※この話は血、死などの描写があります。
それを踏まえた上で閲覧下さい。

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三人寄れば・上/万事屋(新神+銀神)※

 

パンッと渇いた音が響いた。

 

「うわぁぁあッ!」

「それを渡してもらおうか?渡せねぇって言うなら……これだけじゃ済まねぇぞ?お嬢ちゃん」

 

神楽の足から血が流れる。

絶体絶命だ。

神楽は願った。

助けてと。

 

廃墟と化した雑居ビルの地下。

どことなく酸素も薄い気がする。

背中にはひんやりとしたコンクリートの壁。

目の前には“ヤバい奴”が一人、二人……いや、六人はいる。

神楽の傘は10メートル程先へと転がっており、自慢の怪力も鈍く光る銃口の前では歯がたたない。

少しでも動けば蜂の巣だ。

追い詰められた神楽は体に滲む汗に、自分が如何に愚かだったことかを思い知らされた。

たった一人でこんな輩を相手にするのは、さすがの夜兎族であっても無謀だった。

どうして一人でこんな場所で、何人もの男を相手してるのか。

それはある一件の依頼から始まった。

 

銀時が家を留守にして数日過ぎた頃だった。

万事屋に依頼が舞い込んだのだ。

 

「大切な物を賊に盗まれてしまいました。どうしてもそれを取り返して欲しいんです」

 

依頼者は涙ながらに二人に話した。

とても大切な父親の形見である日記帳を賊に盗られてしまったと。

賊が欲しがった理由は分からないが、きっと悪事に利用されてしまうだろう。

そうなる前に何としても取り戻してもらいたいと訴えてきたのだ。

 

「女の涙の八割は嘘だと思えって銀ちゃん言ってたけど、私オマエ信じるアル」

 

依頼者は綺麗な女性だった。

少し化粧はキツかったが、神楽も新八も微塵も怪しんでなどいなかった。

新八に至っては、綺麗な女性と言うこともあり少々舞い上がっていた。

 

基本的に銀時がいない間の依頼はいつも断っていた。

飽くまでも銀時が窓口となり、神楽や新八が銀時の指図に従うと言うのが万事屋の仕事のやり方だった。

 

しかし、今回は少しいつもと違ったのだ。

今月の赤字まっしぐらの懐事情。

新八は依頼者が前金だと見せた厚い封筒にゴクリと喉を鳴らした。

神楽も神楽で普段銀時にガキだ何だと言われる事を疎ましく思っており、それをいつか払拭してやろうと目論んでいた。

そんな神楽と新八は互いに顔を合わせると頷いた。

 

「それでどこにあるんですか?その日記帳は――」

 

神楽は依頼者から話に聞いていたかぶき町の片隅、本当に世間から忘れ去られてしまったかのような奥地に一人向かっていた。

 

「僕も一緒に行くよ!」

 

万事屋を出る前、そう言った新八を神楽は邪魔者扱いした。

 

「足手まといアル。絶対ついてくるなヨ!」

「さすがに神楽ちゃん一人では行かせられないよ!」

 

しかし、今の神楽にはそんな心配も鬱陶しいものの一つだった。

あまりにも心配する新八に、そんなについて来たいなら戦闘用特殊眼鏡でも掛けてから来いとからかうと、神楽は傘だけを持って万事屋から飛び出したのだった。

 

 

 

古く薄気味悪いビル群。

神楽は単身、賊のアジトに乗り込んだ。

新八はいない。

たったの一人だ。

賊の情報などもちろんない。

だが、神楽は一人でやってのけると豪語した。

今の神楽はただ1つ。

一人前として認められたい。

そんな思いだけがまとわりつき、なかなか離れないでいたのだ。

誰の手も借りない、絶対に一人でやり遂げてみせる。

その思いはとても強いものだった。

 

