シンパシー
1.女神か天使かそれとも悪魔か
都会のど真ん中。日が落ちれば明かりが灯り、夜空の星を霞ませる。まるで蛍光灯に集まる虫のように人々は酒やまやかしの愛に引き寄せられ、孤独を埋めるのだ。名前も知らない相手と酌み交わす盃。素性の分からぬ客の相手をする女たち。皆が何かを求め夜の街へと繰り出していた。
繁華街にある一軒のスナック。そこでもまた孤独な男が僅かにだが繋がる絆に支えられ生きていた。
「ぎんさ~ん! 飲み過ぎれすよ~、ヒック」
眼鏡を掛けた青年・志村新八が絡むのは、癖の強い銀色の髪を持つ男であった。このスナックの上にある一室で《何でも屋》をやっている坂田銀時だ。銀時は気だるそうな顔で肩にかけられた新八の腕を振り払った。
「おめぇは面倒くせェんだよ! 部屋使って良いからもう寝ろ! 頼むから寝てくれっ!」
この光景にクスクスと笑い声を上げたのは新八の姉である志村妙であった。この近くのキャバクラで「お妙」と呼ばれる人気のあるキャストだ。お妙は頬を上気させたまま銀時を見つめた。
「でも、良いんですか? 新ちゃんを連れて帰らなくて」
「どうせ明日も依頼なんてねぇし、うちで寝かせておけよ」
そう言って銀時はグラスに入った酒を一気に呷ると、すでにカウンターテーブルに突っ伏している新八を担ぎ上げた。
「ほら、立て立て」
「うぃ~……」
シャンと立たない新八にお妙が見かねて手を貸そうともう片側の肩を支えた。
「銀さん、私も手伝います」
銀時はフッと軽く笑った。前々から思ってはいたが、よく気のつく良い女だと。その銀時の表情にお妙も柔らかく微笑むと二人は新八を支えて、スナックの2階にある銀時の部屋を目指した。
スナックの外に出れば、今夜は雪が降りそうな程に空気が澄んでいた。
「冷えますね」
和服姿のお妙はそう言って空を見上げた。銀時も赤い鼻先を天に向ける。だが、目を凝らしても星は見えず、モヤのかかる夜空に虚しい気分がこみ上げて来た。こうして今隣には誰かが居て、孤独ではない。それにもかかわらずいつも思う。戻れない日々が恋しいと。銀時の頭に幼き頃、児童養護施設で過ごした日々が蘇る。幼馴染や先生に囲まれて過ごした僅かだが本物の光に溢れていた日々を。
「銀さんッ、姉上を泣かせたら、ただじゃおかないですから!」
突然新八がそんな事を言って喚き立てたのだ。お妙の顔がカァと赤く染まり、新八の足を思いっきり踏みつけた。
「新ちゃん、酔ってるからって何を言ってるのよ!?」
お妙の取り乱した様子に銀時はある考えが確信へと変わった。薄々気付いていたのだが、お妙からの視線に好奇以外の熱が込められていること。今すぐにどうこうと言うことでもないが、なかなかの美人。男として悪い気はしなかった。
「新八、着いたぞ」
階段で2階に上がりアパートのドアを開ければ新八が倒れ込んだ。
「ぎもぢわり~水~」
「だからお酒なんてまだ早いって言ったのに」
普段新八はアルバイトとして銀時の手伝いをしている学生であった。慣れない酒にすっかりと飲まれてしまい、お妙は少々怒っていたのだ。
「まぁ、そう言うな。酒くらい飲めなくてどうすんだよ。ここ《歌舞伎町》はそういう街だろ」
この街で不可能はないのだ。どんな人間にも居場所が見つかり、そして痛みを麻痺させる。そんな危険な場所であると人々は重々承知で足を踏み入れる。新八もお妙も……銀時もそうであった。皆がそうであると信じて疑わなかったのだ。
銀時は自分の布団に新八を寝かせると、着ているジャケットを脱いでソファーの背もたれにかけた。
「お前も泊まっていくか?」
下心はない。流れで聞いてみただけだ。お妙は一瞬どうしようかと悩んだように見えたが、すぐに答えを導き出した。
「……帰ります」
「そうか、じゃあ気をつけ……」
そこでお妙は銀時の言葉を遮ると一言付け足した。
「送って頂けませんか?」
その言葉の意味が分からない程に純粋ではない。この言葉を紡いだ女も同じだろう。迷いのない目。それは自分に自信があるからなのか。銀時は関係の進展を望むお妙の言葉に思案した。一夜限りを求めているのか。それとも継続した関係を求めているのか。求められるならば応えてやりたい気持ちは強い。それにこの街では不純な関係こそが華であり、だらしのない関係こそが平凡であった。誰もがそうなのだ。求めるだけ求めて、責任は吐き捨てる。金で、嘘で互いを満たし、一過性の夢想に酔いしれる。お妙もそれを承知で求めているのだろうか。銀時は癖の強い髪を掻くとポツリと呟いた。
「……いや、ダメだろ」
お妙にその言葉は届いていない。その証拠に彼女の瞳が偽りではない光を放つ。だが、それすらもまやかしのような気になってしまうのだ。銀時は今はまだ関係を進められないと懐から財布を取り出し、タクシー代を出した。
