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レディバード:03


 市民会館を出た沖田をずっとつけていた山崎は、スナックお登勢の前で神楽と何やら談笑する沖田を電柱の影から見ていた。そうこうしている内に二人は店の中へ入り、山崎はあの沖田が神楽を誘ってコンテストに出るつもりなんだろうと想像していた。

「確かにチャイナ娘は――――いや、チャイナさんはこの辺りじゃ抜きんでて美人だし」

 しかしたまがガンタンクでなければ、山崎の中ではたまが一番であった。

 こうして沖田の誘う相手が分かったところで、美女と飯を食う沖田に少々嫉妬すると尾行をやめにする事にした。

 しかし、それにしてもどうしてあの沖田が神楽を誘ってコンテストに出るのか疑問に思っていた。何故なら二人の仲が良くなかったように記憶していたからだ。だが、時の流れは人の心を良くも悪くも変えてしまうものだろうと、前より人間らしく見える沖田に山崎は小さく笑ったのだった。

「あーあ、遂に隊長にも春が来たか」

 そんな事を言ってその場を立ち去ろうとした時だった。店からお登勢が出て来たのだ。そして何をするわけでもなく店の前で煙草を吸うと、ボンヤリと星の見えない空を見上げていた。山崎は少したまについて話を聞こうかと思って電柱の影から出ようとしたが、通りの向こうから歩いて来る一人の男に気が付いた。山崎はジッとその男を見つめると、その男が誰なのか気が付いたのだった。

「新八くん?」

 スナックに向かって歩いて来た新八は店の前に立つお登勢に歩み寄ると、二人は何やら立ち話を始めた。山崎は悪いとは思ったが、今更出てはいけないとその場に留まり二人の会話に耳を傾けたのだった。

 お登勢はゆっくり煙を吐くと新八に言った。

「今日は悪いけど席が埋っちまってね」

 すると、新八は足を止めて眼鏡のズレを中指で上げて直した。

「……そんなに客が来るとも思えないがな」

「失礼なこと言うじゃないか。埋っちまったもんは埋っちまったんだよ。今日は諦めな」

 しかし、新八はお登勢の言葉に耳を傾けずにスナックの戸の前に立った。すると、店の中から神楽の笑い声が聞こえて来た。それを耳にした新八、お登勢、山崎は三者三様の反応を見せた。相変わらずの冷めた表情をしている新八、しまったと言う顔をしたお登勢。そんな二人にオロオロと顔を青くする山崎。

 山崎はこの場をどうにかしなければと言う気持ちになっていた。新八がどんな気持ちか察することは難しかったが、神楽と仲違いしていることは知っている。きっと沖田と笑い合う神楽を見れば――――衝突は避けられない気がしたのだ。

 どーすんのッッ! 俺ェ!

 山崎が何も出来ずに電柱を強く掴んでいると、お登勢が戸の前に立ったままの新八に言った。

「新八。お前の気持ちもよく分かるけどね、私はあの子の……神楽の気持ちもよく分かるのさ。本当はお前とああして笑い合いたいんだよ」

 すると、新八の鋭く切り裂くような瞳がお登勢へと向いた。そして一歩足を踏み出すと、お登勢の方へと近付いた。

「あの女がそんな事を思うものか。銀さんの後継者に相応しい俺を疎ましく思っているに違いない」

 新八は感情の死んでしまったような顔でそう告げると、お登勢の前から立ち去ったのだった。

 闇に紛れていく黒い装いの新八。お登勢はその背中を悔しそうに眺めていた。そして、あと一本だけ煙草を吸うと店の中へと戻って行ったのだった。

 山崎は今見た光景に心臓を激しく動かすと、誰かに話したくて堪らない気持ちになった。だが、あまり他言して良いことではない気がしていた。しかし、誰かに吐き出さなければ自分の気が触れそうなのだ。思わず駆け出した山崎は市民会館へ戻ると、階段を駆け上がり一番奥の部屋へと飛び込んだ。

「副長ォオ!」

 土方のいる部屋へ転がり込んだ山崎は、既に抜き身の刀を首元へと向けられた。

「誰が勝手に入って良いつった?」

 咥え煙草で瞳孔の開き切った目をした土方は、勝手に入って来た山崎に怒り心頭のようであった。

 殺されるッッ!