神楽は細心の注意を払うと、雑居ビル内を誰にも見つからないように移動した。

そして、遂に怪しいと思われるフロアに辿り着いた。

塗装の禿げたドアを開け、雑に置かれた机を漁ればそれはあった。

 

「日記帳、これアルナ」

 

表紙にデカデカと大きな字で書かれている日記帳の文字。

分厚いそれは意外に重く、一体何年分の日記が綴られているのかと気になるほどだった。

だが、中を開いてはいけない。

 

“日記帳なので、中は決して見ないで下さい”

 

神楽は依頼者からそう忠告を受けていたのだ。

しかし、それはアッサリと破られる事となった。

 

「お嬢ちゃん、何をしてるのかな?」

 

ニタリと笑う男が一人、入ってきたドアの前に立ち塞がっていた。

マズイ!

神楽は日記帳を懐に抱えると傘で男を攻撃した。

 

「そこ退くアル!」

 

しかし、男は怯むことなく神楽をニコニコと薄気味悪い笑みで見ていた。

 

「こんなガキ寄越すとは俺らも舐められたもんよなぁ。何て言われたか知らねぇが、あの女に焚き付けられたか?残念だったな。お前さんの持ってるそれは裏社会で暗躍する役人のリストだ!ひゃひゃひゃ!」

 

神楽はハッとした表情で抱えている日記帳をパラパラと捲った。

しかし、そこには日記などもちろん書かれているわけもなく、無機質に並べられた役人どもの名前と所属部署が書かれているだけであった。

 

「あの女、俺達が売らないと分かれば盗みに来たか?どこまでも汚い強欲な女だねィ」

 

神楽は動揺していた。

あの依頼者が言った父親の形見なんて話は嘘。

日記帳だと言うのも嘘。

盗まれたのも嘘。

そして、もちろん流した涙も嘘。

利用されたことに悔しさを覚えた。

しかし、何よりも見抜けなかった自分の浅はかさを悔やんだ。

全然、やっぱりこれだからガキなんだと――

 

 

 

荒い呼吸と一度足りとも瞬き出来ない状況に神楽はどうする事も出来ないでいた。

賊は日記帳を渡せと言う。

しかし、小脇に抱える日記帳を渡したところで、無事に帰してもらえる保証などない事を神楽は熟知していた。

 

万事屋に来る前のこと。

神楽は今目の前にいるような輩に雇われて生きていたのだ。

この世界も表と同じで甘くない事を知っている。

ルールを無視すれば裏だろうが表だろうが、命は簡単に脅かされてしまうのだ。

 

だったらいっそのこと、自分のルールに生きて、自分のルールに死のう。

神楽は一瞬の間にそんな事を考えた。

この教えは他の誰でもない、万事屋で教わったこと。

侍の背中を見て、神楽が覚えたことだった。

 

「さぁ、渡す気になったか?」

 

詰め寄る男に神楽は痛みをこらえニタリと笑った。

これを誰に渡すべきか、神楽は既に分かっていた。

 

「私、あの女にこれ渡すのやめたアル。だけど、オマエらにも渡さないネ。正直、アイツらに媚びは売りたくないけど、ポリ公どもにくれてやるネ。だから、私はオマエら倒してここから出るアル!」

 

勝算などない。

だけど、神楽は構わなかった。

ここで自分のルール貫いてくたばるなら悔いなどなかったのだ。

いや、やっぱり少しは悔いがある。

だけど、自分が勝手に一人で飛び出しやった事だ。

 

神楽は残る力を振り絞り、目の前の男どもに立ち向かった。

容赦なく弾丸が乱れ飛ぶ。

 

「うわあああッッ!」

 

銃弾が体を貫通する。

肉と血が体から噴き出す。

しかし、神楽は流れる血に歯を食い縛りながら戦った。

頭に過るは銀時の顔、新八の顔、定春、お妙、そして父親の顔だった。

自分が死んじゃったら皆きっと悲しむだろう。

神楽の目に涙が滲んだ。

だが、今は涙を拭う間もない。

 

