フリスビー02:神楽side

 一人になりたいと大人ぶって一週間が過ぎた。その間にも学校で銀八には会うが、深い話はしない。どことなく前よりも距離が出来たことを感じていたが、それで良いんだと神楽は思っていた。最近思うのだ。銀八が自分のことをどこか恋愛対象として見ていないのではないかと。部屋に泊まって一緒に食事をし、風呂にも入り、そして眠る。初めの内は全てが新鮮で楽しくて、ずっと銀八とこんな生活を送れたらどんなに良いかと思っていた。だが、三ヶ月が過ぎた辺りからだろうか…………どうも銀八の態度が変わったように思えたのだ。

 前までなら夜遅くまで色んな会話に花を咲かせ、そして見つめ合って愛しあう。そんな時間を過ごしていたのだが、近頃はアパートを神楽が訪ねても特に会話もなくすぐに体を重ねようとするのだ。別に神楽も嫌いではなかったのだが、どこか寂しさと物足りなさを感じていた。そんな時に卒業旅行についての騒動があったのだ。正直『行くな』と言われる事には嬉しいとすら感じていた。それがヤキモチから出た言葉であれば、神楽も銀八の望み通りに行かないと言う選択肢を選ぶこともあっただろう。しかし、銀八が神楽を行かせたくなかったのは飽くまでも教師が生徒に対する指導であり、彼氏が彼女に思うものとは違ったのだ。それがきっかけとなり、神楽の中でずっと溜め込んでいた気持ちが溢れ出してしまった。

 私は銀ちゃんの彼女アルカ……?

 都合が良いだけの女子生徒。そんなふうに本当は思われているのかも知れないのだ。もしそうであれば『別れ』を意識する。だが、神楽は銀八が誰よりも好きであった。好きであっただけに、このままこうして銀八と過ごす事が本当に正しいのか考える時間が欲しかったのだ。しかし、それは建前である。本当はこの平凡に見える日々に刺激が欲しかった。だが、それは心の奥底に隠し、神楽は卒業旅行の用意をするのだった。




 旅行当日。神楽は真っ赤なコートの下にショートパンツを履き、更にその下に黒タイツを身につけていた。下ろした髪には耳あてをつけ、普段の装いとは変わって、どこか大人っぽく映った。

「兄ちゃん、行ってくるアル」

 神楽は玄関でブーツを履きながらそう言うと、神威は肉まんを口に頬張りながら神楽の背中に何かを叩きつけた。

「痛いッ! なにすんだヨ! バカ兄貴!」

 そう言って神楽が振り返ると、ニヤニヤと笑った神威が立っていた。何を投げつけられたのか、足元を見ればトランプがカードケースに入って落ちていたのだ。

「それを持っていかないでどうする気だ? ほんっとにお前には失望するよ」

 たかがトランプ一つでこうも言われたくはないのだが、確かにトランプのない旅行などネタの乗っていない寿司のようなものである。神楽はサンキュと受け取ると、送迎バスが来る駅まで走った。


「おはよーネ」

 旅行鞄一つとポシェットだけを持った神楽は、既にバスの前に来ていたお妙や九兵衛達に手を振って挨拶をした。他には新八や沖田に土方、もちろん近藤の姿もあり見慣れた顔が集まっていた。神楽は白い息を吐いて駆け寄ると、皆が何かを覗きこんでいることに気が付いた。

「何見てるアルカ?」

 そこにあったのは座席表で、どうやらバス会社が適当に席順を決めたようなのだ。神楽はざっとそれに目を通すと、さっちゃんのがいない事に気が付いた。

「あれ? さっちゃんは?」

 すると、隣に立っていた九兵衛がそれに答えた。

「どうも昨日からインフルエンザに罹ったらしくてな……」

「そうだったアルカ」

 なんとなく神楽は銀八の元へ乗り込むさっちゃんを想像したが、大丈夫だろうと頭を振って余計なことを掻き消した。それよりも自分は誰の隣だろうかと席順の書かれた紙に再度目を通した。

