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1.終焉の始まり

 

朝、洗面台に立つと、寝惚け眼の私の顔が鏡に映っていた。

 

「あー、最近寝苦しいから、顔色も冴えないアルナ」

 

水道をひねって歯ブラシを口に突っ込む。

長く伸びた髪はあまり寝癖をつけなくなり、楽と言えば楽だった。

前より時間をかけるようになった洗面に、少しは人から見て綺麗に見えたら良いななんて思ってた。

万事屋を出て行ったのが二年前。

その二年という歳月もあっという間に過ぎ去った。 

 

江戸の町に戻って来てからの数日間。

私は色んな人と再会した。

まずは、銀ちゃん。

ただいまって万事屋の戸を開けたら、なんだか懐かしくなっちゃって涙が出そうだったのに、扇風機が故障中だったらしくパンイチで私を出迎えやがった。

私じゃなければ通報物アル。

そんな銀ちゃんは成長した私の事を見ても、特に何とは言ってくれなくて、少しガッカリした。

だけど、もしかしたら私のこの成長具合に驚き過ぎて、何も言えなくなってるだけかもしれない。

まぁいっかと私は新八に期待する事にした。

 

「おはようございます」

 

何も知らずに万事屋へ出勤してきた新八を驚かせようと、私は急いで襖の影に隠れた。

新八のリアクションを想像したらプププと笑いが込み上げてきそうだったけど、ここは堪えてみせた。

 

「銀さん、見慣れない靴が玄関にあったんですけど誰か――」

 

新八が居間へ入ってきたのを見計らって、私はワァ!と背後から声を掛けた。

 

「えーーーっ!」

 

思わず声を上げたのは私の方だった。

思ってた新八とは違って、少し大人びて映った。

そっか、私も成長してるんだから新八だって成長するアルナ。

私より抑え気味に驚いてる新八に、私は二年ぶりの挨拶をした。

新八は柔らかく微笑んで、また三人で万事屋をやれる事に喜んでくれていた。

 

その後、下のお登勢に顔を見せに行ったり、姉御や九ちゃん、さっちゃんやマダオに会ったり、定春の散歩ついでにヅラにも会いに行った。

皆は元々が大人だったから、大して変わりはなかった。

反対に皆が私を見て、口を揃えたように言った。

大人っぽくなったねって。

それがやっぱり凄く嬉しくて、早くガキ臭さから抜け出したかった私には最高の誉め言葉だった。

そう思ったら、万事屋の男二人は、なんで何も言ってくれなかったんだと腹が立った。

なんかムカついて、苛立って……そうしたらお腹がグゥって鳴って、まぁいっかとどうでも良くなった。

 

初日から昨日まではそんな感じで、江戸の町の変化や顔馴染みに挨拶をしたりしてた。

だけど、この数日間。

ずっと江戸の町をブラついてるのに、アイツらにだけは会わなかった。

黒い隊服に身を包んだ男達は見掛けるのに、その中に見知った顔は無い。

そう言えば、前より人数が少なくなったのか、ゾロゾロ見掛けるんじゃなく、ポツポツと本当に少数に見えた。

その理由が何なのか。

私は知ろうとしなかった。

なのに、夜布団に入ると、頭の中はその事でいっぱいになった。

銀ちゃんや新八に聞けば教えてくれるはず。

だけど、尋ねることが出来ない。

それは、怖いから。

 

奴等はいつも死と隣り合わせで生きている。

私がいない間にもしかすると何か事件があって、刀を握りながら国の為に散っていった可能性だってある。

そんな可能性を信じるような私じゃないのに、今の私は弱々しく不安がいつも付きまとっていた。

それには理由があって――

 

「お通ちゃん!」

 

テレビを観ていた新八が突然、大声を上げた。

かと思ったら、次は慌ただしく録画しなきゃと動き出した。

洗面を終えた私は着替えも済ませ、ソファーでその光景をダラリと見ていた。

だって暑いんだもの。

 

