※2年後設定/銀神/桂神/土神/沖+神
翌日、神楽は目を覚ますと隣に銀時の姿がないことに気が付いた。
まさか帰ってないアルカ?
焦って居間へ飛び出すと、ソファーの上で眠っている白銀頭の男を見つけた。
「帰ってるなら布団で寝れば良かったネ」
そう言って眠っている銀時の上に寝そべると、小さな唸り声が聞こえた。そんな銀時に少しは苦しめと、神楽は思わずにいられなかった。
ふと視線を銀時の胸元に落とすと、神楽はあることに気が付いた。白い着物のえりに残っている口紅の跡。誰かが倒れこんだのか。それとも誰かが『私のもの』だと印をつけたのか。たまたまなのかもしれないが、銀時が神楽の隣で眠らなかった理由はこれであると思ったのだ。知られたくなかったのならまだ可愛いものだが、昨晩抱いた女の余韻を消したくなくて隣で寝ることを避けたのなら…………神楽はまた胸が痛んだ。そして、心をいつまでも見せてくれない銀時に苛立ちが募る。呑気に眠っている銀時の鼻を神楽は強い力でつまんでみせた。
「コラ! 起きろヨ! いつまで寝てるアルカ!」
慌てて飛び起きた銀時の首に神楽は掴まると、起き上がってきた眠たそうな顔と対峙した。寝不足に二日酔いも併発しているからか、その顔は不機嫌そのものだ。
「なんつー起こし方!?」
「おはヨ、銀ちゃん」
神楽は全てを押し込めたように銀時に微笑むも、実際はえり元の口紅も、尻の下の生理現も気になって仕方がなかった。昨晩は一体、誰の夢を見ていたのか。そんな事を尋ねたくて体が疼く。神楽は体を前後に揺らして尻の下のソレを刺激すると、銀時が焦った顔で壁にかかる時計を見た。
「いや、お前待てって! もう新八が来るだろ!」
銀時がそう言って一瞬視線を廊下の向こうへと流した。これの意味は『押入れ内なら良い』と言う合図なのだろうか。しかし、神楽にその気はない。さすがに昨晩誰かの中で汗を掻いた癖に、シャワーも浴びずに眠っていた銀時を受け入れる程ではないのだ。銀時の熱い塊を尻で刺激しながらも、決して首を縦には振らなかった。
はっきりして。目では訴えることが出来るのだが、言葉を口にすることは出来ない。神楽は思っていた。今すぐこの体が欲しいのなら、好きだって言葉を与えてくれないだろうかと。いつもなら流されて抱かれて、銀時の玩具になることも厭わないのだが、着物についた汚点に今日はそんな気も消え失せたのだ。
これからは銀ちゃんに流されないアル。
神楽は初めて銀時の誘いを無視することに決めた。今だけじゃない。これからずっとだと。その結果、嫌われて、もう一生銀時に触れてもらえなくなったとしたら…………
それを考えるとやはり耐え難い苦しみに襲われる。だから、頬に口付けだけをすると神楽は銀時から離れたのだった。
「新八もう来るネ、続きはまた今度ナ!」
銀時の顔を見れば唇の落ちた頬に手を添え、なんとも妙な表情をしていた。少しは神楽の異変に気付いたのかもしれない。それが痛快だと舌を出して、神楽は押入れへと戻って行った。
ここ数日間、雨が降ったり止んだりと不安定な天気だ。神楽はと言えば、あれから銀時を寸前のところでかわしていた。キスをして、裸になって、触り合っても絶対に最後までしないと決めて。その都度、銀時も何かに気付いたような顔をして、そっと神楽から離れた。神楽はその時の銀時の表情が苦手であった。苦しくなるのだ。イイヨと言って思わず許してしまいそうになる。だが、一度決めたのだからそう簡単に流れてしまう事はしたくはない。神楽の意地である。しかし、銀時も何も神楽に尋ねない。それを少しだけ悲しいと思っていた。
私のことは気にならないアルカ?