「姐御と九ちゃんは隣同士アルナ……私は…………」

「あ、僕の隣じゃない?」

 そう言ったのは新八で、神楽はこれには一安心した。あの沖田ではなかったからだ。常日頃、何かと神楽と沖田は喧嘩が絶えずいがみ合っていて、そんな沖田の隣に座るなど苦行のようなものなのだ。胸を撫で下ろした神楽は荷物を添乗員に預けると、新八と一緒にバスの座席へと向かった。


 バスは定刻通りに温泉宿へ向け出発した。

 3Zのメンバーはバスの後方に固まって配置されており、前の方を除けば周囲は見知った顔ばかりであった。一番後ろの五人掛けの席には近藤率いる風紀委員の連中が座っていた。真ん中に近藤が座り、土方、沖田、山崎、が適当に座っていた。神楽と新八は五人掛け席から一つ前の左列に座っていた。窓際には神楽が、新八は通路側であった。

 神楽は耳あてを外し、コートを脱ぐと早速鞄から酢昆布を取り出した。バス旅行と言えばオヤツである。しかし、その酢昆布は残念ながら新八に没収されてしまうのだった。

「ちょっと、匂いで……うっぷ…………」

 どうも新八は既にバスに酔ったのか、気分悪そうに顔を青ざめていた。さすがに隣で吐かれては困ると、神楽は添乗員を呼び、新八は前の方の座席へ移動する事になった。

 急にぽっかりと空いた隣の座席。それまで楽しい気分であったのだが、途端に銀八のことを思い出したのだ。

 銀ちゃん、今頃何してるアルカ……

 そうは思っても一人にしてくれと言った手前、自分から連絡を取ることは出来なかった。銀八も神楽の思いを尊重してくれているのか、特に連絡を寄越す事もなかった。少しだけ焦りが生まれる。このままこんな生活に慣れていって、そして呆気無く終わってしまうのではないかと。

 刺激が欲しいとは思っているが、それが銀八によってもたらされるものであればどんなに良いか。次に会った時にまた体だけを求められるようであれば、そのときは――――――この旅行が終わったあとが勝負である。神楽はそう決めていた。

「やけに大人しいじゃねーか」

 頭上から聞こえた声に顔を向ければ、そこにはポッキーを口に咥えた沖田がこちらを覗いていた。これ見よがしに美味しそうに食べる姿に神楽は苛立ちを覚えると、それをくれと手を伸ばした。

「そんなに欲しけりゃ奪ってみろ」

 沖田がそう言って自分の座席へ戻ると、神楽は追い駆け、沖田目掛けてダイブしたのだった。そのせいで、窓際で外の景色を眺めていた土方の腹に神楽の膝がめり込んだ。

「い、いてェエエ! てめェら、バスの中くらい大人しく出来ねェのかッ!」

 しかし、そんな言葉は二人には聞こえていない。たかが一本のポッキーを目掛けて激しい争いが繰り広げられているのだ。

「ポッキー食わせろネ!」

 そう言って沖田に掴みかかるも、沖田も取られてたまるかと神楽の手を捻っては突き放す。さすがにこんなふうに暴れていると他の乗客の目もこちらに向いた。

「やめんか! 二人共!」

 そんな声が前方から聞こえて来て、思わず神楽はそちらへと目をやった。座席から立ち上がりこちらを見ている長髪の男。それは同じクラスの桂小太郎であった。

「リーダー、俺から言わせればポッキーよりもトッポの方が美味い! そう断言する」

 桂はそんなことを言ってこちらに向かって来ると、チョコで手が汚れることのないお菓子のトッポを持ってきた。そして、一本箱から取り出すと神楽の口に咥えさせたのだった。

『サク……サク……サク……』

 神楽の口へ消えていくトッポ。半分はなくなった頃だろうか。突然それに沖田が噛み付いた。鼻先がぶつかりそうな距離に迫る顔。神楽は急の事に驚いたが、沖田がトッポを食べ進めている事に気付くと『それは私のトッポアル』と言わんばかりに負けじと食べ進めた。そのせいで沖田と神楽の顔が…………唇が近付く。あと三センチ程で引っ付いてしまうと思われた頃だった。

