[MENU:土神]

春めく/土+神(→銀) 

 

いつからだろう。

気が付けば、大して知りもしない目付きの悪い男に、思いの丈を話していた。

アイツは決まって必ず言う。

 

「くだらねェ話だな」

 

そう言って隣で煙草の煙を吐き出すだけ。

私はそれを憎たらしく思うけど、なんでかな……嫌いにはなれなかった。

 

今日も公園のベンチで私は誰かを待っている。

約束もしてない。

来るかどうかも分からないのに。

話し相手が欲しいだけ?

会話らしい会話なんてないけど、ほんの10分程の時間が待ち遠しくて仕方がない。

ただ他に話せる相手がいなかったから。

別にアイツじゃなくたって全然構わないアル。

だけど……

 

「ちょっと聞けヨ」

 

今日も煙草を咥えながら缶コーヒーの蓋を開けるトッシーに、私は愚痴を溢し始める。

相づちなんてないから、一方的に私が話すだけ。

 

「また今日もさっちゃんが、銀ちゃんの寝込み襲おうとしたアル」

 

昨日はツッキーが酔っ払いながら訪ねて来たし、その前は近所のどっかの店の女が銀ちゃんのほっぺにキスマークつけてたし。

さっちゃんは別だけど、基本的に銀ちゃんも満更じゃなさそうで。

私はムカムカする気持ちをどうすることも出来ずに、トッシーに吐き出した。

 

トッシーはたまに私を鋭い目付きで見るだけで、特に何かを言うわけじゃない。

ようやく口を開いたかと思えば、いつものお決まりのあの言葉アル。

 

「くだらねェ話だな」

 

吐いた煙は直ぐに高く昇って雲と同化して見えた。

それを面白いと思いながら見ているも、トッシーの心ない言葉に多少は苛立つ。

だけど、くだらないと言いながらも、トッシーは毎日のように私の愚痴を聞きに来る。

本当に聞きたくないと思ってたら、ここには来ないはず。

ちょっとは私の話に興味あるアルカ?

そう思ったら、急に緊張して何を話せば良いか分からなくなった。

 

「そっ、それと、えーっと何だったっけ?あっ、そうアル!なんか私の事はガキ、ガキって。言われなくても分かってるアル」

 

急にぎこちない話し方をし出す私に、トッシーの目が私を捕らえた。

なんか苦手。

だけど、タイミングを見失って逸らすことが出来なかった。

 

「嫉妬か?」

 

珍しくトッシーが私に話し掛けた。

たった一言だけど、私の話をきちんと聞いていた事が分かるものだった。

 

「嫉妬なわけないネ!あんな天パ、別に誰とくっつこうが私は知らないアル!」

 

そうは言ってみたものの、なんかスッキリはしない。

変なの。ムカつく。

だけど、隣に座るトッシーも苛立ってるのか、組んでる足の先が落ち着かない。

 

「なら、その話はもういいだろ。口を開けばテメェは万事屋の話ばかりだな」

 

ドキリとした。

私はそんなに銀ちゃんの話をしてるアルカ?

 

「別に銀ちゃんに苛々するから、銀ちゃんの愚痴が多いだけアル」

 

私がそう言うとトッシーは今吸ってる煙草を消して、また新しい煙草に火をつけた。

やっぱり前言は撤回アル。

トッシーは私の話にこれっぽっちも興味がなさそうだった。

一度でも期待しちゃったせいか、なんかさっきまでより気分が落ちた。

 

「あー、なんか苛々するアル」

「テメェの話を聞いてる俺の方がストレス溜まってんだよ」

 

私は眉間にシワを寄せるとトッシーをキィっと睨み付けた。

なんだヨ、なんだヨ!

そんな風に思ってたなら話なんて聞きに来なきゃいいのに。

確かに私は銀ちゃんに無性に腹立って苛々してるけど、今はなんかトッシーに苛々していた。

 

「そんなにオマエ、銀ちゃんが嫌いアルカ?」

 

トッシーは間髪入れずに答えた。

 

「好きなわけねェだろ。あんないい加減な野郎」

 

銀ちゃんがいい加減なのは認めざるを得ないけど、銀ちゃんだって良いところがいっぱいあるネ!

