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28.始まりの鐘

 

振り返り見ると銀ちゃんはソファーから立ち上がっていて、私を真っ直ぐな瞳で見つめていた。

その様子に私は思わず息を飲んだ。

今から掛けられる言葉が私にとって厳しいものだとしても、私は真摯にそれを受け入れるつもりでいた。

 

見ている先の銀ちゃんは体に羽織ってるだけの着物を脱ぎ捨てると、ソファーを越えて私の正面に立った。

 

「何アルカ?」

 

厳しい表情のまま迫ってくる銀ちゃんに私はどうすれば良いか分からなくて、寝室へとずるずる後退りをした。

その間も銀ちゃんは何も話さないで私を真っ直ぐな目で見ている。

 

「えっ、何ヨ。本当に」

 

遂に私は寝室の壁際にまで追い詰められた。

銀ちゃんは黙って私を見下ろしていて、それを少し不気味に思っていた。

 

「銀ちゃん?」

「なぁ、神楽」

 

銀ちゃんはようやく口を開いた。

銀ちゃんの瞳をいくら覗いても、今から何を話すのか、私には汲むことが出来なかった。

ゴクリと唾を飲んだ。

 

「約束しねぇ?」

「約束?」

「あぁ。約束」

 

私はそれにコクンと頷いた。

 

「もう、この事で謝んな」

「それが約束アルカ?」

「あぁ、そうだ。それが守れねぇってんなら……」

「守るアル!」

 

もし、守れない事で銀ちゃんが側から離れてしまうのだとしたら、私は絶対にこの約束を破りたくない。

即答した私は右手の小指を銀ちゃんに差し出した。

銀ちゃんもようやく柔らかい表情に戻ると、それに小指を絡ませて二人で指切りをした。

 

「もう、過ぎた事だろ。それに俺もこの気持ちに気付かれたくはなかったし、何よりもバレてねぇなんて思ってたのにな」

「じゃあ、あのまま気付かないフリを私も続けてた方が良かったアルカ?」

 

銀ちゃんはおもむろに着ていたシャツを脱ぎ始めた。

 

「それはまぁ、また別の話だけどな」

 

話しながらシャツを脱ぎ終えると次はズボンのベルトに手を掛けた。

私は思わず銀ちゃんから目を逸らすと、それに気付いた銀ちゃんが私の顔を覗き込んだ。

 

「はぁ?何だよ」

「そそそそっちこそ急に何ヨ!」

 

銀ちゃんは嫌そうな表情を浮かべると私に背を向けて、畳の上に置いてある寝間着に着替え始めた。

 

「前までなら平気だった癖によぉ……男の裸に抵抗を覚えるようになっちまったか」

「……ご、ごめんアル」

 

私がサドやトッシーとの間で起こった出来事に、銀ちゃんは妬いてるのか、それとも嫌悪感を抱いてるのか不愉快な表情を浮かべていた。

それに私は謝る事しか出来なかった。

 

「今、また謝ったよな?」

「これは、だって……」

 

銀ちゃんは謝った私にしつこいと怒る所か嬉しそうな、だけど何処と無く攻撃的な笑みを作っていた。

嫌な予感がするネ。

 

「神楽、次また謝ったら罰を与えるって銀さん言ったよな」

「言ってないアル!」

「いやいや、確かに言ったよ。心ん中で」

 

そんなの分かるワケないダロ。

私はもし銀ちゃんが私を痛め付けようとして来たら、何もかもを忘れて全力で抵抗しようと思ってた。

思ってたのに……

 

「もう、謝んなって言っただろ?」

 

銀ちゃんは私の両腕を思いっきり押さえつけてきた。

だけど、怪力の私の力は一ミリも発揮されなかった。

それどころか、力は益々入らなくなる。

だって、銀ちゃんの顔がこんなに近いから。

熱い息が顔にかかる。

それに私は身体中が痺れるような感覚になった。

 

「神楽、これは罰だからな」

「銀ちゃん、まだ酔ってるアルカ?」

「かもな。目眩がひでぇ」

 

銀ちゃんの赤い顔が本当にすぐ近くにあって、銀ちゃんも恥ずかしがってるのが分かった。

だったら、しなきゃいいのに。

こうまでして焦ったようにするのには、何か意味があるのかな。

だけど、この後、私は分かってしまった。

銀ちゃんが口づけを急いだワケが。

 

銀ちゃんの熱が私の唇に伝わったと思ったら、あっと言う間に私の熱も絡め取られてしまった。

恥ずかしがってる人間のそれとは思えない程に、激しく熱く深いキスだった。

必死に思えた。

全然、余裕なんてない。

一人で苦悩しながら万事屋を護ってきたように、銀ちゃんのキスまでもが必死だった。

その原因は分かっていた。

私が一番最初に銀ちゃんを選ばなかったから。

だから、銀ちゃんは私の体から記憶を奪おうと、自分を植え付けようと必死なんだ。

銀ちゃんの悔しさや、苛立ち。

そして、何よりも私への愛しさが銀ちゃんの唇から伝わってくる。

でも、もう心配しないでいいアル。

私は銀ちゃんでいっぱいだから。

だから、私も銀ちゃんに伝わってヨと“あいしてる”を口唇に押し込めた。

 

「神楽」

 

