シンパシー

 

2.彼女と彼女と彼女の彼と

 

銀時は珍しく早起きをし、身なりを整えていた。それをリビングのソファーに座る神楽はどこか不思議そうに見つめている。

「出かけるアルカ?」

「昨日言っただろ。お妙と出かけてくるって」

すると神楽は驚いたような顔をして銀時にまとわりついた。

「銀ちゃん、彼女居たアルカ!」

その声に着替えていた銀時は手を止めた。わざと言わなかったわけではない。何故ならお妙は恋人と言うわけではないからだ。それでも手放すには惜しいほどの女と感じていた。

「私も会ってみたいアル」

「はぁ?」

「それに彼女も私のこと気になってないアルカ?」

気になってないと言う事はないだろうが、わざわざ引き会わせる必要もないと思っていた。

「ああ、また今度な」

銀時はあしらうと早いとこ出て行こうとした。しかし、神楽の言葉に玄関へと向かう足を止めたのだ。

「なんかやましい気持ちがあって言えないアルカ? 私の裸見ちゃったから……」

青ざめた顔で神楽を振り返りみるとそこには小悪魔が立っていた。どうすりゃ良いのか答えは見えてる。

 

銀時はお妙と待ち合わせ場所へスクーターへ向かうと、待ち合わせの喫茶店から少し離れた場所に駐車した。理由はひとつ。後部座席でヘルメットを外している女のせいである。分かってはいる。お妙がどんな反応をするか。だが、あんな事を言われて連れて行かないわけにはいかないのだ。やましい気持ちなど微塵もないのだから。

「神楽、挨拶したらすぐに立ち去れよ。約束だからな」

「分かってるアル! 人の恋路を邪魔する奴はマフィアに銃殺されて引廻しの刑をくらえ、ダロ?」

「そんな物騒な事言ってねぇし」

とにかく神楽を連れてお妙が待つ喫茶店へと入った。店内に入って見渡せば和服の美人が窓際でコーヒーを飲んでいた。伏せられていた顔がこちらへと向く。そして銀時を見つけたのか微笑んだ。しかし、こちらへ向かってくる銀時の後ろを歩く美女に気付いたのか、その表情は強張り顔に影が落ちた。

「こいつがお前に挨拶したいって言うもんだから」

「そ、そうですか」

神楽はお妙の向かいに座った銀時の隣に腰を下ろした。

「私、神楽アル」

お妙は神楽の言葉遣いに驚いたらしく銀時の顔色を覗った。

「ああ、こいつここの生まれじゃねぇんだ」

「そうだったの。私は志村妙よ。宜しくね」

さすがと言ったところか、お妙が落ち着き払って挨拶すると神楽の頬が赤く染まった。

「なんか銀ちゃんにはもったいない女性(ひと)アルナ」

「あ? それどういう意味だゴルァ」

そう言って銀時が大人らしくない態度をとるとお妙はクスクスと笑った。それを見て銀時もようやく安心すると神楽に目配せをした。そろそろ出ろと。

「じゃ、私は部屋に帰ってるネ。二人共楽しむアル!」

神楽はキラキラと笑顔で挨拶すると席を立った。それを銀時は目で追いながらお妙の言葉に耳を傾けていた。

「いい子で安心したわ。私てっきりもう少し荒れた家出少女かと思ってたから」

「ガサツな所もあるけど、明るくて見てて飽きねえヤツだよ。犬でも飼ったらこんな感じなんだろうな」

「銀さん、酷いわ。女の子を犬だなんて」

銀時は店の前の歩道を歩く神楽からまだ目が離せないでいた。すぐに立ち去ると思っていたが、誰かに呼び止められたようなのだ。相手は……男。こちらに背を向けていて顔は見えないがコートを来た黒髪の男であった。どこかで見たことあるような。そう思っていると神楽がこちらを指差して、男が銀時を見た。その口には煙草が咥えられており、鋭い眼光があの日を思い起こさせた。刑事の土方だ。

「あの野郎。何やってんだ」

「どうかしたんですか?」

銀時は慌ててお妙に何でもないと言うと窓の外から一旦視線を外した。そして再び戻すと、神楽と土方が肩を並べて通りを歩いて行く所であった。この間、サツにあんな目に遭わされたと言うのに神楽は何を考えているのだろうか。銀時はお妙を店の外へ連れ出すと二人の後をつける事にした。

