[MENU]

レディバード:01

 

 変わってしまった街。変わってしまった関係。変わってしまった未来。変わらずにあるものなど何も無い。そう思える程に退廃した町での出来事。

 銀時が居なくなった万事屋は、後継者争いの為に二分していた。神楽と新八は別々の看板を上げ、互いに万事屋と名乗り商売をしているのだ。悲しいがそれが神楽の現実であり、歩まなければならない道であった。


 仕事終り。スナックお登勢に顔を出した神楽は、適当に飲み物を頼むとカウンターの中にいるお登勢から栄養ドリンクの入ったグラスをもらった。

「……一日一杯までだよ」

 すると神楽は小さく笑ってグラスの中へストローを挿した。

「銀ちゃんみたいなこと言わないでよ」

 その横顔からはすっかりと幼さが消え、ほんのりと紅を引いた唇が大人びて映った。

「お前も新八もよくやってるよ。ただね、私はあんたらが昔みたいに……」

 神楽の青く冷め切った瞳がお登勢を貫く。

“昔みたいに仲良く万事屋をやっていってくれないか”

 そんなお登勢の言葉は吐き出される事なく喉の奥へ戻っていくと、全く別の言葉が紡がれた。

「そうそう、最近はめっきり江戸から華やかさが消えちまっただろ? こんなご時世だからこそ何かしなきゃと思ってね」

 話を変えたお登勢はカウンターテーブルの上に一枚のチラシを置いて神楽に見せた。それを神楽は目を細めて見つめると、書かれている文言を小さな声で口に出した。

「かぶき町……ベストカップルコンテスト……コンテストッ!?」

 神楽は目を大きく見開くとお登勢の顔を見た。

「ど、えっ! どういう事?」

「どうもこうも書いてある通りだよ」

 お登勢はそう言うと煙草に火をつけて、背後にある酒瓶の並ぶ棚にもたれ掛かった。

「今はすっかり色褪せちまってるけど、この町は健全なエロを楽しむどぎつい町だったろ? そんな昔を思い出せや……いや、少しでも取り戻せやしないかなんてね」

 かぶき町の顔であるお登勢は、白詛で蝕まれる町に少しでも光を差すことが出来ないかと模索していたのだ。しかし、神楽はお登勢の提案に賛同は出来なかった。皆が何かを失う時代なのだ。愛する魂の片割れを亡くしてしまったものも少なくはない。それなのにベストカップルコンテストなど、どう考えても光を差すどころか悲しい思い出を呼び起こすだけだと思ったのだ。

「私はパスするわ。やるならバアさん一人でやってね」

 神楽はそう言うと席を立った。そんな神楽をお登勢はどこか寂しそうな表情で見つめていた。

「正直言うとね、私はあんたに……あんたらにどうせ生きるなら楽しく生きていって欲しいだけさ。一瞬でも笑って楽しく過ごして欲しいなんてね」

 神楽はお登勢に背を向けると足元に視線を落とした。気持ちはよく分かるのだ。神楽自身も笑って過ごすことが出来ればどんなに良いかと思っているのだから。しかし、現実を見る度に胸の奥が冷たくなり、感情を出せば押しつぶされそうになるのだ。笑顔だけではない、その他の感情全てを押し殺し過ごしていた。

「そう言えば、裏の店にいた看板娘と乾物屋の息子が近々結婚するそうだよ。めでたい話だろ? この話を聞いた時、久々に気持ちが晴れ渡ったけどね」

 神楽はそれを聞くと再びお登勢の方を見た。今の話を聞いて思うことがあったのだ。確かに足元すら見えない暗い時代だ。しかし、足掻いてみるのも悪くないように思ったのだ。やり方が正しいかどうかは分からないが、どうせいつか死んでしまうのなら何もせずに日々を過ごすのは勿体無いと神楽は考え改めた。こんな時代でも愛を育んで未来を生きようとする人もいるのだ。

