家路/銀神
高い空にはうろこ雲が漂い、頬を撫でる風は少し枯葉の匂いがした。
銀時と神楽は、定春を連れて散歩をしていた。行き先はいつもの公園。
傘をさす神楽と、定春の綱を引く銀時。ごく稀にこうして仲良く散歩に出掛ける、二人と一匹だった。
「銀ちゃん。たまには、お茶屋に行きたいアル」
「お茶が飲みたいの? だから、出る前言ったよね? 水筒に麦茶持って行きなさいって。銀さん、言ったよね?」
そう言う意味じゃねぇヨと神楽は銀時の尻に蹴りをいれると、少し歩くスピードをあげた。
そんな神楽の後ろ姿を見ながら銀時は、面倒臭そうに頭を掻いた。
「……仕方ねぇだろ。ンな事言われてもなぁ、無ぇもんは無ぇんだよ。金さえありゃ、そりゃあオメェ、団子でも、お茶でも、好きなもん食わしてやるよ」
神楽は銀時の話に足を止めると、後ろを振り返り見た。
「なんでアルカ?」
銀時を映す青い瞳は、期待に満ちて輝いており、銀時の言葉を待っていた。
そんな神楽を銀時は不思議に思った。第一、神楽の言った言葉の意味も分からない。なんでかと聞かれても、それに何か特別な理由があるわけではなかった。
ただ、お金が有り余るほどあれば、団子くらい奢ってやる。それくらいの事に過ぎなかった。
だけど、神楽の瞳を見る限り、何か別の意味があるような気がした。それが何かは分からないが。
「あら、銀さんじゃないですか?」
突然、銀時の背後で声が聞こえた。
神楽を見ていた銀時は後ろを振り返り、誰だろうとその姿を目に映した。
「……あ、えっと」
誰だったか。銀時はこの和服の似合う若い女性が誰なのか、思い出せないでいた。
ただ、分かるのは、この女性がなかなかの別嬪であることだった。
「銀ちゃん?」
神楽は固まってる銀時に駆け寄ると、その顔を覗いた。
「お忘れですか? 前に猫探しの依頼でお世話になった者です」
「あの可愛い猫の可愛い飼い主さんね。いやぁ、奇遇ですね。良かったら今からお茶でもどう……」
銀時は自分を見つめる視線に気が付いた。痛い。突き刺さる鋭い視線。
銀時は女性に向けていた顔を神楽に向けると、またすぐに女性に視線を戻した。
「お、お茶でもと思ったんですが、犬の散歩中だった事を思い出しました。ハハハ。僕ってば、本当ドジっ子なんです。ハハハ」
「それは残念です……あら、そちらは、お連れ様?」
女性は銀時の隣に立つ神楽に目をやった。
神楽は見られてることを意識したのか、銀時を睨みつけるのをやめた。
「ああ、コイツですか? コイツも万事屋で働いてるんですよ」
「そうですか。てっきり、妹さんかと」
その言葉に銀時と神楽は思わず顔を見合わせた。
「妹ッ!?」
妹などいない銀時には、妹と言うのがどんな存在なのか分からなかった。情報としてあるのは、黄色くて赤いリボンを付けていて、メロンパンが好物だと言うことくらいだった。
どっちかと言えば、神楽は青い兄の方に似ていたが、銀時は何も言わなかった。
「私と銀ちゃん、似てるアルカ? 私、こんなに髪の毛モジャモジャじゃないし、目もキラキラ輝いてるアルヨ! それに、お風呂入る前に"着物脱がせて~"とか言って、何でも面倒臭そうアル! 私、そんなにッ」
そこで神楽の口は銀時の手に塞がれた。
「あ、あはは。コイツ、ちょっと調子悪くて。おっかしいな。こんなこと喋るようにプログラミングしてねぇんだけどな。おっかしい! すみません、修理するんで帰ります。じゃあ」
銀時は脇に神楽を抱え、定春を無理に引っ張ると、公園まで猛ダッシュしたのだった。
そんな二人を見送った女性はふふっと笑うと、仲が良いと微笑ましく思っていた。
公園に着いた二人は、塗装の剥げてる古いベンチに腰掛けていた。
定春はその辺りでゴロゴロと転がり、嬉しそうにはしゃいでいる。
「はぁ。どーすんだよ。絶対変態だと思われたわ」
「本当のことアル!」
「あのなァ、いくら真実であっても人様に言って良いことと、悪いことがあんだろーが。お前だって、たまに俺の隣で寝ること、人に言われたら嫌な癖によォ」
神楽は少し深めに傘を差すと、あまり大きくない声で言った。
「でも、本当のことジャン」
銀時はそんな神楽に頭を振ると、開き直ったかの様に足を組み、ベンチの背もたれに腕を掛けて天を仰いだ。
「まぁ、確かに。言われて嫌ならやめろって話だな」
いつもではないが、神楽の言ったように、たまに風呂に入る前、着物を脱がせろと頼む時がある。
大抵は、神楽に嫌だと断られるが、ごく稀に脱がしてもらう時もある。
