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日がな一日、煙草を吸って/土←神 

 

休日。

24時間の内のほんの数時間を自由時間として与えられるだけの日。

それは俺にとって苦痛なものの一つだった。

屯所に居れば気が休まらず、だからと言って行く宛もない。

友人と呼べる者が居るわけもなく、いつも決まって一人で時間を潰すだけだ。

 

今日も特に行く宛もなく俺は街を歩いていた。

たまたま目に入った団子屋に俺の小腹はどうやらわざわざスペースを空けたらしく、思わず店の前で足を止めた。

 

「いらっしゃい」

 

若い娘が俺ににこやかな表情を向けて、どうも立ち去りづらくなった。

俺は仕方なく店の前の緋毛氈の縁台に腰を掛けた。

それから適当に団子を注文すると、直ぐに娘が盆に乗せた茶器と団子を運んできた。

俺はそれに懐からマヨネーズの容器を取り出すと勢いよく団子にかけた。

 

「やっぱりマヨネーズは何にでも合うな」

 

さっきまで柔らかい表情で俺の姿を見ていた娘の姿はどこにもなく、怯えたような表情で店の中へと駆け込んで行った。

正直、理解されない事にはすっかり慣れた。

それでも、多少は傷付きもするもんだ。

 

「お前ら真選組は、ほんっと嫌われものアルナ」

 

突然背後から聞こえてきた声に俺は軽く振り返ると、くだらねェ発言をしたバカの顔を見た。

 

「てめェかよ!」

「なぁ、なんでお前らいつも一人アルカ?友達いないネ?」

 

俺の背後で同じ縁台に腰を掛けていたのは、縁台に敷かれた緋毛氈と同じ色のチャイナドレスを来た女だった。

見知った顔のその女は俺が何も答えないにも関わらず、次々と言葉を投げ掛けてくる。

今日は休みなのか?

団子が好きなのか?

いつも一人なのか?

銀ちゃんどこ行ったか知らないか?

新八を見なかったか?

 

あまりにも矢継ぎ早に質問攻めにあったせいか、俺は団子を手に持ったままピクリとも動けないでいた。

しかし、チャイナ娘を見れば俺に質問をするだけで満足でもしたのか、機嫌よく団子を口に運んでいた。

意味わかんねェ。

何がしたかったのか俺には理解出来なかったが、わざわざ突っ掛かるもんでもないかと俺は何も言わなかった。

 

「毎日暇な銀ちゃんよりも暇そうな顔アルナ。お前趣味とかないアルカ?」

 

さすがにそれには口答えしてやった。

あの腑抜け面の万事屋の野郎と一緒にされるのだけは御免だった。

 

「好きで暇してるワケじゃねぇんだよ。てめェんとこの好きで暇してる人間と一緒にすんじゃねぇ」

「でも、銀ちゃんはああ見えて忙しいんだヨ?パチンコ行ったり、飲み屋行ったり、パチンコ行ったり!」

 

ほぼパチンコしか行ってねぇだろ……なんてツッコミを入れ掛けてふと気付いた。

誰が暇だと話してるコイツが一番暇なんじゃねぇかと。

 

「てめェこそ俺で暇潰しか」

 

すると図星だったのか、チャイナは食べていた団子を喉に詰まらせ苦しみだした。

 

「みっ!ずっ!」

「オイ!悪いが水を頼む!」

 

店の中にいる店員に向かって叫ぶと、先ほどの娘が慌てて水の入ったグラスを持ってきた。

チャイナはそれを引ったくるように奪うと急いで口の中へと流し込んだ。

俺はと言うと、バタバタと苦しそうなチャイナに咄嗟に駆け寄ると、隣に座り背中を叩いていた。

気付いた時にはもうチャイナの喉の詰まりも取れていて、自分のとった行動にやや後悔し始めていた。

 

「優しいアルナ、お前」

 

