素敵な彼/銀神

 

 

 

  いつもと同じ、何の変哲もない食事風景。銀時が味噌汁を飲み、新八が納豆をかき混ぜ、神楽が炊飯器を抱える。それは万事屋では馴染みの風景だった。しかし、今日は違ったのだ。銀時が味噌汁を飲み、新八が納豆をかき混ぜ、神楽は――

 

「ごちそーさまアル」

 

 ハァと小さく息を吐いた神楽は両手を合わせると、茶碗一杯分のご飯だけを平らげ食事を終えたようだった。それを何の気なしに見ていた銀時と新八だったが、ふと普段の風景を思い出した。

 炊飯器を抱え離さない姿。顔中に米粒をつけて、ニコリとこちらへ向けられる笑顔。今日はどちらも見ることが出来なかった。それで2人は神楽の異変に気が付いた。

 

「オイ、神楽。お前、便秘なの?」

 

 銀時のデリカシーの欠片もない発言に、神楽の眉間にシワが寄った。

 

「もしかしてダイエットでもしてるの? 体に良くないよ? 姉上みたいになっちゃうから、いっぱい食べた方が良いって」

 

新八の視線が胸に集中しているような気がして、神楽は怒って腕を組んだ。

 

「なんでオマエ等はそうなるアルカ!乙女が悩んで食事が喉を通らないだけアル!」

 

 そう言った神楽を銀時も新八も揃って変な顔で見つめた。

 

「乙女って誰だよ?」

「乙女って誰のこと?」

 

 神楽は気合いを入れると、目の前の2人をぶっ飛ばした。

 

「どこに目付けてんダヨ! 可愛い神楽ちゃんが見えてねぇアルカ?」

 

 ぶっ飛んだ2人は顔を見合わせると頷いた。

 

「やっぱり乙女なんて居ないよな?」

 

 

 

 神楽は食事を終えた2人に悩みを吐き出し、どうすれば良いのかと相談していた。

 

「――ってことで、弥生ちゃん達とグループデートすることになったアル」

「は? グループデートって何だよ!どうせ乱○パーティーだろ! 俺はな、お前をそんな子に育てた覚えは――」

「銀さんはちょっと黙ってて下さいッ! 神楽ちゃん、そのえーっと、カレシっているの?」

 

 神楽は新八のその言葉にバツの悪そうな顔をすると、あまり大きくない声で言った。

 

「だからっ、いないアル。ちょっと手違いで……」

 

 話しは昨日に遡る。神楽は友達の弥生ちゃんにカレシが出来たと報告を受けた。それを聞いた神楽は良かったネと喜んだ。すると弥生ちゃんは何を思ったか、今度互いのカレシを紹介し合おうと言ったのだ。もちろん、カレシのいない神楽は無理だと頭を振ったが、照れていると勘違いされてしまった。そして結局、勘違いされたまま弥生ちゃんと別れ、今に至る。

 その話を聞き終えた銀時は、漫画雑誌片手に面倒臭そうに言った。

 

「もう、別れたとか適当なこと言って流してもらえよ」

 

 新八もそれに同調すると、神楽はまた溜め息を吐いた。

 

「でも、弥生ちゃん、すごく楽しみにしてるアル。ねぇ、銀ちゃん」

 

 神楽は対面のソファーに座る銀時の隣に移動すると、その体を揺さぶった。

 

「1日で良いからカレシになってヨ!」

 

 神楽のその言葉に銀時は雑誌を読む手を止めた。

 

「ガキ3人とデートなんざ誰が引き受けるか! つか、俺が“カレシです、どーも”なんつって行ったら、この漫画終わるから! ロリコン疑惑どころか確定だからね!」

 

 それをうんうん頷きながら聞いていた新八はコホンと咳をすると、すました表情で神楽に言った。

 

「そうだよ、神楽ちゃん。やっぱり1日とは言えカレシにするなら、もう少し年齢が近い方がいいよ」

 

 神楽と銀時は顔を合わせると、うーんと唸った。

 

