堂々巡り/新→神→銀
「昨日、あれからどうだった?」
銀さんが出掛けたのを見計らって、僕は正面のソファーに腰掛ける神楽ちゃんに尋ねた。
それを待ってましたと言わんばかりに、神楽ちゃんは身を乗り出しすと僕に言った。
「それが全くネ!」
昨日のこと、銀さんに秘めた想いを打ち明けられずに悩んでいた神楽ちゃんは、僕に相談をしてきた。
正直、驚きもしなかった。
神楽ちゃんが銀さんを好きなのは誰がどう見ても分かることで、万事屋で共に過ごす僕なんかは、一番近くでそれを感じていた。
そんなんだから銀さん本人も気付いてそうなんて思っていた。
だけど、銀さんが神楽ちゃんをそういう対象で見てるかどうかは、また別の話だった。
恋愛に悩む神楽ちゃんは正に乙女そのもので、憂いの表情が少し僕をドキリとさせた。
だからって訳じゃないけど、目の前で悩んでる神楽ちゃんを放ってはおけなかった。
でも、相談に乗ってあげられるほど経験のない僕だから、言えたのはこれくらいだった。
“あたって砕けろ”
てっきり僕は、ふざけてんじゃねーヨ!なんて声が飛んでくるモンだと思っていた。
だけど、神楽ちゃんは僕の無責任とも言える言葉に奮い立つと、覚悟してその日の晩中に銀さんに突撃したのだった。
お嫁さんになりたいと。
その言葉の意味を銀さんは分からない筈なくて。
なのに何を考えてるのか、銀さんはこう答えた。
「なに?結婚してーの?」
そこまでは良いよ。
驚きがないのも……まぁ、想定内だよ。
だけど、その後が悪かった。
「神楽任せとけ!銀さんがお前にピッタリの見合い相手探して来てやるから。まぁ、俺も顔だけは広いっていうか、ざっと100人は軽いだろーな」
確かに“銀さんのお嫁さん”って神楽ちゃん言わなかっただろうけど……空気読めよッ!
あー、もう。
銀さんもきっとモテなさ過ぎて、女子の告白の雰囲気読み取れないんだろうな。
あの人、神楽ちゃんの気持ちにガチで全く気付いてなさそうで怖いわ。
結局、神楽ちゃんはあたって砕ける前に意気消沈してしまい、誤解をとく事もなく今日を迎えたのだった。
「銀ちゃん、マジで誰か連れて来るアルカ?」
「さすがに昨日の今日って事はないでしょ」
だけど、おかしいって思わないのかな?
神楽ちゃんみたいに可愛い子が見合い相手探してくれなんて、まずあり得ないし。
銀さんに頼まなくたって、神楽ちゃんの一声で1000人くらいは集まりそうだ。
僕はテーブルに置かれている湯呑みを手にすると、温くなったお茶を一気飲みした。
「こうなったら、手っ取り早く色仕掛けだね」
神楽ちゃんはそれまで乗り出してた身を引くと、少し照れ臭そうだった。
「迫るアルカ?あのポンコツも少しはそれで気付くアルカ?」
「本能に訴え掛ければ、さすがの銀さんでも気付くでしょ」
それで何もアクションを起こさなければ、本当にポンコツだ。
向かい側で小さく一人で頷いてる神楽ちゃんは既に興奮でもしているのか、瞳孔が開きっぱなしだった。
なんかとんでもない事、考えてない?
迫るって言ってもどこまでのものかは分からないけど、こんな可愛い子に迫られれば銀さんだって無視は出来ないだろう。
その晩、僕は神楽ちゃんの健闘を祈ると、銀さんと神楽ちゃんだけの万事屋を後にした。
翌日、出社すると浮かない顔の神楽ちゃんがいた。
それには苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
「ダメだったんだ」
乾いた笑いと濁った瞳。
洗面を済ませたばかりだって言うのに、神楽ちゃんは淀んでいた。
「ヒドイもんアル。膝の上に乗って、銀ちゃんのお嫁さんになりたいって言ったのに……」
神楽ちゃんの話によれば、どうも銀さんは神楽ちゃんを青い顔で見ると慌てて熱を計ったらしい。
ダメだ。これは全然ダメ。
もう分かりやすいフラグ立ってんだろッッ!
それを折るどころか、踏みつけて丸めて投げ飛ばして……遠投の世界記録出しちゃったよ!あの人!
「はぁ……抱いてってまで言ったのに」
そう言ってため息を吐いた神楽ちゃんに、僕は心臓が口から出てしまうかと思った。
そこまで言ったのにッ!?
いやいやいや、待てよ!
銀さん、これはもしかしてわざとですか?