ニタァと笑ったチャイナに俺は眉を寄せ厳しい表情を作ってみた。

無性に恥ずかしい。

そんな気持ちがバレてしまう事を俺はどうしても避けたかった。

 

「ケホッ、それなのになんでお前……デートの一つも予定ないアルカ?」

 

涙目でまだ少し呼吸を苦しそうにしながら、チャイナ娘はそんな事を尋ねてきた。

 

「ゴリはあれだから仕方ないし、サド野郎もあんなんだから仕方ないけど、お前はマヨネーズ以外はマトモなのに何でアイツらと同じアルカ?なんか、よっぽど変な性癖でも持ってるアルカ?」

 

俺は頭を項垂れると、目の前のガキになんて言い返そうか頭を悩ませた。

 

確かに自覚はある。

それなりの地位も富も今の俺には備わっている。

だが、そこに群がる人間は女だろうが男だろうが、付き合いなんざしたくねぇ。

何よりも俺には未だに越えられねぇ、一つの壁があった。

いや、壁と言うよりは今となっちゃただの記憶だ。

その記憶が俺の中で永遠に生き続けていて、新しい記憶を貯めるフォルダーを作る事すら許せないでいた。

 

――最初の恋。

そうじゃなけりゃ、もう少しマシだった気もする。

まだ今もどこかで幸せに笑ってくれてたなら、俺も今頃誰かを愛せてたんじゃねェだろうか。

そう思った日々もあった。

 

「やっぱり変な性癖あるアルカ?ちょっと笑えないネ」

 

黙り込んでる俺にチャイナは本当に信じてるか知らねェがそんな事を口走った。

勝手にしろ。

そう言って席を立てば良かったんだろう。

だが、俺はどういうわけか目の前の女に余計な事を伝えていた。

 

「比べちまうんだよ、昔の女と」

 

チャイナははっきりと分かるくらい驚いた顔をし、そして表情を曇らせた。

 

「お前、フラれたアルカ?」

「……俺が捨てた」

「じゃあ、何でヨ!」

 

捨てたなんて言う癖に忘れられねぇなんて矛盾もいいとこだ。

俺でも分かる。

チャイナも混乱してんだろう。

難しそうな表情をしていた。

 

「テメェは誰かを好きになったことあんのか?」

「はっ?えっ?」

 

ねぇんだろうな。

なら、これ以上話しても仕方ねぇと俺は腰掛けていた縁台から立ち上がった。

 

「待つアル!」

 

チャイナは顔を上げて俺を見ると、俺の着物の袖を掴んだ。

その目はわりと真面目でまだ続きを聞きたそうな表情だった。

俺は迷った。

他人にこんな話をするのは初めてであり、あまり進んで話すものでもないと思っていた。

どうするか。

だが、チャイナは俺の着物を掴んで離さない。

 

「好きな男くらいいるアル。それにお前が思ってるほどガキじゃないネ」

 

俺はその言葉にまた腰を下ろすと、煙草を一本取り出し口に咥えた。

 

「口外すんじゃねぇぞ」

 

それだけ言うと煙草に火をつけた。

チャイナも頷き、誰にも言わないと言った。

 

「惚れてるからこそ身を引く恋愛をテメェは理解出来るか?」

「わかんないアル」

 

そうだとは思ったが、ガキじゃないと言った人間のわりには幼い発言に思えた。

それには思わず噴き出しそうになる。

 

「なにアルカ?」

 

膨れっ面で感情を露にさせるチャイナを見ていたら、俺も感情だけであの時突っ走っていたらなんて下らねぇ事が頭に過った。

今更、なに言っても遅いのにな。

 

「とりあえず俺は昔の女がまだ越えられねェ。だから、一人だ。分かったか」

 

チャイナは首をブンブン横に振ると、不機嫌そうな顔を俺に見せた。

 

「だったら、その女に頭下げて幸せにするって言って来いヨ!カッコ悪くても好きだって言って来いヨ!まだ好きなんダロ?」

 

チャイナは何故こんなに必死なのか。

何故俺のこんな話に興味があるのか。

疑問に思うことはあるが、茶化してるわけでもねぇチャイナに俺も真面目に答えてやった。

 

「今でも好きかと聞かれりゃ、それは違う。でも、越えられねェんだよ。惚れた女を幸せに出来なかったトラウマみてぇなもんだ、多分な」

「……幸せに出来ないから捨てたアルカ?」

 

実際はどうだ。

俺の手で幸せにする事は本当に出来なかったんだろうか。

守れる自信がなかっただけじゃねぇのか?

