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OH!MY BABY!/沖←神

 

自意識過剰も良いとこだ。

いつ俺がてめぇに興味あるなんて言った?

 

「オマエ、絶対私の事好きダロ!うぜーアル」

 

とんでもなく下らねぇ事をこのクソチャイナは言ってのける。

いつかてめぇのその口黙らせてやるから、息が吸える内は精々楽しくお喋りしてろ。

そんな事を思い、俺はチャイナ娘に背中を向けて歩き出した。

 

しかし、いつまでも後ろをついて回るチャイナがうざったく、俺は痺れを切らして足を止めた。

 

「てめぇこそ俺のストーキングしやがって、まさか惚れてんじゃ――」

 

頭突きだった。

ロケットみてぇに俺にぶっ飛んで来て、それで……それで?

奴はしでかした。

ドジなんて生易しいもんじゃねぇ、ミスだ!間違いだ!

とにかくチャイナはとんでもねぇ事をしでかした。

 

俺はチャイナに押し倒されるように背中から地面に倒れ込んだ。

後頭部の痛みやチャイナへの苛立ちより俺に真っ先に伝わって来たのは、柔らかく温かな唇の味だった。

酸っぱッッ!

 

やっちまった事をようやく理解したらしく、チャイナはゆっくりと俺から顔を離すも放心状態で、ただ顔をこちらへと向けていた。

まぁ分からなくもねぇが、そこまでのことかよ?

俺は上着の袖口で唇を拭うと、隊服についた砂を払い立ち上がった。

チャイナはまだ尻餅をついたまま、ただ一点だけを見つめている。

 

「なんて顔してんだ。ただぶつかった場所が口ってだけだろィ?しかも自分で招いた事故だ。被害者面だけはすんじゃねーよ」

 

するとチャイナはフラフラッと立ち上がり俺の胸ぐらを掴んだ。

その顔は今にも泣き出しそうな、だがそれを俺にバレたくないと思ってるのか、チャイナは睨み付けるような顔に作り替えた。

 

「何でよりによってお前みたいな犬っころアルカ!どうすんダヨ!この私のやるせない気持ち、どうすんだコラ!」

「知らねぇよ。てめぇがしでかした事だろィ」

 

俺はもう一度唇を拭うと、チャイナを置いて歩き出した。

たとえチャイナの唇が今まで誰にも奪われる事なく、本当にまっさらだったとしても、そんなこと俺には関係なかった。

むしろ、あいつの情けない顔を見て俺は勝利を確信した程だ。

この先、世界一嫌いな男に汚されてしまったと悲しみ嘆けば良い。

 

「ちょっと待てヨ!」

 

チャイナは背後から俺の頭に何かを突き付けた。

これはよく知ってる。

そう、アレだ。

 

「これ、オマエ責任取れヨ」

 

ガチャリと引き金に指を掛ける音が聞こえた。

俺の返事次第ではそれをぶっぱなすつもりだろう。

しかし、それにしてもこの女がまさか責任云々を言ってくるとは思わなかった。

 

俺は両手を軽く万歳させるとチャイナの方へ振り返った。

見ればやっぱりコイツの傘の銃口が俺へと向けられていた。

そして、俺は気付いた。

チャイナが目に涙を浮かべている事に。

 

「……泣くほどのことかよ!あーあ、女は本当に面倒臭ぇや!」

「私、重大な事忘れてたアル」

 

珍しく大人しいチャイナに俺は訝しげな表情を作った。

重大?何の話でさァ?

チャイナは一度目に溜まる涙を拭うと俺の額に傘の先端を突き付け、そして俺を絶望へと落とした。

 

「お前何にも知らないアルカ?キスしたら子供出来るネ。どーしてくれるアルカッ!このクソ旦那さまァ!」

 

俺は開いた口が塞がらず、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

にやついた旦那の顔と頭を項垂れるチャイナの姿に俺は机に頬杖をつくと、障子の向こうの景色を眺めた。

何でこんな事になるんだよ。

苛立ちとよく分からねぇグチャグチャした思いが俺を不快にさせる。

隣に座る近藤さんは青い顔でマジかと呟くばかりだった。

 

「まぁ、こちらも可愛い可愛い年頃の娘を孕ませられましたしね、黙って泣き寝入りはさすがに出来ないなぁと」

 

その割には旦那のほくそ笑む表情が悪い企みを表してるようだった。

 

「つまりアレだろィ?金さえ払えば良いんだろ」

 

その言葉に待ってましたと言わんばかりに旦那がそろばんを弾き出した。

近藤さんはその手元を眺めると益々青い顔になり、そして俺に耳打ちしてきた。

 

「どどどどうすんだよ!産ませる気か!?」

「どうするもこうするもねーでさァ。あいつ産むって聞かねぇもんで」

 

腹の子には罪はない。

チャイナはハッキリとそう言った。

俺だって自分の血を分けた赤ん坊を葬り去ることは望んでなかった。

だからと言ってチャイナと……。

それにしてもそんなに簡単に孕んじまうなら、デカデカと注意書きくらいつけろよな。

近寄るな!キケン!って具合に。

 

「口に貞操帯でも着けてなきゃ、いくらでも事故でこうなる事は想像できただろィ」

 

近藤さんは最もだと頷くと、正面で何やら書類を書く旦那に強気の姿勢に出た。

 

「おい、万事屋。さすがにこれは総悟に非があるとは認められねぇな。それによく考えてみろ。どうせチャイナ娘も生まれてから今まで、親父さんや兄ちゃんにチュウなんて嫌って程されてんだよ。どうだ?子供なんて出来なかっただろ?」

「オェェエ!オマエ、なんて事言ってくれるアルカ!たとえ頬っぺたにされてたとしても、断じて口になんてされてないアル!オェェエ!」

「神楽!落ち着け!」

 

チャイナは近藤さんに掴み掛かるも旦那に止められて座らされた。

確かに近藤さんの言う通りだ。

親や兄妹にいくらでもガキの頃、されたに決まってる。

口以外はノーカンか?

