[MENU:銀神]

二度ある事は三度ある/銀←神

 

 

 

駄菓子屋から家に帰ると、いつもみたいに銀ちゃんがソファーで昼寝をしていた。

ただ、それだけのこと。

なのに、私は何だか銀ちゃんにイタズラしたくて堪らなくなる。

マジックで落書きしちゃおうかな?

それとも洗濯バサミで鼻を摘まもうか?

怒られるのは分かってるのに、銀ちゃんに構いたくて仕方がない。

 

私は既に棒だけになっていたアイスキャンディーに替わってマジックペンを手に持つと、ソファーの傍らにしゃがみ込み、銀ちゃんの顔に近付いた。

見えてる銀ちゃんは本当にぐっすりと眠っていて、起きる気配は感じられない。

ププププ。

これならイタズラも簡単アル。

私はほくそ笑みながら、銀ちゃんの顔を覗き込んだ。

 

ふと目に止まる。

閉じられた瞼と静かな口。

それに思わず手が伸びて、指で軽く撫でてみた。

変な感じ。

なんダロ、これ。

心臓がトクンと跳ねた。

目の前にいるのはいつもの銀ちゃんだし、私だっていつもの私ネ。

なのに、なんでアルカ?

妙に気持ちが落ち着かないヨ。

それは、銀ちゃんが大人しく眠ってるから?

銀ちゃんを好きな気持ちは初めからずっと変わらずあるのに、今の好きは絶対に……確実に別のモノだった。

これが恋アルカ?

 

「そんなんじゃないヨ」

 

呟いて打ち消そうと思ったのに、私の耳は熱くなった。

まさか。

そんな気持ちが沸き上がって、私は自分の心臓辺りをグッと掴んだ。

でも、ドキドキは止まらなくて、寧ろどんどん加速していく。

これはやっぱり恋アルカ?

こんなにも呆気なく、一瞬の内に落ちちゃうものネ?

 

「…………」

 

何にも知らずに寝息を立ててる銀ちゃんが、少し恨めしく思えた。

特別な事なんて何もしてないのに。

恋なんて、もっとずっとロマンチックで甘いものだと思ってた。

誰かを愛しく想うなんて、こんなにもありふれたものアルカ?

銀ちゃんなんて、だらしなくて変にナイーブで、お金の使い方もロクに知らなくて、それでもって臭いし、モジャモジャだし、下ネタばっかり。

なのに、なんでヨ。

ずっと一緒にいたいアル。

 

「銀ちゃん」

 

私はまたそっとその頬に触れてみた。

すると、触れた指先がヤケドしてしまったように熱くなって、思わず指を引っ込めた。

今まで平気で触って来たのに。

体まで意識してしまったみたい。

この気持ちは絶対に銀ちゃんには秘密にしなきゃ。

もちろん、新八にも、他の誰にも。

叶わない恋って事くらい、もう既に気付いてるネ。

銀ちゃんが相手してくれるワケないって。

だから、絶対にもっともっと胸とかもボーンっておっきくなって、大人の良い女になったら、デートの1つくらい付き合ってやるアル。

だから、それまでは銀ちゃんの思ってる通りの“可愛い可愛い神楽ちゃん”で良い子しててやるヨ。

……でもね、眠ってる時くらいは良いよネ?

銀ちゃんにバレないようにだったら、私もただの恋する乙女になっても良いよネ?

 

覗いてる銀ちゃんの寝顔が私の胸を締め付ける。

一体、どんな夢見てるアルカ?

本当は銀ちゃんの全てを知りたくて、銀ちゃんを独り占めしたいんだけど、そうもいかないから。

だから、私は静かにそっと、銀ちゃんを起こしてしまわないように、頬に唇を引っ付けた。

 

「……しちゃったアル」

 

自分の唇を押さえると触れた部分がジンジンとしていて熱くなっていた。

ただ頬に唇を引っ付けただけなのに。

手と手が触れるのと何一つ変わらない筈なのに。

それにも関わらず、私の体は舞い上がり、どうにかなってしまいそうだった。

しばらくその場で手足をバタバタさせたけど、このドキドキは収まりそうもなかった。

 

「わぁぁ!こんなの誰にも言えないネ!そよちゃんにも絶対言えないアル!」

 

そうやって一通り騒いだ後、私は顔を上げるとまた銀ちゃんを見た。

だめアル……やっぱり、あと一回だけしてみたいアル。

私はそーっと銀ちゃんに顔を寄せた。

さっきに比べるとドキドキは落ち着いていたけど、興奮は上回っていた。

好きになるとこんなにも、触れたくてキスしたくて堪らなくなるアルカ?