「誰かいるアルカ?」

「そうだな、思いつく限りだと裏の魚屋の大将の孫か」

「志村新八ッッ!」

 

 そのツッコミに神楽と銀時は微妙な顔をすると、またうーんと唸った。

 

「眼鏡がカレシって……さすがにないアル。ちょっと怖いネ」

「だよな? なんなら自分で眼鏡掛けて行くよな、んなもん」

「お前ら! いい加減にしろッ!頼まれたって絶対に行かないからな!」

 

 結局、銀時も新八も無理となると……神楽はやはり弥生ちゃんに断らなければならないかと思った。

 神楽はソファーに座り考え込むと、他に誰か居ないかと思考を巡らせた。

 

「そう言えば……」

 

 神楽は弥生ちゃんとの別れ際、こんな言葉を聞いていた。

 

“前に町中で神楽ちゃんとカレシを見たけど、神楽ちゃんのカレシって素敵だね”

 

「誰のことアルカ?」

 

 町中で見たとなると、神楽がその人物と並んで歩いていたのか? それともたまたま出会っただけなのか? 神楽は全く思い出せなかった。

 だが、とりあえず分かったのは、弥生ちゃんから見て素敵な男だと言う事だ。弥生ちゃんは面食いで有名だった。となると、素敵だと言うからには、面構えが良い男と言うことだろう。

 

「銀ちゃん、性格は破綻してても良いから、顔だけカッコイイ男っていないアルカ?」

 

 神楽は今にも泣き出しそうな顔で銀時の腕を掴んだ。

 

「……んな顔すんなよ」

 

 銀時は神楽の言葉にある男を思い浮かべた。だが、その男を紹介したところで、神楽が納得するとは到底思えなかった。しかし、万が一……億が一もあるかもしれないと、銀時は神楽を連れてその男の元へと向かった。

 

 

 

「嫌アル」

 

 案の定、神楽は頭を振った。

 銀時と神楽が並んで座るファミレスの座席の対面。そこに腰かけるは、狂乱の貴公子こと桂小太郎だった。

 

「嫌か。ハッハハハ。そうかリーダー。たったの1日だけカレシでは満足せんか。ならば生涯……」

 

 神楽は桂に向かって食べていたサクランボの種をプッと飛ばした。

 

「1日でもカレシにしたくないアル!」

 

 いくら顔は良くても、テロリストを友人に紹介するのだけは絶対にしてはいけないことだった。ましてや、この桂だ。

神楽はどうしようかと、また途方に暮れた。

 

「桂、発見!」

 

 突然、ファミレスに黒服達が押し掛けたと思ったら、桂目掛けて一斉に飛び掛かった。

 

「では、リーダー、銀時。失敬する」

 

 そう言った桂はあっという間に姿を消した。

 それに呆気に取られている黒服の男達は、後からやって来た男2人に震え上がっていた。

 

「テメェら、何取り逃がしてんだ。あ?」

「斬られたくねーなら、桂の野郎を何がなんでも引っ張って来い」

 

 そう声を荒げたのは、真選組副長の土方十四郎と、真選組一番隊隊長の沖田総悟だった。

 ファミレスの椅子に腰掛けたままの神楽と銀時は、自分達の目の前をうろつく2人を目で追っていた。

 

「オイ、あいつらのどっちかってのはどうだ?」

「ええー」

 

 神楽は目だけでジロリと2人を見た。顔は2人とも世間一般からすれば格好良く、仕事も恐れられてはいるものの、幕府の下で働く公務員であり、友人に紹介するには申し分なかった。ただ、問題なのは――

 

「あっ」

「どうした?総悟」

 

 神楽は沖田と目が合った。

こちらへと近付いてくる沖田を、神楽はどうしたものかと見つめていた。何故なら、この男にだけは絶対に頭を下げたくなかったからだ。

 

「随分と暇そうで、旦那」

 

 近付いてきた沖田が銀時に声を掛けた。

 銀時も沖田と土方の存在は気になるらしく、隣の膨れっ面の神楽の様子を見ながら沖田に尋ねた。

 

