※桂×神楽さん

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春の嵐・上/桂神

 

 

 

春の夕立。

午後から雨が降ると昨夜の時点から予報が出ていたが、まさかここまで酷くなるとは思いもしなかった。

彼女だけを残して俺は隠れれば良かったものの、気付いた時にはその手を握り、この隠れ家へと導いていた。

嫌なら投げ飛ばされただろう。

振りほどいて逃げただろう。

それをしなかったのは、彼女は俺の我が儘に付き合うつもりがあるからなのか?

果たして、期待をしてもいいものか?

もし、そうでないなら彼女の行動を俺は恨むぞ。

だが、そうは言っても膨らみ始める期待に待ったを掛けることは難しかった。

 

「アイツら、もう行ったんじゃ……」

「しっ!」

 

俺は胸の中で押さえ付けているリーダーに、心臓が激しく胸を叩いていた。

今は緊迫した状況だ。

決して頑丈とは言えない隠れ家で息を潜めて、真選組“バカ共”が過ぎ去るのをじっと待っていた。

 

 

 

話はエリザベスが風邪を引いたところから始まる。

体調の悪いエリザベスを病院へ連れて行こうと、俺は通りを歩いていた。

そこでリーダーと俺は出会った。

久々に出会ったリーダーは、一目ではリーダーと気付かない程に大人びて映った。

スラリと伸びた背や手足。

風になびく髪は江戸であまり見かけない色彩で、思わず触れてみたくなった。

そうして息を呑んで突っ立ってると、その大きな澄んだ目が俺を映す。

 

「私も一緒に行くアル」

 

その話し方にはまだ少女のあどけなさが残っており、俺はどこかホッとした。

だが、見えている横顔が俺の胸をざわめかせた。

懐かしい気持ちが蘇る。

この気持ちや衝動が何に似ているかは分かっている。

だが、これは違う。

俺は戸惑っているだけだろう。

リーダーの目覚ましい成長に気持ちが追い付けないだけだ。

多分な。

 

そうして俺とリーダーは、エリザベスをしばらく病院へと入院させる事となった。

どうやらが検査が必要で、医師が言うには“40代なら毎年健康診断をお願いします”と言うことらしい。

俺はペットの飼い主としてまだまだ勉強不足だと恥じた。

 

病院からの帰り道だった。

リーダーと通りを歩いていると、どうも後を付けられている事に気が付いた。

 

「茶店に1人、4時の方向に2人、9時の方向に1人か」

 

リーダーは俺の呟きに何の事か察知したらしく、徐々に俺から離れようとした。

既にその頃には頭上に雲が広がっており、遠くで雷が鳴る音も聞こえた。

風も心なしか強くなり、地面が所々湿り始めた。

そして、一発大きな雷がどこかへ落ちる。

それは地を割るような強い震動を与えた。

 

「リーダー、傘は畳め!こっちだ」

 

そう言って、激しく降りしきる雨に打たれながら俺はリーダーの手を取り、民家と民家の狭い路地を駆けた。

 

「右手に曲がったぞ!逃がすな!」

 

後を追う真選組“バカ共”を俺は器用に撒きながら、細工をしてある隠れ家の入り口に着いた。

細い裏路地側の外壁にどんでん返しを作り、そこ以外の出入口を一切持たない。

緊急の隠れ家には素晴らしい造りだった。

俺はリーダーを連れて隠れ家へ入ると、壁に耳を充て奴等が通りすぎるのを待った。

 

走り抜けるいくつもの足音。

飛び交う怒号。

俺に撒かれたことを相当悔しがっていた。

馬鹿め。

俺は完全に奴等の足音が遠退くのを静かに待つことにした。

 

 

 

俺は胸の中に押し込んでいたリーダーをようやく解放した。

真選組は諦めて帰ったらしく、壁の向こうからは雷鳴と激しく降る雨音しか聞こえなかった。

小さな明かり取りの窓が一つあるだけで、室内はほぼ真っ暗だ。

暗闇の中、小さな灯りすら持たずに動くと言うのは非常に困難で、俺は手を伸ばし空間を何とか把握しようとした。

 

「確かこの辺りに」

「わっ、ちょっとオマエ!」

 

どうやらリーダーにぶつかったらしく、やや怒った声が聞こえた。

 

「すまない、リーダー。確か電気のスイッチが……」

「何か近いアル!オマエ何してッ」

 

ようやくスイッチに手が届き、暗闇がぼんやりと明るくなる。

だが、小さな電球では明るく照らせる範囲は極僅かであった。

 

「小さいがないよりマシだ。なぁ、リーダー?」

 

そう言って俺は電球からリーダーを見ようと振り向いた。

僅か数センチ――

リーダーと俺の顔の距離はほんの少ししか離れておらず、思わず寄り目になった。

 

「あっ、いや、これは……」

「はやっ、早く離れろヨ」

 

リーダーは顔をプイッと横へ向けると眉間にシワを寄せ、嫌そうな顔をした。

 

「すまない!見えてなかった!本当だ!」

 

