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月見酒/高→神(+銀)

 

満たされることの無い俺の盃には、金と地位と名誉がくだらない連中によって注がれ続けている。

俺はそれを口に含んでは吐き出す始末。

だからと言って、要らないわけじゃねぇ。隊を率いてる以上、軍事には金がかかる。地位や名誉もそれなりの話をつけるのには便利なもんだ。

だが生憎、金には困らねぇ生まれだ。地位や名誉も利用するだけのもんだ。飲み干して体内に取り入れる程のもんじゃねぇ。愛ですらそうだ。

虚栄の愛を注がれて、酔うことなんざしたくねぇ。

――何にも属さない。

それは俺のやり方であり、小さな隊でやり抜くにはその方が賢明だ。

誰だったか、そんな生き様を利口だと言った。

 

「かつての仲間すら斬り捨てられる無慈悲さは称賛に価する」

 

称賛だ?俺が望むのはそんなもんじゃねぇ。

この研ぎ澄まされた歯牙を突き立てる、鮮血を撒き散らす標的(ターゲット)が欲しいだけだ。

そうだ。だから、俺の盃は空っぽのままだ。いつか、優美な酒よりも甘く俺を酔わせる、目覚めるような赤の為に。

その為に盃は空でなくちゃいけねぇ。

 

「晋助、女に興味があったでござるか」

「ククッ、男に興味あるように見えるか?」

 

野郎は掛けたサングラスの隙間から俺の着物を覗き見、軽く首を傾げた。

貸し切った屋形船から見える水面には丸い月が映り込んで、あいつと出会ったあの夜を思い出す。

女に興味があるかどうか――

女なんざ抱けりゃいい。

それ以上、何も望まねぇ。遊郭でいつでも買える。

そして、いつでも捨てられる。そんなものに執着しようがなかった。

 

「拙者は何も申さぬ」

「言いたい事がある口振りだな」

「いや……何が晋助を駆り立てる?」

「フッ、さぁな」

 

ただの女にゃ、ここまでしねぇ。ただの人間にもだ。

ワザワザ警戒の強まる江戸に危険を冒して寄港する酔狂は俺くらいなもんだろう。

ただの夢幻に俺は焦がれていた。あの夜兎の女。

調べれば調べる程、俺の興味をそそる。

なんの契約もなしに銀時と暮らし、血に飢えてる筈だろうが無駄に争わねぇ。何にも揺るがねぇ。

仮に俺がここにあるだけの金を積んだとしても手に入らねぇだろう。

それは時に脅威にもなりかねない。潰すなら早い内が良い。鉄砲でもぶっぱなして、引き摺って、俺の船に乗せて江戸から引き離せば嫌でも忘れるだろう。

野郎の事も、何もかも。

 

「罠でも掛けるか」

「どうしても望むでござるか?神楽と言う女」

「金で買えねぇなら奪うまでか」

 

想像するだけで口元が緩む。

だが、あれだ。ただあいつから奪うくらいじゃ面白味がねぇ。地味な行動は俺の質にあわねぇ。

どうせなら銀時の見てる前で派手なショーを開いてやろう。

大切な女がこの俺によって踊り狂う様を何も出来ず、歯を食い縛りながら眺めりゃいい。

銀時の叫び声が安易に想像出来る。

 

 

神楽ァァア―――!!

そして、拘束された女の……神楽の嫌がる身体と恐怖に歪む表情が俺の空の盃を満たしていく。

 

「これは高値で取引されてる薬だ。残念だったな。夜兎の力もこれの前じゃどうしようもねぇ」

「んんっ!」

 

嫌がれば嫌がる程にいい。

抵抗出来ねぇ身体と拒絶する心で、俺を映す瞳は何よりも綺麗で――汚ない。

 

「ククッ、苦しいか?いい目じゃねぇか……なぁ、銀時」

 

大切な物が奪われるのを、黙って見てるしか出来ねぇテメェはどうする?

いつかの様に諦めるか?

 

「邪魔さえしなけりゃ殺めたりしめぇよ。テメェも神楽もな」

 

次第にクスリが回って抵抗を弱める神楽に、俺は加えてる煙管を口から離して煙を吐きかける。

 

「ショーの始まりとするか、お人形さんよ」

 

絹を切り裂くような声が無情に響く。

陶器のような白い肌は精気がなく、マリオネットみたいな神楽の身体は俺の自由のままに動く。上に、下に。

髪は振り乱し、口はだらしなく開けられ、それでも俺を映す瞳だけは憎しみに溢れてる。

憎まれれば憎まれる程に膨張する“征服感”

最高の肴じゃねぇか。

お前の屈辱に歪む表情と俺を受け入れずにはいられない身体が大きく跳ね、俺の上で妖しく舞う。

俺の包帯の下の審美眼に狂いはなかったようだ。

他の女じゃここまで魅せられたりしねぇ。

いつまでも媚びないその瞳が俺を捕らえて離さない。

絡まり、吸い上げ、縛り付ける。

そうされる内に俺はお前を奪っている筈なんだろうが、反対に奪われる錯覚に陥る。

そこが他の女との違いだ。神楽には強さがある――

そんな女が見せる涙を俺は飲み干したい。

俺を唯一、酔わせる事が出来るだろう。

 

「涙は涸れたか?」

 

小さな顎を掴めば背ける顔に俺は目を細める。

 

