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ダウト:02

 

 取り調べ室の隣の部屋に入ると、そこには近藤がいた。向けられる白い目と突き刺さる視線。土方は引きつった顔でこちらを見ている近藤に軽く事情を説明した。

 沖田がバズーカを発射したこと。その場に万事屋がいたこと。頭を打ったのか神楽がずっとこの調子なこと。それらを話し終わると納得したのか、近藤の顔が柔らかいものへと……変わることはなかった。

「トシ、あのな……実は逮捕した売人の持っていたクスリが見当たらねぇんだ」

「そんな筈ねェだろ。奴が持ってるのは確認済みだ。飲み込んだんじゃねェのか?」

 しかし、近藤は首を横に振った。

「検査をしたが、奴の体内からクスリの成分は検出されなかった。奴も飲んでもいないし、隠してもいないと素直に供述してるんだが……」

 そう言った近藤は神楽を見つめると、神楽がニッコリと笑いかけた。すると次の瞬間にはあれだけ離れなかったにも拘らず、簡単に土方から離れたのだった。そして、今度は近藤の腕を取るとそこに引っ付いた。

「なんなんだテメェ? 誰でも良いのか!」

「べ、別にゴリラが可愛いとか……言ってないアル!」

 どうやら神楽は目の前の真選組局長がゴリラに見えているらしい。土方は額を抑えて項垂れた。やはり頭を強く打ったのだと。

「……いや、近藤さんがゴリラなのは元からか」

 そんな事を呟いた土方を近藤は睨みつけると、ゴホンと咳払いをした。

「奴の持っていたクスリなんだが、飲めば神経を麻痺させて脳に幻覚を見せる作用があるものでな。好きでもない男を愛していると錯覚するような事もあるらしい。それでここからは俺の推測だが、奴の持っていたクスリがたまたまこのチャイナ娘の口に入って、飲んじまったって事はないか?」

 近藤の話によると、売人の売りさばいていたクスリは、若者を中心に使用されている“ラブ・ペッパー”と言うクスリであった。特に落としたい異性相手に使われることが多く、飲んだ人間はたちまち興奮して、目の前の人物に恋愛に似たような気分を抱くらしい。そんなものが神楽の体内に入っていたとなれば……今までの行動にも全て納得がいった。

「てことは何か。このガキを検査して成分が出れば、証拠になるんだな?」

「ああ、そういう事になるな」

 やや頬を赤く染めた近藤だったが、神楽はずっと近藤の首元を撫でながら“ウホウホは?”などと遊んでいて、それには青筋を浮かべていた。

「なら、早く検査を済ませるか」

 そう言った土方だったが、神楽がまともに検査に協力してくれるだろうかと疑問を抱いた。簡易検査としては尿検査が一般的なのだが……

「近藤さん、あとは任せた」

「ま、待て! トシ! トーシー!」

 近藤は神楽を体に引っ付けたまま、出ていこうと背を向けた土方にしがみついた。土方を捕まえる近藤に、近藤を捕まえる神楽。三人は一つの塊のようになると、狭い部屋で揉み合った。

「俺はまだ仕事が残ってんだ! お妙のストーカーついでに検査は頼んだって言ってんだよ!」

「いや、待て! お妙さんにストーカーがいるのか? 初耳だぞ! 俺はお妙さんの護衛があるから、お前に任せた!」

「二人とも争いはやめるアル! 私の取り合いなんて、そんなのダメヨ! 絶対ダメアル!」

 すると土方と近藤は声を揃えて“なすりつけ合いだ!”と言うと、とりあえず神楽に検査に協力してもらえないかと打診してみる事にしたのだった。

「おい……トイレ行きたくねェか?」

 すると、神楽は近藤の腕にしがみつきながら首を傾げた。

「トイレ? 別に平気アル。ねぇ、ゴリ? トイレ行きたくない? 大丈夫? 散歩の時まで我慢できる?」

「そうじゃねェ。あのな、尿検査に協力してくれ。もちろん謝礼は……なぁ、近藤さん」

 土方が近藤に目配せをすると、近藤もそれに同調して頷いた。

「尿検査? なんで急にそんな事言うアルか? もしかして……」

 神楽はようやく近藤から手を離すと、自分のお腹に手を当てた。そして穏やかな表情になると、薄っすらと目に涙を浮かべたのだった。

「そうだったアルか。トシも遂にパピーネ……」

 その言葉に土方も近藤も驚愕すると二人は顔を見合わせた。これはかなり脳にダメージを受けていると――――

「なワケねェだろ!」

 そんな土方の声をかき消すように近藤の声が発せられた。

「トシがお父さんん!?」

 もう土方は突っ込むのもバカらしいと何も言わなかった。とりあえず勘違いでも構わないから検査に協力してもらえれば良いと、何も罪のない神楽に協力してもらう事にしたのだった。

