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ダウト:03

 

 廊下の角を曲がった先に広がっていたのは、たまたま廊下を歩いていた隊士に抱きついた神楽の姿であった。もはや制御不能。銀時が居ても何かの拍子にスイッチが入ると、神楽は男へと引っ付いてしまうらしい。

「神楽! お前それ新八以上にモブ顔だから! 腐ってもヒロインだろ!」

 銀時が必死に神楽を引き離そうとするが、神楽は隊士の男へ抱きつきながらウットリとした表情をしていた。

「なぁ、お前。私と赤ちゃん作らないアルカ?」 

 常日頃、男所帯に身を置いて女とも無縁の生活を送っている隊士など、いとも簡単にその気になるのだ。早速、何も知らない隊士は神楽の体を抱きしめると、結婚してくれなどと叫んでいた。土方は煙草を口に咥えると、銀時を押し退けて隊士と神楽の脇に立った。

「ふーん。近藤さんを差し置いて結婚するの? 腹斬っとくか?」

 顔に影を落とした土方がそう言うと、隊士の男はすくみあがって固まった。すると神楽はハッとした表情をして目でも覚めたのか、急に隊士の男から離れた。それには突っ立ってた銀時も安心すると、神楽の腕を取って今度こそは離さないように強く握って立ち去ろうとした。なのに、神楽はやはりダメであった。クスリを飲んだ後、強烈な状態で土方に会ったせいか、何よりも誰よりも土方を求めてしまうようなのだ。 

「銀ちゃん、私やっぱり行けないアル」

 そう言うと銀時の手を離して土方の胸に飛びついたのだった。そして、またしても銀時の見ている前で神楽は土方の頬へキスをすると……土方もそれには口を歪めるのだった。

「万事屋。仕事にならねェ。どうにかしてくれ」 

 しかし、銀時はもう諦めたのか神楽へと近づこうとはしなかった。

「てめーで来といてそりゃ無えだろ? 責任持って預かれよ。こっちもなあ神楽がいねーとその分、飯代が浮いて助かるんだよ」

 銀時はそう言うと神楽にヒラヒラと手を振って背中を見せた。神楽もそれにはひらひらと手を振り返した。しかし、数歩歩いたところで再び銀時は足を止めると、こちらを見ずに言ったのだった。

「まぁ、無えとは思うが……神楽に手ェ出したらその時は地球が終わると思えよ。あのハゲ、簡単に惑星一個消滅させるから、毛根ごと」

 それだけを付け加えると銀時は帰って行った。 残された土方は結局、仕事を保留にすると、仕方ないから……本当に仕方ないから神楽を病院へと連れて行くのだった。

 

「特に異常も見当たらないですので、クスリが抜けるのを待つしかないでしょうね。あと半日ほどで幻覚症状も和らぐとは思いますよ」

 その後、病院でそう診断でされた二人は屯所へと戻って来ていた。脳や身体などのダメージはほぼないとの事であったが、作用が切れた後に襲ってくる自己嫌悪感などを考えると疑似恋愛を制御しておく必要があった。もしも敵対している真選組の男と関係を結んだなんて事になれば、クスリが切れた後の精神的ダメージは計り知れないのだ。

 土方は神楽を座敷牢に監禁する形で放り込むと、クスリが切れるまでそこで大人しくさせておこうと考えた。

「あとで迎えに来るから、テメェはここで待ってろ」

 そう言って暗くジメッとした空気の牢屋へ神楽を入れると、神楽は寂しそうな表情で白い腕を格子から伸ばした。

「置いていくアルカ? なんでヨ! トシ。私が一体何したアルカ?」

 土方は新しい煙草に火をつけると、灰色の天井に向かって煙を吐いた。

「これはテメェを守る為の策だ。クスリが切れるまで辛抱しろ」

 しかし、神楽は納得していない。怒っているのか赤い頬で土方を睨みつけた。

「我慢しろって言うなら、キスしてヨ。それに検査した謝礼、まだもらってないアル」

 神楽は謝礼の話を忘れていなかったらしく、そんな言葉を口にした。確かに検査協力があって犯人逮捕に繋がった。だが、その謝礼は好きな食べ物くらいで良いだろうと思っていた土方は、神楽の無理な要求に難儀するのだった。