「悪いな。今夜はこれで……」
その時だった。真夜中にも近い時間にもかかわらず、ドアを叩く音が聞こえた。
「誰だよ、んな時間に」
銀時はお妙に札を握らせると、玄関のドアスコープから外を見た。
「依頼人か?」
後ろ姿で分からないが真っ赤なコートを来た、派手な髪色の女だと言うことだけは分かった。この時間に駆け込んで来るような女など水商売絡みのトラブルだろうと少々嫌な気分になった。だが、断るには渋る。先程ありったけの札をお妙に握らせてしまったからだ。銀時は仕方がないとドアを開けるのだった。
「はい、なんです?」
銀時がそう言ってドアの隙間から顔を出すと女が振り返った。次の瞬間、思わず息を飲む。青い瞳に透き通るような白い肌。薄化粧なのだろうが美しく整った顔立ちはお妙に負けず劣らず美人である。そして桜色した唇がゆっくりと開かれてその声を銀時に届ける。
「人を捜して欲しいアル」
独特のイントネーション。異国を思わせるその声に耳が照れるのが分かった。あまりにも可憐な声をしているのだ。銀時は鳩が豆鉄砲を食ったような顔でその女を見つめていると、綺麗な顔が険しいものへと崩れた。
「お前、坂田銀時ダロ? 何でも屋って聞いたネ。依頼引き受けてくれるんダロ?」
明日ではダメだろうか。眠いと言うこともあるが、明日また改めてヒゲを剃り、身なりを整えてから会いたいのだ。
「今夜はほらもう遅いので、明日の朝また来てください。その時は是非僕の胸であなたの――――」
女は無理やりドアをこじ開けると、銀時に食って掛かった。
「お前アホアルカ! 今困ってるネ! 明日の朝まで待てると思うアルか、この天パ!」
銀時は突然の猛攻撃にメンタルブローを食らうとショックを受けた。なんて口の悪い女なのだろうか。危うくその容姿に騙される所であった。こうなれば話は変わってくる。銀時は女をドアの外へ追いやろうと体を押し返すと、女がふらりとよろめいた。
「銀さん、騒いでるみたいですけど何かあったんですか?」
丁度その時リビングからお妙がこちらへとやって来た。だが、玄関で繰り広げられる光景に小さな悲鳴を上げるのだった。
「何してるんですかッ!」
真夜中の訪問者。その女は意識を失うと銀時へと倒れ込み、そして……なんと言う偶然か女の唇が銀時の唇へと重なってしまったのだ。柔らかく甘く、そして温かい。そんな女の唇を銀時は感じながら、彼女の体を支えるので精一杯であった。
「んーっ! ん、ん!」
お妙に助けを求める銀時だったが、冷めた目が痛く突き刺さる。
「グゥ~」
女の腹から聞こえる地響きのような音に倒れた原因を知るのだった。
「ぷはー! こいつ、腹減ってんのかよ!」
「銀さん……見損ないました!」
一部始終を見ていたお妙は銀時から受け取った札を叩きつけると部屋を出て行ってしまった。
「お、おい、ちょっと待て! 待ってくれ!」
銀時は見知らぬ女の体を抱きながら玄関で途方に暮れた。
「どうすんだよ、コレ」
仕方がないと銀時は謎の依頼人をリビングのソファーへ寝かせ、適当に握り飯を作ってやった。
「報酬から引かせてもらうからな!」
「う、う~ん」
薄っすらと開いた女の目。それを見てホッと安心した。銀時は今夜はもう疲れたといびきをかいて眠る新八の隣で朝まで休むのだった。
◇
嫌な目覚めだ。隣に居たのは童貞臭い青年であり、朝っぱらからなんてものを見てしまったのかと銀時は青ざめていた。そういや、昨晩新八を泊まらせたのだ。そしてお妙と……少し気まずい気分だけが残っていた。その理由はなんだっただろうか。銀時はそんな事を考えながら寝室から出ると風呂場へ向かった。確か昨晩はお妙と良い雰囲気になって、だがそれを銀時は壊したのだ。原因を考えながら銀時は脱衣所のドアを開けると――――――
「は?」
「えっ」
目の前の光景に息を飲んだ。美女が自分家の脱衣所で一糸まとわぬ姿で居るのだ。大きな乳房、その先に小さく桜色の乳首が乗っており、小尻ながらも肉付きの良い尻はくびれを更に美しく映し出し、何よりも無毛の――――――銀時はその辺りで叫び声を上げると脱衣所のドアを締めてリビングへと逃げ帰った。
「叫びたいのはこっちアル」
真っ赤な顔をした女は濡れた体をタオルに包むと銀時の後を追うのだった。
まだ心臓がバクバクバクと音を立てている。銀時はソファーに座ると心臓を押さえつけた。頭に焼き付いた体があまりにも完璧でまだ興奮が収まらないのだ。何よりも昨晩あの女が訪問して来た事をすっかりと忘れていた自分に驚いた。そしてもう一つ女の口の悪さにも驚いた。
「なんでシャンプー、ヴィダルサスーンじゃないアルカ! だからお前の髪はモッジャモジャのひん曲がった天パアル!」
「う、うるせー! つうか、人んちで何勝手に風呂に入ってんだよ」
