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覚めない夢の続き

5年後神楽が帰った後の銀時と神楽のやり取り

5年後神楽が過去に一度だけ見たという銀時と見知らぬ女性の抱擁の真相


※非常に短く、収まりの良い話になっています

 

覚めない長い夢/銀神(リクエスト)

 

 町内会のキャンプを楽しんでいた神楽と新八は、今日の夕方かぶき町に戻ってくる予定だったのだが、思いがけない渋滞で夜八時を回って着いた。

「じゃあ、僕はこっちだから。神楽ちゃん、また明日」

 新八とタバコ屋の角で別れた神楽は少々眠いまぶたを擦りながら鞄を持ってふらふらと歩いた。そして万事屋へと伸びる通りに出た時だった。神楽の目に銀時が飛び込んで来たのだ。

「銀ちゃ……」

 駆け出そうとして銀時が一人ではない事に気付いたのだ。とんでもない美女と一緒に居るのだ。鞄を持つ手が汗ばんだ。そして、銀時とその美女が――――――抱き合った。熱い抱擁だ。遊びの関係ではないだろう。なんとなく見てはいけないものを見てしまった気分だ。神楽は目を逸らすと暗い地面を見つめた。きっと銀時はあの女性を愛していて、あの女性も銀時を愛しているのだろう。銀時が誰を好きになっても別に良いのだが、それでもなんとなく面白くなくて、ちょっとだけ傷ついた。

 少しして顔を上げると既にその場には銀時しかおらず、悔しそうな寂しそうな顔をして遠くを見つめていた。まるで永遠の別れのような切なそうな顔だ。神楽は銀時が万事屋へ戻るのを待ってから家へ帰るのだった。

 

「ただいまアル」

 居間へ行けばいつもと変わらない腑抜け面の銀時がソファーに座っていた。

「あれ? お前、今日帰ってくる予定だったの?」

「そうアル。もっと言えば夕方帰る予定だったネ。忘れてたアルカ?」

 もし仮にそうだとすれば銀時はあの美女と前々から会う予定ではなかったのだろう。そうなると一夜限りの関係なのか? 銀時に聞きたいことがたくさんあった。神楽は鞄を置くと銀時の向かいのソファーに座り様子を窺った。

 特に変化はないようだが、溜め息が多い気もするし、そうかと思えばこちらを見てニヤニヤと笑っている。気持ち悪い。先程までの悲しい・やるせない表情は一体何だったのか? あの美女との別れからもう立ち直ったのか?

 神楽は堪らず銀時に訊ねた。

「何があったアルカ?」

「お前こそ何かあった?」

 神楽はびっくりするも平然を装った。何も見ていないと。

「今日はもう疲れたネ。寝るアル」

 そう言って立ち上がると銀時が神楽の腕を掴んだ。だが、何も言わない。目だけを見ればやはりどこか寂しそうで、先程の女性を恋しく思っているようだ。それは理解できるのだが、何故こう腕を掴むのか。もしかして甘えているのか? 神楽は少しだけ嬉しく思った。

「久々に帰ってきたから構って欲しいアルカ?」

 神楽が得意気に言えば、銀時は笑った。

「お前こそホームシックになったんじゃねえの?」

 そうしてソファーに居る銀時に引き寄せられると、足を使って体を挟まれた。

「うお! 離せヨ! モジャモジャ!」

「うるせェ! お前はこうしてやる!」

 部屋に二人の笑い声が響く。そのお陰で神楽にとってこの出来事は何でもないものへと変わった。日常のほんの一ページ。そうして記憶は薄れ、五年と言う歳月が流れた。

 

 神楽は源外の自転車で行った世界が過去だったと知り、そしてようやく分かったのだ。昔、銀時が女性と抱き合っている姿を見た記憶。あれは紛れも無く本物で、そして――――――相手が自分であったと言うことを。あの日、幼い神楽の目に映った銀時と女性は、銀時と大人になった神楽であったのだ。思い出して妬けちゃうなどと思ったのだが、自分であったのならそれは別だ。今でもあの日見た光景を思い出せる。薄れていると思ったのだが、目を閉じればはっきりと見える。

 抱き合っていた二人は愛し合っていた。銀時は間違いなく神楽を愛していたのだと記憶の中で見つけたのだ。いや、実際にあの日、神楽を包んだ腕は深く神楽を想っていた。伝わる熱や心臓の震え。全てがこの自分を愛していると言っていた。

「銀ちゃん……」

 思わず名前が口から零れた。

 暗い部屋で布団に寝転がっている神楽は、自転車で行った世界の事を眠る前に思い出していたのだ。

 だが、もう寂しくはない。銀時は必ず戻ってくる。そう信じているからだ。再び出会えると――――――

 

 

 唇を重ねて、震える心が感動を表していた。ずっと好きだった銀時と今夜初めて気持ちが通じあったのだ。万事屋の狭いソファーの上。見つめ合う目は互いの熱を一刻も早く分かち合いたいと言っていた。だが、銀時は眉をひそめると首を傾げた。

「あれ? そういやお前とずっと昔にこうしてキスしたような気がすんだけど」

 銀時の膝の上に座る神楽は笑って銀時の額を指で弾いた。

「そんなわけないでしょ。ずっと銀ちゃんは私のこと、子供扱いしてたんだから」

「いや、そうなんだけどよォ……」

 だが、確かに初めて口づけをしたような気がするのだ。ただ感情が違う。とても悲しかったような、切なかったような……はっきりとは分からないがそんなふうに思う。思い出そうと――読み取ろうとすると胸が疼き口の中に苦味が広がる。その苦味を消したいと神楽はもう一度キスをせがんだ。

「じゃあ、もう一回すれば思い出すかも知れないけど?」

 そう言って神楽が銀時の髪をいじると、銀時は神楽の腰を抱き寄せて二人の距離が再び近づいた。銀時の唇が神楽へ寄せられる。そして、やはり覚えているような気がするのだ。だが、銀時とのキスはこれが初めての筈だ。ならばどうして知っているのか。この唇を。銀時の熱を。

「なぁ、お前。前世って信じるか?」

「前世? でも、今なら信じるかもしれない」

 だって、体が魂が覚えているのだから。

「じゃあ、神楽。確信させてくれねェ?」

 銀時の手が腰から尻へと流れる。

「どうすれば確信出来るの?」

 ついに神楽はソファーへ押し倒されると銀時が覆いかぶさった。

「教えて欲しい? 仕方ねえな」

 そう言っておどけた銀時に神楽は照れくさそうに微笑み返した。そうして二人は熱い息を吐いて交わると溶けていった。

 

 過去の銀時が未來を変え、銀時の居ない世界線は消滅した。あの日、自転車で銀時と悲しいキスを交わした神楽もまた消滅したのだ。それでも神楽は銀時に遠い昔から愛されていたと感じていた。それがたとえ夢であっても良い。今、目の前に愛する銀時が居るのだから。

 神楽は銀時の腕に抱かれながら、一生涯覚めることのない長い長い夢を見るのだった。

 

2016/08/02