奪われたい/桂神
隣でアイスキャンディーを食べながら銀時の話をするリーダーは、無邪気と言う言葉そのものだった。
開け放った障子の先には小さな庭が広がっており、俺は縁側に座り、庭を駆け回る定春くんに目を細めていた。
「――で、そこで銀ちゃんが起きたアル!そしたら直ぐにバレてコラーって」
「そんな隙を見せるとは、銀時もまだまだだな」
俺は他愛もないそんな話を、嬉しそうにするリーダーに少し心がざわついた。
銀時が気を許す仲間を見つけた時は素直に祝福した俺だったが、日に日にただの仲間以上の関係になっていくリーダーと銀時を、俺は心の底でどこか妬ましく思っているようだった。
実感はない。
ただその横顔を見る度に俺のモノではないその瞳や鼻、唇、リーダー全てが、どこか憎らしく思えた。
そんな風に見られているとも気付いてないリーダーは、銀時の話をしながらアイスキャンディーを口に頬張っていた。
「そうでショ!銀ちゃんは甘いアル!婆さんの卵焼き並みに甘いアル!」
ただ憎らしいと言っても嫌っているワケではない。
むしろ、その真逆だ。
明るい笑顔と甘い声。
それを可憐だと言う言葉で片付けられない程に俺は魅力を感じていた。
リーダーはアイスキャンディーを食べ終わるとごろんと縁側で横になった。
そして、グッと伸びをするとうつ伏せになって足をリズムよく動かした。
「眠くなったか」
「なんかここ、気持ち好いアル」
リーダーはそう言うと、本当に眠ってしまいそうだった。
さすがに外で寝かせられないと、俺はリーダーを抱えると畳の上へと運んだ。
「気安く、だっこすんなヨ」
リーダーはそんな事を言ったが口調は弱々しく、目もほぼ閉じていた。
そうして仰向けで畳の上で寝ると、座布団を枕にしてあっという間に眠ってしまった。
俺はそれを隣に座ったまま見下ろしていて、どうしたもんかと考えていた。
銀時の迎えを呼ぶか、それとも少し寝かせておくか。
だが、しかし……リーダーの寝顔は滅多と見れるものじゃないと、俺は後者を選ぶ事にした。
開け放ってある障子の向こうから心地よい風が吹き込み、リーダーの髪が揺れる。
俺はそれを手で撫で付けると、日頃銀時はこの光景を当たり前のように見ているのかと羨ましく思った。
俺があの男を羨ましく思うのは、後にも先にもこの事くらいだろう。
「どうりでアイツも女が出来んわけか」
銀時がリーダーについて何か言っているのを知ってるわけではないが、普段の様子から溺愛していることは手にとるように分かった。
それが親愛的なものか恋愛的なものかは本人にしか知る由はなかったが、俺にはどちらもあり得るように映っていた。
それにしても男の家で寝ると言うことがどういう事なのか、リーダーは全く分かっていないようだった。
それとも俺は男だと思われていないのか。
思わず俺は自分の髪に手を触れた。
仮にこの髪を短く切り揃えたとして、リーダーは俺を男だと意識するだろうか。
リーダーの俺に対する位置付けは、いつだって惚れた男の友なのではないだろうか?
一体、銀時のどこに惹かれるのか。
リーダーはその銀時といつか結ばれたいと思っているのだろうか。
心を……体を重ねたいと望むのだろうか。
俺はリーダーの髪を撫で付けている手を離した。
相変わらず無防備な寝姿に、なんて男泣かせだと俺は目を瞑った。
「うふふふ、ぎぃちゃん」
突然、何を喋ったかと思えば寝言で、どうやら銀時との楽しい夢を見ているようだった。
「……妬かせるな」
俺はリーダーの隣に横たわるとその顔を覗き込んだ。
僅かに微笑んでいるように見え、それを愛しく想うも、胸のど真ん中がつねられた様に痛んだ。
そんなに銀時が良いか?
アイツは見ての通りだらしなく、いい加減な男だ。
いつか泣くはめになるかもしれん。
それでもお前は銀時を想い続けるのか?