まさかこんなにぶっ飛んだ女だとは第一印象から想像できなかった。きっと依頼もそうとうぶっ飛んだものだろう。銀時は断ろうと思ったが、女の口から出た言葉にその考えを改めた。
「鬼兵組って知ってるアルカ?」
「鬼兵組!」
銀時はこの街に最近進出してきた春雨会の鬼兵組について既に耳にしていた。異国と手を組み、この街を牛耳ろうとしている裏社会の組織である。その鬼兵組の組長である高杉晋助こそ、児童養護施設で共に育った幼馴染であった。だが、残念なことに裏社会から足を洗った銀時とは別離したのだ。それがもう10年も前の話であった。今はどこでどう過ごしているのか、知るのはもっぱら風のウワサだ。
「で、お嬢さんと鬼兵組にどんな関係が?」
すると女は銀時の隣に座り、どこか哀しみに満ちた瞳で銀時を見た。
「お嬢さんじゃない。私は神楽ネ。鬼兵組に送り込まれた兄貴捜してるアル」
「兄貴?」
神楽と名乗った女は今までの自分の人生を銀時に話した。父の蒸発、母の死、そして裏社会に足を踏み入れた兄貴が鉄砲玉として鬼兵組組長の首を獲る為に今この街へ来ていること。銀時はそれを聞き終えると、神楽に対する印象が大きく変わってしまったことに気付いた。ぶっ飛んだ女だなんて思っていたが、一人で重いものを背負って潰れまいと強く生き抜いた結果なのだろうと。
「で、見つけたらどうするつもりだ?」
「人殺しになる前に私が……兄貴を……神威を……止めてみせる」
その声は震えており、バスタオル一枚に身を包んだ寒さのせいかとも思ったが、夜の海のような目の色にそうではないと知った。気休めの言葉は掛けられない。神楽の兄貴・神威を見つけ出せるかどうか、正直五分五分だ。それでも見つけてやりたい気持ちであった。それは神楽の為でもあるが、高杉がマトにかけられる程に影響力のある厄介な男になってしまった事に興味があったのだ。今、この街で何をやらかそうとしているのか。神威を辿れば高杉に辿り着ける。銀時は頷くと了承した。
「てめぇの兄貴、見つけてやるよ」
「本当アルカ! 天パ、最高アルナ!」
そう言って神楽は銀時に飛びつくと、頭をぎゅっと抱え込まれた。そのせいで柔らかく大きな胸が顔に当たる。無邪気に押し付けて良い体ではないと銀時はなんとも言えない表情をしていた。
「つうか、天パじゃねぇ! 俺は坂田銀時だ」
「じゃ、銀ちゃん」
神楽はそう言ってソファーの上に正座をすると三つ指揃えてお辞儀した。
「ふつつか者ですが、どうぞ宜しくアル」
全く妙な挨拶だ。依頼人がそんな挨拶をするなど、今まで聞いたことがない。
「それで、報酬だけど……」
銀時がお金の話を持ち出そうとして、神楽が銀時の唇に人差し指を置いた。
「この神楽ちゃんが一緒に住んでやるアル。有難く思うネ!」
笑顔が眩しい。悔しいがこの純粋に見える笑顔が銀時にはどんなものよりも光輝き、本物に見えた。昨夜彼女を初めて見た時、女神にすら見えた。これでは押しかけ女房ならぬ押しかけ女神である。兄貴が見つかるまで神楽はここに住み込むつもりらしい。嫁入り前の女が……なんて考えていたが、この街でそんな話は無粋である。皆が不健全でだらしのない関係を当たり前に生活しているのだ。誰がこの事実を気にするだろうか。それにはっきりと言えば、家事仕事を任せられる相手がいるのは有り難い。銀時は神楽の同居を認めた。
「一つ、約束しろ。男連れ込むんじゃねーぞ」
神楽は何を言ってるのか理解していないような顔をした。
「おはようございます、銀さん」
その時、寝室の襖が開き、眼鏡を掛けた半裸の青年が顔を出した。それを見た神楽の顔が青ざめる。
「そ、そういう事アルカ。なんかわからんけど、理解したネ」
「なに理解した!? 今、一体何を理解したの!?」
こうして銀時にまた一つ絆が生まれた。この絆がまさか銀時を苦しめることになろうとは、この時はまだ誰も知らないのであった。
◇
この日、銀時は幼馴染である桂小太郎と会っていた。近所の寂れた喫茶店。客もいない。マスターも奥の部屋で相撲中継を観ている。そこで声を潜めるように二人は会話していたのだ。
「つまり高杉はその神威と言う男に狙われていると言うことか」
「お前も指名手配されてんだろ。気をつけろよ」
桂も共に同じ児童養護施設で育った仲間であった。だが、この桂も反政府組織に身を置き、危険な活動をしている――――――のは今は昔。最近は組織の集会で「ツムツム」で遊ぶことが活動の中心となっていた。
「それで、銀時。その娘に俺を会わせてくれんのか」
「いや、もう来る」
銀時は壁に掛かっている時計を見ると、神楽と約束した時間が迫っているのを確認した。すると背後のドアが開き、チャイムが鳴る。
「おう、来たか」