「や、やぁ。沖田くん。来週の日曜、暇してるかな?」

「来週?」

 

 沖田は少し考えると、嗚呼と返事をした。

 神楽は乗り気には見えなかったが、感触は悪くはなさそうだと銀時は沖田へ聞いてみた。

 

「その日なんだけど、うちの神楽ちゃんとデートしてくんない? ワケあってデートする相手探してんだよ」

「銀ちゃんッ!」

 

 神楽は銀時の口を急いで押さえたが、既に言い終えた後だった。だが、沖田は顔色一つ変えずに別に構わないと返事をした。

あの沖田が? 神楽はどこか背筋に寒気を感じた。

 

「デートなんて簡単でさぁ。首に縄つけて歩かせれば良いんだろィ、四つ足で」

「ホラ! 銀ちゃん! コイツ、あほアル!」

 

 神楽は自分の予感が正しかったと知った。どう考えてもドSの沖田が、女性とまともにデート出来るとは思えなかったのだ。

 

「オイ、総悟。何してる」

 

 沖田に遅れて何も知らない土方が神楽達の元までやって来た。相変わらず煙草を口に加え、鋭い目付きで神楽達を見据えた。

 

「丁度いいや。チャイナ、土方さんに決めちまえよ。どうせ友達もいない土方さんの事だ。喜んで相手してくんれんだろ。なぁ、土方さん」

「は? 何の話だ」

 

 神楽はその言葉に改めて土方を見た。煙草の煙がやけに鼻につく。臭い。

 

「……いやアル」

 

 神楽はきっぱりと答えた。

 

「何が不満だってんだよ? こう見えても、マヨネーズ星の王子だ。何の不満もねぇだろィ」

「煙草臭い奴、私は嫌ネ」

 

 一同は哀れむ表情で土方を見た。

 沖田は土方の肩に手を置くと、涙を堪える演技をした。

 

「土方さん、同情しまさァ。女にフラれた気分はどうですか?」

「はぁ? なんで告ってもねェのに俺がフラれなきゃなんねェんだよォ!」

 

 土方は全く意味が分からないと、こめかみに青筋を浮かべた。

 

「じゃあ、告れよ。土方ぁ」

「そうアル。告白してこいヨ」

「はぁぁあ?」

 

 土方は絡む沖田と神楽に嫌気がさすと、煙を燻らせながら、ファミレスから出て行ってしまったのだった。

 途端に白けた空気にそれまで乗り気だった沖田も銀時にじゃあと言うと、ファミレスを後にした。

 

「どーすんだよ?」

 

銀時はテーブルに頬杖をつくと神楽を見た。

 

「……もう、いいネ。弥生ちゃんに本当のこと話してくるアル」

 

 1日とは言え、場当たり的にカレシを作るなど、そう簡単なものではなかった。ましてや、カッコイイ男など道端の石とは違い、易々と見つけられるものではない。残された銀時と神楽は目の前の食事を片付けてしまうと、弥生ちゃんに会いに行く為ファミレスから出て行った。

 

 

 

 傘を差し、表情は見えないものの、銀時のだいぶ後ろを歩く神楽は、誰の目から見ても元気がなかった。フラフラと危なっかしく、銀時が振り返り見た時には既にずっこけて、歩道脇の街路樹に激突していた。

 

「何やってんだよ!大丈夫か?」

「うおおおっ、いってぇアル!」

 

 ぶつかった街路樹は真っ二つに割れ、衝突の大きさを物語っていた。神楽はと言うと、軽く足を挫いたようで、その場にヘタリ込んでいた。

 

「……別に向こうの勘違いなわけだし、お前が気にすることねーだろ。ほら、行くぞ」

 

 そう言った銀時は、神楽の正面に背を向けてしゃがみ込んだ。

神楽はその広い背中を大きな目で見ると、パチパチと瞬きをした。そして、ニヤッと笑うとその背中にしがみついた。

 

「んふふ、そうアルナ」

 