「銀さん、どこ行くんですか? お店は向こうですよ」

「今日は散歩したい気分なんだよ。悪いが買い物には今度付き合うから歩こうぜ」

こんな時、あの二人の会話を盗聴出来れば良いのにと悪い考えが浮かんだ。それくらいに会話が気になるのだ。銀時は二人から目を離さず、脇目もふらずに歩いた。

「あの……待って下さい……」

「良いから、早く来い」

銀時はお妙の手を引いて道を歩いた。まさかそこがホテル街だとも気づかずに。さすがに人通りの少なさとお妙の態度で足を止めると、頭上に見える看板に目をやった。

「嘘だろッッ!」

「私をそんな女だと思っていたんですか」

お妙はどうもご立腹だ。尻軽だと思われ傷つき、そして銀時を軽蔑したのだろう。しかし今の銀時の頭にはお妙への弁解や謝罪の言葉は見当たらなかった。何故、神楽と土方がこの界隈に足を踏み入れたのか。そればかりが気になっていたのだ。あんな事があったのだ。突然男女の仲になるなど考えられない。だが、神楽は純粋なところがある。騙されてまた食われようとしているのかもしれない。

「オイオイオイ、嘘だろ。どこ行ったよ!」

既に姿は見当たらなく、銀時はキョロキョロと周囲を見回した。お妙はそんな銀時に呆れたのか一人背中を向けて帰っていく。追い駆けなければ。そう思っているのだが、神楽がどこへ消えたのか。今はそちらが気になってしまう。しかしもう見つけ出す事は出来ないだろう。銀時は諦めるとお妙の後を追うのだった。

 

その後、どうにか機嫌を直したお妙とショッピングに出かけ、予定通りの一日を過ごした。タクシーを使ってお妙を家まで送り届けると、帰り際こちらを見ずにお妙が言った。

「お茶でも飲んで行きませんか?」

それが口実だと98%思っている。残りの2%は別の大事な話かもしれない。そう考えていて、このままここでタクシーを降りるかどうするか銀時は悩んだ。家に神楽が戻ってきているか気になるのだ。戻っているとしたら昼間のことを尋ねたい。だが、ここで降りなければお妙との関係が途絶えてしまうような気がしていた。そこで銀時は顔がカァと燃えるように熱くなった。ただの依頼人である神楽とお妙を天秤にかけようとしていると気付いたのだ。何故こんな事を考えたのか。情報が手に入る間まで付き合うだけの人間とお妙を同等に見ていたと言うのだろうか。銀時は自分の気持を否定したくてタクシーを降りた。するとお妙がこちらを見てこう言った。

「降りないと思って言ったんですよ」

だが、その言葉が嘘であると潤む不安そうな瞳が物語っていた。安心させてやるにはどうすれば良いのか方法は知っている。寄り添って抱きしめてただ唇を落とせば良い。

「銀さん、そんな所に突っ立てないで家に入って下さい」

銀時は言われるがままお妙に続くと家の中へ入るのだった。

 

額面通りにお茶を淹れたお妙。それを黙って見ている銀時は出来るだけ目の前の事に集中しようと努力していた。

「銀さんはどう思っているんですか?」

そう言ってお茶を差し出され、銀時は湯呑みを両手で包み込んだ。

「どうって何が?」

「他に何かありますか? 私とのこと……です」

はっきりと答えを出せと迫られているのだろうか。今までのらりくらりと逃げて来たが、出せるものならとうの昔に出していた。迫られると逃げたくなる。銀時の厄介な性であった。

「分かってんだろ」

「分からないから聞いてるんです」

面倒くせぇ。いやな言葉が頭に過る。

「今日だって昼間、あんな所に連れ込もうとしたじゃないですか」

「……道に迷っただけだって言ったろ?」

お前を抱きたかった、そんな嘘ぐらい平気でつける男が誤魔化した。何を恐れているのか。お妙を手放す事が惜しいと散々思ってきたが、今はどういうわけかこの煩わしさから解放されるのであれば家に帰りたいと思っていた。身勝手だと言われるのも承知だ。銀時は片膝を立てるとゆっくりと立ち上がった。

「帰るわ」

「そうですか」

お妙は顔を上げなかった。その理由は分かっている。だが、別に嫌っているわけではないのだからそう悲しむなよと思っていた。

「お前さんに引かれてる気持ちは嘘じゃねぇ。それだけは言っておく。じゃあな」

「銀さん」

お妙は立ち上がると銀時を抱きしめ胸に頬を寄せた。華奢な体。それが震えていて抱いてやりたい……少し前ならそう考えていたのだが、不思議なことに銀時の腕は動かず、どこか俯瞰してこの状況を見ていた。美人でいい女だが、一歩踏み出すとなると躊躇する。その見えない壁の正体は分からない。何が阻むのか自分でさえ理解できない。銀時はお妙の肩に手を置くとその体を引き離した。そして静かに家から出て行った。

 