俺は慌ててリーダーに背を向けると、部屋の中に目をやった。

今立っているのは土間部分だが、40センチ程上にあがった居間が四畳半あった。

土間の右手奥にはトイレがあるだけで、他には何も置いていなかった。

 

「しばらく雨宿りでもするとしよう」

 

俺は居間に上がると箪笥からタオルを出した。

それをリーダーに渡すと、俺も濡れた髪をタオルで拭いた。

 

「下着まで濡れたか」

「最悪アル」

 

リーダーは濡れてしまったチャイナドレスの短い裾を絞るも、体が冷たいのかクシャミをした。

 

「時期に雨は止むだろうが、濡れたままだと風邪を引くな」

「だからって着替えもないアル」

 

さすがに何か着れそうなものはなかった。

大体、この隠れ家はすっかりと忘れていた程だ。

何かがある方がおかしな話だ。

 

「どうするか……」

 

俺は上半身だけ着物を脱ぐと、濡れた肌をタオルで拭った。

その様子をリーダーは黙って見ていて、俺は思わず背を向けた。

あまりこう体を他人に見られる事はなく、どこか恥ずかしさが込み上げた。

 

「あ、あまり遅くなると銀時が心配するな」

「……うん。そうアルナ」

 

そう言えば先程から口数が少なく、こんなにリーダーは大人しかっただろうかと不思議に思った。

 

「具合でも悪いか?」

 

俺は中途半端に着物を脱ぎかけたまま、リーダーの額に手を置いた。

 

「オマエの手の方が熱いアル」

 

リーダーの額は雨に濡れたせいか冷たく、俺の熱い手を気持ち良くさせた。

 

「体が随分冷えてるな。俺は背を向けているから、体を拭いてしまってはどうか?」

「……絶対にこっち見んなヨ」

 

見れるワケがない!

俺はリーダーに背中を向け、更に手で目を覆った。

 

それから少しして、後ろの方で服を脱ぐ音が聞こえた。

その音がやけに耳につく。

外は激しく雨が降っていると言うのに。

さっきの音はチャイナドレスを脱いだ音か?

ならば、今のは何の音だ?

……まさか、全裸って事は?

いや、ないだろう。

そうそう年頃の乙女が男の前で脱ぐものか。

だが、銀時と共に生活していれば、それくらいどうとでもないのかもしれん。

銀時め、アイツ……

 

「なぁ、ヅラ」

「ヅ、ヅラじゃない桂だ!どうした?リーダー」

 

俺はすぐ後ろに人の気配を感じた。

それは間違いなくリーダーが近くにいる証拠で、俺の規則正しかった呼吸は大きく乱れた。

服は着ているのか?

全裸はないにしても、まさか下着姿か?

考えないでおこうとするが、俺も禁欲生活が長い為か、一度頭に浮かんだ妄想はそう簡単に掻き消すことが出来なかった。

目を瞑っているせいか、視覚以外の感覚器が敏感になる。

 

甘いシャンプーの匂いと畳を擦る音。

空気の流れや僅かに感じる体温。

 

「リーダー、すぐ近くにいるのか?」

「すぐ後ろアル」

 

聞こえる声は、まるで耳元で囁かれているようだった。

近いなんてもんじゃない。

近すぎる。

耳たぶに小さな息が掛かった。

 

「りっ、リーダー?」

 

これはダメだ。

体が勘違いをしてしまう。

リーダーにその気はなくとも、俺にもその気はなくともダメだ。

苦しくて堪らなくなる前にどうにかしないと。

 

「タオルもう一枚頂戴ヨ」

 

リーダーがそう言い終わるか否かの時だった。

俺はリーダーを遠ざけようと、その体を押した。

近付くなと、余裕がなかった。

だが、触れた肌は先ほどよりも冷たく、俺は自分の馬鹿さ加減に反吐が出そうだった。

 

「あっ、いや、すまない」

 

自分一人で熱くなり、彼女の冷えた体の事などすっかりと忘れていた。

 

「タオルは今使ったもので全てだ」

「マジでか!仕方ないアル。服が乾くまでこの格好でいるネ」

 

今リーダーの肌に触れている状況から、彼女がどのような格好なのかを予測した。

肌に触れている以上服は脱いでいて、それで――

ダメだ。また良くない事を考えてしまう。

そう思いリーダーから手を離そうとした時だった。

リーダーはまたクシャミをした。

決して暖かいとは言えない室温に、このままでは確実に風邪を引いてしまうと、俺はリーダーを自分へと引き寄せた。

 

「今、触って分かるように俺の体は熱い。リーダーを温めるには充分なはずだ」

 

リーダーは俺の胸に寄り添うように倒れ込んだ。

投げ飛ばされるかと覚悟したが、リーダーから意外な反応が返ってきた。

 

「……温かいアル」

 

リーダーがそう言って俺の手を握った。

リーダーの細い指が俺の手に絡む。

触れられた箇所が痺れるような感覚だ。

ダメだ。目眩がする。

呼吸も心なしか苦しい。

俺はほぼ裸の状態で寄り添って平常でいられる自信はなかった。

だが、“そういう”つもりは断じてない。

断じてないが、飽くまでもつもりでしかなかった。

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春の嵐・中/桂神

 