一体全体どんな仕組みで口から種付け出来るってんだよ?

 

「ゴホン。君たちにはあれかなぁ、難し過ぎて分かんないかもしれないけどぉ。ほら、神楽ちゃん。この無知を恥じないバカどもに説明してあげなさい!」

「馬鹿共心して聞けヨ!私はある日マミーに聞いたネ。どうやって私が生まれたアルカ?そんな無邪気な娘にマミーは少し難しそうな顔をしたけど、ちゃんと答えてくれたアル」

 

そこでチャイナの言葉は途切れた。

続きが一番大事だろ!

そう言おうとして旦那がダンっと俺達の目の前に一枚の書類を叩き付けた。

 

「沖田くんのように未来のある若者が苦労するなんてあっちゃならねぇ話よなぁ?そこで万事屋銀ちゃんが出来ちまったガキをどうにかしてやろうってわけだ。但し、多少の手数料は覚悟してくれ。ほら色々手続きとかあんだろ」

 

旦那はそう言うと、俺と近藤さんに片手の手のひらを開いて見せた。

 

「はぁ?なんだよそりゃ!」

「慰謝料くれって言ってるわけじゃねーんだよ。手数料、手数料。安いもんだろ?公僕さんよぉ」

 

五。

旦那が提示した数字は五だった。

五万か?

その金額に益々怪しさが増した。

旦那はそんな俺の視線に気付いたのか、誤魔化すようにベラベラと喋りだす。

 

「お宅ね、自動車の事故とはわけが違うんだよ。こんないたいけな少女が身籠ったのよ?分かる?」

「……どこがいたいけでさァ」

 

旦那はニヤリと笑いながら目の前の書類に目配せした。

つまりは誓約書か。

何を誓わせるつもりだ?

俺は雑な字で書かれたそれに目を通した。

 

「えー、沖田総悟は万事屋の神楽を孕ませたが子供を育てる事が出来ないので、万事屋が代わりに対応する手数料として……ご、ごひゃくまんッ!バカ言え!払えるわけねーだろィ!こんな額!」

 

吹っ掛けるにしても何て額でさァ。

俺は机に身を乗り出すと、くしゃくしゃに丸めた誓約書を投げ捨てチャイナに詰め寄った。

 

「こんなゴミくずに誓い立てるくれぇなら、どこぞのおっさんに嫁さん大事にするって誓う方がまだマシだ」

「えっ」

 

チャイナは顔を強張らすと隣の旦那を揺すった。

旦那も苦笑いを浮かべると俺に今一度尋ねた。

 

「えっ?あっ?神楽を嫁にもらうの?」

「総悟!正気か!子供に子供が育てられるとでも思ってんのか!」

 

相変わらずバカな人達で困った。

俺がいつクソチャイナを嫁にもらうなんて言った?

それにこの女がいくら赤ん坊の為とは言えこの俺と――

 

「…………」

 

目があったチャイナはどういうわけかムカつく程に赤くなって、何か言い返してくるかと思えばそのまま黙り込んだ。

なんでィ。これだとまるで俺の嫁になる気があるみてぇじゃねーかよ。

 

「……まさかな」

「ん?総悟なんか言ったか?」

「いや」

 

俺はチャイナの事を詳しくは知らねぇ。

なんで地球にいるだとか、どういう境遇に生まれただとか。

だけど、間違いなく今見た表情なんかは俺の目にハッキリと映っていて、あのチャイナ娘の紛れもない一面だった。

 

「さてと、俺はてめぇらみたいな馬鹿共を相手してる時間はねぇでさァ」

 

立ち上がる俺に待てと旦那が掴み掛かる。

まだ俺を騙くらかせるとでも思ってんだろーか。

 

「近藤さんも行きやしょうぜ。こんなインチキ話に耳を貸す事なんてないでさァ」

「えっ!なにこの話、嘘なの?」

 

俺は思わず目を閉じた。

まさか微塵も疑ってなかったとは。

 

「俺じゃなく近藤さん相手なら五百万も軽々手に入っただろうな。旦那、俺相手ならもっと上手く嘘つかなきゃいけねーや」

「だっ!ちょっと沖田くん!なら五十万で良いからッ、あっ五万で!いや五千円でいいから!」

 

すがり付く旦那を足蹴にすると、俺は廊下へと出る戸に手を掛けた。

そして、最後に一応念の為、旦那にチャイナの事を尋ねた。

 

「旦那、本当にそいつキスなんかで子供が出来る体なんだな?」

 

背中越しに顔も見ずに俺は確認した。

だが、旦那は明らかに狼狽えていて何も答えず、代わりにチャイナが答えた。

 

「だってマミー言ってたアル!好きな人とキスしたら赤ちゃんが出来るって!」

 

俺はそれだけ聞き終えると、近藤さんを連れて万事屋を出た。

 

「いやぁ、アイツら全くとんでもねぇ連中だな。トシが居れば間違いなくしょっぴかれて……どうした総悟!お前、顔が死ぬほど赤いけどォ!」

 

俺は足早に駆け出すと急いで万事屋から遠退いた。

 

「チャイナのやつ……」

 

結局惚れてんじゃねーか。

キスなんかで赤ん坊をこさえる事が出来ると思ってるチャイナに、いつか性教育でもしてやるかと、再びあの女に会う日を俺は待った。

 

2012/07/08

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