 沈んでいた気分はだいぶ良くなり、神楽の顔にまた眩しい笑顔が戻った。

 背中で早く早くと急き立てる神楽に、銀時は馬じゃねぇんだと悪態をつくも、その顔は決して嫌そうではなかった。

そうして2人がワァワァとはしゃぎながら通りを歩いていると、向こうから一人の少女が歩いてきた。その少女は神楽と銀時の姿を見つけると、ニコリと柔らかく笑い神楽の名前を呼んだ。

 

「神楽ちゃん」

「弥生ちゃん?」

 

 たまたま弥生ちゃんに町で出会った神楽は、急にその時が来てしまったことに慌てていた。まだ何から話すかも、心の準備も万全ではなかったのだ。

 そんな神楽が銀時の背中でパクパクと口を動かしていると、目の前の弥生ちゃんが突然頭を下げた。

 

「ごめんね、神楽ちゃん」

 

 神楽も銀時も何事かと息を呑むと、弥生ちゃんが頭を上げるのを静かに待っていた。だが、弥生ちゃんは頭を下げたままで、なかなか顔を上げない。

おかしい。神楽も銀時もそれには気付いていた。

――――――雨?

 ふと弥生ちゃんの足元を見れば、何かの雫で地面が濡れていることに気が付いた。

 神楽は空を仰いだが、澄み渡る青空にあの雫が雨ではない事を知った。

 

「やっ、弥生ちゃん?」

 

 神楽の呼び掛けにようやく顔を上げた弥生ちゃんは目が赤く、頬も濡れていたが柔らかい表情を携えていた。

 

「何かあったの? 大丈夫アルカ?」

「実はね……」

 

 弥生ちゃんは笑顔のまま、ぽつりぽつりと話し始めた。

 カレシとついさっき別れたこと。浮気症だったらしく、自分以外に他に好きな子が出来てフラれたこと。

 

「やっぱり顔だけで好きになっちゃダメなんだね」

 

 弥生ちゃんは赤い目でそう話すも、どこか悲しみは感じられなかった。むしろ、清々しさを感じる程だった。

 

「今度のグループデート出来なくなっちゃったから神楽ちゃんに謝りに行こうと思ってたの。そしたら丁度神楽ちゃんを見付けて」

 

 弥生ちゃんは神楽を見ていた視線を銀時へと移した。

 その真っ直ぐな目に見られた銀時は居心地が悪くなった。

 

「やっぱり神楽ちゃんのカレシは素敵だね。前見た時も具合の悪そうな神楽ちゃんを背負ってて……私も次こそは、顔以外に素敵なところがある人を好きになりたいな」

 

 ようやく目が覚めた気分。

 弥生ちゃんはさっぱりした表情でそう言うと、神楽に手を振って来た道を戻って行った。

 銀時はしばらく呆然として、小さくなりゆく背中を見ていたが、我に返ったのかまた歩き始めた。背中の神楽はと言うと、赤い顔で銀時の横顔を見つめていた。

 

「勘違いだって言うの忘れてたネ」

 

 神楽はそうは言ったが、弥生ちゃんの誤解を解く気などもう本当はなかったのだ。今はただ銀時を素敵だと言われて、嬉しいと思っていた。

 

「デートが流れた以上、どーでも良いだろ」

 

 その銀時の言葉は“神楽のカレシ”だと勘違いされても別に構わないと言っているように聞こえた。神楽は銀時の背中で表情を緩めながら、心臓の鼓動を速めた。

 

「んふっ、素敵なカレシだって」

「……誰のことだよ?男前でイケメンでダンディーでハンサムなカレシとか」

「顔のことは言ってないアル」

 

 銀時と神楽はまたワァワァと騒ぐと、仲良く喧嘩をしながら万事屋を目指した。

 

「あれは絶対、俺に惚れた目だったな」

「なワケないダロ!絶対にないアル……え?ないヨ!ダメアル!」

 

 神楽の素敵なカレシは、背中の神楽の言葉を嬉しそうな顔で聞くと、まだまだ手離せそうにないなと小さく笑った。

 

2013/07/30