を意識すると僅かに顔が上気した。

 あり得ない。

 どれくらいか振りに銀時や新八のこと以外で心が動いたのだが、その相手がまさか沖田総悟であったとは――――神楽は顔色の変化がバレては困ると急いで顔を伏せた。

「もう酔ってないんでしょ? じゃあ、私は行くから」

 そんな言葉を口にしたのにいざ立ち去るとなるとどこか寂しい気持ちが湧き上がった。今まで一人でやって来れたと言うのに。

 だから、関わりたくないのよ。

 神楽は下唇を噛み締めると沖田に背を向けて駆け出した。


 そんな神楽の背中を見送った沖田は、頭の後ろで腕を組むと暗闇に向かって声を掛けた。

「コソコソ後つけやがって。一体誰の差し金だ」

 その声に驚き飛び上がったのは沖田を尾行していた山崎であった。バレてしまっては仕方が無いと、山崎は渋々草むらから出てきたのだった。

「えーっと、いやぁ、たまたま近くを通りかかったもんで」

「それで覗き見か。いい趣味してるじゃねーか、ザキ」

 沖田は刀を抜くと山崎に飛びかかった。

「ままま待って下さいッ!」

 山崎は叫び声を上げるとそんな沖田から逃げる為にグルグルと公園内を逃げ回った。真夜中の鬼ごっこ。神楽に逃げられた沖田はせめて山崎で憂さを晴らそうと、逃げ惑うネズミを必死に追い回すのだった。

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