メロドラマ:04《R18》

 ※2年後設定/銀神/桂神/土神/沖+神


 

 雨戸の締まったままの室内は暗く、しかしまだ時刻は昼過ぎである。そんな昼間から男女が隠れて遊ぶなど不健全でけしからんと叱責されそうだが、ここはかぶき町。誰もそれを咎める者はいない。

 

 桂の黒髪に絡め取られるように、神楽は唇を奪われ床に転がった。

 天井に浮かぶ白い足と先の方に掛ったままの下着。それが揺れると神楽は目を閉じた。

 奥のほうまで熱い舌が入り込み、声が漏れた。それを聞いて目を細める桂は満足気である。友人の女を貪っているというのに、その顔には罪悪感一つ無い。寧ろどこか誇らしさを感じる程だ。

「リーダー、もう十分に思えるのだが」

 神楽はその言葉に目を開けると、覆いかぶさる桂に頷いて合図を送った。

「今日だけだからナ。絶対に誰にも言うナヨ……」

 ああ、と短い返事をした桂は神楽の中へゆっくり飲み込まれていく。神楽はそれをハッキリと頭で感じているのだが、どこかぼやけていくのが分かる。今までに感じたことのない大きな波に泣き出しそうになったのだ。

「ちょっと……待てヨ……ちょっと…………」

 やめてくれと桂の胸を押し返すも弱々しく、すぐにその腕は掴まれてしまった。

「待てない。いいか、リーダー…………」

 根元まで飲み込まれ桂の表情も既に恍惚と言ったものだ。どうもお気に召されたようだ。早く暴れてしまいたいと引ける腰に限界が窺えた。

 神楽は目にいっぱい涙を溜めると、スーッと息を吸い込んだ。今から桂にめちゃくちゃにされてしまう事はもう理解しているからだ。銀時以外と繋がっているというのに、神楽の肉体は大いに悦んでいた。

 桂の腰がゆっくりと打ち付けられる。それを神楽は揺れる自分の白い足を見ながら感じていた。

 

 落ちてくる汗。絡みつく黒髪。時折混ざる視線。声。匂い。這わされる舌。

 

 既に意識は数回飛んでおり、自分が相手にどう見られるかなど考えられなくなっていた。

「そこ、もっとちょうだいヨ、いっぱい、してっ」

「いい顔だ……俺の為にもっと啼いてくれ…………」

 そんなことを言われて恥ずかしくなるほどの冷静さはもうない。神楽は桂に両腕を捕まれ、激しく突かれるとまたしても絶頂を迎えた。

 銀時とでは得られない快感。それに溺れてしまいそうだ。何がここまで乱れさせるのか。体の相性というものか、それとも相手が銀時ではないからなのか。銀時が相手ではこんなにバカになれないのだ。嫌われたくない想いが上回り、いつだってその顔色を窺っていた。気持ち好いのは初めのうちだけで、時が経つにつれてこの行為は『銀時を満たすため』だけのものへと変わっていた。せめて言葉があれば違ったのだ。