「お前らァアア! 何やってんだよォォオ!」

 凄まじく光り輝いた眼鏡が見えたかと思うと、手刀でトッポは無残にも折られてしまった。

「なんでィ!」

 急のことに神楽も沖田も何が起こったのか理解出来ないでいると、先程まで青い顔をしていたはずの新八が伝家の宝刀・ツッコミを入れたようであった。

「し、新八?」

「ハァハァ、お前ら、自分たちが何やってるのか、分かってるのか……」

 苦しそうな呼吸で新八はそう言うと、余程の体力を消耗したのか倒れてしまった。

「新八くん!」

 桂が新八の肩を支えるも、新八が目を覚ますことはなかった……次のサービスエリアまでだが。


 神楽は大人しく自分の席に戻るも、先ほど新八に言われた言葉に心臓を激しく震わせていた。改めて考えると、食べ物に目が眩んだとは言えとんでもない事をしたのだ。あのままトッポを食べ進めていたとしたら、この唇はどうなっていただろうか? 銀八以外の男のものと重なっていたのかもしれないのだ。

 何やってるネ……私…………

 だが、それと同時に沖田も何を考えていたのかと言う事が思い浮かぶ。唇がぶつかる事よりもトッポを奪う嫌がらせに夢中だったのだろうか。きっとそうだ。しかし、そう思うのにその後しばらく沖田を見ることが出来なかった。

 少し疲れた神楽は眠ることにすると、次のサービスエリアまでバスは静かに走行した。


 あれから数十分が経っていた。神楽は身に感じる寒気に目を開けると、窓の外の景色が入ってきた。バスがサービスエリアに着いたらしく、他の観光バスが駐車場に並んでいたのだ。バスの中もやけに静かである。神楽はバスから降りようとして――――――隣で眠る男の存在に気が付いた。腕を組みじっと動かずに土方が眠っているのだ。神楽は座席から僅かに頭を出して周囲を見回すと、五人掛け席はアイマスクを着けた沖田が占領していた。その端には小さく丸まった山崎が座ったまま眠っており、どうやら土方は追いやられてしまったようなのだ。神楽は仕方ないと土方を跨いで通路に出ようかと思ったが、背の低い神楽では上手に跨ぐことが出来ずに土方の膝の上に乗ってしまった。すると土方の目が薄っすらと開いて……そして、再び閉じた。神楽の腰を抱きしめて。

「は、離せヨ! ゴルァ」

 しかし、土方は寝やすくなったとでも言うように、先ほどよりも深い眠りに落ちた。神楽はこうなったら暴力しかないと、土方の頬をビタンと平手で殴ったのだった。

「……ってェ」

 そう言って目を覚ました土方だったが、目の前の神楽に驚いたらしく大声を上げた。

「テメェ、何してやがる!」

「それはこっちの台詞アル!」

 土方はしまったと言うように目を瞑って険しい顔になると、神楽の腰から手を離した。

「寝ぼけた……か」

「お前、寝ぼけるアルカ?」

 どうやら土方は寝ぼけ癖があるらしく、神楽を何かと勘違いしたようなのだ。

 そうやって軽く騒いでいると二人の傍らに立つ影があった。これで目を覚ましたのは土方だけではなかったのだ。フラリと現れた男。神楽と土方は同時に顔を上げると、機嫌悪そうにこちらを見下ろす沖田と目が合った。沖田はアイマスクを頭に着けたまま、冷めたような瞳を土方に向けていた。

「…………ああ、そうかィ」

 何か納得したような言葉を吐くと、沖田はバスから降りて行ってしまった。その姿を土方もどこか面白くなさそうに見つめている事に神楽は気付いた。二人の間に何があったかは分からないが、不穏な空気を感じたのだ。そこでようやく神楽は土方の膝から降りると、沖田を追うようにバスから降りた。

 慌てて降りた為コートも耳あても持って来るのを忘れたが、少し標高が高い所にあるせいか、澄んだ空気だけは冷たくも心地が良かった。ぐっと背伸びをして飲み物だけでも買っておこうと自販機の前に立った時だった。突然背後から神楽の首にマフラーが巻かれて…………振り返ればそこに新八が立っていた。