「あとでくれてやるから、今は大人しくそこで待ってろ」

 土方はそんな嘘を吐くも、神楽は首を縦に振らなかった。それどころか伸ばした手で土方の首に巻かれているスカーフに掴み掛かった。強い力で引っ張る神楽に土方は体を格子へと打ちつけた。 

「……おい!」

 土方は神楽を軽く睨みつけたが、神楽はそんなものには動じない。普通の女とは違うのだ。そう簡単に怯むワケがない。

「私、リミッターが外れてる気がするネ。たとえばの話、この格子を壊して出て行ったらどうするアルカ?」

 土方はそのたとえ話を想像してみた。この格子を壊して出て行ったとしたら、多分それに気付いた沖田が茶化しにやって来る筈だ。そして、冗談とは思えない“調教”という趣味をここぞとばかりに神楽相手に楽しむだろう。それに今の神楽なら簡単に沖田の部屋へと向かってしまう事は火を見るよりも明らかであった。そうなればクスリが切れた後、沖田相手にメスブタと化した自分を嫌って――――土方は仕方なく神楽を牢から出すと、クスリが切れるまで自分の手の届く範囲に置いておく事にした。

「出してやるが余計なことはするな。約束が守れねェなら……って話しを聞け!」

 しかし牢から出された神楽は堪らず土方に飛びつくと、軽く背伸びをして早速頬へとキスをした。柔らかな唇。土方もさすがにそろそろ慣れていた。それに頬にされるくらい何だ。子供の遊びと同じだろ。そう思って腕を取る神楽を見たが、真っ赤なチャイナドレスに包まれる体は、ガキとは言い難いものであった。それでも土方は神楽を子供だと認識しており、それが放って置けない何よりもの原因であると思っていた。

 

 土方は仕方なく神楽を連れて自室へ入ると、文机の前に座って大量の書類に小さく舌打ちをした。まだまだ仕事が終わりそうにないのだ。神楽はというと、土方の隣に座り机の上を覗き込んでいた。

「うわっ、何アルカ。これ全部やるアルカ?」

 土方は煙草の灰を灰皿へと落とすと、嗚呼と小さく返事した。

「だから邪魔だけはするな。ジッとしてられねェってなら、また座敷牢へ逆戻りだからな。分かったな?」

 だが、神楽は首を縦に振らない。正座をして、チャイナドレスの短い裾を握りながら媚びるような目つきをするのだ。

「チューもダメアルカ?」

 土方は神楽から視線を逸らすと、正面の壁を見たまま答えた。

「ンなもん一番ダメなヤツだろ」

 すると神楽はサッとその場に立ち上がった。

「じゃあ、誰かとしてくるネ。私、なんか分かんないけど我慢出来ないアル!」

 土方は眉間にシワを寄せると、出て行こうとする神楽の腕を強く掴んだ。そしてそれを引っ張ると、神楽を再び座らせた。

『我慢できない』

 そんな事を言う神楽をこの飢えた獣共のいる檻に放てばどうなるか。土方は考えるだけで冷や汗が止まらなかった。何も知らずに手を出す馬鹿がいれば、神楽の父である星海坊主に地球を握り潰されてしまうのだ。そんなことは何よりも避けたい。

「分かった。チューは許す。だからこの部屋から出るな」

 すると神楽は喜んで土方に飛びついた。

「トシ、大好きアル!」

 耳馴染みのない言葉。土方の顔は引きつり、自分の頬に唇をつける神楽を見ていた。

 これもあと少しの辛抱だ。

 しかし、その少しがどれ程の時間なのか、正確には把握していなかった。

 

 あれから数十分が経った。相変わらず神楽は土方にまとわりつき、その唇を飽きもせずにあちこちに引っ付けていた。頬だったり、額だったり、顎だったり。その間も土方は涼しい顔をして仕事に集中して書類の作成をしていたが、内心は落ち着きがなかった。

「お前からはしてくれないアルカ?」

「するわけねェだろ」

 神楽は頬を膨らますと、土方の顔を両手で挟み無理やりに自分の方へと向けた。

「焦らして楽しいネ?」

「あ、ああ?」

 土方は思いもよらぬ神楽の言葉に変な声を出した。焦らしてるつもりなど毛頭ない。しかし神楽はそうは思ってないらしく、やや怒っているようであった。

「……好きアル」

 神楽は桜色の唇を艶かしく動かすとそんな言葉を呟いた。それがどこか大人びて見え、土方の目を釘付けにした。するとその隙をついて神楽は土方に近付き、唇に唇を引っ付けたのだった。

