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銀神で銀時が神楽を何度も口説く話

祭囃子/銀→神(リクエスト)

 

 銀時と新八はスナックお登勢のカウンターで、祭と背に書かれた法被2枚と薄紅色の女性浴衣1枚を見せられていた。それを手に持っているのは店の主人であるお登勢だ。

「今年の夏祭りはね、お前たちにはコレを着てやってもらいたいんだよ」

 毎年、夏祭りにはスナックお登勢も店を出店していた。万事屋は、手伝い=家賃代として借り出されていたのだ。

「あれ? お登勢さん。なんで法被が2枚だけなんですか?」

 新八が眼鏡の端を押さえながらそう言えば、銀時が腕を組んで頷いた。

「つまり、そろそろ新八と神楽の二人で露店を切り盛りしなさいってことだ。遂にお前も認められたんだよ。一人前の童貞だってな」

 すると赤い顔をして、新八は唾を飛ばした。

「どどどどど童貞ちゃうわ!」

 そのツッコミを店にいた皆が鼻で笑い終わると、お登勢が違うと銀時に1枚、新八に1枚と法被を手渡した。

「何言ってるんだい。お前たち二人がこの法被で、神楽にはこっちの浴衣を着てもらいたいのさ」

 お登勢はどこか懐かしそうに微笑むと、手に持っている浴衣を銀時に押し付けた。

「はぁ? あいつ浴衣持ってんだろ? お妙に貰ったお下がりが」

 するとそれを聞いてお登勢は咥えている煙草の煙を吐き出した。

「なぁんにも分かっちゃいないんだね。本当に男ってのはこれだから嫌だよ」

 その言葉に銀時と新八は顔を見合わせると首を傾げた。

 それを見て大げさに溜息を吐いたお登勢はカウンターに入ると、たまに目配せをした。

「銀時様、婦女子と言うものは着飾ることが好きなものなのです。出来れば毎年新しく浴衣を誂えて祭りに出かけたい。そういうものなのです」

 それを聞いた銀時は手にしている浴衣を見つめ、たまに聞いた。

「つまり神楽もそう思ってるつーことが言いたいわけか?」

「言わずもがな、です」

 ふぅん、と言って頭を掻いた銀時だったが、何故急にお登勢がこんな浴衣を神楽に渡せと言ったのか気になっていた。

「こんなもん着てたら仕事になんねーだろ。あいつだったら、すぐにソース飛ばしてダメにすんぞ」

 そう呟いた銀時にお登勢はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「ほんっとにお前は分かってないね。いいかい、銀時。神楽にその浴衣着せて、店の前に黙って立たせとくだけで良いんだ。あとは軽く微笑みさえすれば、それだけでガッポリ稼げるってもんだよ」

 その意味を銀時はあまりハッキリと理解していなかったが――――――この後、家に帰り風呂あがりの神楽に浴衣を見せた時、お登勢の言葉を身をもって理解するのだった。


 スナックで新八と別れ、家に帰った銀時は丁度風呂あがりの神楽に浴衣を手渡した。

「何アルカ!? 銀ちゃん、買ってくれたネ?」

 目を輝かせる神楽は見るからに嬉しそうで、銀時はすっかり『バアさんのおさがり』だと言い忘れてしまった。

 居間の戸の前で浴衣を眺める神楽を、銀時はソファーに座り見ていた。

 こんなに喜ぶとは思ってもみなかったのだ。浴衣は既に持っているのだからそれで満足しているものとばかり思っていた。だが、そうじゃなかったようだ。お登勢の言うように、神楽も毎年違った浴衣を着て祭りに出かけたいと思っていたらしい。うっとりとした表情で浴衣を見つめる神楽の頬は湯上がりのせいか、ほんのり赤く、さぞかし手にしている薄紅色の浴衣が似合うだろうと思っていた。

