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20.女神の泉

 

しばらく、私は定春と公園で時間を潰した。

まだ午前中だっていうのに、強い日差しに私は目が眩んでしまいそうだった。

 

「定春、暑いネ」

 

そう言った私を定春は心配そうに眺めていた。

昨日帰らなかった私を定春も心配してたかな?

もう、二度はないから。

大丈夫アルヨ。

そんな事を思いながら、私は誰かに似ている白い毛並みを撫でた。

 

それにしても暑い。

このままだと本当に倒れてしまいそうで、そろそろ新八も来る頃だろうと私は帰る事にした。

 

 

 

あれから銀ちゃんは特に何も聞いてくることも、言ってくることもなかった。

それには救われたけど、気味悪さは十分にあった。

でも、銀ちゃんはいつもの腑抜け面を引っ提げて、パチンコへと出掛けてしまった。

 

私は窓越しにスクーターに乗って出掛けていく背中を眺めていた。

 

「神楽ちゃん、昨日どこに出掛けてたの?」

「……教えなーい」

 

洗濯物を干しながら新八が私に尋ねてきた。

だけど、私は意地悪く新八に何も話してやらなかった。

それは隠しておきたいのもあったし、普通にからかいたいって言うのもあった。

案の定、新八は唇を尖らせるとケチだと私を罵った。

私はそんなの屁でもなかったから、言い返さずにお尻に蹴りを入れておくだけにしてあげた。

 

「はぁ?なんで蹴り?意味わかんねぇしッッ!」

 

新八はやり返しても勝てない事を知ってるからか、私に仕返しはしてこなかった。

それはいつもの事。

力では絶対に私には勝てない。

だからって口でも私には勝てないけど。

 

「ケチって言われたくないなら、教えてくれたっていいじゃん」

「オマエも蹴られたくなかったらケチって言わなきゃ良いネ」

「あぁ!もう、腹立つな!」

 

こうやって新八と遊んでる内に、私の少しモヤモヤしてた感情はどこかへ行ってしまった。

新八もたまには役に立つなと少し感心した。

そう思ったら、少しだけ新八に話してみようかなって気になった。

昨日の事を。

 

私は洗濯物を干す背中に昨日、私がどこへ出掛けたのかを教えてあげた。

 

「昨日は……パーティー行ったネ」

「パーティー?誰かの誕生日だったの?」

 

私はそれに適当に答えた。

その辺は曖昧でも、嘘であっても重要ではないから。

新八もふぅんと返事をしながら聞き流していた。

 

「結局、何時に帰ったの?僕が帰る頃にもまだ帰ってなかったけど」

 

新八は銀ちゃんのパンツを干しながら私を見ずにそう尋ねてきた。

何時にって……まさか、数時間前だとは思ってないアルナ?

答えられずに躊躇っていたら、新八が洗濯物の暖簾をかき分け私を覗いた。

 

「まさか、越えたの?」

 

呆れた顔で私を見てる新八に私はカァと赤くなった。

それは朝帰りをがバレて恥ずかしいってよりは、新八に優位に立たれている事がムカついたのと、なんとなく屈辱的だったから。

 

新八は全ての洗濯物を干し終えると、洗濯物が空になったカゴを抱えた。

 

「銀さん、なんて?」

「特に何も言ってないアル」

「えっ?何も?」

 

新八は驚いた顔で私を見ると首をひねった。

やっぱり、怒らないのはおかしいのかな。

新八の態度から、銀ちゃんがわざと怒らなかったんじゃないかという疑いが生まれた。

 

「で、友達の家に男の子はいなかったの?」

「オマエ、どこの口うるさいおかんアルカ?」

「だってそうでしょ?嫁入り前の娘が男と寝泊まりなんて……あっ」

 

新八が口をつぐんだ理由は私にも分かっていた。

それが悪いことならば、私はもう何年も悪いことをしてる。

 

「ほら、大丈夫ダロ?別に男と寝たって何もないアル」

 

そうは言ったけど、サドは勿論だし銀ちゃんとだって……でも、新八は何も知らないから、私は隠し通す事にした。

 

「なら、余計に止めた方がいいよ。銀さんと二人で住んでる上に他の男の子と寝泊まりなんて……」

 

新八が言いたい事は分かったけど、それを理解できるかと言えば難しかった。

だって、銀ちゃんは同居人なだけだから。

同棲とは違うし、好きになる人が銀ちゃんじゃなくちゃダメだなんて事もない。

 

「変な言い方やめろヨ」

「でも、周りはそうは思わないでしょ」

「いいアル。言いたい奴には好きに言わせてたら」

 