痛みと恐怖。

自分を脅かす色んなものと戦いながら、神楽は何とか最後の一人にまで迫っていた。

コイツを倒せば後はちょろいアル。

しかし、神楽の足元は血だまりが出来ており、既に倒れている賊共のものと相まって血の海と化していた。

 

「フッ、オマエ一人なら……楽勝アル……うッ!まだっ……生きたいってんなら……チャカ置いて……ハァハァ、消え……」

 

神楽の目の前が霞みだす。

相手の男は錯乱しているのか何かを叫びながらガタガタと銃口を神楽へと向けている。

そろそろ、ダメかも。

神楽は膝から崩れ落ち、手にしていた日記帳を落としそうになった。

 

「……れだけは……」

 

膝をついたまま神楽は最後の力を振り絞り、日記帳を胸に抱え込んだ。

これで良いアル。

神楽は目を瞑るとそのまま血の海へ前のめりに倒れ込んだ。

 

「神楽――――」

 

幻聴か。

耳に自分の名を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。

銀ちゃん?

神楽はその声に柔らかく笑うと、スゥーっと真っ白な世界へ意識を移してしまった。

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三人寄れば・中/万事屋(新神+銀神)※

 

「銀ちゃん!」

 

神楽は叫んだ。

力の限り叫んだ。

真っ白な世界の中、確かに聞こえたのだ。

自分の名を呼ぶ声を。

神楽はそれが自分を助けに来た銀時の声だと、必死に応えようとした。

 

「銀ちゃぁああんッ!」

 

神楽の大きな声が辺りに響き渡った。

熱い体、渇いた喉、眩しい光。

神楽にはハッキリと見えていた。

今居る場所が白い世界ではなく、灰色の天井が覆う病室だということが。

神楽は目を覚ますと訳の分からないまま銀時の名前を叫び、体をベッド上で起こしたのだった。

 

「……神楽」

 

そこには銀時がたった一人、ベッド脇の椅子に腰を掛け座っていた。

その顔は憔悴しきっており、神楽を見つめる目は不安と安堵の狭間でまだ揺らいでるようだった。

神楽はそれが自分が心配を掛けてしまったせいだと胸が痛んだ。

それと同時に助けに来てくれてありがとうと言う感謝の気持ちでいっぱいになった。

 

「銀ちゃん、助けてくれてありがとう」

 

神楽の白い顔が微かに赤らみ、銀時に微笑んだ。

銀時はそれを今にも泣き出しそうな表情で見つめていた。

そして、神楽の体をゆっくりと抱き締めた。

 

「神楽……」

「銀ちゃん、勝手してごめんアル」

「…………」

 

銀時はただ黙ったまま神楽を抱き締め頭を撫でた。

その動きはどこかぎこちなく、神楽はそうなるまで心配させてしまった自分が本当に愚かだと感じていた。

 

「目が覚めたのかい」

 

ガラリと病室の戸が開き、お登勢とキャサリン、そしてたまが顔を出した。

だが、見慣れたいつもの顔に笑顔はなかった。

神楽は銀時だけではなく、皆にも心配を掛けてしまったんだと深く反省した。

まだふらつきはするが、神楽はせめて皆を安心させる為にもわざと元気に振る舞おうとした。

 

「なんか湿気た顔アルナ!皆の神楽ちゃんは簡単に死なないアルヨ!ホラ、この通りアル!」

 

神楽はベッドの上で明るくおどけてみせた。

それを周りの皆はにこやかに見てくれてはいるものの、どこか表情に陰りが見えた。

無理もないか。

神楽はまた静かになるとベッドへ横になった。

 

窓の外はとてもよく晴れていて、カーテンの隙間から青い空が覗いていた。

そんなものに改めて神楽は今生きている事を感じていた。

 

傍らの銀時は相変わらず項垂れて表情が乏しい。

自分のせいだと責めてるんじゃないだろうか。

それだけが心配だった。

すぐに笑顔が戻らないとしても、神楽は銀時にまた笑って欲しいと思っていた。

 