  

 無事に神楽に検査協力してもらった土方は、薬物検査の簡易キットを見ながら口を歪めた。

「近藤さん、当たりだ」

 すると、隣で近藤にバナナを食わせている神楽が目を輝かせた。

「うそ……じゃあ、私マミーになるアルか!」

 そう言って喜んで土方に飛びついた神楽だったが、土方はそっと神楽を遠ざけると両肩に手を置いてハッキリと言ったのだった。

「いや、そうじゃねェ」

 すると神楽は分かりやすいくらいに落ち込んで、小さく頷いた。そんな姿を目にした土方は仕方ないとはいえ、騙す形で検査した事を少々悪いと思っていた。しかし謝るつもりはない。これは捜査であり、仕事であるのだから。と言ってもやはり何もフォローせずにはいられないと、一応神楽に合わせて芝居を打った。

「今回は……まぁダメだったが、次頑張れば良いだろ?」

「そうアルナ! 次も頑張ろうネ! トシ!」

 そんな会話を繰り広げる二人に近藤はゲラゲラと腹を抱えて笑うと、いつの間にかその場に居た沖田もバカにするように土方を指さし笑っていた。

「ひゃはははは! 聞いたか? 次だってよ! 総悟!」

「ダ、ダメだ……もうおかしくって。俺ァ、笑い死にしそうでさァ。土方パパ」

 土方はからかう二人に苛立つと、煩いと怒鳴り散らした。今はこんな事をしている場合ではない上に笑うような状況でもないのだ。神楽がラブ・ペッパーと言う未知のクスリによって蝕まれている。少しも状態は回復しているようには見えず、さすがに病院へと連れて行くべきかと思っていた。だが、土方も暇ではないのだ。まだ仕事が残っている。

「総悟。テメェ暇だろ? チャイナ娘を病院へ連れて行け」

 そう言って土方は神楽を沖田に押し付けたが、当の本人は嫌そうな、なんとも言えない表情を浮かべていた。それには土方もどこか安心した。いくらクスリを飲んでいるとはいえ、いつも喧嘩ばかりしている相手は分かるようなのだ。神楽の状態は良いとは言えないが、最悪の状態でもなさそうであった。

「お、お前……」

 神楽は近藤の背中に隠れてしまうと、その後ろから沖田を怖い顔で睨みつけていた。しかしいつものように殴りかかる事はしない。ただジッと睨みつけているだけだ。沖田もそれはクスリのせいだと知っているらしく、神楽を放っておく――――――事はしなかった。ここぞとばかりに不敵な笑みを浮かべると迫って行った。

「チャイナ、てめー……まさかとは思うが」

「こ、ここここっちくんナヨ!」

 垣間見える神楽の頬は赤く、沖田から逃げるように身を隠していた。

 冗談だろッ!!

 しかし土方の思いも虚しく、どうやら神楽の状態は最悪であったのだ。あの沖田にすら心臓の鼓動を速めているようであった。

「オイ、チャイナ。こっち来いよ。今のてめーならいい感じに躾けられそうでィ」

 薄笑いを浮かべる沖田の表情は身震いするほどに恐ろしく、神楽も出て行けば自分がどうなってしまうのかを予感してか、近藤の背中から離れなかった。

「トシ! こいつ嫌アル! どうにかしろヨ!」 

 土方は知らん振りをして部屋から出ていこうかと思ったが、普段と違い沖田相手に全く余裕のない神楽に大きく溜息をついた。

「なら、近藤さん。悪いが、あんたが連れて行ってくれ」

 すると近藤もこの状況に仕方がないと思ったのか、お妙の護衛は諦めて神楽を病院へ連れて行く事を承諾した。

「総悟、今回は俺がチャイナ娘を連れて行く。ほら、行くぞ」

 そう言って神楽の手を握った近藤だったが、下腹部に掛かるモザイク以外は何も身につけておらず、どこに連れて行くのか非常に怪しいものであった。さすがにそれには土方と沖田両者からのツッコミが入り、こうなったら仕方ないと、結局土方自らが神楽を連れて行く事になった。

 

 屯所の敷地内に停めてあるパトカーへ向かおうと、神楽と部屋から出た時だった。物陰からアンパンが飛んできて、土方の頬へパーンと当たった。それが誰の仕業なのか、土方はよく知っていた。一旦怒りをしずめた土方は、煙草を一本取り出して口に咥えると火をつけた。そして、廊下の角からこちらを湿っぽい表情で見ている山崎に声を荒らげた。