銀時が振り返り見ると、そこにはド派手なツーピースのチャイナドレスに身を包んだ神楽が立っていた。へそがまる見えで、深いスリットからは白い太ももが覗いている。桂は涼しい顔でコーヒーに口を付けているが、銀時はその痴女とも勘違いされかねない格好に冷や汗を掻いていた。
「なんつう格好してんだよ」
「これアルカ? 私の国では普通アル」
そう言われると何も言葉は返せない。神楽は銀時の隣の椅子に腰掛けると、桂をジロリと見て言った。
「私、こいつ知ってるアル」
銀時はしまったと顔を歪めた。桂が指名手配犯である事を神楽には秘密にしていたのだ。もし騒がれ、通報でもされれば厄介な事に巻き込まれかねない。今はそんな時間はないと銀時は桂に逃げろと目配せした。だが、桂は何も気付いていないのか優雅にスマホ片手に「ツムツム」している。
「銀ちゃん、こいつこの間、サツに追い回されてたアル」
「ハハ、ハ、あれだろ? 今流行りの逃走中ごっこだろ? な、ヅラ?」
しかし、桂は何も答えずスマホに夢中だ。
「でも、テロがなんとかとか言われてたネ」
「は? はぁ? なわけねーだろ、ハハ。エロテロリストなんだよこいつ、な? ヅラ」
神楽はそれを聞いて嫌悪感を露わにすると、きもっと小さく呟いた。するとその言葉が桂の怒りに触れたのか、桂は長髪を振り乱し、テーブルを強く叩いた。
「何故……俺は……このステージを突破することができんのだッ!」
どうやら「ツムツム」と言うゲームで突破出来ないステージがあるようだ。それに苛立っていたらしい。神楽はそんな桂に興味を抱いたのか隣に移動すると、スマホ画面を覗き込んだ。
「これは、こいつ使って、こうやっていけば……」
「お、おお! すごいぞ、すごい! 貴様、いやあなたには是非我が集会に顔を出してもらいたい!」
「なんか楽しそうアル! 顔出すネ!」
銀時は二人がよくわからないが盛り上がっている事に少し安心した。通報されるかと思ったが、神楽を見事に懐柔した桂はさすがと言ったところか。だが、正確には桂の作戦でもなんでもなく、ただの趣味の一致である。
「ヅラ、つう事だから何か分かれば情報ながしてくれ」
「わかったぞ、銀時。約束しよう。この我らがリーダーの力になると」
こうして桂の協力が得られはしたが、情報が流れてくるまでにどれくらいの時間が掛かるのか心配でもあった。こちらは高杉の動向どころか神威の動向すら分からない。こうなったら警察関係者からも情報を引き出す必要があった。だが、銀時は違法スレスレの商売をしていることもあり、警察には近づけない。そこで神楽本人が動く必要があると判断した。家出娘と言うことで不安もあったが、警察もこの街で家出娘を相手にする程ヒマではない。銀時はこの後、ある計画を神楽に話すのだった。
自宅のリビングで銀時と神楽は対のソファーに座り向かい合っていた。
「よく下のスナックに飲みに来る客で山崎って男がいる。どうもそいつは警察関係者らしいから、あいつを利用してサツから情報を引き出せ」
しかし神楽はあまり乗り気ではないようだった。長い足を組むと、つまらなさそうな顔をこちらに見せていた。
「なんで私がやるアルカ。銀ちゃんやってヨ。その為に依頼したアル」
「あのな、俺で上手くいくと思うか?」
神楽はそこで少し考えてそれから小さく「あぁ」と答えた。
「そう言うことアルカ。前に……色々あったアルナ? 男女関係……じゃなくて男男関係……」
やっぱり神楽は何か勘違いしていると銀時にははっきりと分かった。この間、新八が泊まった事を言っているのだろう。もう否定するのも馬鹿らしく思えた。
「で、お前に頼めるか? そっちの方は」
神楽は得意気にニコッと笑うと銀時の隣に移動して来た。そして、突然抱きついてくると優しく銀時の頭を撫でたのだった。
「心配いらんアル。お前との事も復縁出来るように私がちゃんと言ってあげるネ」
「あのなぁ……」
柔らかな乳房が顔に押し付けられる。どうしてこうも無遠慮なのか。無邪気と言うもののせいだとしたら、この街では危険すぎると思っていた。しかし、この体だ。今までに男を知らないと言うこともないだろう。そう心配する事でもないかと銀時も神楽の活躍に期待した。
「じゃ、俺は下のスナックに飲みに出てくるから」
「分かったアル」
お前も来るかと言いたかったが、もし山崎が居れば厄介だ。銀時は紹介はまた別の日にするかと一人でスナックお登勢へと出かけるのだった。
いつも通りに暖簾をくぐる。カウンターからは店主のお登勢からの痛い視線が突き刺さる。ホステスのキャサリンからも、たまからも。
「えっ、なに?」
「銀時、そこ座んな!」
これは何かマズい空気だ。逃げ出そう。そう思ったが、たまの持っているモップが飛んできて、銀時を直撃した。
「銀時様、お話があります」
「こっちにはねぇんだけど……」
