白夜叉の居ぬ間に/銀+神(+桂+長)

 

 

 

 最近、銀時が呑みに出掛けようと玄関でブーツを履いていると、決まって神楽は言うのだった。

「呑みに行くアルカ? 帰りは遅いネ?」

 銀時はそれをいつも不思議に思いながら聞いていた。なんでそんな当たり前の事をワザワザ尋ねるのかと。

「ん。明日の朝までには帰るわ」

 銀時はそれだけを神楽に言うと、一人夜のかぶき町へと繰り出すのだった。

 

 そんな話を銀時は飲みの席で、両隣の桂と長谷川に話していた。

 今日3人が飲んでいるのは、スナックお登勢のカウンター席。店内は桂についてきた攘夷志士や馴染み客でわりかし賑やかであった。既にいい感じに出来上がっている3人は、神楽が何故そんな事を尋ねるようになったのかと色々思いを巡らせていた。

 銀時の左隣に座る桂は、相変わらず鬱陶しい長髪姿で顔を上気させていた。

「銀時。貴様は気付いていないだろうが、リーダーも大人になったと言う事だろう」

 銀時は右手に持つグラスの氷を眺めながら、桂の言葉に耳を傾けていた。大人というフレーズに反応した銀時は、眉をピクリと動かすと小さく首を振ってみせた。

「ねぇよ。あいつが大人? 馬鹿言うな、ヅラ。夜も12時まで起きてられねぇーガキが大人なわけねぇだろ」

 いつも早い時間にウトウトし始める神楽のどこが大人だと小さく笑った。

「俺の言ってる事はそうじゃない。因みにヅラじゃない桂だ。リーダーは金もないのに毎晩毎晩深酒する貴様を気遣っているのだろう。リーダーの体はまだお子様かもしれぬが、お前を心配する気持ちを抱くようになったと言う事は、心は大人へと成長している兆しではないのか」

 銀時は桂の言葉にカッと目を見開くと、途端に桂の胸倉を掴みに掛かった。

「てめー! 神楽の体を抱いて大人にしたってどういう事だッッ!」

「貴様は何を聞いていた!」

 ブチ切れる銀時と顔を真っ赤にしている桂。それに見かねた銀時の右隣の長谷川は、急いで2人の間に入ると、銀時を落ち着かせようとした。

「銀さん、落ち着け! ヅラっちがンな事するように見えるか? 手も○○も出すのは幾松嬢だけだって! なぁ? ヅラっち」

 そんな事を言った長谷川の左頬に桂の肘鉄が炸裂した。そのせいで長谷川の魂であるサングラスは吹っ飛び、長谷川はただのマダオと化した。

「武士を愚弄するのか貴様ら! 女子供に俺が○○も○○○も○○○○も出すわけないだろう!」

 桂が目を血走らせながらそう叫ぶと、さすがにスナックのママであるお登勢が3人の元へとやって来た。その表情はかなり怒っているようで、今にも婆さんの必殺技《一生出禁》がお見舞いされそうであった。基本的に他の店では飲めない攘夷志士の桂と、年中金のない銀時と長谷川。お登勢を出禁にされるときついものがあった。