 頬や額に受けるものとは違う唇への感触。それは神楽の唇の柔らかさがとてもよく分かるものだった。

 払い除けるか。

 土方は神楽を突き放すかどうかを迷っていた。正直、躊躇うのだ。別にこの行為が嫌いなわけではない。神楽の事も可哀想だと思っている。それに、キスくらいで神楽の気が紛れるなら安いものだと考えていた。ただ一つ問題があるとすれば、僅かに疼く己の体であった。しかし、これくらいでどうかなる程ヤワではない。土方は軽く神楽の唇をついばむと様子を伺った。どこまでのキスなら許されるのか、どうせするのなら楽しまないと損な気もしていた。それに考えれば、一度も二度も三度も同じだ。今更キスの時間や回数が増えたくらいで二人が唇を重ねた事実は覆らない。所詮、ただの口付けなのだから。土方は神楽の唇を味わいながらそんな事をボンヤリと考えていた。

 だが、そう呑気なことも言ってられなくなった。しばらくすると神楽の呼吸が苦しそうな余裕のないものへと変わっていたのだ。土方の顔を挟んでいた両手はいつの間にか土方の肩に置かれ、神楽はどうにか体を支えてるので精一杯のようであった。土方はそんな神楽を可笑しいと思っていた。あんなにも大胆に迫って来た癖に、こんなもので簡単に余裕を失くすのだ。ウブな反応。それを面白がって神楽の下唇を吸って軽く口に含むと、舌で悪戯になぞってみせた。神楽の体がびくんと跳ねる。そして、土方の肩を掴む手に力が込められた。何とか耐えた神楽に思えたが、土方は更なる追い打ちをかけると、神楽の口腔内へと舌を挿し込んだのだった。絡まる唾液と重なる呼吸。熱い舌を撫ぜれば、鼻にかかった甘い声を漏らして、神楽は苦しそうにしていた。

 さすがにやり過ぎたか?

 土方は唇を離すと神楽の顔を見た。そこにあったのは紅く染まる頬で、神楽の興奮状態を表しており、唾液で濡れた唇が妖しく見えた。肩で苦しそうに呼吸をしているのだが、揺れる青い瞳が訴え掛けて来る。

「……そんなんじゃ全然足りんアル」

 神楽はそう言うと、土方を畳の上に倒してしまった。そしてその上に自分が乗っかると、寝そべって唇を引っ付けた。

 先ほどよりも深く挿し込まれる肉体。熱い塊が擦れ合って、その度に神楽の鼻にかかった声が漏れる。

 黙れねェのか?

 そう思っている土方だったがその言葉は喉から先へとは出ない。本心は嫌いじゃないからだ。土方は神楽の腰に腕を回すと体を更に密着させた。別に何か目的があるわけじゃない。いつもの癖でそうしただけだ。しかし直ぐに神楽は離れると、その身を起こした。そして土方の下腹部当たりに跨ったまま、切なそうな顔でこちらを見下ろすのだった。

「……ねぇ、なんかまだ足りないって体が言うアル」

 ねだる表情と吐息混じりの声が、土方の何かを欲しがっていた。しかし、土方は神楽にこれ以上与えてやる気はなかった。飽くまでもキスまでなのだ。

「諦めろ」

 土方はそう言うと後ろに手をつき半身を起こした。

「テメェはクスリで興奮してるだけで、俺のことが好きなわけでも、こんな行為がしたいわけでもねェ」

 しかし、興奮状態の神楽にそんな言葉は通用しない。首をブンブンと横に振ると、土方の首にしがみついた。

「本当に好きアル」

 その言葉はダウトであり、神楽の持つ手札には“本当は好きではない”と書かれていることだろう。土方はすぐ脇の文机へ手を伸ばすと、煙草を口に咥えた。

「万事屋へ帰るか? 野郎ならまずテメェを満たせる事だろうよ」

 きっとどうにかしてくれる。それにその権限が銀時にはある気がしたのだ。

 万事屋というフレーズを聞いた神楽も万事屋が恋しいと感じているのか、急に大人しくなると黙った。

「送ってやる」

 そう言って土方が神楽の体を引き剥がすと、神楽は冷めたような真っ青な目を土方へと向けていた。そして、ゆっくりと口を開く。

「私がガキだから相手しないアルカ?」

 土方は煙草を手に持つと、横の方へ煙を吐いた。

「だったら何だ?」

 眉間にシワを寄せて神楽を見つめ返すと、神楽は土方から煙草を奪って灰皿へと押し付けた。

「オイ! 何し……んッ!?」

 神楽は土方の唇を奪って再び畳の上へ寝かせてしまうと、今度は土方に覆いかぶさりながら妖しく微笑んだ。そして、土方の右手を取ると自分の柔らかな胸へと押し付けたのだった。

