メロドラマ:02《R18》

 ※2年後設定/銀神/桂神/土神/沖+神



 その夜、銀時は万事屋に居なかった。それは別に変わったことでなく、いつも事である。時計を見ればあと二分で午前一時になろうとしている。そのことから察すると、今夜は銀時が戻らない。それを神楽はソファーにうつ伏せになりながらボンヤリと考えていた。

 きっと適当な飲み屋からお妙のところに流れて、その後吉原に行き着いて――――――

 今までは銀時がどこで何をしていても《平気なフリ》が出来るほどには大丈夫であった。それなのに今は桂の言葉を聞いたせいなのか、胸が苦しくて仕方がない。眠気など全く起きないのだ。こうしてソファーで銀時の帰りを待っていても無駄になるだけだ。

「なんか……お腹空いたアル……」

 元気がない時には何か美味しいものを食べるに限る。しかし、冷蔵庫は空だ。神楽は体を起こすと物置へ飛び込んだ。そして、ツーピースのチャイナドレスを取り出した。銀時にはあまり着るなと言われているヘソの見えるチャイナドレスなのだが……帰って来ない銀時への腹いせのような気持ちで袖を通した。

 反抗的で刺激的な服に身を包んだ神楽は、万事屋の玄関を勢い良く飛び出すと、すぐ正面に見える手すりを飛び越えた。そして、そのまま華麗に地面へと舞い降りる。いつもの癖である。全く怪我をするだとか危険だとか、夜兎である神楽は考えていない。だけど、今日はマズかったらしい。地面に片足を着けたところで黄色い光に包まれたのだ。それが車のヘッドライトだと気付いたのは、体を鉄の塊が弾き飛ばした後であった――――――