「用があるなら口で言え! 斬られてェのかテメェ!」

 すると、山崎はまたしてもアンパンを投げてつけて、結局そのままどこかへ走り去って行った。

「アホか。病院に行くべきはアイツだろ」

 そうして山崎が走り去った方向を見ていると、そちらの方から腑抜けた面を下げた白髪頭の男が現れた。万事屋の銀時であった。銀時は土方を見つけるなりニヤリと笑った。そしてこちらへゆっくり近づいてくると、土方の腕にしがみついている神楽に声を掛けた。

「よぉ、神楽。新婚生活はどうだ?」

 すると神楽はニッコリと銀時に笑いかけた。

「子作りを頑張ってるところアル!」

 その言葉に銀時の頬がぴくりと動いて、土方は咥えている煙草を落としかけた。

「万事屋! 待て。これにはワケがある」

「へぇ、理由ねぇ。少子化対策担当大臣にでも選ばれたの? 大臣自ら率先して子作り? 何その仕事、死んでくんないかな? ねぇ?」

 すっかりとやさぐれている銀時を土方は鬱陶しいと思いながらも、とりあえず簡単に今までの経緯を説明したのだった。

 

 話を聞き終えた銀時はアゴに手を置きながら、土方から離れない神楽を見つめていた。にわかには信じられないのだろう。しかし、神楽は相変わらず興奮しているのか、土方へ体を押し付けながら甘い声で誘っていた。

「早くチューしようヨ? 頑張って赤ちゃん作るんデショ?」

 色々と覚え違いをしているようだが、銀時にクスリの効果を信じさせるには十分な発言であった。

「分かっただろ? こいつはクスリのせいだって事が」

「で、そのクスリってのはどれくらいで切れるんだよ? つかどこで手に入るの? いくらくらいすんだよ?」

 土方は銀時を睨みつけると、とりあえず病院へつれて行くのが先だと廊下を歩き出した。

「こいつの体が心配じゃねェのかテメェは」

 すると銀時は土方の腕にしがみ付いている神楽へと手を伸ばした。途端に神楽は土方から離れ、銀時の元へと渡った。それはあるべき場所に戻っただけで、いつも町中で見ている見慣れた風景にも関わらず、土方はどこか失った熱の大きさを感じていた。

「神楽、大丈夫か?」

 当たり前に心配する銀時に、いつもの調子に戻ったように見える神楽。それを土方は煙を燻らせながら見ていたが、咥えている煙草の煙が目に染みたのか目蓋を閉じた。

 俺は保護者に引き渡して責任を果たした。そう思って再び仕事へと戻ろうと目を開けると、不思議そうな顔をした神楽がこちらを見ていたのだ。そして、銀時から自ら離れると土方に歩み寄った。

「お前が病院連れて行ってくれるんじゃないアルカ?」

 土方は神楽の背後にいる銀時をみつめた。

「なんで俺が。野郎がいんだろ」

 しかし、神楽はやはり不思議そうな顔で首を傾げる。

「なんかよく分からんアルけど、私は誰よりもお前とチューしたいアル」

 この言葉を聞いて大きく反応したのは土方ではなく銀時の方であった。眉をぴくりと動かすと、瞬きを繰り返した。

「なワケねェだろ」

 土方は呆れた物言いをしたが、内心は惚れてもいない男に恋心を抱いた気になっている神楽を哀れんでいた。年頃の少女がクスリのせいでオッサン相手に惚れるなど、いくら万事屋の神楽とは言え胸が痛むのだ。

 普段のこいつなら、死んでもンな言葉は口にしない筈だ。

 土方は咥えている煙草を指に挟むと、煙を吐き出した。そしてそれを掲げて背を向けると、屯所の奥へと歩いて行った。神楽を病院へは連れて行かない。もう仕事へと戻る。そんな意味を込めて。だが、それをハッキリ口にしないのは、口に出して告げる程、非情になりきれなかったからだ。次、神楽に何かを言われたら……断れずに、仕方ないと相手をしかねない。それは別にほだされたワケではない。ただ自分の関わる事件の被害者を気にかけているだけである。だが、だからと言って神楽が隙を見て口付けをしてくるのは正直困る話で、早く離れるのが賢明だと判断したのだ。それに銀時といれば何が起きたって別に構わないように思えた。銀時と神楽がどういった関係かは知らなかったが、一つ屋根の下に住んでいるのだから、キスをしようが子作りをしようが、さほど問題でもない気がしていた。しかし、そんな土方の思いは裏切られ、思いもよらぬ事態を招いた。

「かぐらァ!!」

 銀時の悲鳴のような声が聞こえる。

「……何やってんだ、あいつら」

 土方は踵を返すと再び神楽の元へと飛んでいった。だが、これは屯所内で余計なトラブルを起こされると面倒だからであって、決して心配して向かうワケではない。そんな事を思って土方は廊下を駆けて行った。

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