喧嘩時々停戦/沖+神
自分だけは大丈夫だって。
自分だけは平気だって。
自分には降りかからないって。
誰しもがそう思って毎日を生きている。
たとえば誰かを失うだとか――
そんな事、これっぽっちも考えちゃいねぇ。
俺はそんな能天気な頭を“幸せ”だとは呼びたくはねぇ。
毎日を普通に、ごく普通に生きられることを当たり前だと考えるなんて、とんだ傲慢でさァ。
俺は先日、唯一の肉親の姉を亡くした。
あれから何も手につきそうもなく、見かねた局長が俺にしばしの休暇を渡した。
あの人らだって、大して俺と気持ちはかわんねぇ筈なのに……
確かに、このまま仕事に出れば自分でも危ねぇことは分かっていた。
俺だけがぶった斬られるくらいで済めばいいが、隊を率いてる以上そんな生ぬるい話では終わらない事も知ってる。
珍しく何にも考えずに散歩して、誰かに会いたくなって……だけど誰にも会いたくなくて。
会いたいと願う人はもういないんだなんて、そんな現実に悲しくなる。
――悲しみってなんでこんなに胸が苦しくなるんでさァ。
公園に着けばいつもみたいにベンチに腰掛けた。
見えてる世界も景色もなんの変わりもないのに、やけにモノクロームに映った。
ああやって寄り添ってる老人も、笑いながら遊んでる子供もその辺にいる猫も、この俺ですら今日と同じように明日が来るなんて確証はねぇんだ。
「今日は天気がいいアルな」
聞き慣れた声が俺の真後ろから飛んできた。
特に何も考えずに答えた。
「あぁ。真っ青でさァ」
突然、ベンチが揺れたかと思えばベンチの背もたれの縁にチャイナが乗っていた。
「オマエ、いつもと何か違うアルな」
「チャイナこそなんでィ。天気なんて気にするタイプか?」
見れば傘を差しており、そう言えばこいつが夜兎だった事を思い出した。
「……こないだ銀ちゃんが帰って来た時にいつもと様子が違ったアル。だから何があったか聞いてみたけど、何にもないってはぐらかされたネ。流石に何もないワケないのわかるアル。結局、何も教えてもらえなくて、だけど最後にオマエに暫く突っ掛かるなってだけ言われたアル」
「旦那も余計な事を。俺に何かあったのがバレバレでさァ。で、何しにきた?突っ掛かるなって言われたんだろィ」
「別に突っ掛かってないダロ。ただ、何があったか気にはなったアル。あの時の銀ちゃんの顔は……」
チャイナは落ち着いた声色で淡々と話していた。
誰とも会いたくなんかなくて、一人になりたいなんて思ってたのに俺はいつの間にかチャイナの言葉に耳を傾けていた。
「銀ちゃんの顔は昔、マミーがお星様になった時の周りの人たちの顔とおんなじで寂しかったアル」
「…………」
「それで今、オマエの顔見て思ったネ。オマエのその顔……あの時の私と同じアル」
そう言って俺の顔を覗き込んだチャイナの顔に胸が苦しくなった。
チャイナの顔がまるで鏡の中の俺みてぇで、寂しくて苦しくて弱々しい、そんな笑顔をまとっていた。
ガラスで出来た脆い仮面。
それを壊さないように、その下の素の表情は見せないように。
そんな繊細なものを俺は抱えてんだ。
その様は痛々しい以外のなにものでもなかった。
「ん?雨アルか?」
突然の雨に俺は空を見上げた。
さっきまであんなに恨めしい程の青空だったくせに、今は真っ黒く重い雲が頭上に広がっていた。
「さっきまでの天気が嘘みたいネ」
そう言ってチャイナは俺を傘の中へと入れた。
そして、ザーッと勢い良く降る雨音に消え入りそうな小さな声で、だけど一言一言をしっかりと話し出した。
「なぁ、私はマミーがいつか居なくなること……知らなかったワケじゃなかったネ。兄貴やパピーが家から出てった様に、いつかマミーも居なくなる気がしてた。ただ……ただ、ちょっとそれが早かっただけヨ」
俺は聞いてないふりしながらシッカリと内容をなぞっていた。
「今でも会いたいって思うアル。どうして?もっといっぱいお話したかったって思ったアル……あのね、夜兎って同じ種族間でも、たとえそれが親兄弟でも殺し合う生き物ネ。そして、いっぱい大切なもの失って……ううん、自分達で手放して、結局ひとりぼっちになったアル。それが私の運命なら仕方ないってどこか諦めてたアル。ずっと、ひとりぼっちで生きていかなきゃってマミーがいなくなってから思ってたアル」
