stay/銀神

 

 万事屋の居間のテレビは、大晦日で賑わう神社の様子が映し出されており、銀時はそれをソファーの上で微睡みながら音声だけを聞いていた。

 あと1時間ほどすれば年は明け、また新たな1年が始まる。しかし、何か目新しい事があるわけでもなく、いつもと同じ日常が始まるだけだ。

 銀時は少々酒も入り、眠気には勝てないとソファーの上で元旦を迎えようとしていた。

 

「銀ちゃん、用意出来たアルカ?」

 

 そんな事を言いながら居間に入ってきたのは、晴れ着に身を包んだ神楽だった。だが、銀時はそんな神楽を目に映すことはなく、適当に返事をした。

 

「あー、お節はまだ食うんじゃねぇぞ。あれは年明けてからだ」

 

 神楽は明らかに寝始めようとしている銀時を見て、こめかみに青筋を浮かべた。

 

「大晦日に神社行く約束、忘れたアルカッ!」

 

 そう言った神楽は銀時の胸ぐらを掴むと、無理矢理にその身を起こさせた。お陰で銀時の眠気も僅かながらに吹き飛んだ。

 

「うるせェな。お妙とでも行って来いよ。どうせ行ったってアレだろ? 露店で何か食って帰って来るだけなんだから、余計な金は使わずに銀さんの財布に貯金しろ」

 

 神楽はそんな事を言った銀時を面白くなさそうに見つめると、胸ぐらから手を離した。

 

「前にも言ったアル。姉御はスマイルの年越しイベントで、新八はカウントダウンコンサートアル。でも、もう良いネ。銀ちゃんと約束したのは、私の気のせいだったアルナ」

 

 銀時に背を向けた神楽はそう言うと、1人万事屋から出て行った。

 

「……あーあ、しゃーねぇな」

 

 銀時はすっかり覚めた眠気に神楽と約束した事を思い出した気になると、急いで羽織とマフラーを身につけて玄関の戸を開けた。

 外に出れば思っている以上に冷えており、銀時は白い息を吐きながら身をブルッと震わせた。

 やや急ぎ足で階段を下りれば、普段着慣れない着物にもたついているらしく、神楽がまだそこには居たのだった。

 

「……ほら、さっさと行くぞ」

 

 神楽を追い越して歩く銀時に、神楽の表情は一瞬和らいだ。しかし、すぐにその眉尻を上げると、急ぎ足で銀時について行った。

 

「待ってヨ! 尻にブースター付いてないんだから、もう少しゆっくり歩いてヨ!」

 

 銀時は面倒臭そうに頭を掻いて立ち止まると、横目で神楽が追い付くのを待っていた。

 そして、ようやく神楽が追い付くと、また歩き出し歩調を合わせてやった。

 

「今年ももう終わりアルナ」

 

 神楽が急にそんな言葉を口にした。

 銀時は何故かそれがおかしくて、小さく笑ったのだった。

 

「終わりつったって、どうせ嫌でも来年が始まんだろ。しみじみと言う事か?」

「わかってないアルナ! 10代の1年は10年に匹敵する濃さアル! 銀ちゃんのカルピスウォーターを水で薄め1年と一緒にしないでヨ!」

 

 誰が出涸らしだ! 銀時はそんな事を口にしたが、確かに新鮮味や緊張感とは程遠い日常を過ごしている事を感じていた。

 シリアスな話や映画になるとお約束のバトルでヒーローらしくはあったが、それ以外は玉転がしをやったり飲みに行ったり随分と、適当な生活を送っていた。

 

「ら、来年はあの、カルピスソーダの水割りくらいには……」

「わぁ! 銀ちゃん、見てヨ! もう人がいっぱいネ!」

 

 神楽は明るい表情でそう言うと、神社の境内へと入って行った。だが、あまりにも多い人出に神楽と銀時の距離はみるみる内に離れて行った。

 

「おい、神楽!」

「わぁっ! 銀ちゃん!」

 

