スペース/新→←神(3Z)
「あれ?姉上……じゃないの?」
インターホンが鳴って重い体を引きずり玄関を開ければ、眼鏡をかけた可愛い女子が一人立っていた。
神楽ちゃんだ。
「姉御、用事あるって私にオマエ任せて学校出たヨ。お邪魔するアル」
「あっ!ちょっとッ!」
馬鹿しかひかないなんて言われる夏風邪をひいた僕は、今日学校を休んでいた。
それでも午前中の内に診察を受け、処方された薬のお陰で回復へと向かっていた。
それに明日は土曜で学校は休みだし、週明けには行けそうな気配だった。
だから、正直見舞われる程の病人でもなく、まさか神楽ちゃんがやって来るなんて、僕はこれっぽっちも考えてなかった。
もちろん、考えてなかったわけだから――――
「うっ!新八、何アルか?この臭い。なんか淀んでるネ」
僕はダルい体も何のその、神楽ちゃんに勝手に入られた自室を急いで片付けた。
こんな部屋、神楽ちゃんには見られたくなかったのにな……。
だって、どうせダメガネだのグチグチ言われるに決まってるから!
「来るなら連絡くらい入れてよ!ビビるわフツーに!」
「お菓子とかジュースなら自分で買ってきたから、オマエは気を遣わなくて良いアルヨ!」
「お前が少しは気を遣えェェ!って長居するつもりなの!?」
僕は額に滲む汗を手の甲で拭うとベッドへ腰を掛けた。
神楽ちゃんを見れば鞄からエプロンを取り出し、制服の上から身に付けていた。
一体何をする気だろう。
僕の疑問はそのまま顔に出たようだった。
「頼まれたからにはしっかりやるアル。まずはこの部屋の掃除ネ!」
掃除?
神楽ちゃんは僕の目の前でゴミ袋を取り出すと、次から次と床に落ちてるものを突っ込んだ。
「この空気が体に悪いアルヨ」
窓を開け放った神楽ちゃんは屈託のない笑顔でにこりと笑った。
いやいや……だからって、勝手にお通ちゃんのCDをゴミ認定してんなよ。
僕は神楽ちゃんからゴミ袋を取り上げると、中からお通ちゃんのベストアルバムを拾い上げた。
「これがゴミに見えるのか!」
「ゴミには見えなかったけど、私の心に荒波立てるアル!」
そう言って、神楽ちゃんは平気な顔で僕の心に荒波を立てた。
「……だ、だからって捨てないでね」
そんな言い方されるとこっちは強く言えないじゃないか。
きっと神楽ちゃんは分かって言ってるんだ。
なんか腹立つな。
だけど、神楽ちゃんはそんなこと気にも留めず、部屋に転がるペットボトルや空き缶、それと丸まったティッシュを――
「そそそ!そういうのは大丈夫だから!自分で片付けるから!」
「なんでヨ?これくらいやってあげるヨ」
「あっ?へ?ホラっ、僕も少しは体動かさなきゃいけないしッ」
どうにか怪しまれずに神楽ちゃんから仕事を奪い取る事に成功したが、神楽ちゃんは更なる難題を僕に突きつけて来たのだった。
「ここにもゴミないアルカ?」
そう言って神楽ちゃんが手を伸ばしているのは……ベタ中のベタ。
世の男が一度は己の欲望の捌け口を封印する、スペース・オブ・ダーク~闇の空間~
そう!ベッドの下だ!
「そこは良いって!ゴキブリとか居るかもしれないしッ!」
「ギャッ!そんな汚いアルカ!最悪、ペッペッ!」
さすがの神楽ちゃんもゴキブリには敵わないらしく、すんなりと手を引いた。
我ながら良い作戦だったと思う。
僕はフゥっと息を吐くと、ようやくベッドへ横になった。
神楽ちゃんも僕の脱ぎ散らかした洗濯物を持って洗面所へと行った。
正直、僕はずっとドキドキしっぱなしだった。
神楽ちゃんがやらかした事に対してもそうだけど、何よりもさっき言った言葉に対してだ。
神楽ちゃんがお通ちゃんに嫉妬?まさかね。
だけど、あまりにも自然に言ってのけた事が反対にすごくリアルだった。
だから、こうして家にも来てくれるのかな?