「今日、テツコの部屋に出るのスッカリ忘れてたァ!」

「ちょっと見えないアル!退けヨ!新八!」

 

新八の頭が多少邪魔だったけど、久しぶりに見たお通ちゃんは、どことなく大人っぽく見えた。

 

「なんか変わったアルナ、歳とったネ?」

「お通ちゃんは永遠の17歳ですぅー、歳なんて取りませんー」

 

新八がイラっとくる口調で言ったから、私は新八に殴り掛かった。

そうやって二人で揉み合ってると、銀ちゃんがテレビを観て言った。

 

「あぁ、こないだ見た時よりマジで変わってるわ」

 

新八も私もその言葉に掴み合いを止めてテレビを観た。

私が感じた違和感は間違いじゃなかった?

新八も眼鏡を直しながら、今まで何千回見てきたであろうお通ちゃんをじっと見つめた。

 

「あれ?なんだろう。なんだ、この違和感」

 

画面にはテツコの催促でアカペラで歌ってるお通ちゃんが映し出されていて、雰囲気は勿論のこと、歌の感じも前よりずっと深みがあった。

 

「なんだろ、上手くなったアルカ?」

「い、いや、技術的な事じゃないでしょう」

 

新八もお通ちゃんの違和感をビンビンに感じてるらしく、眼鏡を忙しなく上げ下げしながら画面に食い入っていた。

 

「あー、歌聞いて分かったわ」

 

銀ちゃんが勿体振った言い方をして、新八がカチンときてるのを察した。

 

「別人アルカ?」

「ちげーよ。ガキのてめぇらにゃ分かるまい。こりゃアレだ、絶対……ヤったな」

「貴様!何て事言うんだァァア!謝れッ!お通ちゃんに謝れ!」

 

目を剥いた新八が銀ちゃんに飛び掛かった。

まぁ、無理もないネ。

雰囲気の変わった原因がアレなんて、純真馬鹿な新八には耐えられないはず。

でも、そんなのって雰囲気でわかるアルカ?

 

「あぁ!じゃあ謝るわ!どうもすみませ……っく」

「真面目に謝れ!ボケッッ!」

「でもよ、アイドルなんて十代が華だろーし、今話題のどこぞのアイドルもプロデューサーのオモチャだって聞くしよ。案外、つんぽと公私ともに色々あんじゃねーの?」

「つんぽはその辺のプロデューサーと違って違法なCDの売り方はしないし、何よりアイドルに手を出したりしません!つーか、お通ちゃんが相手するわけないでしょう!」

 

怒る新八をよそに、銀ちゃんも私も冷静だった。

と言うより、どうでも良かった。

私はそれどころじゃなくて、アイドルのゴシップネタよりも、ずっとずっと身近な誰かの安否の方が心配だった。

 

「まぁでも、恋くらいはしてんじゃねぇの?表現にもリアルさが生まれるって言うしな。まぁ、ヤったかヤってないにしろ、女は恋愛中だと雰囲気で分かるからな」

 

そう言った銀ちゃんが、一瞬私を見ていた気がして心臓がズキンと痛んだ。

え、私……?

そう言えば、恋をすると綺麗になるなんて言葉をよく耳にするけど、あれは本当なんだろうか。

だとすれば、浮いた話しの一つも出ない女優なんて大変アルナ……

萎れてしまってる新八を見ながら、綺麗になったり上向きに成長出来るなら、アイドルが恋したっていいじゃんなんて思ってしまった。

 

 

 

その日の夜、やっぱり頭の中を埋め尽くす恐ろしい妄想のせいで寝付けない私は押し入れから抜け出た。

この押し入れ、正直圧迫感が凄かった。

もう、ちゃんとした部屋で寝たいなんて思ってたけど、寝室は銀ちゃんの寝てるあの部屋しかない。

 