アパートへ帰れば、銀時のシャツをパジャマとして着ている神楽がそこに立っていた。今洗面を終えたところのようだ。

「おかえりアル! デート、上手くいったアルカ?」

そんな事を聞いて来た神楽に銀時の機嫌は悪くなった。

「お前こそどうだったんだよ。あの野郎と……」

神楽は不思議そうな顔をすると首を傾げた。

「どうって何だヨ」

銀時はハァとため息をつくと冷蔵庫から缶ビールを出し、グラスに注がずそのまま口を付けた。

「サツと居ただろ」

神楽をジロリと見下ろせば、純粋な瞳が銀時を見ていた。それに耐えられず目を逸らすと、ビールを一気に飲み干して缶を握りつぶした。

「前に協力した見返りに兄貴の情報を教えてもらっただけアル」

「はいはい」

分かりやすい嘘だと銀時は鼻で笑った。それならホテル街に向かう必要などないのだ。銀時は改めて神楽を見下ろすと、その豊満な胸に目を細めた。

「お前、今までにもこんなふうに男の家に転がり込んで、ろくでもねェことしてたんだろ?」

「何言ってんだヨ」

銀時は首に巻いているネクタイを緩めると神楽を壁際まで追い詰めた。

「ぎん、ちゃん?」

黙ったまま神楽のシャツのボタンに手を掛け、ひとつ、ひとつゆっくりと外していく。

「それで? 何か分かったのか?」

「やめてヨ! 銀ちゃん!」

昼間から大して知りもしない男とホテルへ行ける女なのだ。今更嫌がることでもないだろう。それなのに怯えたような目。何故そんな目で見つめられなければいけないのか。苛立つ。神楽が来てからと言うもの、自分は自分が分からない程にめちゃくちゃになってしまった。それなのに神楽は平然と男と遊んでいるのだ。

「どうしちゃったアルカ? 酔ってるネ?」

「ビール一杯で酔うわけねーだろ」

「じゃ、離せヨ」

何故こんなに嫌がるのか。銀時の顔が歪んで感情を吐き出した。

「嫌なら出て行け! 俺に依頼しておきながらサツに抱かれに行って、何考えてんだよお前は!」

すると神楽も負けじと言い返す。

「警察抱き込めって言ったのはお前ダロ、クソ天パ! それにあいつとは目撃者に会いに行っただけアル! 分かったらその手離せヨ!」

ちょっと焦る。早とちりだったのだろうか。銀時は謝る代わりに神楽のシャツのボタンを急いでかけ直すとゴホンと咳をした。

「……今のが情報を聞き出すテクニックの一つだ」

「嘘つけッ! 誤魔化しきれてねーんダヨ!」

怒った神楽は反対に銀時を壁際まで追い詰めた。

「そもそもお前が情報を持ってこないのが悪いダロ! もう一ヶ月は経つアル。どうなってんだヨ! ふざけてんじゃねーヨ」

「ひっ、ごめんなさいっ!」

「今度こんな舐めたまねしてると、分かってんだろーナ」

銀時はすっかり酔いも覚め、青ざめた顔で震えていた。それを見た神楽はプッと吹き出すと腹を抱えて笑いだした。

「情けない顔アル。ビビりまくりネ」

「う、うるせー」

銀時は恥ずかしいやら情けないやらで体の力が抜けて床へと座り込むと、神楽も隣で膝を抱えた。

「で、兄貴のこと、サツはなんて?」

鬼兵組はそう大きな組織ではない。それもあって情報が得られにくいのだ。桂を使ってもまだ何も動向が探れないでいる。

「最後に目撃されたのが半年前で、男たちに追われてたって……」

「そこから誰にも見られてねーのか」

「うん」

今の情報だけでは分からないが既に消されているのか、身を隠しているのか。もし仮に高杉の首をとる事に失敗していたとすれば、雇い主からも追われているのかもしれない。神威の生存を確信出来る要素はなかった。

「だが、高杉の首がとられてたとすれば、サツにも俺にも情報は入る。兄貴の手が汚れてなかっただけでも救いじゃねぇの?」

「どうだろう……分かんないアル」

そう言って神楽は銀時の肩に頭を置いた。変な感じだ。さっきまで無理矢理にでも傷つけてやろうと思っていたのに、今は傷ついた心を癒やしてやりたいと思うのだ。肩を貸すくらいでそんな事が出来るならいくらでも貸してやる。身勝手な男が見せた揺るがない本心であった。

「それでデートどうだったアルカ?」

「もう聞くな!」

誰のせいで失敗に終わったと思っているのか。何も知らない神楽に苛立って、そして自分にも苛立った。踏ん切りがつかない優柔不断さが仇となっている。お妙とこの先はあるのだろうか。すすけた天井を見上げたが答えはそこにはないのだった。