 一瞬、記憶が飛ぶ。地球人と違って体が頑丈とは言え、さすがに痛む。鈍い嫌な痛みだ。

 まだ目を開ける事が出来ない神楽は静かにゆっくりと深呼吸をした。すると耳に聞き慣れた声が入って来た。

「トシィィイ! ダメだ! やっちまったッッ!」

 自動車から降りて駆け寄ってきた男が叫ぶ。

「だから運転中にあんなもん食うなつっただろッ! どっから拾ってきたんだ。あんな漆黒の塊……」

 神楽は思った。そんな話よりこっちを早くどうにかしてくれと。

 するとその思いが届いたのか、先に車から降りてきた方の男が神楽の傍らにしゃがみ込んだ。

「しっかりしろ! 死んでねぇよな……」

「万事屋のチャイナ娘じゃねェのか?」

 神楽は薄っすらと目を開けると、こちらを覗きこむ黒服の男二人が見えた。

「とりあえずトシは人工呼吸を頼む! 俺はおっぱいを揉む方を担当するから」

 そう言ってどこからどう見ても真選組の局長にしか見えないゴリラは神楽の胸に手を置くと……

「ふざけてんじゃねーぞ! このバカちんがァアア!」

 体を起こした神楽に殴り飛ばされた。その体はきれいな放物線を描くと、夜空の星となり消えていった。

 随分とふざけた対応をしてくれたと、神楽は残っているトシこと鬼の副長を見ながら指の骨をポキポキと鳴らした。

「人轢いといて何しようとしてんだゴルァ!」

 だが、傍らにしゃがみ込んでいる土方は、顔色ひとつ変えずに神楽を鋭い目つきで見ている。

「その調子なら問題無えな。後からどこが痛いだ慰謝料だ、なんざ騒いでもテメェでどうにかしてくれよ」

 それは少々困った話である。慰謝料が請求出来るのであれば、どうせなら0をいっぱい書いた請求書を送りつけたいのだ。神楽は起こした体を再び地面に倒した。

「あっ、ちょっとなんか足? 足かな? 足痛いかも……」

 鬼の副長の冷ややかな目が足に突き刺さる。嘘かどうか考えているようである。

 このままではマズいと焦った神楽は、スリットからナマ脚を出すと大げさに痛みをアピールしてみた。

「ここ、見てヨ。ほら、なんかちょっと痙攣してネ? ピクピクって痙攣してネ?」

 土方はと言うと、じっと脚を怖い顔で見たまま動かない。そして首をひねる。

「暗くてここだとよく見えねェな……屯所に運ぶか」

「えっ、待てヨ! そこまでしなくて良いアル……あっ、家に運んでくれたら問題ないネ……」

 さすがにアウェイでの勝負はキツい。それに沖田に出会うことを今は避けたいのだ。こうなったらホームできっちり慰謝料の請求に漕ぎ着けたいところである。

「なら、肩貸してやるから立て」

 神楽は土方に体を支えられると階段の上まで一緒に歩くことになった。


 近い距離。男に肩抱かれるなど銀時以外では滅多にないことで、どこか妙な緊張があった。

「つうかテメェ……本当に足痛むんだろうな?」

 体が強張ってるせいか思いのほか歩けない演技は上手に出来ていたが、土方の目は誤魔化せないようだった。そこに神楽は腹を立てたが、さすがは副長なんて役職についてる男だと感心していた。この鋭い目は伊達じゃないと。

 そうしてなんとかゆっくり二階まで上がると玄関を開けて二人は物置へと入った。

「野郎は?」

 たたきに誰の靴もなかった事は土方も知っているはずだ。それなのにいちいち訊ねてくるところに神楽は意地の悪さを感じた。

 折角、忘れてたのに。嫌なことを思い出させやがって。

 そんな気持ちが芽生えて、神楽は目の前の男に八つ当たりしたくなったのだ。

 ガキ臭いと思われても良い。今はこの腹の虫が治まるのなら、八つ当たりだって平気で出来そうである。

「それよりも足、見てくれるんダロ?」

 そう言った神楽は狭い物置で土方を座らせると、押入れの襖にもたれながら――――――スリットから覗かせている足で肩に蹴りを入れたのだ。

 さすがに急だったのか、避けきれずよろけた土方は、鈍い音と共に物置の戸へ体をぶつけた。

「っめェ!」

 そう言って分かりやすくキレると、神楽を相変わらずの鋭い目で睨み上げた。

 別にそんなの怖くないし、むしろ怒ってるのはこっちだし……

 神楽は謝る気などさらさらなかった。余計なことをしたのはお前だろうと、銀時の事を思い出させた土方に苛立っていた。

「あー、悪かったアルナ。こっちの足じゃなかったネ」

 そう言ってもう一発くらい蹴り入れてやろうなんて思っていた時だった。崩れて座る目の前の男が…………自分に対して欲情してる証を見つけてしまった。それを見てキモいとか最低なんて反応を見せるような時期は過ぎていて、ただ思いがけない事に神楽は息を呑んで驚いた。簡単に男に襲われるほど非力でもなければ、隙もない。しかし《そういう対象》として見られているなどと思いもしてなかったのだ。そのせいか心臓が騒ぎ始める。

 土方も神楽の視線の先に気付いたのか、途端に目を逸らした。

「…………もしかして部屋まで送ったのも何かやらしい事考えてたアルカ? お前、仕事中にそんなんで良いのかよ」

 何も言わずにただこっちを睨みつけている土方は、ポケットから取り出した火のついていない煙草を口に咥えた。

「うるせェ……こうなっちまったもんは仕方ねェだろ……あんまり見るな」

 どうも本人も恥ずかしさは感じているらしく、胡座を掻いていた足を閉じるように片膝を立てた。

 一体、いつの段階で土方の体は反応したのか。それを神楽は考えるとあるひとつの結論に行き着いた。

「もしかして蹴られて勃ったアルカ!?」

「だからうるせェつってんだろ!」

 土方は言い当てられて焦ったような表情になると、額を手で押さえた。

 確かに格好はつかないし、ダサいし、泣きたくもなっているのかもしれない。反応してしまった事には神楽も同情した。だが、どういうわけか少しだけそんな土方を愉快だと神楽は思ってしまった。