しばらくして神楽ちゃんは戻ってくると、エプロンを脱いで丁寧に畳み、鞄へと片付けてしまった。
何だかそれに胸の辺りが疼く。
「帰るの?」
とは聞けず、眼鏡を外したボヤけた視界で、ただ見つめているしか出来なかった。
するとそれに気づいたのか、神楽ちゃんはしゃがんでベッドの僕に視線を合わせた。
「ゲームしても良いアルカ?こんなに働いたアル!もちろん良いよナっ」
それか!
僕はようやく柔らかく笑えたような気がした。
そうだよね。神楽ちゃんが純粋な思いで僕を見舞うはずがないんだ。
何だかちょっと期待していた自分に恥ずかしくなった。
だけど、普段と変わらない無邪気な神楽ちゃんに、僕は躊躇うこと無く小さく頷いた。
「終わったらちゃんと片付けてよね」
「おうネ!やったー!」
神楽ちゃんは幼い子のようにはしゃぐと、テレビのリモコンの電源ボタンを押した。
『気持ちぃ~、もっとぉ~』
突然、テレビ画面いっぱいに映る裸の男と女。
それを目にしてリモコンを床に落とす神楽ちゃん。
卑猥な言葉と淫らな映像。
目の前が真っ暗になる。
だけど、これは夢なんかじゃなく紛れも無い現実で、嫌な汗が全身から噴き出すのを感じていた。
「こ、これ、何アルカ……」
これが何かと聞かれれば、答えはたった一つしかなかった。
僕が欲望の捌け口として使っているアレだ!バカヤロー!
最悪だ!最悪!
すっかり僕は忘れていた。
神楽ちゃんが来る前に何をしていたかを。
インターホンが鳴って、DVDの停止ボタンを押さずにテレビの電源だけ切ってしまった事を。
全てすっかり忘れてた。
僕は床に落ちたリモコンで急いでテレビを消すと、部屋は一気に静寂に包まれた。
それもかなり嫌な部類の。
「…………」
僕は言い訳も何も出来なかった。
言ったところで、神楽ちゃんに蔑んだ目で見られるのを避けられないと分かっていたから。
神楽ちゃんに背を向けて立ち尽くしてる僕はクラクラしていた。
ショックなのと恥ずかしいとで、どうも風邪が悪化してしまったようだった。
思わずガクンと膝が折れて、僕はその場にヘタリ込んだ。
すると、どうなってるのか体が少しだけ軽くなった。
「だ、大丈夫アル。私は」
近くに感じる声と熱。そして、神楽ちゃんの匂い。
どうやら、神楽ちゃんが僕を背中から抱えてくれたらしい。
「ごめん」
情けないけど謝る事しか出来ない僕は、神楽ちゃんに支えられて立ち上がるとベッドへ寝転んだ。
だけど、その間も神楽ちゃんの顔は見れなかった。
体がブルブル震える。
真夏なのに寒いのか歯が鳴る。
僕は怖いんだろうか。
それとも風邪が悪化しただけなんだろうか。
何だか頭までガンガンしてきた。
僕は神楽ちゃんに背を向けて寝転がると、背中に感じる気配で神楽ちゃんが帰る支度をしてる事を感じた。
そうだよね。
風邪ひいて休んでるのに、あんなもの見てた僕なんて見舞う価値もないよね。
それに今は早く帰って欲しい気持ちも少なからずはあった。
「新八」
僕はビクッと体を震わせた。
何を言われるんだろう。
それとも何にも触れずに、普段通りに振る舞ってくれるんだろうか。
僕はまだそんな図々しい事を考える余裕があるみたいだ。
「寒いアルカ?大丈夫ネ?」
だけど、聞こえてきたのは僕を心配する優しい声だった。
そして、ギシリと小さくベッドが軋む。
まさか!?だって、帰るんじゃないの?
