楽園/兄神
血を呪って。
もし、私達に罪があるなら血を呪って。
お願いヨ。
どこかなんて場所も言えない。
私は手を取られたまま、バタンと背中で戸を閉めた。
もう大丈夫。
ここなら誰も引き裂かないヨ。
「二人だけの秘密でしょ?」
兄ちゃんの……神威の目は一度大きく開かれるも、スグに細くなった。
「帰るなら今のうちだよ」
神威は私の手を握ってるくせに、なんて事言うんだろう。
そんな事を言う神威の口からこれ以上、無神経な言葉が出ないように、もういっそのこと塞いでしまおうか。
私の口で。
私は神威と解り合える日なんて来ないと思ってた。
神威を変えてしまった血を自分の中に感じる度に、本当にそこに流れてるものが同じなのかと疑った。
あの日、私の言葉にも耳を貸さず、弱いものだと一蹴して消えた神威を、私はずっとずっとずっと取り戻したかった。
だけど、それが今叶っちゃって、私は行儀よくなんてしていられなかった。
「あらら、大胆」
私の少し伸びた髪を撫でながら神威は言った。
だけど、その割りには全然驚いてないような口調だった。
そんな神威から余裕を感じて、私は悔しくて仕方がなかった。
なんで、こんなに普通でいられるんだろう。
もっと取り乱せヨ。
神威はいつかみたいに私に優しく微笑んで、小さい子をあやすように私を抱いた。
そんなのじゃ、もうダメだって。
全然ダメだって。
まだ分からないアルカ?
私は神威の前髪を乱暴に掴むと、睨みながら言ってやった。
「腰抜け」
神威はその罵声をにこやかに受け流すと、私から体を離した。
認めたって事?
そんなのを認めるような優しさなんて、私は神威に望んでなかった。
「聞こえたアルカ?」
私は神威を突き飛ばして深紅のソファーに座らせると、その膝の上に向かい合うように乗った。
チャイナドレスのスリットから脚が出ちゃってるのも気にしないで、膝を立てて、腕は神威の首の後ろに回して。
神威はそんな私に何一つ乱される事なく笑ってる。
どうしたのって。
ここまでしてるのに、口に出さなきゃ気付かないんだろうか。
「神威」
「あれ?兄ちゃんを呼び捨てにしていいのかな?」
神威は膝の上の私を“妹”だって思ってる。
確かに私と神威を繋いでたものは、体に流れてる血だったけれど……今は違う。
血なんかよりも、もっと素敵なもので繋がってる。
それを神威だって気付いてる筈なのに。
わざとなのかな。
それとも、私を焦らして楽しんでる?
「分かってんダロ」
「さぁね、どうだろ」
神威の手が私の腰に添えられる。
それに一気に私の鼓動は加速する。
「だってもう、二人だけアルヨ。それにさっき私がオマエの口を塞いだのだって……」
「もしかして、あんなので俺を動かせるとでも思ってるの?」
私を見る神威の目が鈍く光る。
その瞳を待ってたはずなのに、怖いのか私の背筋はゾクゾクする。
今までに感じた事のないスリル。
呼吸が荒くなる。
そして、今から始まるGameに私の期待は高まっていく。
「もうガキじゃないヨ」
その言葉に微笑むと神威は――始まりの合図を鳴らした。
ただ触れ合うだけじゃなく、もう私のものとは全然比べ物にならないくらいに深く深く絡まり合う。
初めてで戸惑って、呼吸の仕方さえも忘れてしまって、苦しいのか涙が流れる。
だけど、私は誰にも見せた事のない表情で神威の唇に夢中になる。
それがはしたない事だって分かってるヨ。
だけど、大人しくなんてしてちゃ勿体ないから。
だって、ずっと夢見てたんだもん。
こうして、二人だけで秘密を共有することを。
「どこで間違えたかな……お前との遊び方」
神威はこの関係を否定するような口調で言った。
だけど、もう遅いから。
私の想いだってすっかり気付いてるでしょ?
それを知った上で私を受け入れるからには、その少しだけの、お飾り程度に残ってる自制心を壊してやるヨ。
私は神威の後ろへ回してた腕を前へ持ってくると、神威の身を包む服を脱がせようとボタンに手をかけた。
一つ一つをゆっくりと外していく。
それに連動するように、神威の手が私の腰から晒される太ももへと移動する。
私の口にはしっかりと背徳の蜜の味が広がっていて、神威もそれを私の口から舐めとるも、まだ満足しないのか舌舐めずりをした。
「足りないアルカ?」
最後の一つ。
ボタンを外せば神威の優しい手はまるで蛇にでもなったように、私の体を這いずり回る。
「足りたら困るのはお前だろ?」
倒れ込んだソファー。
見える天井。
そして、首元に感じる神威の熱。
すっかり牙なんて抜け落ちて、毒も抜けちゃって、本当に腰抜けになったのかと思ったけど、神威の中にはちゃんと獣がいた。
暴れまわらないように首には鎖が巻かれていたけど、錆び付いたそれはいつ引きちぎられるか分からなかった。
むしろ私はその鎖を引きちぎる為にここにいて、最後の理性を崩してやろうと禁断の果実を口にする。
「神威、愛してる」
「……あーあ、言っちゃった」
砕け散った鎖は神威を解放すると、私の全てを奪おうと隠してた牙をブスリと突き刺す。
痛みなんて気にならないくらいに私の身体は悦んでいた。
流れる鮮血すら、薔薇の花びらを散らしたように綺麗に見える。
二人だけでどこまで行けるかな?