「安心しろヨ、別に誰かに言ったりしないアル……」

 秘密は一つも二つも変わらない。今更、こんなことくらいが増えた所で困りもしなかった。しかし、秘密を守ってやるのだ。見返りがないのは気に入らない。だいたい車に轢かれた慰謝料もまだもらっていない。神楽は自分の心臓に耳をすませて、少しだけ退屈をしのぎたいとしゃがみ込んだ。

「それ、おさめるの手伝ってやろーか」

 土方の顔がわかり易いほどに歪んで、そして床に向けられる。

「アホか、ガキに手伝ってもらうほど困っても無えよ」

 その言葉と仕草が神楽にはちぐはぐに見えた。きっとどちらかが嘘なのだ。銀時が嘘をつく時によくやる手法であった。そこに神楽はつけ込むと土方を煽動した。

「ガキかどうかは…………試してから判断しろヨ」

 今夜、銀時は帰って来ない。それに何をしたって銀時に何かを言われる筋合いはないのだ。恋人ではないのだから。

 神楽は目の前の鬼がただの男になる姿を見るのも、いい退屈しのぎになると考えた。

 何も言わない土方に期待を感じ取ると、神楽は立ち上がりスリットから片脚を出した。

「オラっ、お前の汚いものささと出せヨ!」

 やはり土方何も答えず、だけど手だけは我慢ならないと言ったようにベルトを外した。そして、案の定情欲にまみれた性器を晒す。いくら銀時のを見慣れていると言っても、他人のものを見るのにはやや抵抗があった。

 どうしよう! なんかドキドキとまらんアル!

 そんな事を思ってはいたが、ここは余裕見せないと『やっぱりガキだった』などと言われかねない。かぶき町の女王の名が廃れてしまう。

 神楽はゆっくりと生足を土方の陰部へ押し付けた。熱い体温が足裏に広がって、この状況にエラソーな肩書の男が興奮していることを感じたのだ。

「お前、脚フェチアルカ?」

「だったら……なんだ……」

「別に…………」

 親指と人差指の間で挟み込めば、既に出ている先走り汁が絡みついた。粘液性の高い、ぬるついた体液。それを使って擦り上げれば土方は顔を歪ませ、咥えていた真っさらな煙草を床に落とす。

「くっ……!」

「分かってるだろーナ! 神楽ちゃんの脚にお前のきったないものブッかけたらどうなるか!」

 聞こえている呼吸は少しずつ苦しそうなものへと変わっていく。

 無様。そう思っているのに何故か神楽は心が躍るような面白さを感じていた。

 自分の中にもサディストが生息していることに気が付く。確かにあの父親(バケモノ)の子だ。それにもう一人血を分けた神威(サディスト)が居る。血筋は血統証つきのドSであった。だから興奮しているのだろうか。ただ単に銀時にはこのようなプレイをしたことがなく、新鮮さを感じているだけだろうか。

 そんな事を考えたせいで、また神楽の頭は銀時一色に染まりだす。折角、忘れかけていると思っていたのだが…………目の前の男には関係がないが、悔しさを足の指へと込めた。

「ここ、ギュウってキツく締めたらどうなるアルカ? 苦しいネ?」

 親指と人差指で強めに根元を挟み込むと、土方は乱れた呼吸で目を強く瞑った。そして、首を上下に激しく揺らす。

「イキたいアルカ? 出しちゃいたいアルカ?」

「ああッ……頼む…………イカせてくれ…………」

 そうやって辛そうに請うような目をした土方には先程までの鋭さは皆無であった。それをどこかつまらないと神楽は感じていたが、あんまりにも張り裂けそうに膨れ上がっているものだから、さすがに可哀相に思えてゆっくりと足を動かした。

