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七年発起/銀神

 

「銀さん、分かってますよねッ!」

 

新八が帰り際に俺を捕まえて凄みやがった。

玄関で俺の耳を引っ張った新八は、眼鏡を曇らせながらヒソヒソと喋った。

 

「区切りつけるには、もってこいなんですから。勿論、何か特別な事は考えてますよね。僕、明日は休むんでシッカリやって下さいよ!」

 

……野郎。

新八のくせして生意気なんだよ。

俺は新八の手を振り払うと言い返した。

 

「うっせぇッ!ガキが偉そうに指図すんなっ」

 

新八は草履を履きながら居間にいる神楽を気にかける素振りを見せすると、最後の勧告と言わんばかりに強い口調で言った。

 

「明日!分かってますね!」

 

新八はそれ以上は何も言わず、あとは目で訴えてきた。

“やっちまえ”と――

 

玄関の戸は静かに閉まり、万事屋には俺と神楽の二人になった。

この生活を始めて、もう何年になっただろうか。

……七年か。

 

俺は洗面所で二つ並んだ歯ブラシの青い方を取ると、歯みがき粉をつけ口に突っ込んだ。

鏡に映る俺はこの七年で何か変わっただろうか。

社会的に見れば充分にオッサンなんだろーが、特に変化のない見た目に自分ではそうは思ってなかった。

あ、でも最近歯茎から血が出やすくなったわ。

そんな事で俺は歳月の流れを感じていた。

あ、もう一個あったわ。

 

「銀ちゃん。そこ空いたら教えてネ」

 

神楽だった。

この七年でコイツだけは目まぐるしい成長を見せた。

タッパもでかくなったし、髪も長く伸びた。

あとは……

 

「オイ、なに鼻血出してんだヨ。キモいヨ銀ちゃん」

「はぁああ?べ、別に!全然見てねーし!」

「何でもいいから終わったら呼べヨ」

 

神楽が居間へ戻ると、俺は早く洗面を済まそうと急いで歯ブラシを動かした。

ホント、もう何年こんな生活してんだろう。

代わり映えのねぇ、お決まりのこのスタイル。

 

洗面台に向かって口の中から泡を吐き出せば、やっぱり赤く染まってた。

最近は殆どそうで、むしろ赤く染まらない日の方が珍しいくらいだった。

そんくらい俺は染まっていた。

赤く赤く。

 

 

 

翌日、いつも通りに目覚めた俺は、何も予定のない一日をいつも通りに過ごそうとしていた。

カレンダーには今日の日付に神楽の名前が書いてある。

居間に出てきた俺はテレビをつけ、ソファーに腰掛けると朝飯が運ばれて来るのを待つ。

 

『おはようございます。今日は11月――』

「銀ちゃん、おはよ」

 

神楽が盆にご飯と味噌汁、卵焼きを乗せて居間に入ってきた。

 

「おはよう」

 

俺はそれらがテーブルに並べられるのを特に何も思わずに眺めていた。

いつから玉子かけご飯じゃなくなったか。

神楽が火を使って料理をした時は驚いたな。

って言っても、あんなもん最初だけだ。

味噌汁を作れるようになり、卵焼きを作れるようになり……それが何日も続くと当たり前になって驚きもしなくなる。

 

俺は神楽がソファーに座るのを待つと両手を合わせ、いただきますをする。

そして、二人で黙々と朝飯を食べる。

 

「あ、銀ちゃんゴミ捨て場の掃除やってネ。私、昨日したから」

「ん」

 

会話と言えばそれくらいで、俺はテレビに映る結野アナの天気予報に夢中だし、神楽は食べることに夢中だった。

 

朝飯も終われば、仕事があれば三人で出掛けるが、殆ど無いのが現状で各々が適当に時間を過ごす。

俺はさっき言われた通り、ゴミ捨て場の掃き掃除をしていて、神楽は定春の散歩に出掛けていた。

もう、ずっとこんな生活。

そう言えば、昨日新八が帰り際に言ってた言葉を思い出した。

“シッカリやって下さいよ”

何をやりゃいーんだよ。

俺はホウキを動かしながら、いつもと何ら変わらない江戸の空を見上げた。

 

「案外、変わらねぇってのも良いもんだなァ」

 

いつもと同じ風景も安心感って意味では評価出来た。

戦乱の時代に産声上げ生きてきた事を思うと、穏やかな風に乗って、枯れ葉が掃いても掃いても降ってくる世の中は平和なんて言葉が似合っていた。

貧乏でも笑って暮らせるなら、俺はその場所を誇りをもって幸せなんて呼べる。

それは新八も……神楽も同じなんだろうか。

だから、こうして何年も俺に文句垂れながらもついて来るんだろうか。

 

そう言えば、俺はまだ言ってなかった。

 

何一つ特別な事はしてなかった。

今日一日が始まってから、俺はいつも通りの生活しかしてなかった。

神楽もそれは同じで、何一つ特別じゃなかった。

……何でだよ。

 

たまには言えよ。

ご馳走食いたいとか、ケーキが食いたいとか。

何、お茶漬けなんてもんを幸せそうに食ってんだよ。

甲斐性なしって言われてるみてーで腹立つだろ、本当のことだけどな。

あと、化粧品とかアクセサリーとか欲しがれよ。

なんでナチュラルに石鹸の匂いさせて満足なんだよ。

香水とか欲しい年頃だろ?

確かにお前、良い匂いだけどよ。

それから、お妙からもらったリップつけるだけで更に華やかになんだから、フルメイクしたら一体お前どうなっちゃうわけ?