 

 

少しの沈黙が流れる。

リーダーを包むように抱き締めてはいるが、リーダーの気分が変わり、いつブッ飛ばされてもおかしくはなかった。

だが、俺はそれを怖がることすら忘れていた。

 

リーダーの髪から漂うシャンプーの香り。

それと混じる乙女らしい甘い匂い。

柔らかい素肌を直接体に感じると目眩が止まらない。

 

「あったかいアル」

 

ようやく沈黙を破ったリーダーは、俺の胸に躊躇いなく頬を寄せた。

俺はリーダーの思ったより華奢な体に、抱き締めていた腕の力を緩めた。

 

「なんで?もっと引っ付くアル」

 

リーダーはそう言うと、俺の背中に腕を回し、抱き合う形になった。

胡座をかく俺の胴回りを足で挟み込むように、対面して座った。

そのせいで体はより密着し、意識せずとも呼吸が荒くなった。

 

「大丈夫アルカ?」

 

どうやらリーダーもそれに気が付いたらしく、不安げな声で俺に尋ねてきた。

 

「あ、ああ、大丈夫だ」

 

リーダーは俺が男である以上こうなるのは普通だと思っているのか、特に嫌がる素振りは見せなかった。

なんて物分かりが良いのか。

要らぬ弁解をしないで済む。

さすがはリーダーだ。

 

俺は思わず、目の前にある頭をそっと撫でた。

 

「な、なんで、そういう事しちゃうアルカッ!?」

「す、すまない」

 

やや不機嫌そうな口調でリーダーは言った。

ついうっかりとしてしまったが、悪気はなかった。

 

「少しは考えろヨ……」

 

リーダーは俺には聞こえない声量で何か囁くと、次は俺に聞こえるように言った。

 

「なんかちょっと体が熱くなったアル。その調子であっためろヨ」

 

まるで女王様のような口調でリーダーは言うと、俺の熱を求めた。物理的に。

 

俺は言われるがまま、リーダーの頭を撫で続けた。

片手はリーダーを抱き締めて、もう片手はリーダーの髪を撫で付けて。

ただ髪を撫でる手は良いにしても、もう片方の手はリーダーの細い胴回りに巻き付いていた。

普段は触れてはいけない場所だということが、俺の顔を更に熱くさせる。

 

「オマエ、撫でるの上手いアルナ。ペット飼ってるからアルカ?」

 

今、俺の手はペットを撫でる手とは随分違うはずだ。

愛くるしい存在を撫でるのには変わりないが、今の俺は飼い主ではなく、ただの“男”であった。

何も疑わぬリーダーの純真さに、俺のほんの少し薄汚れた心が悪さをしようと企み始めた。

俺の普段は抑えている“男”の部分をリーダーが知ればどうなる?

昂る気持ちが俺の理性を壊そうとしていた。

正直、冷えた体を温める方法など……

俺はリーダーの頭を撫でている手を止めると、両手でその体を強めに抱き締めた。

 

「リーダー、もっと温まりたくはないか?」

 

俺はリーダーの首元に顔を埋めると、深く呼吸した。

鼻腔に広がる香りに眩む。

この状況で何を制御しろと言うのか?

 

剥き出しの果実を頬張ることなど容易だ。

そのみずみずしい果肉に俺の隠し持つ歯牙を突き立て、果汁を啜る。

想像するだけで口の中には唾液が集まり、喉が鳴る。

だが、リーダーはまだ知らないフリをする。

 

「……それより今、一体何時アルカ?」

 

俺の荒い呼吸は間違いなくリーダーの耳に届いているだろう。

それでもリーダーは逃げない。

もしや、俺が何もしないとでも思っているのか?

安心しきっているのか?

リーダーは銀時に教わらなかったのだろうか?

男は皆、獸だと――

 

「リーダー……」

 

俺の声はどうリーダーの耳に届いただろうか?

今、胸が張り裂けそうな程に辛い。

これのまま俺は我慢出来るだろうか?

いや、我慢するだけの見返りがあるのだろうか?

 

いつの間にか抱いているリーダーの体はすっかり冷たさを失くし、熱を帯び始めていた。

 

「恥ずかしいか?」

「何言ってんダヨ!」

「俺は恥ずかしい、すごくな」

 

リーダーはそれからしばらく黙った後で、小さくうんと言った。

 

「なら、何故逃げない?俺はリーダーが嫌がればこの腕を離すつもりだ」

 

“つもり”随分と便利な言葉だった。

断言出来ない今の俺に誂えたかのような都合の良い言葉だ。

 

リーダーは何を言えずじまいで、すっかりと黙り込んでしまった。

 

「どうした?怖いのか?」

「違う。銀ちゃんが……」

 

リーダーの口から突然銀時の名前が出て、俺は無意識に奥歯を噛み締めた。

どうやら俺はその名を聞きたくなかったらしい。

だが、どこかでアイツから彼女を奪ったら、一体どうなってしまうのかとふざけた事を頭に思い描いてしまった。

 

「銀時が心配か?」

「……銀ちゃんが、男は獣って言ってたアル。オマエもそうアルカ?」

 

俺はその問い掛けになんと答えるべきか悩んだ。

リーダーの求める答えが分からないからだ。

俺は冷静になった。

男が獣の牙を隠し持っているのはリーダーも分かっているだろう。

ただ、銀時はそれをリーダーには決して向けない。ずっと向けてはこなかった。

だから、俺も獣ではないと言ってやるべきなのか?