そこまで一気に話したチャイナは、一息つくとまた話を再開し出した。
チャイナの話に耳を傾けていた俺は、いつの間にか気持ちまで傾けていた。
寂しさや悲しみがそうさせるのか分からなかったが、それがどことなく安心できた。
「でも、この星に来て、万事屋で働くようになって、私はひとりぼっちじゃなくなったネ。江戸の町、好きになったネ。江戸の人もすごく好きになったアル。特に侍ネ。あいつらも夜兎と同じで戦うアル。でも、夜兎と違って何かを懸命に“護る”ために戦うアル。大切なものを大切だって思える奴らアル」
チャイナはそのあと黙り込んで何も言わなくなった。
チャイナがどんな道を歩んできたかなんて俺は知ることも無かったし、聞こうとも思わなかった。
ただ、チャイナが仲間を想う気持ちは夜兎だろうが侍だろうが何ら変わりのないように思えた。
「オマエの大切な人が誰かなんて私は知らない。知った所で別にどうでもいいアル。それに、誰かなんて関係ないアル。オマエにとって大切な人が亡くなった事実には変わりないんだからナ」
「……なんでィ。珍しく心配でもしてんのかよ」
「心配かどうかは分からないけど、なんか気になるアル」
そんな真面目な言葉に俺はどれくらいかぶりに笑いそうだった。
だけど、思わず見たチャイナの表情に俺は目を見張った。
「な、なんて顔してんだよ!」
「平気で……い、いられる奴なんているアルか?」
「テメーがっ、テメーが泣くことねぇだろィ!」
「オマエが平気なフリしてんの分かってるアル……それ見てたらなんか分からないけど私、苦しくて辛くて。もう、無理するナヨ!」
「……どうしてくれんだよ、クソチャイナ」
俺は込み上げる感情を必死で抑え付けてた。
あの日から何でもない素振りを見せてはいたが、正直、思い出したくないだけだった。
触れてしまったらきっと、溢れ出してしまう事なんて分かりきってたから。
それをこの女はイヤって程に突いてくる。
眉間にシワを寄せるも段々と視界はボヤけだし、鼻をツンと痛くさせる。
「どんなに遠くにいても大切だって想いは変わらないダロ?大丈夫ヨ。オマエはもう、一人じゃないんだから」
そう言ってチャイナは俺の上から傘を退けた。
矢のように激しい雨が一斉に降りかかる。
俺の顔にまとわりついていた仮面はそんなチャイナに一気に崩れ落ちた。
歪む表情を下に向けるとチャイナの遠退く気配を感じた。
噛み締めていた唇は震えだし、降りかかる雨が呼び水になる。
「うわぁぁああッ!」
何もかもを掻き消す雨は俺の叫び声も、嗚咽も、涙も、苦しみも……全部、取り除く勢いだった。
「なんでだよッッ!!なんで死んじまったんだよッッ!!もっと……もっとっ!!うわぁああ!!」
どれくらい喚いて、叫んで、嘆いたか。
気付けば雨は上がり始め、頭上には太陽が顔を覗かせていた。
とっくにチャイナの姿はなく、その事に安心と少しの寂しさを感じた。
「チャイナの奴……」
そう言った俺は決して怒ってはいなくて、反対にどこか気分が良かった。
気分が良かったと言えばずっと気持ちの中にあった、どうしようもなかった感情が少し軽くなってる事に気付いた。
それもこれもチャイナのお陰となると少しムカついたが、今度酢昆布でも買ってやるかと思っていた。
「お~い!総悟ォ!」
公園の入口を見ればパトカーが停まっており、近藤さんが降りてきた。
「ほら、タオル持って来てやったぞ」
「は?なんでここに居るって……」
「あぁ、さっき通報があってな。公園に雨の中捨てられてる、可哀想な……総悟が居るってな!」
「はぁ?あのクソチャイナッッ!」
「ハハハッ!元気が戻ったみたいで良かったな総悟ォ!」
俺は帰りのパトカーに揺られながらチャイナの事を考えていた。
アイツも色々とあったのかと。
そんなアイツの話だから俺は耳を傾けたんだろうか?
そもそもアイツはなんで俺をあんなに構った?
やっぱり、捨て猫を見つけた時の気持ちに似ていてただ単に放っとけなかったんだろうか。
「ってか、捨てられてねーし」
チャイナには口には上手く出せねぇが、感謝の気持ちは充分にあって、ただそれを伝えるとなるとどうしても俺には、酢昆布を渡す以外の発想は思い浮かばなかった。
2011/1/27
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