 お登勢の登場に大人しくなった3人は、再び席に着くと一応手打ちということで謝った。

「ところで、お前達さっきから何の話をしてたんだい? 馬鹿に騒いで」

 お登勢はカウンターの中で煙草を吸いながら3人へと尋ねた。銀時は何でもねぇよと言葉を濁そうとしたが、コチラを見ていたたまが横から口を挟んだ。

「銀時様は神楽様が尋ねる言葉に疑問を抱いておられるようです。私の内蔵マイクがきっちりと捕らえていました」

 銀時は俯くと眉間にシワを寄せた。そして、お登勢に酒をくれとグラスを突き出す。

「で、神楽は何を聞いてくるんだい?」

 お登勢が銀時に酒を注ぎながら尋ねると、たまはそれも内蔵マイクで聞いていたらしく、お登勢に聞いていた内容を伝えたのだった。

「ふん、そんなの決まってるじゃないか」

 たまから話を聞いたお登勢は、ニンマリと何か思惑があるような顔で笑うと、煙草の煙を鼻から出した。銀時はそれをグラスの底越しに見ると、少し顔を歪めたのだった。

「お登勢殿は分かると言うのか。リーダーの心の内が」

「あれくらいの歳ならそろそろだろうねぇ。私だって通ってきた道さ。お前達も薄々気付いているんだろ?」

 お登勢はもったいぶった話し方をした。

 一体、どんな思いがあって神楽は、あんな事をワザワザ尋ねるのか。

 銀時は初めこそ軽い気持ちで話題に出したが、お登勢の含みを持たせた言い方に何か嫌な予感がして、真顔で次の言葉を待っていた。

「まさか、お登勢さん! そのまさかじゃねぇだろうな!」

 サングラスを掛け直した長谷川がカウンターに身を乗り出すと、お登勢は口角を上げて言った。

「そのまさかさ。神楽がワザワザ銀時の帰宅時間や出掛け先を気にする理由。そんなの決まってるだろう――」

 銀時は何故だか胸の鼓動が速まった。神楽が銀時を把握していたい理由に思い当たる節があるのだ。最近、神楽に異性……異星人のカレシが出来たという事件があった。結局は、よく自分の気持ちも分からないまま交際しようとして、トラブルになり別れたのだが、神楽にもそろそろ恋の季節がやって来ようとしているのは確かである。銀時は、まさか自分のいない間に誰かを連れ込んでるんじゃないだろうなと、顔を真っ青にさせた。

 それを見ていたお登勢は軽く頭を振ると、誰に言うでもなく呟いた。

「情けないねぇ、全く」

「神楽ちゃんに男が出来たってのか? オイオイオイ、銀さん? 気付いてなかったのかよ!」

 長谷川は銀時の肩を揺さぶると、銀時は力なく体を前後に振った。すると、反対側の肩にも手が置かれた。見れば桂が鬼の形相で銀時を睨みつけていた。

「そんな事があって溜まるか! リーダーは皆のリーダーだぞ! もう少し正確に言えば、リーダーである俺が認めるリーダーは他の誰でもなくリーダーである俺だけのリーダーで……」

 銀時は両サイドをうるせぇと跳ねのけると、カウンターのテーブルにドンと拳を突いた。

「あいつが何してようが知ったこっちゃねーよ。多分、どうせアレだろ? ドラマにでも影響受けて……」

 その時だった。スナックの天井がミシリと揺れたのは。その場にいた一同は地震かと皆上を見上げていた。だが、体に揺れは全く感じない。

「気のせいか」

 誰かが言ったその言葉を皮切りに、また元の騒がしいスナックへと戻った。 だが、僅かにやはり天井は揺れていて、銀時はそれを口を開けたまま眺めていた。

「……なんで揺れてんだ?」

 長谷川はそう呟いて椅子から立ち上がると、銀時と同じような顔をして天井を見ていたそれは桂も同じだった。

「まるで2人の人間が体を重ね、出たり入ったりしているような揺れ方だな」

 お登勢は険しい顔で目を瞑ると、新しい煙草に火をつけた。

「あの娘がねぇ……」

 銀時を見れば目は血走り、ガタガタとその体を震わせていた。

 あの神楽が、まさか。

 銀時は信じられなかったのだ。

 飛躍しすぎだろ。つか、相手は誰だ?

 もはや銀時の背中は、変な汗でずぶ濡れであった。

「こうなったら……」

 そう言った長谷川のサングラスが光った。

「いざ参らん!」

 桂が一足先に髪を振り乱し、スナックから飛び出した。

「あ! ずりぃよ! ヅラっち!」

 その後を追って駆け出した長谷川は、桂と2人で万事屋へ向かったようだった。銀時はそんな2人が出て行った戸を見ながら、白目を剥いていた。正直、何をしているかなど知りたくなかった。共に生活しているとは言え、秘密など誰にでもあるものだ。ましてや、神楽も年頃の女の子である。隠しておきたい事の一つや二つあるだろう。それを影からこっそり窺うなど、どんな事よりもいやらしく感じていた。とは言え、気にならないわけではない。お登勢の言ったように、仮にもし本当に男を連れ込んでいたら? 銀時は頭の中に嫌な映像を思い浮かべた。