「銀ちゃん、定春どうしてるアルカ?寂しがってたネ?」

「あぁ、そりゃあ……」

「あっ!」

 

神楽はまた体を起こすと、病室内をぐるりと見渡した。

そこで初めて神楽は新八がいない事に気が付いた。

せっかく元気に目覚めたと言うのに顔を見せに来ないところを見ると、さては……

 

「新八の奴、涙でぐちゃぐちゃで今頃顔洗ってるアルカ?泣くほどの事じゃないアルヨ。でも、新八らしいネ、ぷぷぷ。ばあさんもそう思うダロ?」

 

神楽は笑いながらお登勢を見た。

しかし、どういう訳かお登勢は目を合わせないようにと、わざとに逸らせたように見えた。

そして、あぁとだけ小さく呟くと直ぐに病室を出ていってしまった。

 

「ばあさん?」

 

神楽は険しい顔になった。

私はこんなに回復した。

それって喜ばしい事でしょう?

だから神楽は皆に笑って欲しかった。

瀕死の重傷だったかもしれないけれど、目覚めたんだから良かったと笑って欲しいだけだったのだ。

それが誰一人笑わない。

それどころか神楽を見つめる目は、今にも泣き出しそうだ。

 

どうして?

神楽は思わずにいられなかった。

泣くほどの事なんてないと。

それなのに新八はいつまでも顔を見せない。

誰かに言って欲しかった。

泣くほどの事なんて何にもないんだと、ハッキリと否定して欲しかった。

だから、神楽はキャサリンに話を振った。

 

「ねぇ、キャサリンもそう思うでしょ?泣くほどじゃないって、そんな不幸な事は何にもないって」

 

キャサリンはソウカモナと小さく笑うと、またしてもお登勢に続き病室から出て行ってしまった。

神楽は即座ににたまを見つめた。

真っ直ぐに真剣な眼差しで。

 

「ねぇ、たま。泣くほどの事じゃないアルナ?全然、ホント、大したこと……ないって……」

 

たまは何も表情のない顔で神楽を見ていた。

そして、その後何故か銀時を見つめた。

 

「神楽様。私は涙を流すことをプログラミングされていません。しかし、仮に泣く事が出来たとしても涙は流したくないと思います。今の神楽様のように、銀時様のように」

 

それだけ言うとたまも病室を後にした。

戸の閉まる音が止むと、また静かな部屋に銀時と二人だけになってしまった。

銀時は何も言わない。

ただ神楽を力なく見つめていた。

神楽はこの部屋に流れる空気に治りかけているはずの傷がズキズキと痛んだ。

目眩までする。

 

結局、誰も否定しなかった。

それに神楽は察したのだった。

“泣くほどの事”が起きているんだと。

それが何なのか。

それすらも、もう気付いていた。

神楽はうつ向くと確認する為に誰も触れなかった事を銀時に尋ねた。

 

「ねぇ、銀ちゃん。新八、いつまで顔洗いに行ってるアルカ?」

「…………」

「ねぇ、銀ちゃん。新八、一体何して……」

 

神楽は大きく開いた目で銀時を見た。

銀時は険しい表情で神楽を見つめ返した。

そして、また神楽を柔らかく抱き締めた。

 

「神楽、新八はな」

 

神楽の体がガタガタと震えだした。

銀時もそれに気付くともう少し強く抱き締めた。

銀時も病み上がりの神楽に真実を告げるのは酷だと分かっていた。

だが、気付いてしまった以上伝えないわけにはいかなかった。

真実を、現実を。

きちんと伝えるのも役目だと銀時は考えていた。

 

「新八はな、お前を助けに行って――」

 

銀時のその言葉に神楽の微かに残る記憶が呼び戻される。

銃弾が体を突き抜けながら倒れ込んだ血の海。

薄れゆく記憶の中に確かに聞こえた自分の名を呼ぶ声。

 

「神楽ちゃん!」

 

あの日、やはり一人で行かせた事を悔やんだ新八は、神楽の後を追ってあの雑居ビルへと向かったのだった。

しかし、新八が着いたと同時にビル内に渇いた嫌な音が響いた。

 

「神楽ちゃんッ!」

 

新八は竹刀一つで神楽が居る魔のフロアへ乗り込んだのだ。

僕が護らなきゃ!