信じられない思いではいるけど、背中に感じるのは間違いなく神楽ちゃんが僕に近付いてくる気配だった。
影が視界に入る。
心なしか女子特有の良い匂いが漂う。
そして、布団をめくる音が聞こえる。
それに思わず生唾を飲み込んだ。
「か、神楽ちゃん?」
返事はない。
だけど、神楽ちゃんが今から何をしようとしているのか、僕のアンテナは既にビンビンであらゆる事を察知していた。
「暖めてあげるネ」
全身に電気が走った。
うおぉぉぉお!
雄叫びを上げてしまいそうな衝動に駆られたが、ここはぐっと堪えた。
神楽ちゃんの体が僕の背中に押し付けられる。
あったけェ。
このまま僕は昇天してしまいそうだった。
女の子ってなんて柔らかくて温かいんだろう。
夢だろうか?心臓が爆発しそうになっていた。
「新八ぃ」
どこかいつもと違う甘い声が耳に入ってくる。
神楽ちゃんだよね?
後ろにいるのは、本当にあの神楽ちゃんだよね?
「私は新八が男だって、ちゃんと知ってるアルヨ」
そう言った神楽ちゃんは僕を背中から抱き締めた。
どうすんだこれー!
死んでしまうだろ!
このままだと僕は何かを噴出し、本当に死んでしまいそうだった。
でも、なんかもうそれでも良いかと思える程に僕の心は満たされていた。
だけど、神楽ちゃんは違った。
「……何か言えよ、ダメガネ」
このままじゃいけないのは分かっていた。
なのに僕は何か言葉を出そうとするのに、震える唇に邪魔をされ声が出なかった。
ちくしょー!何してるんだよ!本当ッダメガネ!
「もう良いアル!」
痺れを切らした神楽ちゃんがガバッと布団をめくった。
それは神楽ちゃんが帰る事を意味していた。
だけど、このまま何も言えずに帰すことだけはしたくなかった。
神楽ちゃんは僕を男だって、一人の男だって認めて全部包み込もうとしてくれたのに。
志村新八!ダメガネのままで良いのか!?
お前は男だろ?
「待って!神楽ちゃん!」
体を起こしベッドの上に座っていた神楽ちゃんに僕は飛びついた。
飛び付いてそのまま押し倒して、今度は僕から背中に抱きついた。
「そ、そう。僕は男なんだ。だから、可愛い子の前で格好つけたいし、あんなのだって観ちゃうし、神楽ちゃんに……」
神楽ちゃんにドキドキするんだ。
それが言えなかった。
やっぱり僕はダメガネかな。
神楽ちゃんを思いっきり抱き締めて、神楽ちゃんの頭に顔を埋めた。
何とも言えないような、シャンプーの良い匂い。
もう、目眩が酷くて意識が飛んでしまいそうだった。
「ちょっと!新八?」
神楽ちゃん、ごめん。
さすがにじっとしてられないかも。
案の定、僕の意識に反し勝手に体が動き出す。
「なっ!何アルか、これッ!?」
「いやッ、ちがッ……でも、僕も男だから」
どんどん膨らんでいく僕の気持ちは、ビキビキと音を立てるように神楽ちゃんにぶつかり熱を伝えていた。
お陰で寒さはとうにどこかへ吹き飛び、代わりに体がカァと熱くなる。
「へ?新八っ、オマエ鼻血出てるアル!」
鼻血を出した僕は心配そうな顔で見てくる神楽ちゃんに、どこか嬉しくなっていた。
今神楽ちゃんは、クラスのモテる男子や女子の扱いに慣れてる教師じゃなく、この僕だけを見てくれている。
たまには風邪も悪くないかも。
そう思わせる程に神楽ちゃんと二人だけのこの空間に、僕は居心地の良さを感じていた。
2012/08/02
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