ただ俺はアイツを死から遠ざけたかった。

それはアイツ自身の死からも、俺を総悟を、真選組を襲う死からも――

 

「出来ないじゃなく“しなかった”それだけだ。今は何言ったってどうしようもねェよ」

 

いつからか辞められない煙草の煙を吐き出せば、少し自分自身の体も軽くなったような気がした。

言葉にして誰かに思いを漏らしたからなのか、それともようやく自分の弱さを知ったからなのか。

その辺りは定かではなかったが、話してる内容ほど深刻ではなかった。

だが、チャイナは違った。

その顔にはずっと眉間のシワがついたままだ。

 

「もう、過ぎたことだからどうしようもないアルカ?そのトラウマ取り除けないアルカ?」

「取り除いてどうすんだよ。テメェには関係ねぇことだろ」

 

今更ここまで話しておきながら突き放すのは悪くも思ったが、これ以上この話をしていたくなかった。

俺の何かを引き剥がされるような、丸裸にされるような感覚にやや恐怖心を抱いていた。

俺は一体何を恐れているのか。

チャイナの真面目な眼差しに怯みそうになっていた。

 

「もう良いだろ。俺は行く」

 

チャイナに背中を見せて立ち上がると、吹いた風があの日の瞬間に俺を連れ戻した気がした。

後ろを振り向かずに立ち去る。

ただそれだけの事が今の俺には出来そうになかった。

あの日、あんなに無慈悲に背中を見せた。

だからって簡単にやってのけたワケじゃねぇ。

覚悟しての事だった。

 

背中の向こうに居るのは誰だ?

立ちすくむ足が微かに震えていた。

振り向いて確かめてみたいが、どうしようもなく体が固まる。

 

俺はもしや乗り越えて行きたいのか?

誰かを愛したいのか?

次こそは惚れた女と最後まで添い遂げたいのか?

俺にそれが出来るのか?

いや、やるだけだ。

アイツを……ミツバを忘れない事と誰も愛さずに生きる事は全然別だ。

そんな事が今更分かった気がした。

 

「最後にテメェに教えてやる。俺は惚れた女を守りきる自信がなかった。だから、一人郷に残してきた。いつか女を守りきれるようになるまで、俺は誰も愛さねェんだろう。きっとな」

 

チャイナの気配は全くと言って良いほど感じなかった。

どんな面でこの言葉を聞いてるだとか、次に何を言い出すだろうだとか、何一つ俺は感じ取れなかった。

それで当たり前か。

俺はゆっくりと煙草の煙を肺一杯に取り込むと吐き出した。

不本意だったが、チャイナ娘に救われた気がしていた。

礼は口に出して言いたくはなかったが……

 

「痛っ!てっめェ!急に何しやがるッ!」

 

突然背中に受けた衝撃に煙草は口から落ち、俺は飛び上がった。

どうやらチャイナが俺の背中に頭突きを食らわせたらしかった。

だが、それだけじゃなく、背中にいつもにはない温もりを感じた。

 

「オイッ!離れ――」

「世の中、弱い女だけだと思うなヨ」

 

聞こえて来た声は俺の体幹によく響いた。

そして、あのチャイナが震えているのがよく分かった。

 

「オイ、何してんだよ」

 

そんな俺の言葉も耳に入らないのか、小刻みに震えるチャイナは話を続ける。

 

「お前が好きになる女はどうか知らないけど、男に守ってもらうばかりが女じゃないアル。だからっ」

 