銀ちゃんは唇を離すと私の首元に顔を埋めた。

抱き締めた体は熱く火照っていて、私もそのせいか目眩が酷かった。

夢見てるような不思議な感覚。

今、起こってることが現実なのか分からない。

抱き締め合ってると言うよりは、支え合ってるような二人の体は既に限界が来ていた。

まるで崩れ落ちる様に私と銀ちゃんは床の上に伏せると、どちらともなくまた絡まり合った。

 

特別な事は何一つしない。

敷いたままになってた布団の上で、私と銀ちゃんはただお互いに触れ合った。

何が好きだとか、何が苦手だとか、生まれた星はどうだとか、万事屋の前はどうだとか。

お互いの知ってる部分も知らない部分も全てをさらけ出して、深いところまで触れ合った。

 

それが凄く心地よくて、体は沸騰しそうなほど熱いのに心は凄く穏やかだった。

これは銀ちゃんとだから。

他の誰でもなく、銀ちゃんだから。

それを口にしようとしたけど、叶いそうもなかった。

私の言葉も思考もすっかり鈍ってしまったから。

 

「ぎっ、ちゃん」

 

やっと言えたのがその言葉で、それ以外はもう声にならなかった。

あまりの心地よさは、私を空っぽにしてしまった。

全部、銀ちゃんが悪いんだ。

だけど、銀ちゃんはそんな私を切ない顔で眺めていた。

 

「なぁ、神楽。あの……腹減ったんだけど……銀さん、我慢出来そうにねぇんだけど」

「食べちゃいたいアルカ?」

「そりゃ、もう」

 

あまりにも銀ちゃんが必死だから、私は準備も全然整ってなかったけれど、仕方ないフリをして頷いてあげた。

 

「仕方ないアル。少しだけネ、少しだけ」

 

そう言うと、銀ちゃんは私にキスをしてくれた。

そして、汗をタラリと流しながら軽く笑ってみせた。

 

「少ししか胃に入れねぇのが一番カラダに毒だわ。余計に腹が減ってしゃーねーんだけど」

 

辛いのか、少し苦しいのか。

歪み行く銀ちゃんの表情が限界だと言っていた。

 

「やっぱり、神楽ぁ」

「情けない声出すなヨ。全部食べてしまいたいアルカ?」

 

私は自分の上に被さっている銀ちゃんの首に腕を回して引き寄せると、額に軽いキスをした。

 

「いいヨ。一つ残らず食べちゃっ……」

 

私の言葉も聞き終わらない内に銀ちゃんは手を出した。

そんな飢えた獣の様に食事をする姿に、よっぽど我慢してた事が窺えた。

それはすごく照れくさくて、だけど嬉しい事だった。

こんな銀ちゃん、初めて見た。

それはきっと銀ちゃんも同じなんだろうけど。

 

お互いに見たことのない相手を体を使って知っていく。

それは見せたい部分だけじゃなく、隠したい部分も顕にする。

そして、私よりずっと大人だと思ってた銀ちゃんの弱気な部分も見え隠れした。

 

「私、比べたりなんてしないアル」

「そう言う事を口に出して言うな、湿気んだろ」

「銀ちゃんの側にいられたらそれで満足アル」

「…………」

 

全部一から二人で始めるんだから、新しい私と銀ちゃんの関係を築くんだから、余計な事は気にしないで欲しい。

謝るなって言う銀ちゃんもそう言う意味で言ったんでしょ?

だったら、そんな辛そうな顔をしてないでヨ。

 

「全部食べたなら、その分ちゃんと吐き出してヨ」

 

私のその言葉に銀ちゃんの熱が更に高くなって、途切れ途切れの言葉を生み出す。

それが銀ちゃんの辛さや切なさをより一層引き立てた。

 

「そりゃ、悔しいわ」

 

銀ちゃんの呼吸が速まる。

 

「つーか、狂いそうだったわ」

 

上からポタリポタリと滴が落ちてくる。

 

「押し殺すなんて、生易しいもんじゃねーんだよ」

 

熱をぶつける激しさが増す。

 

「こんなに近くにいんだって……何度思ったか」

 

表情が歪んで、言葉に詰まる。

 

「でも、愛してるなんて、言えねーんだよッ!」

 

銀ちゃんがどれだけ辛かったか、苦しかったか。

私はそれを汲めなかった自分の幼さに反吐が出た。

こんなに大切だって思える人を私は全然大切に出来てなかったんだって。

私の居場所を護ってくれてた銀ちゃんに、何も言ってあげられてなかったんだって。

 

「ありがとう、銀ちゃん」

 

これからはいっぱい銀ちゃんを大切にする。

それと同じだけ、自分も大切にする。

だって銀ちゃんがこんなにも私を大切にしてくれたから。

 

銀ちゃんはようやく私に笑顔を見せてくれると、軽く頷いた。

 

「お前さえそうやって側に居てくれたら、俺は……」

 

銀ちゃんが本当に残らず全てを吐き出せたかは分からないけど、さっきまでとは違う優しい表情が私に安堵を与えた。

そして、銀ちゃんをすごく愛しいと思った。

愛されたい想いと同じだけ、私は銀ちゃんを愛したいんだって。

これからは目一杯、隠さずに愛していけるんだネ。

 

すっかり疲れたのか満足したのか、ぐったりと私の上に倒れ込んだ銀ちゃんを抱き締めると、私も何だか眠くなってきた。

微睡みの中で銀ちゃんの寝息も聞こえてきて、私は心地よい空間にこのまま落ちて行きそうだった。

でも、それも悪くないアル。

銀ちゃんと一緒なら、地の底まで落ちちゃっても構わないから。

だから、もう離さないヨ。

 

2012/01/13

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