本当を言えば、万事屋へ帰ってくるべきか私は悩んでいた。

二年前にパピーについて星々を回ると決めた時、その時はまだ子供だったから、あまり何も考えずに戻ってくるなんて言えた。

だけど、いざ二年経った時、本当にこの町に帰るのが正しいのか私は悩んだ。

万事屋もかぶき町も大好きだし、帰りたい気持ちは山々だったけど……だけど、二年経った私はもう子供とは呼べなくて、自分ですら前までと変わった考え方や容姿の成長ぶりに少し戸惑っていた。

だけど、万事屋へ帰ろうって決める事が出来たのはパピーの言葉があったから。

 

「金が無くても、貧しくても、笑って過ごせる場所が一番テメーにふさわしい場所ってもんだ」

 

そんなの、私には万事屋しかなかった。

パピーは更に言った。

血の繋がりは縁切ったって切れないものだけど、縁は切れたら終わりだって。

忘れないなんて言っていても、日々が過ぎると薄らいでいくもんだ……髪と共に。

それは、すごく説得力のある言葉だった。

だから、私は決めたんだ。

万事屋へ帰るって。

みんなのいる江戸に戻るって。

 

私は少し躊躇いつつも、銀ちゃんが眠ってる寝室を塞ぐ襖を叩いた。

 

「……あ?なに?」

 

小さく聞こえた声に私は襖を開けた。

 

「眠れないアル」

 

すると銀ちゃんはジャスタウェイの目覚まし時計で時刻を確認すると、目を擦りながら言った。

 

「あ、そう。なら、その辺に布団でも敷いて寝れば」

 

私はその言葉に素直に従うと、銀ちゃんの寝る隣に布団を敷いた。

……前までなら、私はこうしたかな?

こんなに素直に銀ちゃんに接する事が出来たアルカ?

 

銀ちゃんは私が帰って来たことを普通に受け入れてくれた。

だけど、何となく扱いや態度が昔と違ってぎこちなく思えた。

やっぱり、それは私が成長してたからかな。

それともパピーが言ったように、この二年間で既に私を忘れはじめていて、距離が出来てしまったんだろうか。

それなら、すごく寂しかった。

唯一無二の万事屋なのに。

でも、もしかすると私の思い過ごしかもしれないし、銀ちゃんの態度について何も尋ねられないでいた。

 

「神楽」

 

突然、自分の名前を呼ばれてビクッとした。

もう既に眠ってると思ってたから。

 

「何アルカ」

「明日もどっか行くの?」

「うん、吉原に顔出しに行くつもりネ」

「なら日輪にサービス券くれって言っといて。頼んだわ」

 

何だかいつもの銀ちゃんで安心した。

女の勘か何かは分からないけど、少し張りつめたような空気が、難しい話しでもしそうな雰囲気に思えたから。

でも、何て事はなくて、銀ちゃんはいつもの銀ちゃんだった。

 

「おやすみアル」

「…………」

 

私は挨拶をすると、さっきまで冴えていた頭や体が嘘みたいに重くなって眠たくなった。

いつも通りの銀ちゃんに安心感を覚えたのか、私の瞼は徐々に閉じていった。

 

「……神楽」

 

だけど、銀ちゃんが私を呼んだ気がして、閉じかけていた瞼を少し引き上げた。

 

「何ヨ」

 

銀ちゃんは眠れないのか、何度か寝返りを打つ音が聞こえていた。

 

「気のせいアルカ……」

 

私はやっぱり気のせいだったかと、瞼を閉じようとした。

きっと、色々と考え過ぎて疲れてるんだと思った。

もうたとえ、自分を呼ぶ声が聞こえても返事はしないでおこう。

私は微睡む中、そんな誓いを立てていた。

だけど、そんな事に構いなく私の耳は拾う。

 

「神楽」

 

ただ名前を呼ばれただけなのに、私の胸は切なくなった。

そこに寝てるのは本当に銀ちゃんアルカ?

私は暗闇の中、スグ隣りにいるであろう銀ちゃんの姿を見つめた。

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