だが、そう言ってしまうのは……俺には酷だった。

 

「リーダー、銀時は特別だ。きっとこんな状況になったとしても、獣になどならないだろう。男が皆揃って獣だとは限らないぞ」

 

リーダーは何も言わなかった。

納得したのかしていないのか。

それとも俺の狡さに呆れているのか。

正直、いつまで俺の理性が働くか分からなかった。

獣にはならないにしても、俺は彼女を温めてやりたいとは思っている。

それに獣じゃなくとも、理性などいつだって壊せてしまうのだからな。

 

「だから、オマエはどうかって聞いてるアル」

 

リーダーは俺の答えにやはり納得出来なかったらしい。

それもそうか。

 

「そんなに知りたいか?」

「えっ?」

 

リーダーの焦ったような声が聞こえる。

 

「俺が獣か確かめてみるか?」

 

今リーダーはどんな表情をしているのか。

俺はその顔を見たくて堪らなくなった。

見てどうなるものでもないが、無性に俺は顔を合わせたくなった。

 

俺は少し体を離すと、リーダーの顎を掴んだ。

 

「なにすんだヨ」

 

そう言って嫌がる顔を無理にこちらへと向けさせた。

 

「……顔が赤いぞ」

「知らないアル」

 

赤い顔を隠すようにリーダーはまた俺にしがみつくと、顎を肩へ乗せた。

 

「もう充分温まったアル」

「そうか、ならば離れるか?」

 

俺がまたリーダーの頭を撫でると、それは左右に小さく振れた。

そんな彼女に俺は胸が辛くなる。

どうしてこんなにもリーダーは……

もう、ただ抱き締めているだけじゃ満足ならなかった。

だが、理性はある。

彼女は友の大切な人だ。

俺が我慢ならないからと言って、どうにかしてしまって良いはずがない。

なのに、リーダーを抱き締める腕に更に力が入った。

 

「……今夜は帰れないアルナ」

 

分かってはいたが、改めて言われるとドキリとした。

体に僅かながら汗が滲む。

俺は焦っているのか、リーダーの背中に回してる手が落ち着きを失くす。

そして、事もあろうかリーダーのブラジャーのホックに触れてしまった。

すると、リーダーの俺を抱く腕に力が入った。

 

「す、すまない。そのようなつもりは一切……」

 

そこまで言いかけて俺は考えた。

一切ないのだろうか?本当か?

俺は彼女にやましい気持ちがないと言い切れるだろうか?

離れたくないと頭を振ったリーダーに、先ほど俺は我慢ならなくなった。

今だって抱き締めるだけでは物足りなくなっている。

それに、リーダーも逃げないと言うことは覚悟を決めてるはずだ。

何をされても受け入れるのか?

俺はそんな事を考えてまた呼吸が荒くなった。

胸が押し潰されそうだ。

もう余計なことは何も考えたくも、感じたくもなかった。

 

「私、オマエの真面目なところ結構好きアル」

 

突然のリーダーの告白に、俺の体の中心部が燃え上がり熱くなった。

だが、リーダーの告白に反し、今の俺の頭の中は不真面目で溢れていた。

 

「そうか」

「他には、んまい棒くれるところも好きアル」

 

リーダーが何を言いたいか分からなかったが、俺は今にも泣き出しそうな気分だった。

 

「あとは……」

「もう、やめてくれ」

 

狂ってしまいそうだ。

その声で好きだと言われてみろ。

身も心も勘違いをしてしまう。

手の出せないものに甘い言葉を囁かれるのは、この上なく苦しいものだ。

 

俺はリーダーを押さえ込むように強く抱くと目を閉じた。

眠ってしまえば何も考えなくて済む。

そう思ったが、目を瞑ればリーダーをより近くに感じる事となった。

体温や匂い、柔らかさ。

もうすっかり俺は本来の目的を忘れていた。

温めると言う大義名分に便乗して、俺はただリーダーを抱き締めてるだけだった。

 

 

 

こうして抱き合って、何れくらいの時間が経ったか。

一向に雨足が弱まることもなく、外壁に打ち付ける雨音が激しい。

まるで俺の心臓のようだ。

胸の中から激しく脈を打ち、煩くて堪らない。

いつになれば落ち着くのか。

夜が開けて雨が止めば解放されるだろうか。

 

「……寝たか?」

 

静かになったリーダーに俺は問いかけた。

 