「体が熱くて堪んないネ。どうにかしてヨ」

 土方は目を閉じた。据え膳食わぬは男の恥とは言うのだが、この膳にはクスリが盛られており、食べればたちまち毒が回ることだろう。絶対に手を出してはならない。そんな事を再確認すると、土方は目を開けた。 

「……そういう時は、風呂に入って汗を流すに限るだろ」

 土方の右手は指一本動かす事が出来ず、神楽の柔らかい胸へと押し付けられたままだ。

「じゃあ、背中流してくれるアルカ?」

「アホか。テメェんとこの大将に頼め」

 神楽は諦める気配を見せなかった。土方が首を縦に振るまで下りてはくれなさそうだ。

 どうするか。

 土方はこうなったら仕方がないと、迫る神楽の頭をゆっくりと自分の方へ押さえつけた。重なる唇。土方は神楽の隙を作る為に自から口付けをしたのだった。熱い舌がもつれあって、神楽から力が抜けていく。このタイミングを待っていた土方は体をひるがえし、神楽の体を畳の上に寝かせると形勢は逆転した。仰向けの神楽に被さる土方。神楽は急の事に目を丸くして土方を見つめていた。

「送って行くからもう帰れ」

 土方は隊服のポケットからケータイを取り出すと、万事屋の電話番号を呼び出した。そして銀時へ電話を掛けると今から神楽を連れて行く旨を連絡した。

「ほら、帰るぞ。体なら野郎にどうにかしてもらえ」

「銀ちゃんに?」

 土方は神楽をパトカーの助手席に座らせると、万事屋を目指して車を出した。

 

 クスリも徐々に抜けて来たのか、神楽がまとわりついて来る事はもうなかった。助手席に大人しく座っていて、しかし時折、土方へと熱い眼差しを向ける。それをどうも擽ったく感じたが、これこそ後少しの辛抱だと土方は万事屋までパトカーを飛ばした。

 

 そこから間も無くしてパトカーは万事屋の下、スナックお登勢の前で減速した。そこから脇道へノロノロと入ると、二階へと伸びる階段の前で停まった。

「ほら、降りろ」

 先に外へと出て助手席側へと回った土方は、咥え煙草のまま神楽の降車を促した。神楽もその言葉に素直に従うと黙って降りた。だが、白い手は土方の腕へと伸びて来て、神楽の体はまたしても土方へと密着する。

 まだ駄目か。

 土方は肩をすくめると、二階へと伸びる階段を歩きづらそうに上って行った。

「覚えてられるか分からねェが、後で今日の事を思い出しても自分を責めるな。俺も無かった事にしてやるから、テメェもそうしろ」

「そんなこと出来ないアル」

 神楽はそう言って土方の頬へ唇を付けると、フフフと笑った。そんな神楽にどっと疲れた土方は、早く保護者へ引き渡そうと万事屋の呼び鈴を鳴らしたのだった。そこから数秒ののちに、面倒臭そうに返事をした銀時が玄関の戸を開けた。

「銀ちゃん! 会いたかったアル!」

 神楽は土方から離れると銀時へと飛び付いた。たかが数時間離れていただけなのに、数年ぶりに再会したかのような光景であった。

「オイ、土方くん。ちょっ、コレどういう事なの? まだ戻ってねぇのに返しに来たの?」

 神楽に抱きつかれている銀時の焦ったような表情。土方はよく分からないと怪訝な顔付きになった。

「テメェの都合なんざ知るか。保護者に戻すのが俺の仕事だ」

 土方はそう言うと、軽くなった体で万事屋を後にしようとして玄関を出た。すると背後の神楽が銀時に甘い言葉を囁いているのが聞こえてきた。

「銀ちゃん。体が熱いアル。ねぇ、どうにかしてヨ」

 土方は小さく笑った。これで全てが丸く収まったと。仕事に戻りたい土方に、体の疼きを止めたい神楽。そして、他の野郎と神楽が引っ付いている事が面白くない銀時。三人が望む通りの形になったのだ。後は銀時がこの戸が閉まった後に神楽を満たしてやれば完璧であった。しかしどういう事なのか、銀時は神楽を体に引っ付けたまま土方の背中にすがりついたのだ。