しかし、キャサリンに引きずられると銀時は椅子に座らされ尋問を受ける事になるのだった。
「それで……若い女と暮らしはじめたんだって?」
神楽のことを新八かお妙から聞いたのだろう。後日話そうと思っていたのだが、仕方ないかと銀時は観念して神楽のことを話した。
「ある事情があってな、それが片付くまでうちで面倒見ることにしたんだよ」
「サカタ、サイテーダナ」
キャサリンが冷たく言い放つ。その言葉に銀時のこめかみに青筋が浮かび上がった。
「あ? なにが?」
「そうです。銀時様。お妙様と言う女性がいながらサイテーです」
焦った。どこでどう伝わっているのか分からないが、お妙とは何もない。
「ちょっと待てお前ら! そもそも俺はお妙と何もねぇって」
「でも、お妙はそうは思ってないだろうね。あんたに弄ばれたと思ってるだろう。可哀想に」
「はー! 待て! 俺がいつ弄んだよ。あのな、それに神楽は飽くまで依頼人なんだよ。それ以上も以下もねぇ」
利害の一致で共に行動しているだけで、やましい気持ちなど銀時はもちろん神楽には一切ないのだ。間違っても間違いなど起こらないと間違いなく言える。
「神楽って言うのかい、その娘」
「ああ、天涯孤独なんだよ。それで俺を訪ねて来たんだ」
「バカダロ! ソンナ古イ女ノ手二ハマリヤガッテ」
神楽の言葉が事実だと確かめる手段はない。それでもあの日語った神楽の言葉に嘘があるとは思えなかったのだ。銀時は知っていた。愛する者を失う痛みとその瞳に落ちる影を。
「そうですね。もし騙すつもりなら銀時様ではなくお金持ちを狙うでしょうし」
皆が自分を心配して色々言ってくる事は分かっているが、神楽と過ごしたこの数日、微塵も裏を感じたことはなかった。自分でも何故こんなに他人を手放しに信用出来るのだろうかと不思議だったが、どこか高杉と言う存在が二人を繋いでいる事にシンパシーを感じたのだろう。銀時はそう思っていた。
「お前に金なんてないのは私らが一番知ってるってもんよ」
お登勢もキャサリンも納得したのか、ようやく銀時は解放された。
「じゃ、今日はもう帰るわ」
「今度、その神楽様を連れて来て下さいね」
たまの言葉に銀時は軽く笑った。自分が信用されているように感じたのだ。
「ああ、連れてくる」
「でも、お前が女に手を出さないとも思えないけどね。まぁ、私には関係ないか。お妙にはお前から話すんだよ」
お妙に話すことなど何もないと思っているが、あの夜勘違いされたまま別れたっきりだ。銀時はスナックを出ると家には帰らずにお妙が勤務するキャバクラへと向かうのだった。
賑やかなホール。派手に騒いで飲んでいる連中もいる中、銀時の表情はそう明るいものではなかった。
「銀さん、お金持ってるんですか」
席について待っていると和服姿のお妙が隣に座った。
「良い着物だな」
柄にもなく褒めてみたがお妙は愛想笑いさえ返してはくれなかった。
「この間、勘違いさせたこと謝りに来た」
お妙は酒を作りながらこちらを見ずに言った。
「勘違い、どれのことですか?」
「ほら、新八が酔いつぶれた夜だよ」
するとお妙は赤い顔でこちらを真っ直ぐに見ると逃げることなく言い放った。
「私に気があると勘違いさせた事を言ってるんですか? それともあの女性との関係を勘違いさせた事ですか?」
銀時は言葉に詰まった。お妙は本気らしい。諦める気配はなかった。こんな汚れた街で生きている女だと言うのに、真っ直ぐで濁りがない。だからと言って純真無垢とは言えないが、お妙の気持ちを考えれば何かはっきりとした言葉をかけてやるのが彼女の為だと思った。それがお妙にとって良いものか悪いものかは別にして。
「あのな、黙って聞いてくれ」
銀時はお妙から酒の入ったグラスを受け取ると一口喉に流し込んだ。
「あの娘、神楽って言って、依頼者なんだよ」
「依頼人に玄関先であんなふうにするんですか」
「言っても信じねえだろうが、あいつがぶっ倒れて……それでどういうわけかブチュっと」
お妙は信じられないと言ったふうな顔をしていたが、すぐにいつもの柔らかい表情になりクスクスと笑った。
「おかしい。いいわけ、してくれるんですね」
その言葉に銀時の耳が赤く染まった。改めて良い女だと思ったのだ。男をうまく扱える良い女だと。
「だから、あいつとは何にもねえ。利害の一致で依頼が終わるまで行動を共にしてるだけだ」
自分でも不思議なくらいに言葉選びが慎重だった。お妙の誤解を解きたい一心なのだろうか。はっきりとは分からない。ただひとつ見えているのは、お妙を手放すには惜しいと考えていて、神楽はただの依頼人。それだけだ。
「わかりました。それじゃ、今度の休み……買い物に付き合ってくれませんか?」
「分かった。約束な」
そうして銀時はお妙の誤解を解くことに成功するとキャバクラをあとにした。その後、自分のアパートへ戻ると、テーブルの上に書き置きが残されていた。