新八の思いはただ一つだった。

いつだって神楽を放っておく事なんて出来なかったのだ。

 

階段を駆け降りると酷い臭いが鼻についた。

火薬の焦げた臭いと生臭い死の香り。

新八の膝が震えだす。

階段の踊り場にまで流れ出ている赤黒い液体は一体誰のものか。

そして、耳に入ってくる神楽の呻き声。

 

「ううっ!」

 

神楽ちゃん!

新八が声の方へ足を進めれば、そこには赤いチャイナ服を更に赤く染めた神楽がかろうじて立っていた。

直ぐにでも治療を施さなければ。

しかし、一人の男が必死に耐えている神楽に銃口を向けている。

あと一発でも銃弾を食らえば……

新八は震える足に歯を食い縛ると、竹刀片手に男の前に飛び出した。

 

「神楽ちゃんには指一本触れさせない!お前なんかに神楽ちゃんを奪わせはしない!」

 

新八の殺意を持った一撃が男の首をへし折った。

しかし、それと同時に一発の銃弾が新八へと放たれた。

新八の瞳が見開かれ、そして呼吸が苦しくなる。

まるで全てがスローモーションのようだった。

ゆっくりと体は地面に吸い寄せられていく。

あぁ、僕は死ぬのかな。

新八はそんな事を考えた。

痛みは感じない。

体はただ地球の重力に素直だった。

そして、色んな事が頭の中を駆け巡る。

 

お通ちゃんの新曲、楽しみだったのにな。

そう言えば洗濯物まだ干してなかった。

姉上、悲しむだろうな……。

銀さんも泣くだろうな。

いや、泣かないな奴は。

そんな事を考えながら、新八は血の海へと頬をつけた。

そして、最後にぼんやりと視界に映る神楽を想った。

神楽ちゃんはどうか無事で。

じゃなけりゃ、あの世で神様がタコ殴りに遭いますよ。

 

新八は目を閉じると、真っ暗な世界へ意識を移したのだった。

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三人寄れば・下/万事屋(新神+銀神)※

 

新八のいない万事屋。

ほんの少ししか離れていなかったのに、神楽にはすっかりと変わってしまったように思えた。

夜兎の驚異の回復力のお陰ですっかり元の体に戻った神楽は、銀時と二人で万事屋に戻って来たのだった。

 

「ただいま」

 

玄関を開けると定春がクゥンと鳴きながら擦り寄ってきた。

神楽はしゃがみこむと優しく抱き締めた。

 

「心配かけてごめんアル」

「定春がお前らを病院へ運んだんだぞ。誉めてやれよ」

「……大好きヨ、定春」

「ワァン」

 

銀時はそんな一人と一匹を眺めると、少しだけ安心した気持ちになった。

まだ俺達は何も失っちゃいないんだと。

 

医者からは目は開けないものの、新八の容態は安定していると告げられていた。

だが、面会謝絶。

お妙が一人側についている状態だった。

それは銀時にも神楽にも十分に理解できる事だった。

大切な家族に危機が迫ったのは……自分のせいだから。

だからきっとお妙は顔も見たくないのかもしれない。

それに何よりも新八に近付かせたくないんだろう。

銀時は神楽と定春を優しくポンと叩くと、先に室内へと上がったのだった。

 

神楽は定春に顔を埋めると、まだ病室に取り残されている新八を思った。

本当は側で手を握りしめて、たくさんありがとうとごめんなさいを言いたかった。

 