「眠れるわけないダロ」

 

すると、すぐに返答が来たが、その声は充分に眠たそうだった。

 

「眠るなら体を横にするといい」

「別にいいアル」

 

リーダーは俺にしがみついたまま頭を左右に振った。

そして、俺の肩に頭を置いた。

 

「寝たくないアル」

 

首筋にリーダーの熱い息がかかる。

ゾクリとして、呼吸が止まりそうになった。

 

「…………」

 

考えないようにと頑張るが、どういうワケか無駄に体が敏感で、俺は情けない程に分かりやすく反応した。

思わず抱いているリーダーの腰を掴み、その体を自分から遠ざけた。

 

「何アルカ?」

「な、なんでもない」

 

掴んでいる腰はくびれており、女らしさを強調していた。

何よりも体が離れたせいでリーダーの全身が嫌でも目につく。

恥ずかしそうに腕で上半身を隠しているが、隠しきれていないうっすら浮かび上がる肋や、艶かしい腿。

何よりも純白の下着が俺の目について離れなかった。

 

「み、見たかったアルカ?変態ッ」

 

俺は必死で頭を振った。

男たるもの変態であることは否めないが、決して見たかったワケではない。

そんな意味を込めて俺は頭を振り続けた。

 

「分かったアル。堅物なオマエがそんな事――」

 

そう言ってリーダーがまた抱き合おうと俺に近付くと、腿辺りに何か当たったらしく下を向いた。

 

「…………堅物?」

 

一巻の終りだ。

まさか、こうも容易くバレてしまうとは。

いつの間にか思ってるよりも大きく膨らんだそれは、はだけている着物の隙間から下着越しに自己主張をしていた。

 

「ちがっ、違うぞ!リーダー!これはッ」

「……オマエも男アルナ」

 

リーダーは赤い顔を横に向けると困ったような顔をした。

いや、俺も困るぞ!

リーダーにそんな顔をさせた上に、どう接すれば良いかなど分かるはずがなかった。

とりあえず、一旦離れよう。

冷静になるまでリーダーに近付くのは全く善くない。

 

「そろそろ寒気もなくなったはずだ」

 

俺はそう言ってリーダーを引き剥がすと背を向けた。

俺自身が見られる事も避けたいが、何よりもリーダーをこの目に映すことを避けたかった。

そうじゃなくとも、柔らかい素肌が俺に押し付けられ不埒な事を想像させる。

 

「でも、まだ冷えてるアル」

 

背中の向こうから聞こえた声はどこか寂しげだった。

まさか、まだ俺に――

考えると思ったままに体が動いてしまいそうになる。

何を馬鹿な。

大体、リーダーは俺よりずっと若い。

それなのに俺は何を血迷ったか高ぶりを感じている。

一時の錯覚だろう。

密室で裸同然で抱き合えば勘違いもする。

特に体など感覚を刺激されればいとも簡単だ。

だが、まだ燻っている俺の体は燃え上がる切っ掛けを待っていた。

期待している。

もう一度彼女をこの腕に抱けないかと。

 

俺は自分の両手を見た。

散々、肉を斬ってきた手で何を言ってるのかと。

ましてや、俺はこの手で天人を……

背中の向こうにいる彼女はなんだ?

天人には違いないが、俺にとって天人などと言葉で片付ける事の出来ない存在になっていた。

命をなげうってまで俺を探し、救おうとしてくれた。

理由がなんであれ、そこまでしてくれた彼女に特別な感情を抱くなと言う方が無理な話だ。

友の大切な女“ヒト”であることには変わらないが、今では俺にとっても彼女は大切な人だ。

だからこそ壊したくないものもある。

 

「……リーダー、こっちへ来い」

 

俺はリーダーの方を振り向くと手招きをした。

大丈夫だ。

一晩くらい俺は堪えられるはずだ。

彼女を勢いで求めるなどと言うことは……悲劇を招くだけだろう。

大切な存在だと思うならば、この俺が傷付けてはならなかった。

 

「ただし約束してくれ。もう何も言わず眠ってくれると」

 

リーダーを抱き寄せた俺は真面目な顔を作ると頼んだ。

これ以上、俺を苦しめないでくれと。

リーダーが静かに俺の胸で眠ってくれるなら、俺の想いも熱も秘めたままでいられる。

 

「さぁ、目を閉じろ。次に目覚めた時には服も乾いてるだろう」

 

リーダーは俺の胸に赤子の様に体を埋めると黙って目を閉じた。

伏せられた長い睫毛が魅力的で、俺はまた胸が熱くなった。

それだけではない。

彼女を造り上げる全てのものが美しく見えた。

 

「……綺麗だ」

 

思わず口を衝いた言葉に俺は唇を噛み締めた。

あれだけ秘めておこうと決めたのに、こうも簡単に洩れてしまうか。

 

「…………」

 

リーダーは何も反応をせずに眠り続けている。

聞こえてなかったか。

俺は安心すると眠っているリーダーの頭を撫でた。

明日の朝までの辛抱だ。

俺はそっと軽く彼女の唇を指でなぞると目を瞑った。

 