「お前バカなのッ!? 考えれば分かるだろ! 今の状態で保護者の元に返してどーすんだよ!」 

 急に何なのか。

 土方はしがみつく銀時を強く押し返した。

「馬鹿はテメェだ! よその男の元にそんな女を置いていく奴があるかッ!」

「いやいやいや! よその男だから問題無えんだろ! ちょっとお茶くらい飲んで行けよ! なんなら晩飯食ってけコノヤロー!」

 どうも銀時は今の状態の神楽と二人っきりになる事を避けたいようで、必死に土方を引き留めていた。しかし、土方にはまだやらなければならない仕事があるのだ。万事屋の連中にかまっている時間など一秒すら無い。それなのに強引な銀時の誘いで万事屋の室内へと引きずり込まれてしまうのだった。

 

 居間のソファーに座らされた土方は、対面のソファーに座る銀時を睨み付けていた。土方の隣には肩に頭を乗せる神楽がいて、結局全てが元通りだ。

「あっ、土方くん。良かったら先々週のジャンプも読んでいく?」

 銀時は土方にジャンプを差し出すも、苛立っている土方はそれを刀でバサリと斬り落とした。

「ごめーん。俺、マガジン派だから」

 銀時はバラバラに斬られたジャンプの残骸を眺めると、青筋を浮かべた。

「オイィィ! それはまだ読んで無えページがあるんだけどォオ! 何してくれんの!?」

 すると、それまで土方の肩に頭を置いて幸せそうにしていた神楽だったが、睨み合う二人の間に入ると仲裁したのだった。

「喧嘩はダメアル! それよりも銀ちゃん!」

 神楽は突然何を思ったのか、銀時の元へ行くと唇にキスをしたのだった。それも軽いものではなく、神楽の舌が銀時の唇を割って捻じ込まれる深いものであった。それを目の当たりにした土方は、何とも言えない気分になった。他人の口付けなどあまり見ていて気分の良いものではなく、ましてや先ほどまで自分とキスしていた女が他の男としているとなると――――額に汗を滲ませた。

「これ、トシに教えてもらったアル」

 神楽はようやく銀時から離れると、照れたような顔で笑った。その言葉に放心状態の銀時の顔が土方へと向くと……更に土方の額に汗が滲む。

「へ、へぇ……お前、アイツと大人のキスしたの? したんだ……そう、そうか」

 まさかこんな形でバラされると思ってなかった土方は、銀時のコロスゾと言う視線に目を逸らした。

「じゃあ、後は二人で仲良くやってくれ」

 冷や汗を掻いた土方は立ち上がると、足早に廊下を歩いた。きっと銀時もキスをクリアした今となっては、この先に進む事も躊躇わないだろう。土方はそんな事を考えると一刻も早く万事屋を後にしようとして――――今度は銀時ではなく神楽に捕まった。

「次は何だッ!」

 もう懲り懲りだ。

 土方は神楽を離そうと押し返すも、神楽は抱きついて離れようとしない。しかし、こちらへ向いた顔が今までと様子が違うようだった。

「……頭がなんかハッキリして来たアル。だけど体はいつまでも熱いままネ。このままだと私、銀ちゃんとどうにかなっちゃうアル。お願い! 私を止めてヨ!」

 思いもよらない神楽の言葉に土方は目を見開いた。クスリが抜けつつある神楽は、どうやら銀時と関係を結んでしまいそうな自分に恐怖を感じている様なのだ。だからと言ってどうするべきか。止めると言っても方法は自分がここに残るか、神楽を連れ出すかの二択であった。だが、ここに残っていては仕事も出来ない。となると、神楽を連れ出すと言う選択しかなかった。背中に嫌な汗が滲む。神楽を連れて行けばまた仕事が捗らないのは分かるからだ。

 なら、放っておけば良いだろ。俺には関係ねェんだ。

 そう思うのに、神楽の不安そうな表情が足を縛る。万事屋の玄関戸を背にただ揺れる瞳で神楽を見つめているだけであった。

 

2014/07/21