メロドラマ:01《R18》

 ※2年後設定/銀神/桂神/土神/沖+神


  

 知らないことを知っていくのは、いつだって愉快であった。

 何故? どうして?

 そうやって神楽はいつも銀時へ尋ねては探究心を満たしていた。だが、今尋ねたことは辞書にはおろか銀時すらも知らないことであった。

「なぁ銀ちゃん、恋と愛の違いって何アルカ?」

「随分と哲学的なこと言い出すね、お嬢さん」

 それについて神楽も真面目に答えてもらえるとは期待していなかった。何故ならもう言葉など必要のない時間帯だからだ。


 神楽は新八の帰った万事屋の居間で、ソファーの上に仰向けに寝転ぶ銀時の更に上へと跨っていた。短い丈のチャイナドレスからは、惜しげもなく白い腿が晒されている。銀時の視線がそれを汚すようにまとわりついて、神楽は身震いを起こした。

 自分の体が武器になることに最近ようやく気付いたのだ。それでもまだ体の中は空っぽで何者にも満たされる事はない。あるとすれば…………

 銀時が良いとかねてから神楽は思っていた。

「本気で尋ねてんなら、俺も本気で教えるけど」

 神楽は形だけ悩んでみせるとニコリと笑った。そして、尻の下でくすぶっている火種に燃料を注いだのだ。熱い体を前後に揺らして。すると銀時の膨らみと神楽の気持ちの好い所が擦れて――――――銀時の口から白い歯が溢れた。

「おいおい神楽ちゃん、大胆だね……どこで覚えたよ?」

「本能ってやつネ」

 神楽は勿論、銀時もこのままで終わるつもりはなさそうであった。

 初めては銀ちゃんがいいネ……

 その想いは案外、あっさりと叶えられてしまった。

 そして、神楽は体を繋げる悦びと男の味を知るのだった。




 今日も神楽は狭い押し入れで汗と体液にまみれていた。隠れるようにひっそりと静かに銀時と抱き合う。そのせいか、この関係を神楽は誰にも言ったことがなかった。それに同世代の女の子より少し進んでいて口に出すのが躊躇われたのだ。だが、何よりも他人に言えない理由があった。それはこんなふうに体を繋げているにも関わらず、二人の間には名前がなかったからだ。不確かな関係。にも関わらず《こんなこと》をしている事がバレれば、外野は決まって言うだろう。

『神楽ちゃんはそれで良いの』かと。

 良いワケがない。言えるなら言ってしまいたかった。銀ちゃんにとって私は何かと。だが、そんな事を言えばきっと銀時は鬱陶しいと言い、ガキ臭いと離れてしまう……そんな気がしてならないのだ。それだけは避けなければならない。今の神楽は自分の気持ちを押し殺す程までに銀時を失いたくないのであった。

 それでも思う。二番や三番では嫌だと。私だけを見ていて欲しいと。そうは思うが、実際のところは分からないのだ。銀時が何を思っているのかなど。その心の内を覗き見る事はいくら体を重ねても不可能であった。

 それなのに嫌になる程、銀時の息遣いや熱量にタイミングだけは分かるのだ。

 狭い押入れ内の酸素はもうほぼ尽きかけ、限界値を示していた。呼ばれる名前。

「神楽…………」

 切ない声に神楽は頷き合図を送る。すると銀時の動きが速まって、神楽はしがみつき呼吸を合わせた。


 神楽は体の奥の方に銀時が残骸を垂れ流したのを感じると、少しだけ救われた気がした。

 今だけは私のものアルと。

 汗まみれの銀時が呼吸を整えながら神楽の胸に倒れ込むと、神楽は癖の強い白銀色の髪を撫でた。

「明日、何時からだったアルカ」

「…………七時か?」

「ってことは、新八はそれよりもっと早く来るアルナ?」

 神楽は枕元の時計に手を伸ばすと、ライトを点けて時刻を見た。既に午前二時前である。

「神楽、布団行こうぜ、眠い」

「シャワー浴びてからナ」

 どこか新鮮味のない会話と銀時の態度。神楽は焦りを感じていた。当初は何の言葉もない銀時に『私の体が目当てアルカ?』そんな不安があったのだが、今はその体すらも飽きられてしまったのではないかと恐怖すら感じていた。疑心暗鬼に陥っていたのだ。何をしても不安がつきまとう。そのせいで求められるといつだって容易くその肉体を差し出した。だが、そろそろ真剣に向き合わなければならない時期が来たようなのだ。このままじゃいけないと心は叫んでいた。

 いつも明日になれば銀時から何か言葉が聞けるかもしれない、明後日になれば……そんな期待だけでどうにかやって来た。それも終わりにしたい。だが、それでも銀時に確かめることは出来ない。誰が好きなの、私が好きなの、なんてこと。

 神楽は心を見せない銀時に苛立つも、いつだって何も言えない自分が悪いと、とシャワーを浴びに押し入れを出た。




「寺子屋出たら音信不通になるパターンってやっぱり多いんだね。自然消滅かも」

 今日の神楽は公園のベンチで友人の話に耳を傾けていた。だが、実際は少し幼い恋愛話に退屈だと感じていたのだ。

 体を繋げて、気持ち好い事をすれば解決するのに。そんなアダルトな考え方をしていたが、友人にそんなアドバイスをするつもりはない。だから、神楽は純真なフリをして適当に相槌を打っていた。

 それでも時折向けられる視線に《それ》が見抜かれてしまっているように感じるものがある。その視線の主は隣に座る友人ではない。砂場で遊ぶ親子連れや、犬の散歩をしている老夫婦でもない。よく知ってる男――――――それはたまたまなのか、それとも本当にバレてしまってるのか。神楽は一度も確認したことはなかった。