 そこで気付く。先ほどのお登勢の言葉の意味に。つまりは神楽を客引きとして使えと言うことなのだ。それも神楽の色気や艶で男客を引き寄せて――――――

 そう思って見ると、神楽もすっかりと男を惑わせるだけの成長を遂げており……

 しかし、だからと言ってまだまだ自分の元からは離れて行きそうにはなかった。

「ふふん! これ着てアヤちゃん達とお祭り行こうっと」

 そう言って物置へ行こうとした神楽に銀時はストップをかけた。

「神楽ァ!」

 突然大きな声で呼ばれたせいか神楽は引き返してくると、銀時の隣に座った。

「何アルカ?」

 銀時は初耳であったのだ。神楽がその…………誰かと祭りに行く話など。

「いや、お前。それは祭りで店出すから、その為にバアさんがお前に用意してくれた浴衣で。ふらふら遊びに行く為に着ろつったわけじゃねーんだって」

 神楽はわかりやすく眉間にシワを寄せると銀時に迫った。

「もらったのは私アル! いつ着ようが私の勝手ネ! それにアヤちゃん達とお祭り行くのは別の日アル!」

 そう言われると何も問題はないのだが…………銀時は引っ掛かっていた。神楽の言う『アヤちゃん達』とは何者なのか。

「そのアヤちゃん《達》っつーのは、誰と誰と誰と誰だよ」

 その銀時の言葉に神楽はうーんと軽く唸ると、何かを思い浮かべながら指を折った。

「多分、アヤちゃんの彼氏でしょー、それとミナヨちゃん、よっちゃんも居るアルカ? それから大五郎? 他には尚もかな?」

 銀時のこめかみに青筋が浮かんだ。理由は分からない。ただなんとなくムシャクシャするのだ。

「いや、それ殆ど男じゃねぇの? お前、何考えてんだよ!」

「何って何アルカ?」

 神楽は銀時こそ何を言っているのかと少々不満そうであった。

 日頃から口酸っぱく言ってきたつもりなのだ。男は獣であると。獣と言うものは、何でもない素振りで羊の皮を被りそっと近づいてくる。その為、近づかれた女の子は少しも危機感を持たない。そこに獣はつけ込んで…………後は頭からパクリである。

 銀時は神楽の手にしている浴衣を掴んだ。

「これが着たかったら、その祭りに行くのはやめろ……」

 脅しであった。銀時も言い過ぎたとは思っていたが、そうでもしないといくら神楽とは言え頭からパクリである。

 しかし、こんな脅しに屈する神楽ではない。

「ふん! じゃあ、露店の手伝いはしてやらんアル。ダサメガネと二人でソースの匂いにまみれてろネ!」

 その話を持ちだされると銀時も辛い。露店の売上は家賃に直結するのだ。神楽なしではきっと三倍は違うだろう。そうは思うが、神楽をこの浴衣で…………いや、この浴衣でなくともアヤちゃん達という謎の集団に送り込みたくはないのだ。

「神楽、じゃあアレだ。銀さんも連れて行くって言うのはどうだ?」

 それならきっと神楽を獣から護れるのだ。だが、神楽の顔はハッキリNO宣言していた。

「…………銀ちゃん、お祭り行きたいアルカ?」

 神楽は少々面倒くさそうに尋ねた。

 行きたいかと言われると、ただで酒が飲めるのなら行っても良いと思うくらいで、特別に行きたいと言った程でもなかった。それでも江戸っ子だ。嫌いではない。あの雰囲気は。

「まぁ、そりゃあ、連れ立って行く人間がいりゃ行くよ。俺も」

 神楽はその言葉に少し考えこむ素振りを見せると足を組んだ。

「でも、行く相手いないんデショ?」

 何故がグサリと胸に突き刺さる。居るとすれば、眼鏡にサングラス。その辺りが頭に浮かぶ。

 人間でもねぇな…………

 思わず苦笑いを浮かべた。

 するとそんな銀時を哀れに思ったのか神楽がボソリと言った。

「一緒に行ってあげても良いアルヨ…………」

 その言葉を聞き逃しはしなかった。銀時は神楽との距離をつめると身を乗り出した。

「お前、今なんつった?」

「べ、べつに…………」

 神楽は何を思ってかはぐらかすと急に立ち上がった。だが、確かに銀時は聞いたのだ。一緒に行っても良いと。これは好機である。今、ここで神楽を物置へ逃げ込ませるワケにはいかない。上手く行けばアヤちゃん達と祭りに行かせなくて済むかもしれないのだ。