「ホラ、出してみ? ちゃんと見ててあげるアル」

「あッ、くッ……はァ…………」

 そこからスグだった。真っ白な足の裏、指の間に熱い液体がまとわりついたのは。

 不思議であった。いつもはそれが腹の中にあって、銀時は頼むこともせずに当たり前に奥に出してしまう。それと比べると、土方が少しだけ良い奴に思えた。

「でも、足にブッかけて良いなんて誰も言ってないダロ! お前、コレどーするネ!」

 すると、土方は着けていたスカーフを外し、神楽の足についている精液を拭った。その姿に神楽はどうしても息苦しくなると視界からそれを外してしまった。

 悪い気はしない。だが、手伝ってやったのだからこれくらいは当たり前だろう。

「こういう気持ちがなかったと言えば嘘になるが、てめェが相手するなんざ……微塵も思ってなかった」

「暇してたから、玩具だと思って遊んでやっただけネ……」

「玩具、ねェ……」

 すると土方は足を拭っていた手を止めると、神楽の足を引き寄せた。何をするのだろうかと見ていたら、黙って膝に唇を引っ付けたのだ。それがくすぐったく、神楽は何すんだヨとまた蹴ってやろうかとも思ったが、すっかり気が削がれてしまった。ただ唾を飲み込みながら静かに見つめていて、這い上がってくる唇から逃れようとも思わない。

「てめェ良いのか? 野郎と出来てるんだろ」

 突かれると一番痛む胸の奥を、土方はなんてことない顔で突いてきた。そのせいで思わず唇を噛み締める。

 銀時とのことを話したいとは思わない。口に出して言えば更に苦しさも増すだろう。それに言えば必ず言われるはずだ。『銀時にお前は愛されてないんだろう』と。そんな事を外野に軽々しく言われたくない。神楽は関係を誰かにハッキリ言うつもりはなかった。

「…………銀ちゃんの事は関係ないネ。それよりもお前は私を轢き殺そうとしたアル。慰謝料として一億万円払えヨ」

 このままいけば土方の唇がどこへ行き着くのか、それは容易に想像出来る。だが、そこまでのことは望んでないと、つけあがりそうな土方を神楽は跳ねのけ、スリットの中に脚をしまった。それを特に残念がるわけでもない土方は、立ち上がると懐からありったけの札を床に投げ捨てた。

「好きに遣え。素人にしては上手かった、上出来だ」

 そう言って神楽の肩を叩いて物置から出て行った。

 そんなつもりじゃない。怒りが沸き上がってくる。さすがにこんな事をされて黙ってはいられない。何よりも数万円でこの体を買った気になっている事が許せなかった。

 神楽は札を鷲づかむと土方を追った。そして、玄関で靴を履いている背中に向かって投げ返した。

「ふざけてんじゃねーヨ! 耳揃えてきっちり払うまで金は受け取らんアル。でも、どうしても一億万円払えないって言うなら、お前が私に体で払うって事で許してやるネ」

 上位に立つのは私アル。

 土方に上に立たれるなんて腹が立つのだ。

 靴を履き終えた土方は神楽を睨みつけるように見ると、落ちている札を拾い集めようとしゃがみ込んだ。その隙をついて神楽は思いっきり蹴り飛ばすと、玄関の戸が割れるほどの音を立てて土方の体を受け止めた。神楽は更にその土方を戸に押し付けるように迫ると言ったのだ。

「また興奮したアルカ? 蹴られたくなったら連絡しろヨ。いつでもお望み通り蹴ってやるネ。お前は私の玩具アル」

「ふざけろ。誰がてめェみたいな女を呼ぶか。総悟と殴りあって遊んでろ」

 そう言って土方は逃げるように帰って行ったが、神楽は確信していた。土方が絶対に連絡をして来ると。何故なら汚れたスカーフが残ったままだからだ。こんな証拠を残して行くほど余裕がなかった……そんなふうに思えてならなかった。


 その日、やはり銀時は戻らなかった。それを悔しいと思いながら神楽は空っぽの銀時の布団へ潜り込んだ。せめて夢くらい見たいと思ったのだ。だが、夢の中でさえも銀時との距離は遠く、手を伸ばしても髪の毛一本触れることが出来なかった。