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7.分かれ道

 

サドを誘うにしても……どちらにしても私は、もう一度屯所を訪ねなければいけないと思っていた。

まだ誤解もとけてない。

トッシーが代わりに、サドに本当の事を言ってくれるとも思えなかった。

私は乗り気じゃなかったけど、万事屋を出て屯所へと向かった。

 

「オイ、オマエ。沖田はいるかコノヤロー」

 

前回のことをまだ根に持っていた私は、軽そうな頭の門番に傘の先端を突き付けた。

 

「ちょっと!あんた、我々が警察だって分かってんのッッ?」

「良いから沖田の居場所を言え!」

「なんだ騒々しい」

 

門の向こうから現れたのは、この間私に現実を突き付けたあの男だった。

 

「副長ォ!助けて下さい!」

 

私は傘の先端をトッシーに向け直すと、出来るだけ落ち着いた口調で言葉を発した。

 

「沖田の居場所を教えろヨ」

「……この女は俺が預かる」

 

顔色一つ変えないトッシーは、煙草の煙を吐き出しながら門番にそう告げると私の手首に錠をかけた。

ひんやりと冷たい金属の感触と切れ長のトッシーの目が、私に痛みを与えてるような気がした。

私はその後、トッシーに繋がれたまま抗う事もなく取調室へと連行された。

 

「今日は布団の外で働いてるアルカ」

 

安っぽいパイプイスに座らされた私は、机を挟んで正面に座るトッシーに皮肉を込めてそう言ってやった。

なんで手錠かけられなきゃなんないネ。

私の不満はこの間の事も含めてピークに達していた。

それなのに、ちっとも抗わない自分に嫌気がさした。

一体、どうなってるんだろうと。

 

トッシーは私の不愉快な表情を見たせいか、ようやく煙草を灰皿へ押し付けた。

 

「あのな、あの日は非番で……」

「サドは仕事アルカ?」

 

私は興味ないと言わんばかりに遮ってサドのことを質問した。

 

「あぁ、仕事だ」

 

それが嘘だって私には分かった。

トッシーの落ち着きのない目の動きと息遣い。

嘘を吐いている人間のそれだった。

私をガキだと思って舐めてるアルか?

 

「総悟に何の用だ」

 

きっとトッシーはそれが知りたくて私に嘘を吐いている。

そう、確かめたがってる。

この間言いかけた“あのこと”を。

 

「私はサドに用事あるネ」

「俺じゃ代わりは務まらねェのかよ」

 

私は手錠で繋がれてる腕をもう片方の手で指差した。

 

「これ、早く外せヨ」

「一つテメェに聞いておきたいことがある」

 

私の体は途端に硬くなった。

トッシーに尋ねられるとすれば“あのこと”くらいで。

だけど、本当の事を答える必要はどこにもない。

トッシーが私に嘘を吐いたように、私も嘘を吐き返せばいいだけ。

 

「総悟に惚れてんのか?」

 

やっぱり。

心なしか呼吸が荒くなる。

瞳も冷静な頭とは対照的に脇へ脇へと流れてしまう。

 

「なワケないダロ」

 

トッシーの顔を見ずに言ったこの言葉をどんな風に受け止めるか。

嘘だって見抜かれてても仕方ない程に、私の弱く震えた心は正直だった。

だけど、トッシーは黙って何も言わずに私の錠を解いた。

 

「そういや、総悟を吉原で見たって言ってたな?」

 

トッシーは煙草を取り出すと口に加えて火を点けた。

吐き出した煙が天井まで昇って行って、こないだ二人で布団に並んで寝転んでいた風景を思い出した。

そのせいで、先ほどまでの理由とは別にトッシーの顔が見れなくなった。

 

「客として……テメェが相手したわけじゃねェんだな?」

「何回もしつこいネ。私は万事屋アル」

 

たとえサドが本当に100万円を持ってきたとしても、私はそんなカネ絶対に受け取らない。

トッシーは何を心配してこんな事を聞いてくるのか。

そもそも、私に手錠をかけたのはこの為アルカ?