「寒くないの?」

 神楽はその言葉に新八に笑いかけると、新八の後ろからお妙と九兵衛も顔を出した。

「神楽ちゃん、着いた時に起こしたんだけどぐっすり眠ってたから」

「ちょっと乗り慣れないバスで疲れちゃったアル」

 すると九兵衛が予定表を観ながら軽く頷いた。

「あと一時間ほどで着くらしい。宿に着いたら、まずはお風呂にでも入って体を温めたいところだな」

 そんな話をして騒いでいる内に休憩時間は終わり、神楽達はバスへと戻った。

 相変わらずお妙や九兵衛の周囲にはストーカーが隙を伺い、桂はと言えば前の方の席でんまい棒を食べていた。一番後ろの五人掛けを見れば……右端の窓際には山崎が、左端の窓際には土方がいて、神楽の隣には新八が戻って来ていた。

「あれ? あいつどこ行ったネ?」

 座席の上で膝立ちしている神楽を新八は仰ぎ見た。

「え? あいつって?」

「沖田…………アル」

 五人掛け席には姿がないのだ。もしかするとまだ戻って来てないのだろうか。そんな事を考えていると神楽の後頭部に何かがぶつかった。振り返れば丁度バスに戻って来た沖田が立っており、神楽の頭に何かを叩きつけたのだ。

「な、なんだヨ」

 すると沖田は無言で神楽へ手に持っていた酢昆布の箱を押し付けると、五人掛けの席に再び横になるのだった。

 座席にきちんと腰を掛けた神楽は手の中にある酢昆布を見つめながら、何故沖田がこんなことをするのか気になっていた。酢昆布の箱が新八に没収されてしまった事を知っていたのだろうか。何となく手をつけることが出来ないと、神楽は鞄の中にそれをしまい込んだ。

「食べないの? 僕ならもう大丈夫だけど」

「あいつから貰ったものなんて……何入ってるか分からんアル」

 新八はその返事にふぅんと言うも、どこか納得していない様子だった。

「そう言えば桂さんに貰ったトッポは食べてたよね……沖田さんと」

 その発言に神楽は顔を分かりやすく赤く染めると、新八の胸ぐらを掴んだ。

「まだそれ言うアルカ! あれは事故みたいなもんアル」

 いつもなら新八もここでギャアギャアと煩く言い返してくるのだが、今日は何故か違ったのだ。どこか軽蔑するような冷めた目を眼鏡越しに見せていた。

「……銀さんが見てもそう思うかな?」

 神楽の頭に『銀さん』と言う言葉が響く。そして胸の鼓動が激しくなった。

 確かにそうである。銀八にあんな事をしている姿を見られたら…………いつもの喧嘩だ! なんて話では済まないのだ。と言うより、何故新八はこんな事を言ったのか? もしや、神楽と銀八の関係を知っているのではないか。神楽は焦った。

「銀ちゃん……関係ないダロ」

「でも、神楽ちゃんって銀さんが好きなんでしょ?」

 神楽は思わず飛び上がると新八の口を手で押さえた。そして、新八の耳元に口を寄せると言ったのだった。

「銀ちゃんは先生として好きなだけで、そういうんじゃないアル」

 教師と生徒が交際しているなどバレれば、銀八の首は確実に飛ぶだろう。神楽は必死で嘘をついた。

「じゃあ、神楽ちゃんは、他に好きな人って居る?」

 神楽の手から逃れた口がそんな言葉を吐いた。新八の目は真剣で、どうしてそんな事を聞きたいのか神楽には理解が出来なかった。ただ他に好きな人なんて誰も思い浮かばなくて……それでも沖田の事が気がかりだったりはする。それが好きかと聞かれると、はっきり何だとは答えられないが……

 神楽は首に巻かれたマフラーを引っ張ると、新八に見えないようにと口元を隠した。

「正直、よく分からんアル。好きだからって、ただ引っ付くだけでも嫌だし、だけど離れるのも寂しいし、恋とか愛とか難しいネ」

 銀八と恋愛の最中にいるのだが、それでも神楽には分からない事が多すぎた。心臓がドキドキとすればそれは恋なのか? 考えても答えは出ない。

「……そっか。神楽ちゃんもそんなふうに考えてたんだ」

 急に明るい表情になった新八はそう笑うと、神楽の首からマフラーを外してしまった。

「じゃあさ……沖田さんのことも好きかも知れないってことでしょ?」

 新八はそれを言うと急に立ち上がった。

「ちょっとまた……うっぷ……酔ってきたから前に行くね。それとさっきの酢昆布……早めに箱を開けた方が良いよ」

 新八はそんなことを言い残すと、青い顔でフラフラと通路を歩いて行った。

 酢昆布の箱。先ほど鞄にしまったものを言っているのだろう。神楽は新八の言葉の意味を知ろうと、酢昆布の箱を取り出した。見れば封が切られており、セロファンが破かれていた。

 やっぱりあいつ何か入れたアルナ!