 神楽、好きだ――――――

 たった一言あるだけで良かったのに。


 桂の動きがピタリと止まる。そして、腹の上が熱くなり神楽に白濁液が掛けられる。

「リーダー、良かったぞ。愛している」

 嘘のような言葉が注がれた。神楽は乱れた服も髪も直さずに急いで起き上がると、玄関から飛び出てしまった。そして、路地裏に逃げ込むと、そこでようやく身なりを整えた。

「なんで、あいつ……やめてヨ。どうしよう」

 嘘だったのかもしれない。上辺だけでも終わりに言っただけなのかもしれない。それなのに神楽は動揺し、心まで持って行かれそうになったのだ。

 銀時が好きで、ずっと銀時しか見ることが出来ずにやってきた。それなのに突然桂に愛していると言われ、その心は大きく揺れていた。

「銀ちゃん……このままじゃ私……どうしたらいいアルカ」

 まだ雨の止まないかぶき町。神楽は民家の壁にもたれてしゃがみ込むと、しばらく立ち上がることが出来なかった。


 憔悴しきった顔でずぶ濡れのまま万事屋へ帰れば、たまたま台所の冷蔵庫を漁っていた銀時が出迎えた。

「おい、神楽。傘どうした」

 神楽は桂の隠れ家へと傘を置いて来てしまったのだ。すっかり忘れていた。

「友達の家に忘れて来ちゃったネ……ちょっと喧嘩しちゃって……」

 神楽は嘘をついた。桂と会っていた事は伏せたのだ。銀時にバレたくない。今はただそんな想いだけが重くのしかかっていた。

「……とりあえず風呂入れ」

 神楽は言われたまま風呂場へ向かうと、何故か銀時がついて来た。

「新八な、今日は家の洗濯物取り込みにそのまま帰ったんだけど」

 この後に続く言葉を神楽は想像した。

 だから、一緒に風呂に入ろう……

 銀時はそう言いたげな顔をしていた。だが、神楽にその気はない。今は一人にして欲しいのだ。それに銀時を受け入れることはしないと決めた。

「そうアルカ、じゃあ私はお風呂入ってくるネ」

 逃げるように風呂場へ向かうと、銀時がもうついてくる事はなかった。


 神楽の中でいつでも銀時が一番であった。他のものは比べ物にならない程に銀時が抜きん出ていた。それなのに今日は桂の熱に押され、あっという間にその体を結んでしまった。だけど、体だけではない。大きく心も揺れている。桂とならこんなに辛い思いをしなくても済むかもしれないのだ。それに神楽も愛される事には喜びを感じていた。胸の高鳴りは誤魔化せない。今も銀時が居る家で鼓動は桂へと注がれている。それに罪悪を覚える。

 私、悪いことしたアルカ?

 しかし、それが悪であるのか。誰にも判断の出来ないことだった。


 風呂から上がった神楽は特になんということもなく銀時と食事をし、就寝までの時間を居間で過ごした。ソファーに座ってテレビを観て。銀時はと言えば神楽の隣で同じようにソファーに座りテレビを観て…………いや、神楽を見ていた。それに気付いた神楽は銀時を見ることなく尋ねた。

「どうしたネ。人の顔ばっか見て。米粒ついてたアルカ?」

「もっとひでーもん、ついてんだけど」

 もっと酷いもの。それはなんなのか。ついていると言えば、銀時の着物についていた口紅。あっちの方がもっと酷いものだと神楽は思っていた。

「何がついてるアルカ? どうせ大したもんじゃないダロ。取ってヨ」

 すると銀時の顔が神楽の横顔に近づいた。

「いいの? 取っても?」

 それになんと返事をしようかと思っている時だった。銀時の唇が神楽の首筋へと当てがわれ、チクリと刺すような痛みが走った。首筋を吸われたようである。

 そんなことは今まで一度もされた事がなかった。驚いた神楽は首を押さえると銀時を大きな瞳に映した。

「なにすんネ!」

 すると悪びれる様子もない銀時がそこにはいて、少々不機嫌そうな顔をこちらに向けていた。何かに怒っているような、どこか敵意を感じる視線だ。

「なぁ、神楽。お前…………」

 普段は見られないような真剣な表情。神楽はそんな銀時に今から何を言われるのかと焦っていた。桂のことか、それとも今の関係についてか。息を呑んで言葉を待った。

「最近、ちょっと痩せた? ほら、お前ここんところの肉が……」

 そう言って銀時の手が神楽の胸の膨らみに伸びてきたものだから――――――神楽は銀時の手を捕まえた。

「どこ触ろうとしてたアルカ!」

「はァ? 待てって! 違うッ! これは!」

 てっきり銀時が逃げていくものだと思った。神楽にぶっ飛ばされたくないと。しかし、銀時は神楽の隙をつき、ソファーへ寝かせてしまったのだ。仰向けにされた神楽は自分に覆いかぶさる銀時に激しく心臓を鳴らしていた。