そこで言葉は途切れた。

しばらく待ってみたが続きがその口から紡がれる事はなさそうだった。

その間もチャイナの頭はずっと俺の背中に付けられている。

大して賑やかでも人通りが多いわけでもない通りではあるが、改めて考えるとこんな真っ昼間に小娘と俺は何をしてるのか。

やや焦るような気持ちになった。

 

「オイ。だからなんだってんだ」

 

すると俺の背中辺りの着物をチャイナは掴んだらしく、後ろへ引っ張られるような感覚がした。

首だけで後ろを振り向くも、うつ向いているチャイナの表情は見えなかった。

多分、見せられなかったんだろう。

 

「神楽様の有難い言葉を言ってやるから、よく聞けヨ」

 

そんな言葉を述べたわりに、聞こえてきた声はか細く弱々しいものだった。

 

「お前の趣味じゃなくても、世の中にはすっごく強い女もいるアル」

「あぁ、いるな。確かに。真選組の局長をぶちのめす女とかな」

 

チャイナはそれにフフッと笑うと、少し調子を取り戻した声で続きを話した。

 

「だから、守れないからなんて思わないでも良いネ。それに、女だって反対にお前を守りたいって思うものアル。好き同士なら尚更ヨ」

「…………」

 

まさかこんなガキに言われるとは思ってなかった。

いや、コイツをガキなんて思ってたが、案外考えることは俺らとなんら変わらねェのかもな。

さすがに大人とは思えねェが、あんまりガキ扱いも出来ないなと背中の向こうのチャイナの事を思った。

 

「テメェの言いてぇことは分かった。よく鬼の副長なんざに意見してくれたな」

 

俺はようやく背中から離れた手に体の自由を手に入れると、チャイナの方へ体ごと振り返った。

偉そうに俺の足を止めさせ、てめェの倍ほども生きた人間に恋愛を説く。

その生意気な面が拝みたくなった。

いや、拝まずにいられなかった。

だが、振り返った先にあったのは、思っていたものと違う普通の少女の顔だった。

いや、普通と言うよりはどこか懐かしいような、確かに言えるのは俺なんかには見せた事のない表情だった。

 

白い肌のせいかやけに頬が赤く見え、顔面に引っ付いてる双眼は、そのデカさに反して自信なさげに映った。

揺れてる?

いや、泳いでる?

 

「トッシー……強い女もなかなか良いもんアルヨ」

 

どういう意味で言ってやがる。

その“強い女”をよく知ってるような口振りだな。

……それも、そうか。

赤い顔も自信なさ気な顔も、つまりそういう事か。

 

「例えば、夜兎とかか?」

 

俺がわざとらしく言うも、チャイナには冗談がキツイようで小さな悲鳴を上げた。

 

「あっ!えっ!あっ、私もう行くアル!」

 

俺には待てと言っておきながら、自分は呆気ないまでにも素早く立ち去りやがった。

逃げ足だけは早いらしいな。

 

俺は新しい煙草を取り出すと口に咥え火をつけた。

どこか清々しい空気と共に煙を肺いっぱいに取り込めば、少しだけむせた。

どうも調子が狂ってるらしい。

 

「強い女か」

 

確かに強い女なら守らなくても危険を自分で回避出来るかもしれねェ。

だが、そうじゃねぇんだよ。

惚れた女を守りたい想いは相手が誰であれ、例えそれが宇宙最強の戦闘部族であれ、変わることはねぇんだよ。

それをまだまだ分かんねぇチャイナはやっぱりまだ小娘だ。

とは思っていても、俺の背中はどこかほんのりと女の香りが漂っていて、普段はあんな態度でもチャイナも女には変わりない事を認識させられた。

それにしても、あのチャイナが俺を――

柄にもなくニヤリと笑う口元に思わず顔を伏せた。

 

相変わらず、暇な休日には変わりなかったが、どうも今日の見上げた空はいつもに増して青く映った。

 

2012/04/27

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