 

 

ふわりと甘い匂いが漂い、微かに唇に温もりを感じた。

そこで俺は目を開けた。

小さな明かり取りの窓からは僅かに光が射し込み、雨はすっかりと上がったようだった。

いつの間にか俺は体を横たえていたらしく、少し痛む体を起こすと、部屋には俺一人だった。

 

「帰ったのか?」

 

だが、俺の着物に残る温もりと匂いが、ついさっきまで俺の懐に誰かがいたことを表していた。

体に残る彼女の余韻に俺はしばらく浸っていたかった。

今後二度とああして触れ合う事はないような気がしていた。

俺はそれを辛く思った。

まるで昨夜の出来事が幻だったかのように感じる。

だが、俺は確かに覚えている。

リーダーの恥じる横顔や、透き通るように白い肌。

伏せられた長い睫毛や、柔らかい唇。

仮の話だが、もし彼女を俺の好きに出来たなら……ありもしない話を考えても仕方がなかった。

 

リーダーは銀時の待つ万事屋へ帰った。

俺もこの隠れ家から出なければ。

なのに、もう少しだけ、あと少しだけリーダーの余韻に浸っていたくて、俺はまた寝転んだ。

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春の嵐・下/桂神

 

 

 

「あいつ、好きな奴でも出来たな。絶対」

 

銀時は俺の隣で酒をあおりながら、一言そう呟いた。

俺はその言葉を鼻で笑ってやると、銀時は座った目で俺を見た。

その瞳は何かを疑うような探るような。

あまり心地よいものではなかった。

 

「……年頃の娘だからな」

 

俺はポツリそう言うと、銀時から視線を外し、酒の入ったグラスに映る己を見つめた。

 

 

 

今夜、俺は軽く飲もうかと、集会の帰りに馴染みの店に立ち寄ったのだが、カウンター席で一人飲んでいる銀時に捕まったのだった。

何時から飲んでいるのか既にその顔は赤く面倒な気はしたが、旧友の酒を断る理由もなく、久々に盃を組み交わすことにした。

 

「貴様の奢りとは珍しいな」

「誰が奢るなんつったよ!バカヤロー!」

 

相変わらずケチ臭い男だ。

だが、まぁ良い。

いつものことだ。

 

「フン、さては博打で負けたか」

「はァ?」

 

銀時はブツブツと何かを小声で言うと、どことなく躊躇うような迷いを表情に見せた。

俺はそれを見て見ぬフリをすると、空になった奴のグラスに酒を注いだ。

 

「…………悪いな」

 

何を弱気になっているのか、銀時はまた酒を体に一気に流し込むと、急に酔いでも回ったのかカウンターに突っ伏した。

だが、手にしている空のグラスを俺に差し出す事はやめなかった。

まだ呑めるのか?いや、呑ませていいものか?

俺は酒瓶を手に躊躇した。

これ以上呑ませると、此奴は確実に一人では帰れないだろう。

俺が送るのか?

やはり面倒からは逃げられそうもなかった。

 

「侍がそんな体たらくでどうする。いざという時に刀も握れんぞ」

「るせーッ!んなもん、酔拳でボコボコだコラァ!」

 

俺は口には出さなかったが、もう知らんと銀時のグラスに酒を最後の一滴まで注いでやった。

すると銀時は体を起こし、豪快にグラスを傾けた。

そして、飲み干すと同時に呟いた。

 

「あいつ、好きな奴でも出来たな。絶対」

 

 

 

結局、俺はあの後酔い潰れた銀時を、引きずるようにして万事屋へと向かった。

 

「ほら立たんか」

「…………」

 

銀時は体重を俺に傾けて、もはや自分の力では立てていなかった。

全く……

しかし、こうなるのも仕方ないかと、俺は言葉を飲み込んで歩き続けた。

今日、こうなった原因はどうもリーダーが関係しているらしい。

道中、俺は先ほどの銀時の瞳を思い出した。

あれは明らかに俺を……

だが、それはない。

リーダーが俺に惚れるなんて事はないはずだ。歳も違いすぎる。

それにあの夜を疑っているとすれば、銀時の思い過ごしだ。

あの夜は何もなかった。

銀時に疑われることは断じてなかった。

 

それにしても、この銀時がどうしてリーダーの異変に気付いたのか。

やはり共に過ごすとなると、手に取るように分かるのだろうか。

あんなに他人を遠ざけていた銀時がな。

そんな関係を築ける相手が出来たことを俺は喜ぶべきか。

 

「着いたぞ」

 

銀時の重い体を引き上げながら万事屋の階段を昇ると、まだ室内に明かりがついている事に気が付いた。

時刻は午前を回って半時間程だ。

まだリーダーは起きているのか?

