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真昼の夢/沖→神

 

街で見かける度に胸がいちいちエグられる。

会話なんざねぇ。

あっちはあっちで、こっちはこっちで同じ街を常に忙しく飛び回ってんだ。

すれ違うくらいはあるが、呼び止めて声を掛ける用事もタイミングも俺にはなかった。

 

「最近何があったか知らねェが、湿気た面で現場にいられても士気が下がるだけなんだよ」

 

全て片付いた現場に、ようやく到着した一台のパトカーから、どこぞのお偉いさんが煙草を加えながら降りてきた。

俺は隊に撤収を掛けるとパトカーに乗り込んだ。

 

「どっかのふぬけ面よりマシだろィ」

 

最近、俺は全くと言っていいほど眠れなかった。

だいぶ季節は涼しくなって、障子の向こうからは鈴虫の鳴き声も聞こえるってのに。

 

布団に入り、アイマスクを着ける。

普段ならそれで眠れるはずだった。

だけど、俺の鼓動は激しさを増し、休まるどころか走り出したい程の衝動に駆られる。

アイツのところまで行けたなら、俺のこの疼きは収まるんだろうか。

こんなのは直ぐに良くなるなんて思っていた。

ほっときゃ治るなんて高をくくっていた。

俺は甘かった。

ただ、会って……それで、笑い合えたらなんて、小さな想いだけだったのにな。

今はこの両手を伸ばして、アイツを抱き締めたいなんて思っちまってる。

 

少しずつ少しずつ、アイツを知っていって。

少しずつ少しずつ、アイツを好きになって。

たまに会えたら、侍らしく潔くよく全部伝えようなんて思うのに、俺の喉は絞られ渇き何も言葉が出なかった。

言葉で伝えられないなら、どうしてテメーに伝えりゃいいんだよ。

こんなに俺ァ苦しんでんだ。

少しくらいならお前に伝わってんだろィ。

だったら、さっさとどうにかしてくれよ。

このままだと本当に俺自身が、どうにかなっちまいそうでィ。

 

 

 

団子頭にチャイナ服。

たまたま公園で見かけた。

俺は逸る気持ちを抑えられずに、チャイナの前に飛び出す。

 

「なんだヨ!びっくりしたダロ!」

 

ようやく会えたところで、チャイナが俺自身に釣られる事はないから、仕方なく俺は金に頼る。

 

「オイ、チャイナ娘。団子食いたくねーかィ」

 

チャイナはそれに変な顔をするも良いよと俺についてくる。

食べ物をちらつかせれば、コイツは誰にでもこうなのかよ。

そんな不安が脳裏に過る。

だったら、旦那と二人だけの万事屋で、何が行われてたって不思議じゃねぇ。

俺の胸がまたエグられるように痛む。

 

「なんで団子食わしてくれるネ?」

「理由がいんのかよ」

「変なヤツ」

 

俺を怪しむチャイナだったが、団子を遠慮なくバクバク食っていた。

もう、スゲー食欲。

それでもコイツの美味そうに食う姿を隣で見られるなら、俺はもうあと100皿だろうが200皿だろうが金が尽きるまで与えてやりたかった。

だから、頼みまさァ。

もう、そこから離れるな。

 

そんな事をいくら思って願っていても、チャイナは俺に残酷な笑顔を見せると離れていく。

 

「美味しかったアル。またお前に奢られてやるから連絡しろヨ」

 

俺には微塵も興味ねーのかよ。

分かってても、思わず吹いちまいそうだった。

分かりやすい奴。

なのに、反対に俺はなんてややこしい奴なんだろう。

好きだって言っちまいたいだけなのに。

その言葉を言いたいが為に、こうしてあと何皿団子を食わせればいいんだろう。

その間に、いくらでもチャイナは俺から遠ざかってしまうだろう。

俺の言葉すら届かない場所へと。

 

「オイ、どうしたアルカ?」

「何でも……」

 

俺を気遣って心配する顔に、俺の心臓は痛いほどに跳ね上がる。

なんて顔してやがる。

 

俺のこのもどかしさや切なさは、一ミリもチャイナに伝わってねぇんだろうか。

俺の顔を見て何かが変だって思うなら、予感でも良いから気付いてくれよ。

今、テメーに触れたくて、抱き合いたくて、離したくなくて……好きだって言いたくて、それが全部出来ない俺の弱さを見抜いてくれよ。

 

「オマエって何考えてるかよく分かんない奴ネ」

 

そう言ってチャイナは俺を突き放した。

分かってまさァ、それくらい。

だけど、堪える。

そんなにも、お前に興味をもたれない俺は一体どんな存在なんだ?

 

「さっきまで機嫌よく団子奢ってた癖に、今はそんな顔してるし」

 

もし、これが旦那だったらチャイナはどうしたんだろうか。

もう一度笑えるように、チャイナも笑ってみせるんだろうか。

けど、俺は旦那じゃないから、もうチャイナの笑顔は見れないような気がした。

いや、気がしたんじゃない。

俺は今後一生涯、チャイナの笑顔が見れない覚悟を決めた。

 

だって、もう無理でさァ。

口にしなきゃ、俺はもう破裂しちまいそうだ。

お前の事を俺は誰よりも強く強く、どうしようもないくらいに好きなんだから。

 

「チャイナ、俺はお前を愛してる」

 

そこで俺は目が覚めた。

アイマスクのせいで光はないが、俺はたった今まで眠っていた事が分かっていた。

ダルい体を起こすとすっかり朝で、いつも同じような夢を見てることに気が付く。

なんでだよ。

夢の中だったら、俺はチャイナに言えるのに。

好きだって、愛してるって。

 

こんなもどかしい気持ちを隠すように、俺は黒い隊服に袖を通す。

また湿気た面なんて土方の野郎に言われるんだろうか。

俺は腰に刀を提げると靴を履き、外の空気を肺に取り込む。

 

あの夢が現実ならどんなに……ってか、夢だって分かってりゃ、もう少し贅沢でもして抱き締めりゃ良かったか。

結局、俺は今日も痛むハートを携えながら、江戸の街を闊歩する。

虚栄心だけは一人前で、引きずる影は余計に不様に見えた。

 

もし、チャイナに出会ったら、俺はまた何もしないんだろうか。

団子でも奢ってやるか?

