流れ星/沖→←神
『突如現れた巨大隕石が、太陽へと猛スピードで引き寄せられています――』
朝からそんな嘘みたいなニュースを観ながら、俺は歯ブラシを口に突っ込んでいた。
屯所には俺と近藤さん、土方のバカと山崎。
それから数人の隊士しか居なかった。
昨日、松平のとっつぁんから通達が来て、どうやら好きにしろとのこと。
太陽が滅んじまうって事は、どうやらここもお釈迦になるって事らしい。
「あー、俺も遂に姉上の元か」
呑気にデカい声を上げたら、たまたま通り掛かったであろう土方がこっちを見てやがった。
うぜー。
そう思って何か言葉を口にしようと思ったが、どういうワケか何にも頭に浮かばなかった。
『あと24時間以内に太陽へ衝突するとアメリカ航空宇宙局で発表が――』
あと1日か。
俺の人生もあとたった1日で幕が閉じるらしい。
へへっと妙な笑いが込み上げてきた。
あと1日で何が出来る?
口から泡が溢れ出そうになり、俺は洗面所へと戻った。
いつもなら入れ替わり立ち替わりと騒がしい洗面所も、今日だけは嘘みたいに静かだった。
殆どの連中は家族や友人、恋人なんかに会いに戻っていて、ここにいる俺らとは違った最期を迎えるんだろう。
俺は今日1日を何に使おう。
土方をヤったところで残りの副長任期も数時間か。
そう思ったら、土方さんの殺害は来世に取っておくことにした。
「おぅ、総悟」
廊下に出ると近藤さんが神妙な面持ちで俺の背後に立った。
「どーも今日が最期らしいですねィ」
「そのことなんだが……」
近藤さんは言いづらそうに、だが俺を真っ直ぐに見ながら言った。
「俺はお妙さんの元で最期を迎えたいと思ってる。本当ならこの場所で真選組局長として終わらせるべきなんだろうが……俺はどうしてもお妙さんとその瞬間を迎えたいと」
「行きゃ良いんですよ。その代わり、最後くらいは姐さんに良いとこ見せてくだせィ。どっかの文明にいつか近藤さんの化石が発掘されたとして、姐さんにドロップキックくらってる瞬間じゃ俺も死にきれねーんで」
近藤さんは柔らかく笑うと俺に右手を差し出した。
握手ってことか?
俺は恐る恐る手を差し出すと、どれくらいか振りに近藤さんの手を握った。
「じゃあな、総悟。今までよく俺についてきてくれた。ありがとな」
そう言った近藤さんに俺は何も返すことが出来なかった。
何て言うか実感沸かねぇや。
明日の今頃にはただの宇宙ごみなんてな。
俺は仕事なんてねぇのに、いつもと変わらず制服に袖を通すと、刀を携え、ブーツを履いた。
何か特別な事なんて出来るとは思えねぇ。
それはここに残ってる土方さんや山崎なんかも同じなんだろう。
玄関を出れば、頭上には恨めしい程に眩しい太陽が昇っていた。
あ……山崎の野郎、走って屯所を出ていきやがった。
きっとアイツはあのカラクリのところに行くんだろう。
どうせ死ぬなら愛する人の元で。
理解できないワケじゃねぇ。
ただ、俺にはいないから。
もう既にあっちへ行ってしまってるからか、不思議と怖さは感じなかった。
俺は今日だけはラジオをイヤホンで聴きながら、いつもの散歩コースを歩いた。
町はガラガラ。
店も閉まっている。
閑散としているかぶき町はまさにゴーストタウンだった。
だが、あちこちの家から、どこも同じようにニュース番組の音声だけが聞こえてくる。
真面目なもんだな。
ニュースキャスターだって家族や友人達と最期を迎えたいだろうに。
仕事なんてほっぽって、駆け出しゃ良いものを。
それとも、案外信じていないだけか。
今日で全てが終わることを。
俺はポケットから風船ガムを取り出すと、口へ放り込んだ。
いつもと変わんねぇ、安っぽい味でさァ。
そんな事を思いながら、俺は誰も遊んでいないであろう公園に向かっていた。
そう言えば、あいつどうしてるだろうか。
万事屋のチャイナ娘。
旦那と2人で震えながら抱き合ってたりな。
いや、そんな女じゃねぇなぁ。
それに旦那だって黙って震えてるタイプじゃねぇ。
もしかすると、今日が最後だとハメ外してたりな。
「…………まさかな」
どうも胸の奥がくすぐったくなり、俺は考えるのをやめた。
そして、俺の足は丁度公園へと到着した。
「まさかな」
二回目を言った。
だが、これはさっきまでの考えについてじゃない。
今見ている光景についてだった。
信じられねぇ。一度瞼をこすってみた。
だが、ハッキリと見える。いつもの俺の特等席に見慣れた団子頭の姿が。
嘘だろィ。
何してんだよ。
俺がやや急ぎ足で歩み寄れば、ベンチに座るチャイナ娘が口を開いた。
「オマエ、今日こそは決着つけるアル」
傘を差したまま空を見上げているチャイナは、多分俺に対してそう言った。
だが、俺は無視するとチャイナの横の空いてるスペースに腰を下ろした。
「旦那は?」
「銀ちゃんはマンガ読んでるアル」
さすがにそいつは冗談だろうが、こいつが今の今まで一人でここに居たのは紛れもない事実だった。
「じゃあ、てめーはここで何してんでィ」
「にっくき太陽がくたばるとこ、見物しに来たアル」
「結構な趣味だな」
どこまで本気か分かったもんじゃねぇ。
だが、横から見えるチャイナの瞳は輝いていた。
まるでそれは、これから先もずっと生き永らえて行きそうな程に、生命力に溢れていた。
最後だからそう見えるのか?