あの日から会っていない。

そんなに日数は経っていないように思うが、既に一月は経過していた。

寄り付かないように意識していたワケではない。

だが、この戸の向こうにリーダーのいると思うと緊張した。

それでも入らないワケにはいかないと、古い玄関戸に手を掛けた。

 

「邪魔するぞ」

 

そう言って不用心に鍵が空いたままの戸を開けると、玄関のたたきに銀時を寝かせた。

 

「みず~」

 

銀時はなんとか体を起こすと、台所まで這って向かった。

見兼ねた俺は室内に上がると、その辺りにあったマグカップに水道水を汲んでやった。

銀時にそれを渡してやると、銀時は座ったまま壁にもたれかかり水を飲んだ。

だか、その目は開いておらず、ほぼ眠っているようだった。

それにしても、リーダーは眠ってるのか?

そんな事を考えた時だった。

台所の奥の扉が開いたのだった。

 

「銀ちゃん帰っ……ヅラぁ!?」

 

パジャマ姿のリーダーがそこには立っていた。

どうも湯上がりらしく、上気した顔にシャボンの匂い。

下ろした髪はわずかに濡れているようだった。

 

「ヅラじゃない……」

 

そこまで言って俺は言うのを止めた。

今は正直、自分の呼び名などどうでも良かった。

それよりも、俺には口にしたいもっと別の言葉があった。

あの後、風邪は引かなかったか?

銀時には怒られなかったか?

他にも尋ねたいことは山ほどあった。

だが、脇にいる銀時にそれは口に出来ないと、余計な事は何も言わなかった。

 

「俺は酔い潰れた銀時を送ってきただけだ。直ぐに帰る」

「そうアルカ。銀ちゃん、布団で寝るアルヨ」

 

リーダーはそう言って軽々と銀時を担ぎ上げると、寝室まで寝かせに行った。

そして、銀時を布団に寝かせると、寝室と居間との間の襖をピシャリと閉めた。

俺はそれを廊下で突っ立って見ているだけだった。

 

「……では、帰るとしよう。戸締りはしっかりとな」

 

俺はそう言うと、玄関に向かって歩いた。

リーダーは俺の後ろをついて来ており、俺の言付け通りに鍵を掛けてから寝る事が窺えた。

帰る前に何か一言話しておきたいなどと思ったが、欲をかくのはやめておいた。

彼女に会えただけで良しとしよう。

この腕に一晩だけでも抱き締めることが出来ただけで、充分だと思うことにした。

 

「もう、帰るアルカ?」

 

リーダーが俺の背中にそんな言葉を投げ掛けた。

それはまるで“まだ帰るな”と言われているようで、俺は体が痺れた。

どうやら、期待してしまったらしい。

そして、リーダーの言葉に俺への恋慕が隠れていないかを探し始める。

 

「もう、夜も遅い。また来るとしよう。それとも、お茶でも淹れてくれるか?」

「水しか出せないけど……飲んでくアルカ?」

 

俺は思わず噴き出した。

水をご馳走されるなど、思ってもみなかったからだ。

だが、リーダーらしい。

俺は嗚呼と返事をした。

 

居間へ戻るとソファーへ座り水が運ばれて来るのを待った。

そして、襖の向こうに銀時がいる事を俺は忘れないようにと肝に銘じた。

酔いは醒め始めてるとは言え、素面ではない。

自分でもどこまで律することが出来るか心配ではあった。

 

少しして、リーダーはグラスに水を淹れてくると、俺の目の前に置いた。

水一杯に引き留められるとは、俺も安い男だと自分を鼻で笑った。

 

「……風邪は引いてないか?」

 

リーダーは俺の正面のソファーに座ると頷いた。

 

「そうか」

 

俺はなかなかリーダーを直視出来ずに困った。

あの日から、頭の片隅にずっとリーダーが存在していた。

この腕の中に抱いた感触や、温もり、匂い……それらがなかなか消えず、ふとした瞬間に思い出す彼女の顔に心臓を速めた。

それが今、目の前にあるのだ。

余裕ぶってはいたが、その顔だけはどうしても見ることが出来なかった。

 

「……私、言ってないアル」

 

それが何の事なのか俺は分かった。

あの夜の話を銀時にしていないという事だろう。

やましい事がないとは言え、銀時に疑われてる以上あの日の話は今後も銀時にするつもりはなかった。

 

「2人だけの秘密だ」

 

リーダーはあれから何も言わず、ただ黙ってソファーに座っている。

俺は俺でグラスの水を胃に流し込むと、どうしたもんかと動けずにいた。

帰るか。

折角引き留められはしたが、俺はその好機を活かしきれなかった。

本当はあと一度だけで構わないから、抱き締めたいと望んでいる癖に――

 

「では、そろそろ帰るか。邪魔したな」

「銀ちゃんのこと、送ってくれてありがとナ」

 

ソファーから立ち上がると、リーダーも同じく立ち上がり俺に礼を言った。

そこで俺はようやくリーダーの顔をまともに見た。

それは今までの彼女とは明らかに違った。

何か物言いたげな表情が俺の足を止めさせる。

やけに大人びて映るその姿は、歳の差など感じさせない程だった。

見つめていたい。

ただこの眼に映すだけだと言うのに、俺は満たされていた。

だが、いつまでもこうしてはいられない。

俺はリーダーに背を向けると、玄関まで廊下を歩いた。

 

「待つアル」

 

突然聞こえたリーダーの声。

草履を履く俺の背中は暖かく、自分のものじゃない熱に心臓は激しく音を立てる。

胸には背中から回された白い腕。

俺はそれをクラクラしながら見つめていた。

 

「ど、どうした」

 

平常心ではいられなかった。

背中越しにリーダーの乱れた息遣いが聞こえる。

俺が彼女をそうさせてるのか?