「……しん、ぱち」

 

神楽はどうする事も出来ない歯がゆさこそが罰なんだと感じ、甘んじて受け入れようと思っていた。

でも、やっぱり苦しかった。

何も出来ないのは辛かった。

だが、その考えは銀時のやるせない表情を見て改める事にした。

 

居間で自分の椅子に座る銀時は神楽と同じ顔をしていた。

神楽はそれが何を意味しているのか、嫌って程に分かっていた。

 

「銀ちゃん」

 

神楽は銀時の側に立つと、おもいっきり抱き締めた。

銀時も神楽を抱き締め返した。

二人の思いは向きこそ違うが同じだったのだ。

私のせいで。

俺のせいで。

大切な人を護れなかった事を嘆いていた。

その思いを互いに癒すように二人は抱き合った。

お前のせいじゃないんだと。

 

「なぁ、信じてんだろ?」

「当たり前アル」

「だったら泣くなよ」

「泣いてないアル」

 

二人は額を合わせると力なく笑いあった。

それが例え心からの笑顔じゃなくとも、こうして嘘でも笑ってるといつか本当に心から笑える日が来るような気がしていたのだ。

そう、三人で。

 

神楽は銀時の膝の上に座ると、懐かしむように話し始めた。

 

「銀ちゃん、私いつも新八に護られてたアル。昔も今も」

「俺も少しは護ってんだろ」

「そうアルカ?」

 

拗ねるような素振りを見せる銀時に、神楽はフフッと笑うと話を続けた。

 

「だけどネ、最初は銀ちゃんも新八もフラフラで全然頼りなく見えてたアル。それがいつからか護られてばっかりで、頼りないなんて思わなくなかったヨ」

 

神楽は知っていた。

新八が毎日欠かさず竹刀を握っていることを。

だから、新八は日に日に大きく成長していったのだった。

 

だが、銀時は気づけなかった。

自分を追う新八の背中がそんなに大きくなっていた事に。

振り向けばいつも待ってくださいよと笑う笑顔の新八がいるだけだった。

 

「だから、いつからか私、新八や銀ちゃんに追い付かなきゃって自棄になってたアル。負けないように、置いていかれないようにって」

「……バカヤロー」

 

銀時は新八だけじゃなく、神楽のこの想いにも気付けないでいた事に深く反省した。

俺さえ気付けていればこんな事態にはならなかった。

銀時は神楽を胸の中に押し込めた。

 

「悪かった」

「ちょっと、銀ちゃん?やめてヨ」

 

神楽は銀時の胸の中でもがくも、銀時は神楽を離さなかった。

 

「銀ちゃん、私ただ二人に追い付きたいだけじゃないんダヨ?ホントは……ちゃんと……守りたいから、大事な二人を守りたかったから……なのに……」

 

神楽は震える唇を噛み締めながら話した。

そのせいか喉の奥が痛くなる。

新八を信じているのに、神楽は自分の胸の奥から込み上げてくる感情に負けそうになっていた。

泣かないと決めていたのに。

 

「神楽」

 

銀時は胸の中の神楽が震えている意味を知っていた。

小さな体が悲しみに必死に耐えている。

抱き締めずにはいられなかった。

 

どうしてこいつらを苦しめるのか?

こいつらが一体何をしたのか?

新八や神楽をこの世界から奪う権限など誰にもないはずだ。

どうせ奪うならこの俺を――銀時は存在するかどうかも分からない神に訴えた。

 

いつになく険しい顔に真面目な声。

銀時が思い詰めていることは神楽にも伝わっていた。

こんなに側にいるんだもの。

神楽は銀時の胸の痛みを自分の痛みのように感じたのだった。

 

「銀ちゃん」

 

神楽はうつ向いていた顔を上げた。

目は真っ赤、鼻も真っ赤。

だけど、笑顔で銀時を見つめていた。

 