《ぎんちんへ ちょっとでかけてきます かぐらより》
平仮名ばかりの文字。そこで神楽が異国から一人この街へ来たことを改めて考えた。どんなに不安だっただろうか。どんな思いでこの部屋のドアを叩いたのだろうか。力になってやらないわけにはいかない。銀時は着ていたジャケットを脱ぎ、シャツを脱ぐとズボンも脱いで下着姿になりながら、風呂場まで歩いた。脱衣所で最後の一枚を脱ごうと思ってドアを開けると――――――またしても神楽がそこには居た。一糸まとわぬ姿でだ。
「銀ちゃんッ!」
しかし神楽は体を隠すことなく銀時の腕を取るとこう言った。
「心は女子なんでしょ? 一緒に入るアルカ?」
「あ? は?」
幾らでも嘘はつけた。だが、それは口先だけである。残念なことに銀時は身も心も男であった。神楽の生身の体に下着を大きく押し上げる膨らみが生まれてしまったのだ。
「えっ、えっ、銀ちゃんッ! それって!」
神楽が悲鳴を上げ始める。
「だからお前の勘違いだって……」
「キャァアアアアアア!」
神楽の叫び声と張り手。銀時はぶっ飛ばされると床へ倒れ込んだ。そしてこれからは忘れずにドアをノックしようと心に決めたのだった。
リビングのソファーにて。湯上がりの神楽と氷で頬を冷やす銀時。
「手紙置いてただろ。もうてっきりいないものかと」
「それは風呂入る前に書いておいただけネ」
色々とタイミングが悪かったらしい。そして神楽の疑うような目がこちらへ向けられる。
「銀ちゃん、普通の男だったアルナ」
「てめーが勝手に勘違いしたんだろ!」
「私……もうお嫁に行けないアルッ!」
そう言って神楽は両手で顔を覆うも何か思い出したのか、時計を見るとソファーから立ち上がった。
「そろそろ行ってくるネ」
「どこに?」
「警察のヤツと知り合えたから、情報教えてもらう代わりに協力することになったネ」
どうやらおとり捜査への協力を頼まれたらしい。銀時は少々心配であった。この街で起きる事件は大抵がろくでも無い。こんな美人に協力させる事件など非常に怪しいのだ。銀時は机の引き出しから小さな部品のようなものを取り出した。
「神楽、コレは超小型盗聴器だ。何かあればコレで助け呼べ」
神楽は銀時からマイクを受け取ると髪飾りの中へと突っ込んだ。
「聞こえるアルカ?」
「ああ、問題ねェ。場所の追跡は出来ねえから、場所を移動する度に自然に会話の中で俺に教えろ。それと助けに入る合言葉を決めておこうぜ」
神楽はうーんと悩んで、手をパチンと打った。
「よく鳥の名前が使われるアル! 前に漫画で読んだネ」
「鳥の名前?」
「そうネ。スズメとかカラスとか、イーグルとかコンドルとか」
自然な会話の流れに組み込むことが出来るかはわからなかったが、神楽が覚えやすいものが良いと思った。
「フラミンゴ! 銀ちゃん、フラミンゴが良いネ!」
「はぁあああ!? なにそれ、危機感全くねえだろ!」
「それじゃ、ヘルプのHでいいジャン。エッチって言ったら助けに来いヨ」
それならまだマシかと銀時は承諾した。こうして神楽を送り出した銀時は受信機の電源を付けて、神楽が一体何に協力するのかを知ることになった。
数分後、神楽が誰かと会話する声が聞こえてきた。
「てめーか。ザキが言ってた女は」
若い男の声であった。
「私は神楽ネ。お前は?」
「俺は……コードネーム・Sだ」
なんとなく中二病臭いが、それは今は問題ではないと銀時は耳を澄ましていた。
「本当に警察カヨ、お前」
「ほら、見てみろ。警察手帳もってんだろ」
「手帳に書いてる《沖田総悟》ってお前の名前アルカ」
さっそくそこでコードネームが意味をなさなくなった事に銀時は不安になった。この沖田、実はすごく馬鹿なんじゃないかと。
「それでなにするアルカ?」
「今からこの下心整体に行ってもらう」
聞き覚えのない店の名前であった。マッサージ店だと思うが、最近出来たものなのだろうか。銀時はメモに控えた。
「行くだけネ?」
「この整体で施術を受けた若い女数名が暴行を受けたと被害を訴えてんだが、全員が意識を失い証拠がねーんだ。だから、ここはてめーに協力してもらってこの小型カメラで証拠を掴みてェ」
「そいつ何アルカ! 許せんアル!」
「だろ? だからこそ証拠を掴んでブタ箱に送り込みてーんでさァ」
この会話を聞いていた銀時は青ざめた。つまり神楽が被害を受ける可能性があると言うことだ。もし警察が間に合わなければどうなるのか。神楽は眠らされたまま……銀時はそこで桂に連絡をいれると至急《下心整体》の場所を調べて欲しいと頼んだ。そして自分は受信機を持つと家を出てスクーターへと跨った。神楽を止めに行かなければ。そうしてエンジンをかけた時だった。
「銀さん!」