 神楽は人波に押されると、銀時の方を振り返る事も出来ず拝殿へと流されて行った。

 銀時は神楽を追って強引にも人並みを掻き分けると、神楽の姿を見失わないように追いかけた。

 こんな近所の神社ではぐれるくらい何だよ。

 そんな事を頭でぼんやりと考えているにも関わらず、神楽の姿が見えなくなる事を不安に感じていた。

 さっきの晴れ着姿の神楽。去年よりも一昨年よりも、その前よりもずっと綺麗に見えたのだ。年々、身長も伸び、あどけなさも薄まり、ガキだ何だとは言っているが、どこか2人っきりで居るとむず痒く感じることがあった。そんな神楽が自分の目の届かない場所へと流されてしまった事に、銀時は神楽とのいつか来る別れを重ねて見ていた。

 もしかすると、このままもう戻って来ないような……

 気温のせいか、言い知れぬ淋しさが銀時を襲った。いつも自分の隣に居た存在が突然として先へと行ってしまう。そんな準備はまだまだ出来ていないのだった。

 

「神楽!」

 

 ようやく銀時が神楽の元へと辿り着くと、神楽は赤い鼻先でにっこりと笑っていた。

 

「銀ちゃん、大人の癖に迷子なったアルカ?」

 

 銀時はそんな事を呑気に言っている神楽に無性に腹が立った。

 だが、もうそんな事はどうだって良かった。早く帰って眠りたい。

 銀時はそう思い、余計な事は言わずに早く済ましてしまおうと、神殿を参ったのだった。

 

 銀時は賽銭箱に僅かながらのお金を入れると、カラン、カランと鐘を鳴らした。

 隣の神楽は一足先に目を瞑り、既に何かを願っているようだった。それを見た銀時も二礼二拍手を済ませ手を合わせると、薄目でこっそり神楽を見ながら願うのだった。

 来年もただ側に――

 銀時は合わせていた手を離すと、隣の神楽の白い手を握った。すると、神楽の赤い顔が銀時に向いた。

 

「はぁ? なんだよ。迷子になったら面倒だろ。俺はもう早く帰って寝てぇんだよ」

「……うん」

 

 今度は、2人はぐれる事なく神社の境内から出ると、来る時通った道を万事屋へと歩いた。

 

 会話はない。それは2人とも眠いからなのか。珍しく静かに夜のかぶき町を歩いた。

 銀時はいつもより熱い左手が、自分の熱だけではない事を感じていた。手を繋ぐなんて事は割とあって、腕を組んで歩く事も少なくなかった。なのに、何故か今夜は特別な気がするのだ。神楽の唇に紅が薄っすらと引かれているからなのか、それとも銀時が願ってしまったからなのか。

 "来年もただ側に――この先もずっと側に"

 

「銀ちゃんは、何お願いしたアルカ?」

 

 神楽は銀時を見上げると、柔らかく微笑んだ。

 言えるわけねぇと銀時は適当に誤魔化した。

 

「商売繁盛、家内安全、銀さんモテモテ、弱肉強食」

「なんだヨ! 最後ただの四文字熟語ダロ!」

「そう言うお前は何だよ? どーせアレだろ? 米を腹いっぱい食いたいとか」

 

 神楽は急に立ち止まると、銀時を不思議そうな顔で見ていた。いや、正直何を考えているか分からない顔だ。

 銀時は神楽を訝しげに見つめると、片眉を上げた。

 

「え? 何だよ」

 

 神楽はニコッと笑うと、銀時と繋いでる手を目の高さに掲げた。

 

「みんなとずっと一緒に、いられますようにって願ったアル!」

 

 銀時は口をあんぐり開けたまま俯くと、どんな顔が正解なのか解らずに、神楽を見ることが出来なかった。

 なんでこういう所だけあどけないのか。

 銀時は神楽の素直さがあまりにも眩しすぎて、だが変に突っぱねる必要はないと、神楽と繋ぐ手に力を入れると軽く笑って青い瞳を見つめた。

 

「嫁に行かねぇのかよ。あーあ、おめぇの親父泣くぞ。いや、喜ぶか?」

「……あ、ヤベっ! 貰い手候補あったアル」

 

 銀時は聞き捨てならないと、神楽から詳しく話しを聞き出そうとしたが、神楽は何でもないと誤魔化しながら万事屋へと歩いた。

 その間も繋いだ手は離れることなく、2人は年明けの瞬間を互いの熱を感じながら迎えるのだった。

 

2013/12/31