 

「オマエらはなんか銀ちゃん毛嫌いしてるけど、銀ちゃんはかぶき町じゃ超人気者だからナ!」

「だからテメェは苛々してんだろ?」

 

うっ、それは……

言われた通りだった。

銀ちゃんがあんないい加減なのにモテてる事が私を苛立たせてるんだ。

結局私は銀ちゃんが好かれても、銀ちゃんが嫌われてもイライラしてる。

こんな私の気持ちを知ってか知らずか、トッシーは相変わらず遠くを見ながら煙草を吸っていた。

大人の男だ。

その無駄に開かない口とか、私より色んな景色が見えてる余裕とか、銀ちゃんとは違う大人の匂いを感じた。

そのせいか、見えてる横顔がちょっと男前に見えて腹が立った。

フン、真選組の癖に。

 

「あーあ、どうしたらイライラしなくなるアルカ!」

 

私は手足をうーんと広げて伸びをした。

そしたら左手がトッシーの頭に直撃して、ギロッとした目で私を見た。

 

「あのなッ!」

「わざとじゃないネ!何カッカしてるアルカ?」

「お前が言うッ?」

 

決して親しい仲でも何でもないのに、私とトッシーは今の瞬間目があって、同じ気持ちになったのかフフッと小さく笑った。

すると気持ちが少し軽くなって、そしてジワッと温かくなった。

なのに、こういう気持ちって長く続かなくて、トッシーが吐き出す煙みたいにすぐに広がって消えてなくなる。

 

「オマエに愚痴ってスッキリした気になっても、どうせまた明日になったら苛々するアル。無限ループネ」

 

銀ちゃんが誰かに好かれても嫌われても、私は気持ちがモヤモヤして、じゃあ一体どうすれば良いアルカ?

死ぬまでトッシーに愚痴り続けるアルカ?

ずっと私は銀ちゃんに振り回されてこんな気分でいなきゃいけないアルカ?

どこかで断ち切らなきゃいけないのは、本当は分かってるアル。

 

「じゃあ、もう行くアル」

 

色々と分かってはいるんだけど、私はまた明日もここに来るんだろうな。

トッシーが来るかどうかは分からないけれど。

私はベンチから立ち上がってトッシーをチラッと見た。

するとトッシーも私を見ていてドキリとした。

思わず私は足を止めて、トッシーに尋ねた。

 

「何アルカ?」

 

トッシーは短くなった煙草を消すと、頭を掻きながらベンチから立ち上がった。

 

「その眉間のシワ、無ぇ方が俺も気分が良いんだけどな」

 

そう言って私の眉間を指差すと、トッシーはまた煙草に火をつけて私の前から立ち去った。

 

「なにアイツっ!」

 

そう言って遠退いていくトッシーの背中を眺める私の心臓は、今までにない程に速く脈打っていた。

銀ちゃんにだってこんなにドキドキしたことないのに。

なにアルカ?

この気持ち。

ザワザワして、イライラとは違うんだけど何だかジッとしてられない。

思わずスキップでもしてしまいそう。

もしかして、今私嬉しいアルカ?

 

「そんなわけないヨ!あるわけない!」

 

でも、体に嘘はつけなくて、気が付けば眉間のシワはきれいに消え去っていた。

なんで嬉しいんだろ?

いつもより会話が出来たから?

それともアイツが私の笑顔を気に入ってる風だったから?

トッシーが本当に私の笑顔を望んでるかまでは分からないけど、たまには銀ちゃんの愚痴を封印してみるのも良いかもしれないと私は思った。

明日はちょっと違うこと話してみようかな?

私のことやトッシーのこと。

そうしたら、もうくだらねぇなんて言われないかもしれないアル。

 

 

 

今日も公園のベンチで私は誰かを待っている。

約束もしてない。

来るかどうかも分からないのに。

それでもアイツは煙草を口に咥えながら、缶コーヒー片手にやって来る。

そして挨拶もなしに私の隣に腰をかける。

だけど、今日は無限ループを断ち切りたいの。

私も前に進みたいアル。

銀ちゃんの愚痴は少し休みネ。

私はトッシーを覗き込むと声を掛けた。

 

「どうアルカ?これでオマエも気分良いネ?」

 

もう険しい顔ともお別れヨ。

ちょっと暖かい陽気に相応しい表情を私はにっこり作ってみせた。

するとトッシーはフッと笑った。

 

「……今日辺り、ホシが挙がりそうだな」

 

くだらねェ話。

初めてこの日、私はトッシーの口からその言葉を聞かなかった。

 

2013/03/17

[↑]