「大丈夫、私は大丈夫アル。新八も絶対に帰ってくるヨ。だから、銀ちゃんも――」

 

神楽は銀時の首に手を回すとゆっくりと顔を引き寄せた。

そして、小さな唇を突き出すと銀時の頬に口付けをした。

 

「お、お前」

「笑って?銀ちゃん」

「…………」

「まだダメアルカ?」

 

神楽はそう言うと銀時の頬にまたキスをした。

それにはさすがに銀時も二度目と言うこともあり、照れ隠しをしながら神楽を自分から遠ざけた。

 

「何やってんだ。泣いてねぇならほら下りろ」

 

神楽は銀時の膝から下ろされると、フフッと少し大人っぽく笑った。

 

「次、もしまた悪い事考えたら……頬っぺただけじゃ済まないからナ」

 

神楽はぐっと背伸びをすると居間から出ていき、お風呂場へ向かったようだった。

銀時はそんな神楽に眉を寄せるも、既に赤い頬がもうすぐで笑顔になりそうだった。

 

「神楽の奴」

 

そう言った頃には、銀時の口から僅かに白い歯がこぼれていた。

 

そんな支え合う二人は気付いてなかったが、玄関の戸の隙間から隠れて覗いている人物がいた。

その男、顔に二つのレンズを携え、青き袴を身に付けていた。

そう、病院で治療を受けているはずの“志村新八”であった。

 

「帰りづらッッ!どーすんだコレッ!銀さんも神楽ちゃんもまさか僕が気絶してただけなんて全然知らないんだろうな。姉上も血まみれの僕を見てパニックになったのは分かるけど、面会謝絶はやり過ぎだろ!」

 

そう、新八は瀕死の重傷などではなかったのだ。

あの時、男の放った銃弾は間違いなく新八目掛けて飛んで来ていた。

そして、弾丸は逸れる事なくぶつかると、痛みは全く無かったがあまりの恐怖に新八は気を失ったのだった。

しかし、仮にもし彼の掛けていた戦闘用特殊眼鏡に弾が命中しなければ――

本当に新八の命は危なかっただろう。

 

新八は特にどこにも怪我はなく、前に源外に作ってもらっていた戦闘用特殊眼鏡に少し傷がついたくらいであった。

修理代を少し気にしてはいるものの、体にはかすり傷一つもなく、改めて神楽が無事で良かったと思っていた。

 

「二人に心配掛けちゃったな」

 

新八はなんて説明しようかと悩みながら、静かに玄関の戸を開けたのだった。

ただの気絶だと知ったら二人は怒るだろうか?

いや、一転してバカに笑うだろうな。

どちらにしても二人を驚かせる事には変わらないだろうと思っていた。

 

「あ、そう言えば洗濯物干すのすっかり忘れてた!」

 

新八は急いで洗濯機の置かれている脱衣室へと足を運んだ。

 

「銀さんの着物、シワになってるだろうな」

 

新八はぶつくさ言いながら戸を開けると、その先の光景に息を呑んで固まってしまった。

真っ白い肌、しなやかな肢体、女性特有の腰のクビレに丸い柔らかそうな……神楽の一糸まとわぬ姿がそこにはあった。

 

「おま、お前ッッ!化けても変態アルか!死ねェ!もう一度死ねェェエ!」

 

裸を見られた神楽の怒りの蹴りが炸裂し、新八は血を吐き玄関の方まで吹っ飛んで行った。

 

「あり?血アル」

 

幽霊が血を吐いた事に神楽は首をかしげだ。

もしかして、もしかするとアレは生きてる新八アルか?