「……ぎんちゃん」
俺は一秒でも早く、夢の中からリーダーを連れ戻したかった。
寝ても覚めても銀時の事ばかりとは、俺の付け入る隙など微塵もないではないか。
だが、意識が夢の中ならば、今リーダーの体はがら空きと言うことだろう。
ふと頭に善からぬ事が過った。
大人しく眠っているリーダーの姿に、俺は生唾を飲み込んだ。
今なら奪える。
アイツから奪える。
ずっと仕舞い込んでいた俺の中の黒い想いが沸々と沸き上がる。
善くない。
そう頭では分かっていた。
だが、この俺がリーダーに触れることが出来るのは、とても限られた時間だった。
この瞬間を逃せば、次はきっとない。
そんな焦りが俺を衝動的に動かした。
俺はリーダーの頭を撫でながら、彼女が眠っている事も承知で言った。
「今から起こる事は、誰にも話すな。特に銀時にはな」
そうして俺はゆっくりと、リーダーの空いている唇に顔を近付けた。
そして、気が付く。
眠っているリーダーの熱い息と震える唇がそこに在ることに。
まるでそれは、俺を拒絶しているようにも、歓迎しているようにも見えた。
「……起きているのか?」
返事はない。
やはり眠っているのか。
だが、リーダーの唇の震えは収まらず、俺は一度だけ逃げる機会を与えてやることにした。
「良いのか?俺は本気だぞ」
「…………」
だが、やはりリーダーの返答はない。
ならば本当に眠っているのだろう。
無防備である事は時には必要以上に相手を近付けてしまう。
もし恨むなら、俺の前で安心しきってる自分を恨め。
「嫌なら俺を殺せば良い。そうすれば俺は楽になれる」
最後に俺はそう言うと、リーダーの顔に両手を添え静かに唇を寄せた。
そして、唇を押し付けるとその小さな唇を軽く吸った。
「んっ」
僅かだが眠っているはずのリーダーに反応があり、俺はその様子にゆっくりと唇から遠退いた。
目を瞑っているリーダーの呼吸は荒く、先程よりも一層顔が赤く見えた。
だとすれば、リーダーは眠ってなどいなかったのだろう。
俺は考えた。
起きなかったのは垣間見えた世界への好奇心か、それとも俺に対する……恋慕か。
もし、後者だとすると俺が見ていたリーダーは一体、何だったのか。
銀時を熱のある瞳で見つめ、口にするのはアイツの名ばかり。
なのに何故だ?
俺は期待をしてもいいのか?
それともリーダーは、誰とでもこんな風に唇を重ねるのか?
尋ねたい事が次々に思い浮かぶ。
だが、まだ寝たフリを続けるリーダーに俺の思考は停止した。
「このままだと、全て奪い兼ねないぞ……何か言ってくれ」
俺は再度リーダーの唇に顔を寄せた。
障子の向こうから吹き込む風が俺の髪とリーダーの唇を撫でた。
その擽ったさのせいか、懐かしい気持ちが蘇る。
あの日もこんな穏やかな午後だった。
俺はずっと想いを寄せていた女性の隙を見つけ、唇を奪ったのだった。
そして、パチンと目の覚めるような平手をもらった。
“私にはあの人がいるの”
頬の痛みよりも言葉の方が胸に刺さって、俺はそんな事は分かっていたのに、どうしようもなく彼女が欲しかった。
たとえ世界を敵に回しても――
俺は下らぬ事を思い出してしまったと小さく笑った。
目の前のリーダーは、きっと誰のものでもない。
俺のものでも、銀時のものでも。
ならば何をしたとしても、リーダーさえ嫌がらなければ良いではないか。
ここでの事が外に漏れる事もないはずだ。
俺はリーダーの唇にもう一度口付けをと望んだ。
更に一段と近付けば、俺の黒い髪が垂れ、リーダーの顔に掛かった。
それを手で払い退ければ、紅潮したリーダーの赤い頬が現れた。
俺は自分の鼓動の高まりに目を瞑った。
この口付けは、きっと俺の理性を奪ってしまうだろう。
そうなればリーダーが俺を止めるまで、俺は突き進み続ける。
もし、それさえも受け入れられたとしたら?
俺はリーダーの何もかもを、この腕に抱くのかもしれなかった。
それは悪いことではなかった。
この少女を自分の傍らに置けるなんて、非常に素晴らしい話だ。
それこそリーダーさえ望むなら、世界を敵に回してでも俺はその体ごと愛してやりたかった。
だが、それが出来なかった。
頭に浮かぶアイツの顔に、俺はリーダーから体を離した。
すると、リーダーは目を開けると体を起こした。
その顔は驚きと戸惑い、そして俺を熱のある瞳で見ていた。
「……よく眠っていたな」
リーダーはそう言った俺に掴み掛かると、両肩を激しく揺すった。
「な、なんでアルカ?」
俺はリーダーの頭に手を置き撫でると、彼女は落ち着きを取り戻した。
「俺は世界を敵に回しても良いと思った。だが、唯一の友を失いたくはなかった。分かってくれるか?」
すると、リーダーはブンブン頭を振ると、俺の衿元をグッと掴んで引っ張った。
そのせいで俺はバランスを崩し、リーダーの顔の真ん前に引き寄せられた。
「一回したなら何度したって同じアル。オマエに断る権限があると思うナヨ」
そう言ってリーダーは俺の着物を更に力強く引っ張った。
「ま、待てリーダー!ここは一度話を……りっ、リーダー!」
遂に俺はリーダーの唇スレスレにまで追い詰められた。
もう頭が回らん。
何も考えが浮かばない。
もちろん、銀時の顔など全く忘れていた俺は、流れに身を任せる事にした。
2013/06/16
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