側にいれば地味な新八も華やかにオーラまとっちゃうレベル?

本当、お前たまには言えよな。

ましてや今日くらい、贅沢言ったって罰当たんねぇから。

 

俺はポケットから財布を取り出した。

何度見ても野口が一人。

でも俺はやるだけやってみようと思った。

今日と言う日に、いつも通りをぶち壊さなけりゃ、いつまでたっても俺は壊せないままな気がしていた。

待つ必要はもうどこにもねぇ。

だったら、俺は殻を破って未来ってのを掴まえにいく。

 

俺はホウキを投げ捨てると、スクーターのエンジンをかけ急いで向かって行った。

行き先は見えてる。

あとは迷わず進むだけだ。

神楽の奴、笑って受け取ってくれるだろうか。

現状を変えてしまう事に恐怖心がないわけじゃねぇ。

だけど、そのリスクを犯してでも手に入れたいものがある。

俺は腹をくくった。

 

 

 

「おかえり。どこ行ってたアルカ?」

 

家に帰れば居間のソファーで神楽は定春と昼寝をしていた。

寝転んだまま俺に問う神楽は、突っ立ったままの俺を片目で眺めていた。

 

「あれだ。ちょっと源外のじいさんの所に行っててよ」

「ふぅん」

 

神楽はそれを聞くと納得したのか目を閉じた。

見慣れた寝姿。

昔はよく押し入れに運んだ事を思い出した。

 

神楽はあっと言う間にだらんと腕を投げ出すと本気で眠ってしまった。

俺はその神楽の脇にしゃがむと、そっと神楽の手を取った。

白く長い神楽の薬指。

俺はポケットに無造作に入れていた銀色のリングを取り出すと、神楽の指と俺の指にはめてみせた。

 

さすがにぴったりとまではいかなかったが、神楽の指でリングは綺麗に光っていた。

本物のアクセサリーは買ってやれないから、源外のじいさんにイミテーションの指輪を誂えてもらった。

だけど、飾り気はないにしても、丈夫で錆びない金属で造ってもらったから、少々乱暴に扱っても簡単にどうにかなっちまわない。

まるで俺らみてーだな。

 

「神楽、二十歳の誕生日おめでとう」

 

俺は神楽の手を元の位置に戻すと、少し昼寝でもするかとソファーに寝転んだ。

神楽は目覚めてなんて言うだろう。

やっぱり食い物の方が良かっただろうか。

遠退く意識の中もひたすらそんな事を考えていた。

 

 

 

「銀ちゃんッ!」

 

神楽が急に声をあげて、俺は小さく跳び跳ねた。

時刻はすっかり夜で、風呂上がりの神楽が居間の戸のところでこっちを見てた。

 

「なんだよ、うっせぇ」

 

神楽はぎこちなく俺の座るソファーまでやって来ると、赤い顔で右手を俺の目の前に突き出した。

 

「こっ、これ。銀ちゃん?いつの間にネ!?」

 

神楽によく見えるように俺も右手を突き出した。

 

「……うそっ」

 

神楽は珍しく口元を手で押さえると、言葉を失ってしまった。

 

「嘘じゃねぇ」

 

俺は床に座り込んだ神楽の隣にしゃがみこんだ。

神楽は俺を大きく見開いた目で見ていた。

その目があんまりにも綺麗だから、俺は全てを見透かされてるような気にさえなった。

だからってワケじゃないが、もうこれ以上隠してても仕方がないから、俺は全てをさらけ出した。

 

「神楽、結婚しねぇ?」

「……いっ、今?」

「は?えっ、今?」

 

神楽は照れた顔で俺の顔を盗み見ると、すぐに髪で顔を隠した。

 

「銀ちゃん、顔真っ赤ネ!」

「う、うるせぇ!てめぇのが赤いわ」

「違うアル……私のはお風呂上がりだからヨ」

 

一世一代の勝負に出たってのに、このままだと神楽にはぐらかされかねなかった。

だから俺は神楽のあごを掴むと無理矢理引き上げた。

 

「もう、何でもいいから返事聞かせてくれよ」

「えっ、う……んっ!」

 

ごめん。やっぱ無理だわ。

全部さらけ出しちゃっていい?

つか、隠してらんないわ。

お前に対する俺の想い。

 

自分で催促しときながらも神楽の返事を聞かずに、結局俺は今日一番……いや、この七年間のうち一番特別な事をした。

 

神楽の熱を俺は唇で感じると全てを絡め奪った。

神楽の硬直している体が次第に柔らかくなり、俺に体重を預けだす。

この石鹸に混ざった神楽の匂い。

こんなに近くで感じられるなんて思ってもみなかった。

 

「銀ちゃん、好き?」

「あぁ、めちゃくちゃ」

「ちゃんと言ってヨ」

「バ、バカヤロー。すっ……愛してる」

 

俺はそのまま神楽を床に倒すと、きっと誰にも触れられた事のない特別な場所に手を伸ばした。

神楽の見たことない表情や声、今まで感じることのなかった体温。

それらを全部俺のものにした。

そして、その一つ一つに俺の証を残してやった。

誰にも奪われやしないように。

 

そうして、俺は神楽の特別な存在になって、神楽も俺の特別な存在になった。

恥ずかしいなんて隣で照れて笑ってる女に、俺はいつまでも染まっていたかった。

赤く赤く。

 

「で、神楽ちゃん返事……いや、もういつでもいいわ」

「本当にいつでもいいアルカ?」

「……あぁ」

「んふふ、お嫁さんになってやるヨ」

 

2011/11/01

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