新八がこちらへと駆けて来たのだ。
「今学校が終わったんですけど」
「んな事は良いから乗れ!」
銀時は新八にヘルメットを渡すと二人は夜の歌舞伎町を走った。
さっきまで神楽が居たと思われるファミレスへ向かうも既に姿はなく、移動した後のようであった。新八は何がなんだか分からないと言ったふうで、説明して欲しそうにしていた。とりあえず桂からの連絡を待つしかないと銀時はファミレスのボックス席へ座ると、新八に神楽が頼まれたおとり捜査について話した。
「じゃあ、神楽ちゃんは今その整体に?」
受信機からは会話は聞こえず、布の擦れる音だけが聞こえる。息が詰まりそうだ。嫌な予感がしていた。
「着替え終わりましたか?」
男の野太い声が聞こえて、虫酸が走る。だが桂から連絡はなく、痺れを切らした銀時は新八を山崎の元へ遣いに出した。整体の場所を聞き出させる為だ。一体神楽は今どこに居るのか。
「水着、小さくないアルカ?」
どうやら神楽は水着を着せられているらしい。
「小さくありませんよ。整体ではオイルを使いますので面積は小さめにしています。ではこちらのベッドに足を垂らしてお座り下さい」
そこから他愛のない会話が繰り広げられる。僅かだか《この整体師は犯罪とは縁のない普通の男かもしれない》どこかそんな期待もしているのだが、次第にその考えは溶けていった。
「お嬢さん、お胸が大きいから凝るでしょう」
「そ、えっ、待ってヨ、どこ触ってるアルカ」
ヌチャヌチャとオイルまみれの手が肌の上を滑る音が聞こえる。
「鎖骨をマッサージしていきますね。ここは老廃物が……」
「なんか、体が……力、入らん……アル……フラメンコ!」
「えっ、お嬢さん。今なんて?」
神楽は壊れたラジオのようにフラメンコと連呼していた。銀時は思わず席から立ち上がった。これはきっと最初に神楽と決めた合図・フラミンゴのことを言っているのだろう。しかし、桂から連絡はない。額に脂汗が滲んでくるもどうする事も出来ず、銀時は拳を握りしめた。受信機からは男の興奮した声が絶え間なく聞こえてくる。
「あらら、どうしちゃったんですか? 水着越しでも分かるくらいに乳首が勃起してきましたね~」
その時だった。新八が戻ってきたのだ。
「銀さん! 場所わかりましたよ!」
整体の場所を聞き出した銀時は一人スクーターに飛び乗ると、速度超過も気にせずぶっ飛ばした。だが、こんな時に限ってサイレンを慣らしたパトカーが銀時を止めにかかったのだ。
「そこのスクーター、止まれ! 止まらねェつうなら撃つぞゴルァ」
なんて警察だろうか。銀時はその声も無視し、全速力で飛ばすもパトカーに進路を塞がれてしまった。
「ふざけんな! てめーんとこの沖田のせいで、女が一人襲われかけてんだぞバカヤロー!」
銀時はパトカーから降りてきた男に掴みかかると、その男は咥えていた煙草を路上に捨てた。
「今なんつった。沖田って総悟か?」
「そうだ! コードネーム・Sのバカヤローだ! 分かったらさっさと乗せて行け!」
この間も受信機からは男のねばついた嫌悪感溢れる声が漏れ続ける。
「さ、お乳首ピュっピュっしていきましょうね。固くなってるね~。気持ちいいんだね~」
銀時はハンドルを握る男に怒鳴りつけた。
「早くしろォォオ! 空とか飛べねーのかよッッ!」
「うるせェ、これでも人轢かないだけマシだと思えッ!」
受信機の向こうでは何が行われているのだろうか。ヌチャヌチャと粘液性のある音が漏れている。それに加えて男の荒い呼吸が聞こえる。
「ハァ、ハァ、今からこれでね、体の中をほぐして……ハァハァ……」
暴走パトカーは雑居ビルに辿り着くと銀時は転げるように飛び降りた。目指すはビルの2階。下心整体の文字が窓に書かれている。あの部屋の中で意識を失った神楽が今にも食われようとしている。銀時は必死に階段を駆け上がるとドアを蹴破ろう……ドアが木っ端微塵に吹っ飛んでいた。
「婦女暴行の現行犯で逮捕する」
その声の方へと進めば一人の若い男が下半身まる出しの男に手錠を掛けている所であった。神楽の姿を探せば、毛布に包まれてある人物の腕に……いや、ある白い化物に抱かれていたのだ。黄色いくちばし、大きな目。そして片手にはプラカード。
《リーダーは無事だ》
どうやら桂が先回りし、間一髪で神楽は助かったようだ。ひとまずは安心した。
「ところでお前、本当にヅラか?」
《しーッ! 黙れ銀時》
さすがに指名手配犯がウロウロと出来ないと思ったのか、桂は化物のキグルミを着てやって来たようなのだ。かえって目立つだろうと思ったが、神楽を助けた事実は揺らがない。馬鹿は馬鹿でもそこで逮捕した男に蹴りを入れている馬鹿よりずっとマシだと思ったのだ。すると若い男は視線に気付いたのかこちらを見た。
「あんたら何者だ?」
「そういうテメーは名乗んねぇのか」