実際にそんな事を俺が出来るか分からなかったが、何もせずにいる事はもう許されないほど末期だった。

 

俺は駄菓子屋に寄ると、適当に駄菓子を買って店の前のベンチに座った。

何となく、遠くからこちらへとやってくる人間が傘を差してるように見えた。

こんなに天気が良い日に傘を差してる奴なんたァ、万事屋のチャイナくらいで……

途端に俺の心臓は鼓動を速める。

赤い服に紫の番傘。

間違いなくあのチャイナだった。

俺は顔を反対の通りに向けると気付いてないフリをした。

なんでかなんて自分でも分かんねぇ。

体が勝手にそう動いた。

 

チャイナの気配を隣に感じ、俺は恐る恐る振り向いてみた。

すると近くに奴はいて、俺を不思議そうな顔で見ていた。

 

「何だよ」

「今日、お前の夢見たアル」

 

突然の大胆な告白に息が止まりそうになった。

俺も今朝、テメーの夢を見たところでィ。

そう言えればいいんだろうが、俺は何も言わずに無視するしか出来なかった。

 

「団子奢られる夢見たアル。だから、私に団子奢れヨ」

「旦那にでも食わしてもらえよ」

 

チャイナも俺と同じ夢を見たなら、一体どこで目が覚めたんだろう。

俺の告白も、その続きもチャイナは見たんだろうか。

まさかな。

そんなオカルトチックな事があるか。

 

「素直に奢れヨ!奢りたそうな顔してるアル」

「あぁ、そうかィ」

 

だったら今すぐテメーを連れ出して、誰にも触れられない世界へ行きたいなんて思ってる事も全部読み取ってくれよ。

それが無理ならもう俺に構うな。

 

「あっち行けよ」

「オマエがどっか行けヨ!」

「言われなくても退いてやらァ」

 

俺はベンチから立ち上がるとチャイナに背を向けた。

今日も結局、俺には無理だ。

何も言葉は紡げない。

それでも、この胸に灯る炎は消えなくて、厄介なものに火をつけちまったなと後悔すら覚える。

 

立ち去り際、チャイナがボソッと何か言った。

だけど、俺にはその意味が分からなかった。

 

“気付けヨ、バカ”

 

何に気付けって?

チャイナの何に気付けばいいんだよ。

それが分からなくて、俺はまだまだ眠れない夜を過ごす。

 

俺がチャイナに気付いてもらうが先か、チャイナの何かに俺が気付くのが先か。

どちらか一方でも解決すりゃ、俺は安眠出来そうだった。

だけど、そう簡単な問題じゃないから、俺は頭を悩ませる。

 

 

 

街で見かけるチャイナは、いつも決まって旦那と新八君と一緒だ。

だけど、すれ違う時必ず俺と目が合う。

それは、たまたまだって思ってた。

俺が見てるからだって思ってた。

だけど、通り過ぎた後、隣の山崎が俺に言った。

 

「チャイナさんって隊長のことをいつまでも見てますよね、すれ違う度」

 

その言葉に俺は後ろを振り返った。

山崎の言葉通り、まだ俺の事を見てるチャイナと目が合った。

俺は知らなかった。

いつもすれ違う度に俺の背中を眺めてるチャイナの事を。

 

柄にもなくニヤケちまって、叫びたくなって、走り出したい衝動に駆られた俺は、体の赴くままにいつの間にか走ってた。

団子頭にチャイナ服。

俺はその背中に手を伸ばした。

 

「何アルカ?」

 

振り向いたチャイナは俺を見て一瞬驚くも、悪態をついたり睨み付ける事はなかった。

その様子に俺は今なら言える気がした。

夢の中では言えた言葉を。

 

「オイ、チャイナ娘。団子食いたくねーかィ」

 

するとチャイナはプッと笑って、それから俺を殴った。

 

「そこからかヨ!」

 

あぁ、なんでィ。

チャイナはもう全部知ってんだ。

あとは俺が言葉にして伝えるだけみてぇだ。

頼りない勇気しか俺にはなかったが、侍らしくぶつかっていかねぇと――

 

「やっぱり無理でさァ」

 

結局、俺は言葉を口にする事は出来なかった。

だけど、その代わりにチャイナをこの胸に強く抱き締めた。

もう、ここまで来てんだ。

いい加減、伝わってくれよ。

バカになる程、てめぇが好きだって!

 

 

 

俺はその日、ようやく安眠出来そうだった。

チャイナの匂いや熱が、まだすぐそこにあるみてぇで。

だけど、結局言葉にして言えずじまいだった。

いや、言葉にする必要はなくなったんだ。

 

“言葉なんかなくたって、私は全部分かってるアル”

 

その言葉が俺の全てだった。

この真昼の夢からいつまでも覚めないように、柄にもなく丸く昇る月に祈って目を閉じた。

 

2011/11/14

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