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祭囃子の続き
※非常に短く、収まりの良い話になっています
彼女の嘘/銀神(リクエスト)
数日前、万事屋は家賃回収の為に町内の祭りで焼きそばを売ったのだが、神楽はその日、お登勢からもらった浴衣に袖を通さなかった。昨年も着たお妙のお下がりの浴衣を着て、露店の手伝いをしていたのだ。売れ行きは好調で、販売開始から二時間で予定していた個数全てを売りさばいた。
「銀さん、良かったですね! 今月は家賃滞納しないで済みますよ!」
ひと仕事終えた二人は、大きな口を開けて綿菓子を頬張っている神楽を見ながら店の片付けをしていた。
「でも、ばあさんの言った通りに神楽立たせておくだけでこうなるとはなァ……」
焼きそば買いついでにナンパをする野郎共もいて、銀時としては気が気ではなかった。
少し子供じみたお妙のお下がりの浴衣でこうなのだから、あの薄紅色の浴衣を着た日にはどうなることか。神楽と祭りに行く約束を取り付ける事が出来て本当に良かったと心から思うのだった。
◇
神楽がアヤちゃん達と行こうとしていた祭り当日。銀時も珍しく浴衣に袖を通し、玄関で神楽が来るのを待っていた。
「おい、まだ掛かってんのか? 早くしろ」
「今行くネ!」
その声と同時に物置の戸が開き、髪をひとつに束ね上げた神楽が出て来た。風呂上がりのせいか上気した頬がやけに目立つ。真っ白な細い首とうなじが大人の女性の色香を漂わせている。何よりもその身にまとう薄紅色の浴衣が神楽の為に誂えられたと思う程によく似合っていた。銀時は思わず口を開けると言葉を失ったのだ。
「なんて顔してるアルカ? ほら、早く行くアル」
神楽はそう言って草履を履くと、銀時の左腕に腕を絡めた。柔らかな胸が浴衣越しに触れる。神楽にとってはいつもの事なのだろうが、先日ガチで口説いた身としては額に汗がにじむのだ。この夜に期待してしまうと。
祭り会場は既にたくさんの人で賑わっていた。銀時の隣を歩く神楽はどこか落ち着きがなく、辺りを見回している。
「何が気になるんだよ」
「……何食べようか迷ってるだけネ」
そう言えば今日は神楽にたくさん食わせてやると言う約束で連れ出したのだ。銀時はその約束通りに露店から露店を巡り神楽の腹を満たしてやった。
焼きそばにかき氷、りんご飴、綿菓子、焼き鳥にキャベツ焼きにたこ焼き。神楽は満足そうに笑っているもやはりどこか落ち着きがない。銀時から少し距離を置いて歩く神楽に銀時は頭を掻いた。自分と並んで歩く事が恥ずかしいのかもしれない。そんな事に気付いてしまったのだ。だが、本当に嫌なら今日は一緒に来なかったハズだ。それならば神楽は一体何を気にしているのか。
「神楽ちゃん?」
背後から聞こえた若い女性の声。立ち止まり銀時も神楽も振り返れば、そこには数名の少年少女が居るのだった。
「アヤちゃん……」
そう呟いた神楽は頬を赤く染め、浴衣の袖を握りしめていた。神楽がチラリとこちらを見上げる。だが、すぐに視線はアヤちゃんへと戻った。
「あれ? 神楽ちゃんのカレシって……そうだったんだ! じゃあまた話聞かせてね」
「あっ、うん。バイバイ」
短い言葉を交わした後アヤちゃん一行が立ち去ると、こちらに横顔を見せている神楽は何度も長いまつげを瞬かせていた。頬はまるで茹だっているようで、呼吸も浅く苦しそうだ。だが、銀時は神楽が何を気にしていたのかを知り、どこかすっきりとした表情で言った。
「お前、嘘ついて断ったのか? 彼氏と行くからって」
すると神楽が不安そうな顔でこちらを見て……その顔と目に銀時はヤられたのだ。胸のど真ん中を撃ち抜かれてしまった。
「なら、そろそろ帰らねぇ?」
銀時は神楽の手を取ると真面目な表情で言った。神楽がアヤちゃんに断る為に何故そんな嘘をついたのか気になって仕方がない。見栄だったのか? それとも――――――
どうしても確かめたくて、銀時は神楽の手を引いて祭り会場から抜け出した。
ドンドンと祭りを盛り上げる太鼓の音が背中の向こうで聞こえている。通りに出るも今日はいつもと違って人も少ない。居るには居るが皆が銀時達と逆方向へ向かって歩いていて、次第に通りは神楽と銀時だけとなった。
「なんか変な感じネ。誰も居ないみたいアル」
その言葉に銀時は神楽の手首を掴んでいた手を離した。
「みたいじゃなくて、ほら見てみろ。誰もいねーんだよ」
銀時が立ち止まると神楽も立ち止まり辺りを見回していた。浴衣の隙間から見える白い肌が眩しい。何たる無防備。銀時が何を期待して連れ出したのか、神楽はそれにまだ気付いていないようだ。
「なぁ、神楽」
だが、こちらを見つめる神楽の目は熱っぽく、熟れたいい女の顔をしていた。それが銀時の鼓動を速める。いつの間にかすっかり色気づいて、それが嬉しい反面不安も誘う。銀時は神楽の後れ毛を指に絡めると、細い首に手を添えた。ドクドクと激しく脈を打っている。風が吹いて神楽の甘い香りと夏の渇いた匂いが辺りに漂った。日がようやく暮れ出して、夕方と夜の境目だ。遠くの方で賑やかな祭囃子が聞こえるが、今は自分の心臓や神楽の心臓の方がずっと煩く聞こえるのだ。
「なんで《彼氏と祭りに行く》って嘘ついたよ? お前の友達、俺のことをお前の彼氏だと思っただろうな」
銀時は正面から神楽を見下ろしているのだが、先ほどから神楽は下を向いたままだ。叱られていると思って不貞腐れているのだろうか? 銀時はそうじゃないと伝えるように神楽の首筋を優しくさすった。
「……なぁ。なんで何も言わねえんだよ? お前はそれで良いのか?」
銀時は神楽の顔を覗き込んだ。潤んだ瞳と目が合って、銀時はそのまま顔を近付けると神楽の唇を奪うのだった。
熱くとろけそうな柔らかい唇。軽く口付けをして顔を離したが、照れて浴衣の袖を握りしめている神楽の姿に胸の奥が疼くのだ。今すぐに抱きしめてしまいたいと。
「これでお前の嘘も嘘じゃなくなっただろ? だから顔上げろって」
そこでようやく顔を上げた神楽は赤い頬だが強気な口調で言ったのだった。
「キスくらいでカレシ面すんなヨ」
その言葉に思わず口角が上がる。
「そう言うなら家帰って……彼氏としか出来ない事やってみるか?」
すると神楽ははにかみ、照れくさそうに笑った。
「……それって浴衣着崩れないアルカ?」
銀時は何も言わずに笑うと、神楽を抱きかかえて万事屋へと帰っていった。
2016/08/10
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