私は静かに銀ちゃんの頬に唇を付けると、さっきよりも少し長く唇を引っ付けた。

三回目は多分ないから。

そんな勇気あったら頬っぺたじゃなく……

私は震える唇をゆっくりと銀ちゃんから離した。

 

「内緒アル」

 

やっぱり銀ちゃんはいつもの銀ちゃんで、特別な事なんて何一つなかった。

それなのに、それがすごく嬉しくて、このままずっとこうであって欲しいと思った。

ずっと万事屋の銀ちゃんで……誰のものにもならないでって。

 

「ん?あれ?神楽?今何時?」

 

覗いてる先の銀ちゃんの目が開いて、瞼を擦りながら私に尋ねた。

いつか起きるのは分かってたのに、私はアホみたいに騒いで飛び上がった。

 

「あ?なんだよ。つか、お前マジック片手に何してんだよッッ!」

 

私は片手に握り締めたままのマジックペンを、すっかりと忘れていた。

 

「ちがっ!マジックで銀ちゃんの顔に落書きしようとか全然っ」

 

すると、顔を青くした銀ちゃんは急いで体を起こすと、洗面所へと駆け込んでしまった。

私も後から洗面所へ向かうと、鏡に向かって首を傾げてる銀ちゃんがいた。

顎に手を置いて、顔中を見回していた。

 

「だから言ったアル!落書きなんてしてないって」

「いや、ちげーよ……」

 

そう呟いた銀ちゃんは鏡越しにジロリと私を見た。

まさか、私がした事バレてしまったアルカ?

そんな筈は絶対にないネ。

だって、ただ唇を引っ付けただけアル。

跡なんて残るわけないんだから。

私の心臓は煩くて仕方がないのに、生きた心地がしなかった。

こんなもんバレてしまったら、一生の恥ダロ。

私は銀ちゃんから目を逸らすとソッポを向いて、何も知らない振りをした。

 

「……そういや」

 

銀ちゃんはやっぱり何も気付かなかったらしく、私にしなだれ掛かるといつもの調子だった。

 

「米ってまだあったか?今晩何食うよ」

「私、ラーメンが食べたいネ。角のラーメン屋、30分以内に特盛食べたら全品タダアル!」

「神楽ちゃーん!いや、神楽様ァ!」

 

私も色気より食い気で、すっかりいつもの私だった。

これでいいアル。

もう、充分ネ。

銀ちゃんと頬っぺた擦り合わせて、あーだこーだ言ってるくらいが充分アル。

でも、変なの。

頬っぺた同士ならこんなに平気なのに。

どうして頬っぺたと唇に変わるだけで、あんなに熱くなって苦しくなるんだろう。

やっぱりそれは私が恋しちゃったから?

 

「なァ、神楽」

 

2人でフラフラと居間に戻る途中で、銀ちゃんが私の顔も見ずに言った。

 

「何アルカー?」

 

私も銀ちゃんを見ずに答えた。

そして、居間のソファーにダイブして、新八が戻るまで寝ようかなんて思っていた。

なのに、その計画は全て変更になった。

だって、銀ちゃんが――

 

「お前、俺の上でお菓子かなんか食った?」

「え?食べてないアル」

「じゃあ、なんで銀さんの頬っぺたベタベタしてんだよ」

 

定春か?

銀ちゃんはそう言って特に気にする素振りは見せなかったけど、私は冷静じゃいられなかった。

銀ちゃんがアホだから助かったけど、もう少し頭がキレて、髪もサラサラで目も輝いてたら、きっとバレてしまったアル。

二度と……三度としない。

そう誓ってはみたけど、また銀ちゃんの寝顔を見た時に大人しくしていられるか、そんなの分からなかった。

そのせいか、頭の中にイヤなフレーズが浮かぶ。

二度ある事は三度ある。

もし、三回目のキスがあるとしたら、それは頬だけで済むだろうか?

私の気持ちがこれ以上育ちませんように!

そう祈りながら、ソファーの上で膝を抱えた。

 

2012/10/02

[↑]