酔ってる時などは、仕方ないと言った風に雑に着物を剥ぎ取られる。たまに、背中を平手で叩かれることもあるが、そのやり取りが、言わば一つのコミュニケーションになっていた。
「それにしても、妹ってなんだよな。俺、そんな趣味ねぇんだけど。お兄ちゃんとか、呼ばせたことねぇし。つか、どっちかって言うと、こうボンでキュッで……」
「でも、実際の兄貴より、ずっと銀ちゃんの方が兄ちゃんみたいアル」
まだ傘を深く差してる神楽は、ボソリとそんな事を口にした。
「………………」
銀時は神楽を真顔で見つめると、また視線を空に戻した。
うろこ雲は相変わらず、手の届きそうにない高いところで漂っていて、傾きだした日の光を受け、茜色に染まっていた。
頬を撫でる風は先ほどに比べ冷たくなり、神楽と銀時の間の距離をほんの少し近づけた。
「てめぇの兄ちゃんになる気なんざ、更々ねーよ」
神楽はその言葉にようやく傘を差すのをやめて、銀時の横顔を見た。
銀時はそんな神楽に、ベンチの背もたれに置いていた手を、神楽の頭に移動させた。
「じゃあ、お父さんアルカ?」
「ハァ? なんで? なんでそうなるワケ? まだ、年齢的にはお兄さんだろッ」
神楽はクスクス笑うと、銀時の横顔に向かって微笑んだ。
「じゃあ、銀ちゃんは、銀ちゃんアルナ! それで、私は私」
「はぁ?」
神楽とどれくらいか振りに目のあった銀時は、神楽のご機嫌な顔に、益々意味が分からなくなった。
銀時は銀時で、神楽は神楽。それ以外の何物でもない。
銀時はそんな事を心の中で繰り返していると何と無く、神楽の言いたいことが分かった気がした。
「あ、そういや、神楽。さっき、俺に聞いたよな? なんでって」
銀時はようやく神楽がさっき道の途中で、自分に尋ねた質問の意味が分かったのだった。
"何故、そんな事をしたいと思うのか"
金持ちになったとして、どうして神楽に団子を奢りたいのか。
あれは、もしもと言う架空の話だが、そこに付随する気持ちは決して架空ではなかった。
奢ってあげたい。一見、大した事のない話だったが、一見では分からない意味が、やはり隠されていたのだ。
それは成金の見栄ではなかった。もちろんなった事はないが、金持ちの慢心でもなかった。
はっきりと言葉にするのは躊躇われたが、今なら遠回しに伝えられそうな気がしていた。
だが、そう思うと、銀時はどうも緊張した。心臓がドクンドクンと脈を打つ。
"神楽が好き"
それが全ての理由だった。
銀時の思考や行動は、いつもその答えに行き着いた。
だが、ストレートには言えない。色々と誤解を招く。
でも、それに近い言葉なら、何か口にできる気がした。
銀時は珍しく、力強い眼差しで神楽を見ていた。
そのせいか、神楽がどことなく困ったような顔をしている。
きっと、そんな目で見つめられる理由が分からないのだろう。
「かっ、神楽」
「何言ったか忘れちゃった。もう、いいアル!」
神楽はそう言うと、ベンチから立ち上がり、定春の元へと駆けて行った。
銀時はそんな神楽の後ろ姿を見つめながら呟いた。
「……バレてんのか?」
そして、定春と戯れる神楽に頭を掻いた。
急に柄にもないことを銀時がすると、神楽自身も戸惑うのかもしれない。
銀時は気持ち悪いなと自分のことを嘲笑うと、ベンチから立ち上がった。
「神楽、定春。帰るぞ」
じゃれていた神楽と定春は、銀時の方を向くと頷いた。
そして、神楽は定春の背に乗ると、銀時の歩調に合わせて揺られた。
空はすっかり茜色で、遂に日はビルの狭間に落ちていく。
二人と一匹の影は少し長く伸びていた。
神楽はそんな影を、定春の背に揺られながら横目で見ていた。
「銀ちゃん、そう言えば……お茶屋に行く金、本当はあったんダロ! なんで金ないなんて言ったアルカ!」
「ちげーよ。あれは、新たな依頼に繋がる営業みてーなもんだろ? だから、ちょっとその辺で借りて」
神楽はよくねーヨと怒りながらも、その瞳は笑っていた。
「?」
銀時は次の瞬間、その笑顔の答えを自分の後ろに見つけたのだった。
もうすぐやってくる闇に、いずれ混ざる影。
その二つ並ぶ影が、たったの一瞬だが二つに重なっていた。
銀時はそんな重なった影に、下を向いて口角を上げた。
「家で麦茶淹れてやるから、それでも飲んどけ」
「せめてほうじ茶がいいネ」
こうして、少し賑やかな二人と一匹の散歩は終わったのだった。
2013/09/17
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