「これはなぁ…………分かんだろ? 神楽。もうけっこー辛ェんだけど……」

 そう言って銀時は神楽の左胸を静かに揉んだ。しかし、神楽は分からないのだ。どうしてこんなにも触れたがるのに何も言ってくれないのか。たった一言でいいのに。桂みたいに愛してると、どうして言ってくれないのか。神楽は二人を対比していた。

「今日はそんな気分じゃないネ。友達と喧嘩しちゃったし、なんか……ごめん! もう寝るアル」

 神楽は銀時を押しのけて物置へ飛び込むと、押入れへと逃げた。

 体が震えている。こんな態度をとれば今後、銀時との関係は修復することが出来なくなるかもしれない。それが神楽には恐怖であった。しかし、昼間の桂との出来事を思い出す。

 実のところ、銀時とはなんの関係も結ばれていないのだ。恋人ではない。これは浮気ではないのだ。

「そうネ、銀ちゃんとは何もないアル」

 壊れるような関係すら築けていなかった。それに気が付くと震えは治まったが、途端に自分が情けないものに思えた。梅雨空のように不安定な心と体。誰のものでもない事が急に哀れに思えたのだ。いっそ桂のものになってしまうか。だが、やはり銀時の温もりが恋しくて仕方がない。やはり諦めるには時間がかかると、神楽は膝を抱えると狭く暗い箱に閉じこもるのだった。




 あれから銀時は神楽を求めなくなった。さすがにあからさまに避ければ響いたらしい。昔と変わらない、だけど少しだけ距離のある関係に戻った。それには神楽も安心と、だがやはり寂しさはあった。

 しかし、銀時を受け入れないと決めたのは神楽だ。それに曖昧な銀時を好きになったのは他の誰でもない、神楽なのだから。

 桂との関係はと言えば、あの日以降一週間は会っていなかった。偶然なのか、避けられているのか。それとも避けているのか。よく分からないと言ったところだ。


 少々夏の暑さも感じ始める梅雨明け。神楽は公園の大きな木の影に怯えるように身を屈め、定春を見守っていた。地面に落ちた影に誰かのものが重なる。顔を上げればそこにいたのは鋭い目つきでこちらを見下ろす土方であった。

 咥えている煙草を摘んで口から離すと、神楽に言った。

「テメェんところにスカーフを忘れたんだが、今夜持ってきてくれねェか」

「はァ?」

 そう言えば忘れていたが、土方を慰めてやった夜。神楽の足を拭いたスカーフを土方は置き忘れて行ったのだ。洗濯をしてタンスにしまったままになっていた。

「分かった、何時に行けばいいネ?」

 すると土方は首を傾げた。

「テメェ、本当に分かって言ってんだろうな」

 その言葉の意味を神楽は考えてみた。きっとスカーフなんて本当はどうでもよくて、神楽を自分の元へ招き入れる口実が欲しかったのだと。土方はまた神楽にして欲しいのだろう。足を使って慰める淫らな行為を。

 神楽はニヤリと笑うと言った。

「別にいいって言ってんダロ。早く時間言えヨ」

「十時過ぎでどうだ」

 神楽はわかったと返事をすると土方は立ち去った。

 やはり再び会いたがった土方に神楽はおかしくて仕方がなかった。あんなに格好つけて出て行った癖にまたシて欲しくなっているのだ。だが、正直でいいと思っていた。無様で滑稽だが、欲望に忠実で嫌いではなかった。銀時もこれくらい素直でいてくれたら……神楽は思わずそんな事を考えてしまった。

 だが、そう言うモヤモヤした気持ちも今夜土方にぶつけて、解消しようと思った。ただ、どうやって出ていくか。それだけが少々難儀であった。