「ねぇ、神楽ちゃん。あそこでこっち見てる人って指名手配犯じゃない?」

 神楽はこちらを見ている男を目に映したまま頷くと言った。

「そうかもナ! ポリ公呼んで来た方が良いネ! みっちゃん、私見張っておくから呼んできてヨ!」

「う、うん。待っててね!」

 真選組を探しに公園を出た友人を見計らい、神楽はこちらを見ている狂乱の貴公子の元へ駆け寄った。ウザったい長髪が風になびき、何も気付いていない顔にどこか間抜けさと苛立ちを感じる。

「お前、逃げた方がいいアルヨ。こんな昼間の公園に現れて、一体何考えてるアルカ?」

「リーダーか」

 そう言った桂の傍らにはエリザベスがいて、どうやら散歩をしている事が窺えた。

「ほら、ちんたらしてるとバカ共が来るネ!」

 折角、親切に教えてやったと言うのに、桂の目はじっと神楽に向いたままで何を考えてるのか少しも分からないものであった。この視線が少し苦手だ。

 もしかしてやっぱり何かに気付いてる?

 そんな焦りが生まれるが、桂のことだからどうせ真面目にアホなことを考えてるはずだと思うことにした。

「リーダーだと気付かなかったぞ。妙に艶っぽくなったな」

「は、はぁ!? 急になんだヨ」

 しかし、桂の言葉は鋭いもので、神楽はやはり銀時との関係について何か知っているのではないかと疑った。もしかすると銀時が桂に神楽との情事を話したのかもしれないと。だが、あの銀時が誰かに二人の秘密を喋るはずがないのだ。わざわざ押入れで隠れるように体を貪る銀時が。それならばと、神楽は『きっとこいつは人の体を舐めるように見回して気付いたに違いないネ』そう思っていた。

「エロアルカ! 早く出てけヨ!」

 今も胸や脚や尻を見られてるのかと思うと顔が熱くなる。だが、桂は目を細めると、更に何かを見抜くような素振りを見せた。

「…………銀時か? 銀時ならやめておけ」

 桂の口から紡がれた言葉はどこか悪意の感じるものであった。

 なんで銀ちゃんはダメなの? どうしてそんな事を言うアルカ?

 神楽はそれを尋ねようとして――――――友人が真選組の隊士を引き連れて公園へと戻って来てしまった。

「桂ァアア!」

 その声に反応した桂は、エリザベスに掴まると最後に一言残した。

「理由が知りたいのなら、話してやるが………………アディオス!」

 神楽は慌ただしく去っていった桂に険しい表情をした。

 きっと桂のことだから、からかうつもりで言ったわけではない。だとすればあの言葉の裏には何かが隠されていて……だが、それを知って得することはあるのだろうか。たとえば、銀時は女の体しか愛せないなんて事だろうか。それとも誰も愛せないということか。神楽の胸にまた不安が広がる。

「神楽ちゃん、大丈夫?」

 背後から声を掛けてくれた友人に笑顔を向けると、何でもないと笑った。しかし、その後ろでこちらを見ている真選組の男に神楽の表情は一気に曇った。

「チャイナ娘、テメー、わざと桂の野郎を逃しただろ?」

 バズーカを担ぐ真選組一番隊隊長・沖田の姿がそこにはあって、神楽は久々に出会ったこの男に相変わらずの憎たらしさを感じた。

「なんで私がそんなことしなきゃならないアルカ?」

「決まってんだろ。旦那と桂が繋がってるのは周知の事実だ。旦那のコレのお前が逃さねぇとは言い切れねーだろィ」

 コレ、と言って小指を立てている沖田に神楽は顔を真赤に染めると、どれくらいかぶりに沖田に殴り掛かった。近頃は銀時と体を揺らす遊びに夢中ですっかり忘れていたのだが、少し前までは沖田相手に飛び掛かるのが常であった。だが、沖田は神楽とやり合うつもりがないのか、簡単に地面へと倒されるとやり返しもしなかった。

 そんな沖田に馬乗りになっている神楽もどこか調子が狂ってしまった。神楽は腹から下りると、沖田へ背中を見せ、出来るだけ落ち着いた声で言った。

「……お前にどう映ってるか知らねーけど、銀ちゃんとはそんな関係じゃないアル。次もういっぺん言ってみろ。ただじゃ済まないからナ」

 神楽は固まっている友人に挨拶をすることもなく公園をあとにした。


 悔しかった。銀時の恋人だと思われていても、実際にはそうではない事実が。しかもそれを色恋沙汰に興味のなさそうな沖田まで知っている。と言うことは、もし万が一、銀時が夜の街で女と腕なんて組んで歩いていたら………………

 可哀想な子だと周囲は神楽を憐れむかもしれないのだ。

「ってか、なんでバレてるアルカ?」

 神楽は外で銀時と恋人を装うような事はなく、飽くまでも二人が繋がるのは狭い押入れの中だけであった。それなのに桂にも沖田にも気付かれてしまっていた。という事は、外に漏れだすほどに銀時へと向ける好意が強いものなのだろう。

 何かと憎たらしい沖田に弱点を見せてしまった。これは失態だ。

 しかし、そんな事よりも今は桂の言葉が気になっていた。

『銀時ならやめておけ』

 辛い恋愛になるのは目に見えているとの忠告だったのだろうか。それならばもっと早く、銀時を好きになる前に言って欲しかった。今ではもう遅すぎるのだと、万事屋に着いた神楽はいつもより強めに玄関の戸を閉めたのだった。