仮にそうだとしたら――動かずにいる事が馬鹿らしかった。

俺は自分の胸に回されている手をそっと握った。

 

「……帰るなヨ」

 

どうして俺を帰らせたくないのか。

ダメだ。俺は何を考えてる。

リーダーが俺を欲しているはずがないだろ。

銀時が眠ってただ寂しいだけだ。

その寂しさを埋めたいのだろう。

俺への恋慕はない。

何よりもそんな事、あってはならない話だ。

 

「私、どうしたいとか、そういうの全然分からないネ。だけど、オマエのこと考えるだけで胸がいっぱいヨ。もう、もう……」

 

握っているリーダーの手が僅かに震えていて、俺は今の言葉に嘘がない事を確信した。

俺は年甲斐もなく顔を赤くし、返す言葉も探し出せないでいた。

だが、最早言葉など要らないだろう。

俺は向き合わなければならない。

自分の気持ちにも、彼女の気持ちにも。

 

俺はリーダーの腕を解くと、体を後ろへ向けた。

そして、震えるその体をそっと抱き寄せた。

あの夜からどれほどこうしたいと願ったか。

脈がないと勝手に諦めたフリをして。

 

「俺はリーダーよりもずっと年上だ。それでも構わないのか?」

 

リーダーは俺の腕の中で小さく頷いた。

そんな様に俺の胸は締め付けられ、苦しくなった。

湧き上がる初恋のような淡い気持ちが行き場をなくし、体の中でどこから出ようかと彷徨い始める。

言ってしまいたい。想いを吐き出したい。

震える喉は遂に言葉を紡ぎだす。

 

「貴女が好きだ」

 

俺の口から零れた言葉はリーダーの瞼を閉じさせた。

それを俺は合図だと受け取ると、紅を塗ったような桜色の唇に自分のものを重ねた。

熱く、柔らかく、少し震えている。

その全てが愛しくて、堪らなくなる。

だが、すぐに唇を離すと、腕の中にいる彼女の紅潮した頬が目に入り、俺は思わず下を向いた。

なんと艶っぽいことか。

俺の欲情を掻き立てる。

 

「……ここでは色々まずい。また日を改めて、落ち合おう」

 

抱き締めているリーダーを俺は離すと、名残り惜しいが万事屋から帰ろうと思った。

 

「わかったアル」

 

思ったよりもすんなりと受け入れたリーダーに、言い出しておきながら俺はやや寂しく思った。

 

「随分と聞き分けが良いな」

 

自嘲的に笑いながら俺は言った。

すると、リーダーは柔らかい笑顔を俺に向けた。

 

「大人になったからナ」

 

そう言うと俺の衿元をグッと掴んで背伸びをした。

顔と顔の距離が近付く。

 

「カラダだって、もうすっかり大人だったデショ?」

 

途端に先日見たリーダーの体が鮮明に蘇る。

柔らかそうな胸の膨らみに、女性らしい腰のライン。

肉付きの良い太腿や純白の下着。

マズイぞ。喉が鳴った。

俺はリーダーを……だからと言ってここではダメだ。

 

「ま、また今度、そのっ」

「もう一回だけ……だめアルカ?」

 

リーダーの愛らしい顔が俺だけに向いていてキスをせがむ。

断れる男などこの世に存在するのだろうか?

いや、この俺だけが求められている。断る理由がどこにある。

俺は躊躇わず、望みのまま口付けをしてやった。

だが、俺は興奮しているらしく、リーダーの唇にただ己のそれを触れさせるだけでは満足しなかった。

奥の方まで乱暴に入り込んで、それで――

熱の塊が狭い口内でぶつかり合う。

そして、理由など分からず、求めるがままに絡まり、更なる興奮が押し寄せる。

リーダーから洩れる吐息が俺の体を狂ったように熱くさせた。

長い髪が暑苦しく邪魔だ。こんなことなら髪を短く切るべきだったか……そんなふざけた事を思う程に俺はすっかりイカれていた。

 

リーダーを抱き締める腕は次第に落ち着きをなくし、くびれた腰辺りで持て余すように無駄に動く。

それに気付いたのか、俺の衿元を掴むリーダーの手にも力が加わり、前のめりになった。

このままでは崩れるぞ。

だが、もう今更どうなっても良い。

あまり深くは考えたくない。

いや、考えられん。

今はこの唇に夢中になって、彼女が愛してと囁くならば、愛するだけだ。

 

俺とリーダーは玄関先にも関わらず、崩れ落ちた。

 

2013/08/01

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