 慌ててその場に土下座をした山崎だったが、土方は刀を鞘に収めると畳の上に胡座を掻いた。

「それで何の用だ」

 そう言って窓の外へと煙を吐いた土方に頭を上げた山崎は、恐る恐る先ほど見た光景について口にしたのだった。

「よろっ、万事屋はもう元に戻らないんでしょうか?」

 土方のこめかみに青筋がくっきりと浮かび上がった。

「テメェは人の部屋に飛び込んでおいてそれだけって事は無えよな? ああ?」

 山崎は土方から少し離れると再び土下座をした。言いたいことが上手くまとまらないのだ。何から話すべきか。山崎は頭をフル回転させた。

「さっき色々あって隊長の後をつけてたら万事屋のチャイナさんと合流しまして、それだけで終われば良かったんですが――」

 山崎はその後に新八が飲み屋に訪れたこと、そしてお登勢との会話を土方に話した。分かってはいるのだ。土方に話したところでどうかなるワケではない事など。しかし、土方はその話に耳を傾けると何か考える顔つきになった。

 もしかして副長も気にしてたのか?

 腐れ縁とは言え、同じ時代に江戸を護った万事屋がああなってしまった事を残念に思う者も少なくないと思っていた。その内の一人に土方も入っている事は少々意外ではあったが、納得出来ない話ではなかった。

 土方は軽く目を瞑ると、肺に煙を取り入れた。そしてそれをふぅとゆっくり吐けば、その目を窓の外へと向けた。

「無理してんのか? それとも……」

「えっ? 何ですか?」

 独り言のような言葉を呟いた土方に山崎は聞き返したが、やはり独り言だったのかその後何も言いはしなかった。

「とりあえず沖田隊長が今は組織に属してないとは言え、派手に動き回られたら誠組としても厄介だと思うんで動向だけ報告しておきます」

「そうか。なら、今後も総悟の動きに注意してくれ」

 山崎は一通り土方に話し終えると、部屋から出た。

 元々、沖田がどんな女を口説くのか私的な事情で尾行したのが始まりだが、まさかそこで万事屋の複雑な裏側を目の当たりにするとは思わなかったのだ。沖田が近藤以上のトラブルを起こすとは思えなかったが、土方に報告してしまった以上今後も偵察する他なかった。

 正直言うと、沖田と神楽の雰囲気は悪いようには見えなかった。それが余計に偵察する気を削ぐのだが、お登勢の言葉も引っかかる。神楽の本心は沖田ではなく、新八と笑い合いたいと言う一言が。

 山崎は複雑であった。やはり身内びいきなのか沖田と神楽が上手く行って欲しいと思う一方で、かつての万事屋をもう一度見てみたいと言う思いも存在していた。とは言え誰と誰が恋仲になるのかなんて、たまがガンタンクへと姿を変えてしまった今となっては山崎にとって全くどうでも良い話ではあった。しかし、一度覗き見てしまうと最後まで見届けないとスッキリしないのだ。

 土方の部屋を出た山崎は会館の廊下を歩きながら呟いた。

「それにしても隊長も随分とチャイナさんに素直に見えたが……」

 あのど畜生のサディストが普通の青年として生きている事が山崎には信じられなかった。反対にあの地味なツッコミ眼鏡が、冷徹な侍として独りで町を護るなど考えられないことであった。どうしてこうなってしまったのか。それは全て“世界が変わってしまった”という一言に尽きるのだ。

「と言うことは俺も何か変わったのか?」

 そう思い己を顧みるも、ほんの少し伸びた髪くらいのもので相変わらずのジミーは健在だと苦笑いを浮かべた。

 変わってしまう世界で変わらずにいる事は案外難しいもので、それに山崎は気付いているのかいないのか、呑気に腹の虫を鳴かせると市民会館を出て行くのだった。

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