 

「そんなの聞いてどうするアルカ?サドもガキじゃないネ。オマエが心配しなくても……上手に遊ぶアル」

 

あんなに遊女を侍らせて、女の扱いにも慣れてんダロ。

保護者のつもりか知らないけど、トッシーの方が下手に遊んでるように見えた。

 

「少なくともオマエみたいに飛び掛かったりしないアル」

「あれはな」

「飢えてるアルカ?」

「だから、そうじゃねェ」

「オマエ、遊ぶの向いてないヨ」

 

トッシーは項垂れると軽く首を振った。

それを見て、トッシーがあんな遊び方をするのには何か理由があるような気がした。

それが京へ行ったせいなのか、たくさんの血を見た後遺症なのか。

それとも、発情期か。

私には分からなかったけど、少しヤツが可哀想に見えた。

 

私は取調室から出ると、とりあえずサドの居場所を探そうと屯所内を彷徨いた。

居るかどうか分からなかったけど、トッシーは教えてくれないし、他の隊士も全然見当たらないし、探す以外どうしようもなかった。

 

たまたま一室を通り過ぎようとした時だった。

ガタンと音がして戸が開かれた。

 

「何してんだ」

「あ、あれ?」

 

思わぬ所でサドに遭遇した。

あれだけウロウロと練り歩いて、結局取調室のすぐ横の部屋からサドは出てきた。

 

やっぱり、仕事が休みだったらしく和装で私の前に現れた。

 

「今、時間あるネ?」

「てめーに使う時間はねぇよ」

 

悪びれる様子もなく、そう悪態をつくサドに、私はピキッと何かにヒビが入る音が聞こえた。

 

「なかったら作れるヨ」

「じゃあ、作ってやるから靴でも舐めろィ」

 

今度はピキッと音が聞こえただけじゃなく、確実に私はサドにムカついた。

次の瞬間には、サドに向かって拳を繰り出していた。

 

「重そうな体になった割には鈍ってねぇな」

「成長したって言えないアルカッ!」

 

気付けば狭い廊下で取っ組み合いになっていた。

あまりの激しさに、あんなにも出会わなかった隊士達が次々と集まってきた。

それでも私たちは止まらなくて、疲れ果ててしまうまで拳を繰り出し続けた。

 

だけど、嫌な気なんてしなかった。

久々にサドと本気でぶつかり合えるのが、私には喜びですらあった。

昔の二人に戻れたみたい。

そんな事を思ってた。

 

「テメェら、外でやれッ!」

 

突然の怒号と共に引き裂かれた私とサドは、廊下の端でしりもちをついた。

 

「オイ、総悟。テメェもガキじゃねェんだ、わきまえろ」

 

トッシーが私達二人を止めたようだった。

サドはふて腐れた顔でトッシーを睨んでいた。

 

「女とどんな遊び方しようが俺の勝手だろィ」

 

トッシーは冷めた顔でサドを蹴りあげると取調室へと押し込めた。

私もトッシーに腕を取られるとまた取調室へと戻された。

これにはさすがにサドもキレたみたいで、トッシーの胸ぐらを掴みにかかった。

 

「蹴るこたァねーだろィ!あんた何ピリピリしてんでさァ!」

 

トッシーは冷めた表情を崩す事はなく、サドに胸ぐらを捕まれたまま煙草をふかしていた。

 

「何か言えよ!俺ァ、知ってるんだぜ。あんたが狂ったように女遊びするワケ」

 

それまで冷静に見えてたトッシーだけど、サドのその発言で態度を一変させた。

刀を取り出すとサドの首に刃の先をあてがった。

瞳は酷く瞳孔が開いていて、私は思わず息をのんだ。

 

「テメェもその首惜しかったら、安い女買ってんじゃねェ」

「言われなくても俺は一人も買ってねぇ」

 

トッシーは興奮冷めやらぬまま乱暴に取調室のドアを開けると、私達の前から姿を消した。

 

私は立ち尽くすサドになんて声を掛ければ良いか分からなかった。

二人の間に何かわだかまりがあるのは見てとれた。

それはきっと、私なんか介入した所で解決しないだろう。

そもそも、元はと言えば私がサドを殴りに掛かった事から始まった騒動で……

 

「俺に用があるんだったな。部屋で聞く。ついて来い」

 

サドは感情を押し殺したように、何もないような顔をするも私には分かった。

まだ苛立ってることが。

 

「あ、うん」

 

私にこの状況でサドをパーティーに誘う勇気があるとは思えなかった。

それよりも、今さっき見た光景が脳裏に焼き付いて離れないでいた。

本気でヤり合うような空気さえ感じた二人は、私の知らない二年間をどう過ごしたのか。

 

初めて足を踏み入れるサドの部屋で私は何から話そうかと悩んでいた。

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