 そう思って神楽は急いで箱をひっくり返すと、中から酢昆布と一緒に紙切れが出てきた。それを見つけた瞬間、何故か心臓が高鳴ったのだ。

 何が書かれてるアルカ?

 神楽は恐る恐る折り畳まれていたガムの包み紙と思われる用紙を開くと――――――

《寝る前、俺の部屋まで来てくれ》

 そんな文字が書かれていたのだ。神楽は慌ててその紙を箱にしまおうとするも、手が震えてしまって座席の下へ落としてしまった。神楽は椅子から下りると、座席の下へしゃがみ込み手を伸ばした。すると、指先に触れた紙は運悪く神楽の真後ろに座っていた土方の足元へと弾かれてしまった。

「あっ!」

 神楽が慌てて座席の上から顔を出すと、丁度紙を拾った土方が文面と神楽の顔を見比べている最中であった。沖田はと言うと、何も知らずに眠っている。神楽は沖田を目に映しながら静かな声で返せと言うと、土方も沖田を見つめながら手を伸ばして神楽に紙を渡したのだった。

「総悟か?」

 神楽はその言葉を無視すると、隠れるように座席に腰を下ろしたのだった。

 まだ心臓がバクバクと言っている。それはこんな手紙を沖田から貰った事が土方にバレてしまったからなのか? それとも沖田を目に映したからなのか? それよりも新八はこの事を知っていたから、早く見ろと言ったのだろうか? 神楽の頭は色んな考えに埋め尽くされた。

「さっきのことだが――――」

 突然、声が聞こえたかと思うと神楽の隣に土方が座った。神楽は驚いて思わず叫びそうになったが、土方は静かにしろと自分の唇に人差し指を押し当てた。

「てめェ、どうする気だ?」

 神楽はどうするかなど全く決めていなかった。沖田が神楽を部屋に呼びつける用事など想像も出来ない上に、こんな手紙を寄越すこと自体がおかしいのだ。何かを冷静に考えられる余裕はない。

「一応言っておくが、あいつは近藤さんと同室だ。あの近藤さんのことだから、お妙の部屋に侵入しようと今夜は躍起になる。つう事は、分かるだろ?」

 神楽は首を横に振った。それは分からないからではない。あの沖田がまさか――――――普通の男子のような事を考えるなんて信じられないからだ。

 沖田しか居ない部屋に神楽を呼び出す。それはきっと喧嘩がしたいからではない筈だ。もしかすると僅かながらにトランプがしたいから、と言うものかも知れないが……神楽の頬は赤く染まっていた。

「てめェも気付いてんだろ? 今日の総悟がガチだってことは」

 神楽の咥えていたトッポに噛み付いた沖田を思い出した。新八のツッコミが遅ければ、神楽は沖田とキスをしていたのだ。

「あいつに喰われる覚悟があるなら行け。でもそうじゃねェなら…………」

 土方の目が恐ろしい程に暗い影を落とす。

「行くな」

 神楽はそんな言葉を吐いた土方に、何故か銀八の姿を重ねて見ていた。まるで銀八が乗り移ったかのようなのだ。神楽は言葉を失うと目に涙を溜めた。そして、うるさい心臓を止めるように胸を抑えると深く呼吸をした。

「心配いらんアル」

 すると土方の表情がやや柔らかいものに変わり、安心したような顔になった。

「夜はトランプでもして騒ぐのが良いだろう……暇ならお妙たちも呼んで遊ぶのも悪くねえ」

「そ、そうアルナ」

 神楽はどうにか笑顔に戻ると、土方も自分の座席へと戻って行った。