それとも前からずっとこうだったのか?
俺も眩しい太陽に目をやった。
「あと1日らしいでさァ」
「そうアルカ」
チャイナは俺を見て笑った。
確かに笑った。
それに俺の体は痺れて、腹の底の方から何とも言えない感情が沸き上がった。
なんでこいつは、こんなに希望に溢れてる?
「怖くねぇのかよ」
「オマエ、まさかビビってるアルカ!」
チャイナは俺をバカにするような口調で言いやがった。
最後の最後まで憎たらしい。
怖いわけねぇだろィ。
姉上の元に行くだけた。
むしろ、少し楽しみなくらいだった。
「今更、死ぬことが怖いわけねぇだろィ。刀握って血を浴びてきたんだ。全人類、皆平等に死なせてくれるなんて、神さんって案外親切なヤローだな」
「神様って男アルカ?女神様かもしれないダロ」
確かにそう言われればそんな気もした。
聴いてるラジオからは絶えず隕石衝突のニュースだけが流れてる。
それでも俺は実感が沸かず、明日もこいつとこうして隣に並んでる気がしていた。
「てめぇはなんで怖くねぇんだよ」
チャイナは俺の顔を真顔でジーっと見つめた。
ただ見ていると言うよりは、そっちの方が表現的にはあっていた。
「なんでィ。気持ち悪い」
それでもチャイナは怒ることも手を上げることもせず、俺を見つめて、そして言った。
「私は信じてるアル。オマエがそう思ってるように、奇跡が起きるんじゃないかって」
その言葉は俺の胸を貫いた。
なんでこいつ……。
ただ俺を見ていただけの癖に、どういうワケか俺が恐怖を感じていない本当の理由を探り当てた。
額に汗が滲む。
確かに俺は心の一番奥のところで、奇跡が起きるんじゃないかなんて、バカげたことを考えていた。
チャイナはそれを見透かした。
それだけで充分奇跡のようなことだった。
「だけど、オマエはバカだなって言うかもしれないけど、私は奇跡をただ信じて待ってるだけなんて嫌アル」
「なら、てめーが隕石を破壊してくるか?」
チャイナはブンブンと横に首を振った。
さすがの夜兎も隕石には敵わないだろう。
隕石相手に結局は何も出来ないのか?
だけど、俺もチャイナも希望を捨て去ることだけは出来なかった。
ただ晴天の下、綺麗に輝く青い瞳が俺を映していた。
だから、俺はチャイナへと顔を近付けた。
手に触れたい程に興味をそそる。
「小さな奇跡がいっぱい重なったら、おっきな奇跡が起こりそうな気がするアル」
「今日だけは俺もてめぇと同感だ」
奇跡なんて待ってるもんじゃないんだろうな。
自ら行動を起こした褒美なんじゃねーだろうか。
ラジオからは最悪の音声だけが聞こえてくる。
隕石の速度が更に上がり、今にも太陽にぶつかってしまうらしいと。
だったら、今すぐにでも奇跡を起こさねぇとな。
「私、今なら奇跡が起こせそうアル」
チャイナがそう言って傘を投げ捨てると、俺の首に手を回した。
息苦しい。
隕石衝突前に死んぢまいそうでさァ。
だけど、俺もチャイナの体を抱え込む。
まるで自然に、いつもこうしていたように。
そして、鼻と鼻がぶつかりそうな距離で最初で最後の言葉を口にする。
「神楽」
「なんか変な感じネ」
チャイナはそう照れ臭そうに笑うと、瞼を閉じた。
この瞬間に例えば体が引き裂かれ、俺の肉体が無になったとしても、この想いは消えることはない。
そう思える程に俺の胸は燃えて、焦がれて、ただただ愛しさを感じていた。
『地球の皆さん、さようなら……さようなら……』
ラジオからは絶望が流れてくる。
それなのに俺は人生で今が一番希望に満ち溢れていた。
触れている唇は確かにそこに存在していて、温かい熱を感じていた。
最後なんて始まりのようなものだろ。
悲しくも、怖くもねぇや。
『――奇跡です!信じられません!奇跡が起こりました!隕石が衝突前に太陽の熱で消えてしまいました』
そんな事実を耳で聴きながら、俺は当たり前だと鼻で笑った。
俺たちが奇跡を起こしたんだ、隕石一つ無くならないでどうする。
チャイナはまだこの事実を知らない。
言えばどうなるか……想像はつく。
でも、チャイナだってこうなる事を望んだんだろィ?
だから、俺はもう少しチャイナを感じていたいと、ラジオの内容は教えないことにした。
2012/09/08
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