フツーそこまで言われたらさすがに気付くだろ。
「どうしよう。私、もう分かんないアル」
そう言ったっきり頭を抱えてしまった神楽ちゃんに、あと何か僕が言える事――
まぁ、確かに銀さんは積極的な人は苦手らしいからなぁ。
これだけ可愛い神楽ちゃんがこれだけ迫ってもダメなんだ。
「“押してダメなら引いてみろ”だね」
「ひくって何ネ?スクーターでやるアルカ?それとも縄つけて引き摺り回すネ?」
「いや、そんなバイオレンスなひくじゃねーし。アプローチ強めで行ってもダメなら、身を引いて大人しくするって意味」
ほほーっと素直に聞いてる神楽ちゃんだけど、どこか諦めムードが漂っていた。
本当、銀さんは何を考えてんだろ。
きっと僕が尋ねたってはぐらかすだろうし……
こんなに神楽ちゃんが気持ちを素直に見せるなんて、一生の内に数回あるかないかだろうな。
そんな貴重な機会を、銀さんはことごとく潰しちゃってさ。
明日こそは何か進展があるか?
そうやって神楽ちゃんの明日を真剣に考えてるものの、正直頭の中はさっき神楽ちゃんが言った言葉でいっぱいだった。
……だっ、抱いてって。
神楽ちゃん、もちろん意味を分かって使ってるよね?
確かに無くは無いよ。
姉上が神楽ちゃんくらいの歳の頃、姉上の友人でもヤケに大人っぽい人は恋人がいたりしたんだし。
神楽ちゃんだって、そのっ、銀さんって大人の男に恋してるんだからそれくらい考えるよね。
まぁ、本当にただ考えただけの結果に終わったけど。
引いてみろ。
そうは言ったけど、押す手応えもないのに引いたところで。
いや、万が一に急にアプローチがなくなって淋しくなった銀さんが……とも考えられなくはない。
神楽ちゃんみたいな可愛い子に迫られる事が当たり前だと思うなよ!
そんなの不公平すぎるわ!
僕も迫られたいに決まってんだろ!腹立つな。
そうは言っても、僕がモテないのは寝ても覚めても変わらなかった。
それと、銀さんの神楽ちゃんへの態度も、結局何一つ変わらなかった。
今日も正面のソファーに座る銀さんは特にこれと言った変化はなく、鼻の穴に人差し指を突っ込んでる。
あほ面だ。
本当に腹立つ顔。
そんな銀さんに僕以上に苛立ってるであろう神楽ちゃんは、僕の隣ですっかり塞ぎ込んでいた。
そりゃ、そうだよね。
なのに銀さんは財布の中身を確認すると気に掛ける様子もなく、フラりとどこかへ出掛けて行った。
「ポンコツだったね」
「本当にそうネ」
神楽ちゃんはガックリ肩を落とすと、悔しそうに唇を噛み締めた。
こんな可愛い子に何の不満があるんだろう。
まさか女性に興味ないトカ?
……ははは。
「まさかね」
神楽ちゃんはハッキリとフラれたわけじゃなかったけど、何となく雰囲気でもう望みが薄いことを感じ取っていた。
こんな可愛い神楽ちゃんでも、失恋することがあるんだ。
どことなくその事実に安心した。
「だいたい銀さんなんてだらしないし、臭いし、良いところなんて映画版ジャイアン的なだけで、普段がダメだからたまに良いところが際立ってるくらいだし」
神楽ちゃんが銀さんを諦めやすいように、悪いところをわざと並べてみた。
絶対に僕が常日頃思ってることじゃねーし!
給料が安すぎだとか、労働局に訴えるとか、そういう事を言ってるわけじゃねーし!
ただ本当、神楽ちゃんが諦め切れるように。
「そうアルナ」
だけど、力なく笑った神楽ちゃんは俯いたままだった。
……そう簡単には諦められないか。
なら、もう少し頑張ってみる?
逃げ回る銀さんを捕まえてみる?
だけど、もう僕にはアドバイスも手立ても存在しなかった。
なんて言うかさ、押しても引いてもダメで。
うんともすんとも言わない。
そんなズルい銀さんに神楽ちゃんはどうして惹かれるの?
僕から見て銀さんは―― 友人としては楽しいよ。
仲間としてはやっぱり頼もしいよ。
だけど、男としては……どうだろう?
神楽ちゃんに僕から言えることがあるとすれば、残るはあと1つだけだった。
たった1つ。 根本的な解決策でもないし、良い打開策でもない。
本当にただただ、僕が言える最後の言葉だった。
「銀さんやめて、僕にしない?」
神楽ちゃんが驚いた顔で僕を見た。
それもそうだよね。
少しの間が信じられないほど長く感じた。
それを経て神楽ちゃんはようやく口を開く。
「オマエ……エスパーネ?銀ちゃんをサンドバッグにしようと思ってたけど、帰ってくるの待てないアル!新八!遠慮なく殴らせてもらうネ!」
「えーーーーーー!」
次の瞬間、眼鏡が吹っ飛び宙に待った。
重い拳は神楽ちゃんの失恋の痛みと同じだけ、僕の体を痛め付けた。
なんでだよッッ!
笑顔で拳を繰り出す神楽ちゃんに、僕は改めて恋愛の難しさを教えてもらった。
一生、お通ちゃんについていく。
その思いは誓いではなく、揺るぎない確信へと変わった。
2012/10/17
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