ダラダラと汗を掻き出した神楽は、急いでバスタオルを巻き倒れている新八に駆け寄った。

 

「銀ちゃぁあんッッ!新八がッ、新八がッ!」

 

銀時は突然聞こえた神楽の叫び声に居間から勢いよく飛び出した。

すると、玄関前で口から血を吐き神楽に抱かれている新八が目に入った。

 

「新八!お前、そんな姿で病院から脱け出して来たのか!」

「ぐはっ、げほっ、違いますよ。これは神楽ちゃ」

 

神楽は抱えている新八を強く胸に押し付けると黙らせたのだった。

 

「新八、こうまでして帰って来たかったアルカ。もう良いんだヨ。今、布団に寝かせてあげるネ」

 

神楽は何とか誤魔化すと、銀時の布団に新八を運んで寝かせてやった。

状況の掴めていない銀時は、新八が脱け出した事を確認する為に病院へと電話を掛けた。

 

寝室で布団に寝かされた新八は、上から怖い顔で見下ろす神楽に苦笑いを浮かべていた。

 

「あはは、ごめんって」

「一生絶対に絶対に絶対に許さないアル」

 

しかし、すぐに思いっきり笑顔になると神楽は新八に飛び付いた。

 

「バカバカバカ!新八のバカヤロー!無事だったアルカ?治ったアルカ?」

 

神楽に無理矢理抱き締められた新八は苦しそうに腕の中でもがいていた。

だけど、神楽がどんなに自分を心配してくれていたか、手に取るように伝わってきた。

そんな神楽の様子に悪かったと思う一方で、どこか喜んでいる自分がいた。

 

「神楽ちゃん!ぐるしいよ!」

 

その言葉に神楽は新八から離れるも、今度は顔だけをヌーッと新八に近づけた。

そして、可愛くウインクをすると新八の頬に唇を落としたのだった。

 

「か、かか、神楽ちゃんん?」

「オマエがいなかったら私、助からなかったアル。ありがとナ!ヒロインのキスなんて最高のお礼ダロ?」

 

顔を見合わせれば神楽の桃色の頬が非常に照れ臭そうだった。

どうやら図星だったのか、神楽は新八から急いで目を逸らすと腕を組みソッポを向いた。

 

「新八!ト、トイレ掃除と買い出し、あとでちゃんと行って来いヨ!もちろん酢昆布も忘れるナヨッ」

 

神楽はそれだけ言うと、ご機嫌なのか足取り軽くお風呂場へと向かって行ったのだった。

一人布団に残された新八は何とも言えない表情で天井を眺めていた。

そして、そっと頬に手を置くとニヤリと笑みが溢れたのだった。

 

「全部医者に聞いたぞ新八。てめぇ、よくも……」

 

新八の頭上に銀時の低く無愛想な声が降ってきた。

見れば居間と寝室とを仕切る襖から銀時が顔だけを覗かせていた。

銀時は新八を見ると口を歪ませ、どことなく不快感を表した。

新八はそれに何かと体を起こすと、鼻からポタリと血が垂れてることに気が付いた。

 

「あ、もしかしてお前もされたの?はいはいはい、神楽も浮気な奴だよなぁ」

「お前もって、まさか銀さんも?」

「あー、でも俺は二回だったわ。いや、やっぱり三回だったか?いや、十回くらいか?」

 

明らかに見栄を張る銀時。

新八がそれにプッと噴き出せば、銀時の険しいような表情が一気に柔らかいものに変わった。

 

「神楽、嬉しそうだったろ?」

「銀さんもですけどね」

 

二人は照れ臭そうに互いに笑い合った。

 

 

 

今日の万事屋は珍しく喧嘩する声が聞こえなかった。

銀時も神楽も新八も仲良く三人で晩御飯を食べていた。

結局、日記帳強奪を依頼してきた女は行方をくらまし、前金として受け取った金も使わずに日記帳と共に警察へ渡してしまった。

なので今夜の晩御飯もとても質素なものだった。

しかし、神楽は今夜の夕食が、特別に美味しいと感じていた。

それは間違いなく、この三人で食べるからだ。

神楽にとっては万事屋で食べるご飯が、どんな豪華なディナーよりも一番のご馳走だと感じていた。

 

2012/07/03

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