「こんな事……絶対にお前を許さないアル」

 

涙の滲む瞳は俺だけを見つめる。

それでも頬は濡れることはなく、いつまでも光の消えない瞳は真っ直ぐに俺を貫く。

それでいい。お前はそれでこそ俺に追われる価値がある。

 

「ククッ、獲物は追われる価値がなきゃ、屍と変わらねぇ」

 

簡単に手に入らないからこそ、手に入れる価値がある。

銀時の野郎に出来て俺に出来ないなんてふざけた話があるか。

牙の朽ち果てた獣が、迷い込んだ兎を食べる事も出来ず、かと言って逃してやることも出来ずにいるだけよ。

 

 

「滑稽なもんだな……」

 

そう呟いた俺は水面に揺らめく月に現実を見る。

先程までの空想は日に日に俺を浸食してはいたが、嫌な気はしなかった。

むしろ、どんな美酒よりも俺を心地よくさせた。

だが、いくら頭の中で神楽を凌辱するも、満たされる事のない身体は神楽を強く求める。

あの女が素直についてくりゃ話しは楽だが、望み薄な事は火を見るより明らかだった。

それでも、望まずにはいられねぇ。あの真紅のドレスが俺を狂わせる。

 

「晋助、行くでござるか?」

「なに、ヘマはしねぇよ」

 

煙管を加え、笠だけ被れば俺はフラりと屋形船から降り立つ。

何か祭りの前のようなざわめきが身体を駆け巡る。

燻らす紫煙は緩やかな風に乗り、江戸の華やかな夜に溶け込む。

この街のどこかにいるたった一人の女を捜す事がどれだけ馬鹿げてるか……

人混みに紛れながら歩き進んだ。

神楽を奪いにあの家に乗り込むつもりもない俺自身も、煙のように漂ってるだけだった。

それでも分かる。

近くに神楽がいること。

そして今、肩がぶっかった女の横顔に、柄にもなく“運命”なんて文字が浮かんだ。

気付かずに過ぎ去る前に俺は白い手首を取った。

振り返る動きはまるでスローモーションで、焦れったさを俺に与える。

だが、それすらも愉快だ。

 

「あっ」

 

息を飲む神楽の表情は、この街に似つかわしくない程に美しかった。

 

「金は腐るほどある。遊戯んでいかねぇか?お嬢さんよ」

 

驚いてた目は急に俺を睨み付けた。

俺の腕を振りほどくと逃げ出すわけでもなく、反対に俺に詰め寄ってきた。

 

「一体、なんのつもりネ?そんなに夜兎の力が欲しいアルか」

 

怖じ気づく事もなく俺に堂々と向き合う様子は凛としている。

いや、それでも隠し切れない匂いが俺に怯えている事を知らせた。

 

「ククッ、怖けりゃ逃げろ」

「逃げッ!?だ、誰が逃げるアルか。お前の首奪って世の中ギャフンと言わせるアル」

「そりゃ、傑作だ」

 

月の光のせいか蒼白く照らされる神楽の顔に、煙管の煙を吐きかけた。

案の定、嫌そうな顔はしたが、いつまで経っても逃げ出す様子はなかった。

 

「テメェに俺を奪うことが出来るワケねぇ」

「首をかっ切るくらい私にも出来るネ」

「その前に俺がテメェの息の根を止めてやる」

 

動かないじゃなく、既に動けなくなっている神楽の耳元に口を寄せた。

神楽の緊張感が伝わってくる。

匂い立つ香りは俺の五感を刺激し、その細い首筋にこの研ぎ澄まされた歯牙を突き立てたくなる。

 

「俺を満たせるのはお前だけだ」

 

毒を注入するように、じわじわと神楽の身体に俺を染み渡らせる。

 

「他の女にゃ興味ねぇ」

 

囁く度に神楽の肩がビクッと跳ねる。俺に取り込まれるのも時間のうちだろう。

俺の盃になみなみと注がれる、目覚めるような鮮血が想像出来る。

お前を飲み干したい――

そんな欲望だけが俺を支配する。

従順を誓う口付けよりも俺が欲しいのは、反抗し続ける熱い抱擁。

俺を抱き締めながら歪むカオで言ってくれ。

殺シテヤルと。

 

「おーい、神楽ァ!」

 

突然のノイズに俺のビジョンは砂嵐になった。

近くにいるとは分かっていたが、相変わらず空気の読めねぇ野郎だ。

アイツの方へと駆け出してしまいそうな神楽を俺は捕まえると、その小さな口からあの名前が呼ばれる前に塞いでやった。

 

「銀ッ!」

 

直ぐに俺を突き飛ばそうとしたが、そんな事は想定済みで俺は軽い口付けだけで身を離した。

 

「あれは番犬か?フッ、次に逢う時はもう少し人気の無い所を選ぶか」

「オマエ……」

 

銀時の姿を確認すると、俺はまた雑踏に紛れた。

煙管を加える唇は僅かだがまだ神楽の感触が残っていた。

それくらいじゃ満足からは程遠かったが、少しくらいは足しにはなった。

程好く俺を酔わせるには十分だ。

だが、まだまだ満たされる事のない盃に俺は虚栄の愛を注ぐ。

いつかそれが本物に変わる日まで、口に含んでは吐き出す行為を繰り返すだけだ。

空に浮かぶ月に祈る。早く俺を満たしてくれと。

 

2011/3/24

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