二人だからどこまででも行けるかな?
神威の息づかいが私の耳に届いて、私の体の奥深くが熱くなる。
「お兄ちゃんっ」
「それ、反則」
二人の熱で心のキャンドルもすぐにドロドロに溶けてしまう。
いくらあってもキリがない。
火なんて灯せなくなっちゃって、真っ暗で光なんて射さないけど、私達にはそっちの方が都合が良かった。
誰にも見つからないから。
誰にもこの気持ちがバレてしまわないから。
「自慢したくなるね、お前を」
「誰に?」
「さぁね、誰かな」
絶対に知られたくないのは神威も同じなのに、なんでそんな事を言うんだろう。
自慢されるのは誇らしいし嬉しいけど、実際はそうされちゃ困る。
「羨むだろうね、きっと」
「何アルカ?優越感アルカ?」
「さぁね、どうかな」
誰が羨むんだろう。
何に羨むんだろう。
この関係?それとも私?
たとえ、誰かが欲しがっても、私は神威以外に与えるつもりは無かった。
「でも、誰にもお前はやらないよ」
「奪いに来たら?」
「殺しちゃう」
神威は柔らかい口調でそう言うと、私の体を優しく抱き締めた。
物騒な発言なのに、私は神威の言葉が嬉しかった。
だけど、そんな事があってはならないから、私は神威に言い聞かせた。
「殺しちゃダメアル。バカ兄貴」
「だけど、神楽だったらいい?」
「えっ?」
そう言った神威は私を激しく揺さぶると、あっと言う間に手にかけてしまった。
真っ白な頭と真っ暗な視界が、天国か地獄か全く分からなかった。
どっちだろう。
まだフワフワする体に、天使にでもなってしまったのかと思った。
だけど、開いた目の前に神威がいて、私を穏やかな顔で見ていたから、ここが天国でも地獄でもなく、私達の生きる世界だと気が付いた。
「これでもまだ腰抜けなんて呼ぶ?」
「知らないアル!」
私は神威に飛び付いてその胸に顔を埋めると、どんな場所よりもここが一番天国に近いと思えた。
神威の胸から聴こえる心音が心地良い。
一定のリズムが私の耳を楽しませる。
同じ血は今も二人に絶えず流れてる。
それが変わらない限り、どんなに二人には正解でも、世の中は私達に大きなペケを付けるだろう。
銀ちゃんだって、新八だって……パピーだって許さない。
きっと誰にも許されない私達だから、私達だけは自分達を許してあげたかった。
たとえ、罰を受けたとしても。
私は自分の血が好きだった。
それは神威をいつも側に感じられるから。
ご飯をいっぱい食べるところも、あまり素直じゃないところも、本当は寂しがり屋なところも全部全部好き……だったのに、今はそうじゃない。
やっぱり、憎いヨ。
何年も別の場所で生きてきて、兄妹の絆なんてほとんど無いのに、同じ血が流れてるせいで。
「俺は信じてる。下らないのは世の中だって」
「えっ?」
「お前が何を考えてるか、分かっちゃうんだよね」
それはやっぱり同じ血が流れてるから?
こう言うのを皮肉って言うんだね。
「お前の事を俺がどれだけ見てると思う?」
「知らないアル」
神威は私の頬をつつくと、普段はあまり見ることのない真顔になった。
それに私も少し緊張すると神威が何か言うのを待った。
なのに神威は口を開かずに、そのまま私に優しいキスをした。
「愛してるよ、神楽」
その言葉を言ったのは、兄ちゃんじゃなく、私には分かった神威だって。
夜は明けて、幕は閉じた。
全てが終わって、私達は下らない世の中に擬態するような生活に戻る。
繋がってた体だけがバラバラになって、一人で部屋の戸を開ける。
「神楽、またね」
「うん、またね」
秘密を隠したまま生きられる程、私は器用だろうか。
私はいつか全てを口にしてしまわないように、最後にもう一度だけ口づけをねだった。
「それはダメ」
神威は戸の前で首を振った。
どうしてだろう。
もう時間だからネ?
私は諦めて力なく笑うと手を振った。
「そんな顔するなよ」
神威は困ったような口調でそう言うと私の肩に顔を埋めた。
私は動かない神威の顔を見ようとして、彼が震えてる事に気が付いた。
「神楽、ごめん。やっぱり無理」
神威は小さな声で囁くと、私には禁止した口づけをした。
そして、開きかけていた戸を後ろ手で閉ざした。
パタンと音を立てて閉まった戸は、もう二人を引き裂かないと言ってるようだった。
二人を世界から匿って、罪を楽園に閉じ込めて。
2011/08/29
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