私は新八にムカついて万事屋を飛び出した。

行く先は決まってる。

今、一番頼りたい人間。

共感してくれるアイツのところに――

 

「あー、ムカつくアル!」

 

私はファミレスで炭酸のジュースにストローでブクブク空気を吹き込みながら、向かいのサドに愚痴っていた。

サドはあれから屯所へ戻り着替えたらしく、見慣れた和服に身を包んでおり、不細工な私をつまらなさそうな顔で見ていた。

それが余計に腹立たしくて、私は机の下で足を蹴ってやった。

 

「いてぇ!なにすんでィ」

「ムカつく!ムカつく!オマエも新八も全部ムカつくアル!」

「なんで俺まで。頼ったのはてめーだろィ」

 

確かにそう。

と言うよりも、そこが何よりも一番苛ついていた。

前までなら頼ろうとすら思わなくて、私の頭の中に一片のカケラもなかったのに、今じゃ一番に顔が浮かぶ。

それが何よりも苛立ってムカついて、思わず蹴ってしまうほどだった。

 

「で、何にイラついてんだよ」

 

そう聞かれても正直困った。

本人を前にして、銀ちゃんと住んでたらオマエを好きになったらダメか?なんて絶対に言えなかった。

でも、頼った以上は答えない訳にもいかないし……

 

「なぁ、私が銀ちゃんと住んでる事どう思うネ」

 

あいかわらずジュースのブクブクは止められなくて、私はふて腐れた顔のままサドに尋ねた。

 

「そりゃあ、変な関係でさァ。普通に考えれば」

 

サドの言葉はきっと世間一般の言葉なんだろう。

実際に生活を送ってる私達は……いや、やっぱり変だと自分でも思ってる。

だから、修行が終わって私は万事屋に戻るか悩んだんだ。

だけど、あそこは私が笑っていられる場所だから。

そう思って帰って来たのに。

 

「そうアルナ。やっぱり、変アルナ。だけど、自分で生活出来るほど金持ってないネ」

「だったら、宇宙で討伐してりゃ良かっただろィ」

 

そんな味気ない事をいうサドに私は余計に苛立った。

確かに万事屋が居場所だと思って帰って来たけど、それと同じくらいにオマエに会いたいと思って帰って来たのに。

 

私は机に身を乗り出すとサドの胸ぐらを掴んだ。

 

「オマエ、よくもそんな事が言えたアルナ?昨日の夜のこと、忘れたアルカ?」

「あれ?昨日の夜?ダメだ、ちっとも思い出せねーや。チャイナ、今から昨日の夜何があったか俺に教えてくれねぇか?」

 

そう言ってニヤニヤしてるサドとは話にならないと、掴んでいた襟元から手を離した。

 

「……そりゃ、いい気はしねぇよ。だけど、てめぇを養ってやれる程にまだ甲斐性もねぇから」

 

不意にそんな事をサドは言った。

卑怯アル。

何か言い返してやろうなんて思ってたのに、そんな感情も全部流れてしまった。

養うって、そこまで考えてたアルカ?

私が思ってる以上にもしかしたらサドは私の事を――

 

「何もないから安心してヨ。銀ちゃんとは本当何もないアル」

 

サドは険しい表情を見せて、それからフッと笑った。

 

「今までも何もなかったんだろィ?だったら、これからも何もねーよ」

 

その言葉に私は笑ってみせたけど、内心はバクバクで、まだ銀ちゃんから受けたキスを忘れられないでいる事に気付いていた。

サドとの方がずっと大人で濃厚なものだったのに、どうして……それでも“あの夜のキス”が消えないのか。

それだけ衝撃が大きかった事を表しているんだろうか。

 

私は思い出してしまった途端に何故だか怖くなってしまった。

不安が強まった。

私はサドの隣に滑り込むと、何を思ったかお願いしてしまった。

 

「キスするアル!」

 

少し大きな声で自分でも何を言ってるか意味が分からなかったけど、言われたサドはもっとワケが分からなくなっていた。

 

「は、はぁ?急に何言い出すんでィ!」

「私もワケ分からないアル。でも無理ならギュッてするヨロシ」

「チャイナ……マジか?」

 

サドはおもむろに私の手を取ると立ち上がった。

そして、支払いをさっさと済ませるとファミレスを出てしまった。

どこへ連れて行こうとしてるのか。

全く検討もつかないし分からなかったけど、私の手を引いて先を行く背中は、頼りたいと思わせるものだった。

そうやって私は安心しようとしてるのに、そんなサドの背中すらも銀ちゃんのものと重なった。

どうしてヨ?

 

理由は簡単だった。

私にとって銀ちゃんは、もう他人では済まない存在になっていた。

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