 神楽はお登勢に軽く微笑むと小さく頷いた。

「いいわ、手伝ってあげる。だけど人が集まるかどうか……」

「この町の人間は祭好きだからね。話を聞けば血が騒ぐってもんだろ」

 お登勢はそう言うと神楽にチラシの束を渡した。

「ちょ! 何よコレ!」

「チラシ配りくらいは無料でやってくれるんだろ?」

 ニヤリと笑うお登勢に神楽はハァと息を吐くと、仕方が無いとそれを持って出入口の戸に手を掛けた。すると、どう言うワケか勝手に戸が開いたのだ。

「ゲッ!」

 神楽が顔を歪めて声を上げると、開いた戸の先に居たのは――――神楽を睨むように立っている新八であった。

「……邪魔したな」

 新八はそれだけを言うと背を向けて元来た方へと帰って行った。神楽は自分を避けるように遠のいて行く新八の背中を見つめながら下唇を噛むと軽く目を伏せた。

「じゃあね、バアさん」

 神楽はお登勢に別れを告げると暖簾をくぐって出て行った。そんな神楽を見送ったお登勢は、どこか安心しているような顔をしていた。

「あの子達がこうして顔出してくれるだけで、また張り切って生きれるってもんだよ。高望みしちゃいけないね。昔みたいにだなんて」

そんなお登勢の声に奥の間から出て来たのはガンタンク……ではなく変貌を遂げたたまであった。

「お登勢様……」

 しかし、そのたまの声はお登勢と対照的で明るいものではないのだった。


 スナックお登勢でそんな会話が繰り広げられている頃、店の裏の窓の下ではかつて真選組で監察として活躍した山崎退がガタガタとその身を震わせていた。

「た、たま……さんんッッ!?」

 どうやら久々に愛しのたまを見に来た山崎は、その変貌ぶりにショックを受けているようであった。カラクリとは言え可愛らしい見た目であったたまが、今やキャタピラを惜しげもなくピラピラとさせ、ぶっといキャノン砲を二本も生やしているのだ。山崎は色んな意味で直視することが出来なかった。

「どうなってんだよォオ! 俺のたまさんッッ!」

 しかし、たまの事も気掛かりではあったが、それと同じだけすっかりと変わってしまった万事屋の事も気掛かりであった。銀時が失踪して以来、万事屋が二分した事は耳にしていたが、これほどまでに神楽と新八の間に深い溝が出来ていたとは思いもしなかったのだ。

「俺たちも誠組に名を変えたが、大将も護るって事は変わっちゃいない……」

 それに比べて万事屋は、その大将がいなくなり護るものもすっかりと変わっていた。

 山崎は路地から表の通りに出て行くと、道端に落ちている紙を拾い上げた。それは神楽がばら撒いているチラシであった。

「ベストカップルったってたまさんがアレじゃあなぁ……」

 山崎はチラシを適当に折り畳み懐へとしまうと、アジトとして使っている市民会館へと向かったのだった。


 誠組が集会場として使っている市民会館へと着いた山崎は、皆が屯している広間の机の上に先ほど拾ったチラシを置いた。すると、興味を持ったのか数人の男たちがチラシへと集まって来た。

「まぁ、俺たちには関係のないイベントだが、たまにはこういうのも悪くないんじゃないか?」

 山崎がそう言うとチラシを見ていた男たちはハァと息をついて途端につまらなさそうな顔になった。

「女に飢えてる俺たちへの当てつけかよ」

「なぁ? 良い女が居ても他人の物だと思うとやるせないだけじゃん」

 山崎はその発言に確かにそうだと思うも、こういうイベントがあればそれを口実に女性を誘えるとも思っていた。

「まぁまぁ。たまにはこういうイベントも大事だろ? 湿気たツラもそろそろ見飽きた……しィ!?」

 山崎はチラシに手を伸ばすある男の姿に思わず声が裏返った。一つに束ねた長い髪とこれまた長いマフラー、そして血塗られたような真っ赤な着物に白い袴。そんな出で立ちで口に長楊枝を咥えているのは、かつて真選組一番隊隊長を務めた沖田総悟だ。今では人斬り・沖田として一人で活動していた。

 そんな沖田が何を思ったか、ベストカップルコンテストのチラシを興味ありげに見ているのだ。

 山崎は思った。何か良くないことが起こるのではないかと。そんな予感にふるえていると、沖田はチラシを自分の懐へと入れてしまった。

「た、隊長ッッ!? あんた、まさか!!」

「ベストカップル賞の副賞を見たでござるか? あの幻の酒・月の泉でさァ。俺はそれを取りにいく」

 無類の酒好きである沖田はどうやらお登勢が賞品とした用意した酒に引かれたらしい。まぁ、そんな所だろうとは思っていたが……山崎は沖田が誰と出場するのかを疑問に思った。沖田と言えば目的の為なら手段を選ばない男で、ベストカップル賞を取りにいくとなれば自ら女を口説くことも厭わない筈だ。

 一体どんな女性を口説くんだ?

 山崎はそんな事を疑問に思ったが、聞くタイミングを逃すと沖田は会館からフラリと出て行ってしまった。監察の名残か山崎はすかさず腰を上げると、自分の武器である“地味”を利用して沖田の後を追うのであった。