梅雨空のような神楽の心は、降り続ける雨のせいですっかりと冷えきっていた。このまま終わってしまうのだろうか。不安は増す一方だ。
いつかこんな恋愛をしている自分にも、心の底から愛してくれる人が現れるのだろうか。今はそれが銀時だったら良いと思っているが、その期待は外れるだろうと心は折れかかっている。全てはえり元に残った口紅の赤と、心を見せない銀時、そして臆病な自分自身のせいである。
昼過ぎの雨降る江戸を行く当てもなく神楽は歩いた。通りでふと足を止めると辺りを見渡した。道行く人は皆、同じように傘を差し歩いている。それを目に映すと、雨の日だけは紫の番傘を差す神楽もこの街の一部だと安心できるのだ。そうやって街の景色に馴染んでいるはずなのだが、そんな神楽に誰かが声を掛けた。
「リーダーか」
背後から聞こえた声に振り向かなくとも誰が立っているのか想像がつく。神楽をリーダーだと崇める人間は、この広き宇宙を探してもこの男くらいのものである。
「ヅラ…………」
見れば案の定長い黒髪が目に入り、見上げた顔にはやや笑みがあった。
「雨が続くな」
「そうアルナ、雨ばっかネ」
空を見上げると黒い雲が今にも雷を落としそうで、早く家に帰ってしまおうかと思わせる。だが、家では銀時が暇を持て余し閉じこもっている。そんな銀時とせせこましい部屋に居れば、喧嘩の一つや二つは簡単に起こって――――――それでその後どうなるのか二通りの未来が想像出来たが、どちらも嫌だと家には帰れなかった。
「そう言えば、お前に聞くの忘れてたネ。銀ちゃんがナントカって話し」
もう桂には全部バレているのだろうか。銀時と神楽が何を繋げたのかも。それならば全てを話してその上でどうして銀時がダメであるのか理由を聞いてみたいと思っていた。もしかするとそれが決定打となって諦めることが出来るかもしれないからだ。
「聞く度胸があるのならばついて来い」
その言葉に深く息を吸うと神楽は桂の後ろをついて歩いた。
どれくらいの数があるのか。その日、連れて行かれた隠れ家は初めての所であった。前にいくつか銀時に教えてもらった事があるのだが、ここは小さなアパートの一室で家具も何も置いていない殺風景な部屋だ。空き家との区別もつかない。だが、清掃は行き届いており、定期的に人の手が入っていることが窺えた。
「適当に座ると良い、茶菓子も何も出せないが」
「どうせお前は《んまい棒》しか出さないの知ってるから、別にいいアル」
それに今は呑気に駄菓子食べる気分ではない。とは言いつつも少々食べたい気分ではあった。
「それで、前も言ってたけど……銀ちゃんがって何の話アルか?」
六畳ほどの畳の上で神楽が膝を抱えると、桂は小さなちゃぶ台を挟んだ正面で腕を組んだ。そして、目を閉じると静かに言った。
「り、リーダー……その座り方はやめんか」
どうやら桂の位置からでは、神楽の短い丈のスカートから下着が見えてしまったらしい。思いがけない失敗に神楽は頬を赤く染めた。そして正座に座り直すと、改めて桂に尋ねたのだった。
「銀ちゃんをやめておけって、どう言う意味ネ? お前は何を知ってるアルか?」
すると桂の目が静かに開かれ、神楽だけを映した。
またこの目アル。
見透かしたような、神楽の隠している内側を全て知り尽くしているような瞳。これが苦手な神楽は逃げるようにちゃぶ台に視線を落とした。
「銀時が誰とどうなろうが俺には関係ないが、自ら火に飛び入る虫がいればさすがに止めにはかかる」
耳に入った聞き慣れない単語。
《虫》と《火》
虫とは神楽で、その虫を焼きつくすのが銀時だろう。
神楽は少し考えてから畳を見つめながら小さく言った。
「結構な言い草アルナ。人を虫とか……もうちょっと可愛いのにしろヨ」
「ならば、沈むと分かっている泥舟に乗る狸……いや、兎か」
どちらにしても銀時に惚れている神楽の行く先は、桂に言わせると業火の中か海の底らしい。そんな恋が初恋である神楽は、なんてトラウマだと思わず苦笑いを浮かべた。
「英雄色を好むとは聞いたことはないか? 銀時は正しくそのタイプだ。このままいけばいずれ泣きを見るぞ」
「ケッ……そんな簡単に泣く女だと思われてるアルカ? なんか腹立つネ」
やはり銀時は神楽だけでは満足しないようだ。それは先日の口紅と言う汚れを見つけた時点で分かってはいたが、他人の口から改めて聞かされると痛く刺さる。喉の奥から真っ直ぐ胸を貫くような痛みだ。
「…………銀時には腹が立たないものか?」
その言葉に思わず顔を上げると正面の桂と目が合った。どうやら真剣に神楽を気遣い、心配しているようなのだ。
なんでお前が心配なんてすんだヨ……
そんな事を心で呟きはしたが、その気持ちは嬉しいものだった。だが、それを神楽は素直に表へと出せないと再び顔を伏せた。
「銀ちゃんに腹立たない時なんてないネ。いつもいい加減で風まかせで、稼ぎは悪いし臭いし、モジャモジャだし……」
「それでも惚れているのだろう?」
神楽はその言葉を否定することが出来なかった。しかし、どこかで願っているのだ。否定出来るようになりたいと。さすがに辛い。いくら体を愛されていても心が愛されないと、胸を張ることすらも出来ない。
「言っておくが、銀時が誰かを心から愛することはない。残念だが、それがあの男の生き方だ」
ずっと近くで見て来たから桂だからこそ分かっているのだろう。今までも見て来たはずだ。『私こそが愛される存在になる』そう言って玉砕していった人間を。その中に自ら名を連ねることになるのは……特別な存在を目指している神楽には耐え難いことであった。
「で、でも、万事屋として一緒にいれたらそれで満足ネ」
口では言ってみた。恋人と言う関係を望めなくても、ただ側に居ることが出来ればそれで良いと。しかし、本当に満足できるかどうかは定かではない。隣で銀時が眠っていて、それで触れたいと望まずにいられるのか――――――?