 しおらしく、目を閉じて唇を突き出す神楽。照れ臭そうに笑って服を脱いでいく神楽。恥じらう姿を見られたくないと電気を消して甘い声を上げる神楽――――――そんな神楽の姿を必死に見ようと、戸の隙間から目を覗かせてるバカ2人。

「だああああああッッ!」

 銀時は叫ぶとスナックから飛び出した。そして、階段を駆け上がると、ブーツも脱がずに家に上がり込むのだった。

「てめーらァ!」

 廊下の先、居間の戸の前で屈んでいる2人に叫んだ銀時だったが、しーっと人差し指を唇に当てる桂と長谷川に黙らされてしまった。

「はぁ? 何だよ」

「見てみろ、銀時。相撲を取っていたワケではないようだぞ」

 銀時は戸の隙間から恐る恐る目を覗かせた。

 その先で何が繰り広げられているのか。心臓がバクバクと音を立て、体を震わせた。

「女心の~未練でしょおお~」

 神楽は銀時の机をどうやらステージに見立て、演歌を得意気に歌っているようだ。テーブルの上には高級そうな箱に入ったチョコレートやクッキーが置かれており、客役なのか定春が神楽の周りをキャンキャンと飛び回っては盛り上げていた。銀時は拍子抜けした。だが、それと同時に"ほら、見てみろ"とどこか誇らしく思っていた。

「こう見りゃ神楽ちゃんも普通の可愛い女の子だよなぁ、銀さん?」

「……そうかぁ? つか、あのチョコレートとクッキーって確か」

 銀時がテーブルの上の高級そうな箱に首を傾げていると、両手で顔を覆っている桂が何を思ったか、戸を開けて居間へと飛び込んだのだった。

「うおぉぉお! リーダー! 俺は感動したぞ! 是非、その歌で俺と共に攘夷布教活動を……ぶべっ!」

 神楽は飛び込んで来た桂の頬を殴りつけると、居間の戸の前に立っている銀時に驚いていた。

「なんで銀ちゃん居るアルカッ!」

「なんでじゃねーよ! お前、そのチョコレートとクッキー俺のだろッ!」

 神楽はパチリとウィンクをすると、舌をペロリと出した。

「テヘッ、食ったもんは仕方ねーアルっ! 許してヨ!」

 だが、銀時は神楽の両頬を片手で挟むと、怖い顔で迫ったのだった。

「俺がいない隙見て、いっつもいっつも食ってやがったな? 何が許してヨだ。コルァ返せ!」

 神楽は自分の指を口に突っ込もうとし、それを見た銀時はもう良いと神楽を解放した。

「それより、何でヅラとマダオまで居るアルカ?」

 ソファーに座りクッキーを食べている長谷川は、頭を掻きながら銀時の顔を窺っていた。

「何でって言われてもなぁ、神楽ちゃんが男を――」

「てめぇはどさくさに紛れて何食ってんだ! 出てけ!」

 銀時は伸びている桂と食べカスだらけの長谷川を万事屋から放り出すと、万事屋に神楽と銀時の2人だけになった。神楽はまだ物足りないのか、銀時が片付けるチョコレートとクッキーを涎を垂らして見つめている。そんな姿を目に映した銀時は、いつもと変わらない神楽にどこか安心したような表情を見せた。神楽が男と愛だの恋だのと囁くのは、まだまだ随分と先だろうと戸棚にお菓子の箱をしまいながら笑うのだった。

「なぁ、銀ちゃん」

 銀時の背中にもたれている神楽が言った。

「……お菓子、食べられたくなかったら、早く帰って来いヨナ!」

 神楽が偉そうにそんな事を口にした。それが可笑しくて声を出して笑ってしまいそうだったが、銀時は何食わぬ顔で神楽を振り返ると、頭に肘をつき体重を掛けた。

「残念だったな。当分は金もねぇし飲みに行かねーよ」

「ええ! じゃあ、つまみ食い出来ないダロ!」

 そう言った神楽の表情が、少しだけ嬉しそうに見えた銀時だった。

 

2013/12/05