男は何か言おうとしていたが、ようやく上がってきたパトカーの運転手に頭を叩かれそれどころではなくなった。
「総悟ォォ! テメェ、なに勝手な捜査してんだコラ」
よく見るとパトカーの運転手は刑事と言った風貌でスーツにコートを羽織っており、総悟と呼ばれた男は制服警官であった。
「うるせーや、土方さん。俺が実績上げんのがそんなに怖いんですか」
刑事の方は土方と呼ばれているらしく、どうやら沖田総悟がこの若い男のことらしい。銀時は桂から眠っている神楽を受け取ると抱きかかえた。そして警察二人に凄むのだった。
「おい、土方。てめーが責任者か」
呼ばれた土方はさすがにこの状況は問題があると分かっているのか、バツの悪そうな顔をしていた。
「話なら全て署で聞く」
そんなことを言った土方に銀時は一歩近づきニヤリと笑った。だがその顔は決して喜びの感情から作られたものではなかった。
「若い娘が乱暴されかけて第一声がそれか。サツってのは礼儀がなってねーなゴルァ」
「じゃなんだ。責任取って嫁にもらえば満足か」
一触即発の空気だ。この場に遅れて飛び込んできた新八がどうにか間に入ってその日は事なきを得たが、銀時の怒りは収まらなかった。神楽がいくら無事だったとは言え、眠らされ体を弄られたのだ。土方に沖田。銀時はしっかりとその名前とあの面を覚えた。今度会った時、必ず詫びを入れさせてやると。
その後、神楽は布団の中で目を覚ますと自分が裸である事に驚き叫んだ。
「な、なななな、どういうことだヨぉおお!」
銀時はリビングでその声を聞くと食べかけのプリンを手にしたまま神楽の元へと向かった。
「よぉ、大丈夫か」
神楽の顔は青ざめており、銀時を明らかに疑って見ていた。
「ちげーッッ! 俺じゃねぇから。お前覚えてねぇの? 沖田ってサツにおとり捜査依頼されただろ」
「そうアル。思い出したネ」
銀時は不安そうな神楽に何も起こらなかったことを伝えてやると布団の傍らにしゃがみ込んだ。そして、プリンを一口食わしてやった。
「……まぁ、すぐに立ち直るつうのは無理な話だろうけど、お前は大丈夫だ。これからは銀さんがちゃんと側についててやるから」
銀時にはそれくらいしか言葉をかける事ができなかった。こんな右も左も分からない娘を危険な街に投げ出した自分にも責任があると思っていた。だが、そんな心配も必要のないくらい神楽は立ち直り……いや、それを通り越し、物騒な言葉を口にしていた。
「それよりも沖田ァァア! 今度会ったら絶対にぶっ殺すアル」
そう言われても仕方ないだろう。今頃どこかでクシャミをしている沖田は背筋をゾクゾクと震わせていた。
「あれ? 俺、風邪でもひいたか?」
「テメェが風邪ひくわけねーだろ! このアホが。とんでもねェことしでかしてくれたな」
そんな会話が繰り広げられている事を知らない神楽は沖田への殺意を口にすると、銀時に向かってアーンと口を開けた。プリンの催促らしい。食わせてやると笑顔が少し戻って来た。
「プリンくらい、いくらでも食わせてやるよ」
「本当アルカ? 銀ちゃんサイコーアルナ!」
辛い目に遭ったと言うのになんて健気なのだろうか。銀時はどれくらいか振りに心に平穏を感じ、自然と口角が上がった。
「ところで、私の裸、誰が見たアルカ!」
正確には分からないが、整体師、桂、沖田は確実に見たのではないかと思っていた。だが、それを正直に答えるのは気が引けて銀時は誤魔化した。
「で、でも、ほら、お前キレーな体してんだろ。見られたってマズいもんじゃねーしさ……」
「本気で言ってんのかヨ! そういう問題じゃないアル。好きな人にだけしか見せたくないネ」
そう言われると胸が痛んだ。もう二度は見たのだ。悪いことをしたと銀時は深く反省した。
「だよな。今度からは俺も気をつけて……」
「でも銀ちゃん、本当に来てくれたアルナ。ありがとネ」
可愛い顔に似合わず辛辣であったり、暴言が酷いこともあるがこんな笑顔を見せられると全てどうでもよく感じてしまう。黙っていれば女神に見え、笑えば天使。だが時折顔を出す危なっかしさは小悪魔。こんな興味をひく人間はそうそう居ないと神楽へと膨れる好奇心を感じた。見ていて飽きないのだ。もしかするとペットを飼うとこんな気持ちになるのだろうかと妙に納得した。
都会のど真ん中。星も見えない空は徐々に明るくなり始める。酒は抜け、まやかしの愛は消え去る。人々は蜘蛛の子を散らすにいなくなると孤独が増す。素性の良くわからない客とその相手をする男は一つのプリンを分け合って食べていた。生まれたばかりの絆が妙にくすぐったい。まだこの絆の危うさに銀時は気づかず、朝日を浴びるのだった。
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