きっと無理だ。見ているだけだなんて、もう今の自分には無理なのだ。その気持ちは変えられない。
だが、もしそれを弱さだと認めることが出来れば、現状の方を大きく変えることが可能かもしれない。ならば今スグにでも満足している振りなどやめるべきではないだろうか。
神楽は顔を上げると桂に微笑んだ。
「今の、嘘アル」
それを眉一つ動かさずに桂は見ていて、大人の落ち着きを感じた。
「銀ちゃんを好きじゃなくなるなんて、きっともう無理だから……それなら銀ちゃんを私だけのものに出来るくらいイイ女になりたいアル」
これは本心だ。どうやったって銀時を神楽の中から消すことは出来ない。ならばもう残された道は一つ。戦うしかないのだ。他の娘よりも頭ひとつ抜きん出なければ、勝ち目はない。
神楽は覚悟を決めた。そのせいか膝の上で作っている握りこぶしに力が入る。
「そうか。ならば、リーダー……一つ良いことを教えてやろう」
そう言った桂は神楽の隣に移動してくると、同じように正座をした。そして、耳に口元を寄せてくると、二人しかいない部屋で小声で言ったのだ。
「銀時は少しくらい行儀の悪い女が好きだ」
桂の言った《行儀が悪い》その意味は神楽もよく知っていた。銀時が暗闇でよく言っていたのだ。
『神楽、もっと声出せ』『神楽、もっと腰使え』『神楽、もっと舌出せ』
しかし、そんな話を改めて耳元でされると気恥ずかしさを覚えた。だが、そうは言ってもいられない。銀時を落とすためには、どこかで勝負しなければならないのだ。
「分かったアル、私頑張ってみるネ」
そう言って立ち上がった神楽の手首を桂が掴んだ。そして、今までに感じたことのない強い力で引っ張られると、思わずよろけて神楽は桂の胸の中へと落ちた。
「な、なんだヨ」
声が上擦り、焦りが露呈する。
「そう急ぐ必要はない。銀時には焦らして、一度だけそんな姿を見せれば十分だ」
「それとこれと何の関係があんダヨ! 言ってみろヨ!」
神楽が苛立っているのは理解しているはずなだが、桂は何を思ったのかそのまま人形でも抱くように神楽の体を包んでしまった。これにはさすがに心臓が騒ぎ始める。
「そんなに銀時が良いか?」
「…………別に、そんなこと言ってないダロ」
顔が熱くなる。それは銀時のことを話題に出されたからなのか。それとも今の状態と桂の台詞か。神楽はどうするべきか考えていた。
銀時以外の人間に抱きしめられるなど初めてであり、しかし不思議と嫌な気分ではなかった。惚れているのは銀時だけだ。それなのに抱きしめる腕にすがってみたくなるのだ。
桂もそれを分かっているのか、神楽を抱きしめる腕に力を加えた。
「ヅ、ヅラ…………?」
気持ちは焦り、額にも薄っすらと汗がにじむ。
今までずっと桂に対しての神楽の思いは、恋愛とは程遠い『ちょっと好き』であった。異性として特別意識したことはなかったのだ。だが、今は心臓の高鳴りと熱い顔が桂も男であると神楽に強く意識をさせた。突然の豹変…………いや、桂が変わったわけではないのだろう。神楽が女として目覚めてしまったのだ。男の匂いや熱に過敏に反応を示すカラダ。銀時としばらく触れ合っていないせいか、神楽の皮膚も息も瞳も全てが桂を欲していた。
「ま、待てヨ。なんか変アル、お前…………」
胸に押し込められた神楽から桂の表情は見えないが、その高い体温に桂もまた興奮していることが伝わってきた。それを否定する気はもうない。女の子を抱きしめているのだから誰でもそうなるはずだ。神楽は逃げ出すなら今の内だと思ってはいるが、カラダが期待している事に気付いていた。
銀ちゃんを忘れられるかも…………
そんな建前を掲げて、流れてみるのも良いのかもしれない。だが、やはり怖い。それが銀時の耳に入れば側に置いてもらう事すらも許されないかもしれないからだ。
しかし、それを消し去るように桂が言った。
「リーダーは銀時のものではないのだろう? 誰に遠慮する必要がある?」
浮気、とは違う。交際しているわけではない。更に言えば銀時は他の娘と遊んでいる。
少しだけなら……私もいいかな……
そう思った神楽はちょっと抱きしめてみるだけだと、桂の背中にゆっくりと手を回した。
「べ、別に遠慮とかそんなんじゃねーアル……」
「ならば、隙を作ってくれ…………」
隙を作ってくれなど、なんて無理難題だろうか。お陰で神楽の体は堪らなく熱くなった。隙を作れば桂は堂々とそこへ付け込んで…………後は想像通りの事が繰り広げられるだろう。
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