 銀時は立ち上がった神楽の手首を掴んだ。

「神楽、銀さんと祭り行くか」

 足止めには成功したが、神楽はじっと黙ったまま首を軽く捻るだけだ。

 すっきりしない神楽の態度に銀時は苛立つと、腕を引っ張り座らせた。

 きっと何か一言足りないのだ。それが何であるのかを銀時は分かっていた。

「焼きそばもりんご飴も綿菓子も、なんでも買ってやるから……な?」

 食い物で釣れば簡単なのだ。それが神楽の良い所でもあり短所でもあるのだが……

「そういうのじゃ……ないアル……」

 銀時は耳を疑った。この神楽が、胃拡張娘であるこの神楽が、食べ物に釣られなかったのだ。

「え? なんで?」

 思わず子どものような顔になる。全く理解が出来ないのだ。何故、そんなにもアヤちゃん達と言う秘密結社と祭りに行きたいのか。いや、寧ろ何故自分と行きたくないのか。

 銀時は考えてみるも全く神楽の心の中が読めなかった。

「銀ちゃん、もっと本気でかかってこいヨ……なっ?」

 本気――――――つまりはマジになれと言う事なのだろうか。そうまでしなければ神楽はアヤちゃん達と言う隠れ蓑で、獣共と騒ぎ立てるつもりなのか?

 つか、惚れてる野郎でもいんのか?

 もし居るのならば大ちゃんの時のように紹介はされたいし、見ておきたいし、交際はたぶんきっと許可はしないし…………

 そんな事を考えている間にも神楽は悩ましげに溜息を吐いて、足を組み替えていた。

 なんとなくそんな姿に銀時は気分が良くなると、本気で神楽を落としてやろうと思ったのだ。

 このままでは多分、神楽は銀時の言う事も聞かずに夏祭りへと行ってしまう。それは絶対に阻止したいのだ。銀時は神楽の肩を抱くようにソファーの背もたれに手を置くと、神楽の横顔を見つめた。

「いっちゃって良いわけね、はいはい。神楽ちゃんがそのつもりなら、俺だって本気だしちゃうから。マジでやっちゃうから」

 声高らかに宣言すると銀時の死んだ魚のような目に光が宿る。

「じゃあ、銀さんと祭りに行ったら、どんなメリットがあるかを神楽ちゃんにお教えしようと思いまーす」

 神楽はどこかそれを鬱陶しそうな顔で聞いているが、逃げ出すことはしなかった。それを銀時は確認すると神楽の奥にある肩へと手を滑らせた。

「いいか、神楽。俺の顔の広さだけは伊達じゃねぇんだよ。殆どの露店でただで飯にありつける。それは基本として大事だろ?」

「まぁナ、他は?」

 神楽は銀時の腕をソファーの背もたれに戻すと、続きを聞きたがった。

 しかし銀時も負けじと戻された腕を今度は神楽の腰に回すと、更に距離を詰めたのだった。

「他にも聞きたい? あっそ、じゃあ教えてあげるけど……神楽、耳貸してみ?」

 神楽は銀時の腕を剥がそうとするも、そうはさせるかと銀時は神楽の体を引き寄せた。そして、耳元で囁いた。

「祭りってな、ただ騒げば良いってもんじゃねーんだよ」

 すると神楽が少し謎めいた顔で銀時を見つめた。

「でも、騒ぐのが楽しいアル」

「バカだね、お前。祭りって言うのは、現地で楽しんで終わるなんてガキの遊びなんだよ。大人は…………銀さんはそうじゃねぇ」

 その言葉に神楽も多少興味が引かれたのか、神楽の眉間からシワが消えた。

「じゃあ、銀ちゃんはどうやって楽しむアルカ?」

「少し遠くで聞く祭囃子が祭りの醍醐味なんだよ、分かるか?」

 神楽は軽く首を傾げると、少し考えてから首を横に振った。

「じゃあ、祭り会場に最後までいないアルカ?」

 銀時はそれに適当にああと頷くと、神楽から浴衣を取り上げてしまった。そして、華奢な体をソファーへと寝かせると、丁寧に髪を撫で付けながら覆い被さった。

 僅かに揺れる神楽の瞳。だが、銀時は気にしない。今は本気なのだ。そんなことで中止する気は更々ない。

「途中で抜けるんだよ。それで背中に遠のいていく祭囃子を聞きながら……」

「聞きながら……? それでどうするアルカ?」

 銀時は神楽の顔に一気に近づくと、小さな顎を手で掴んだ。

「それ知りたい? だったら銀さんと祭りに行こうぜ?」

 神楽はまるで『嫌だ』と言うように顔を横に向けると、赤い頬を惜しげも無く銀時に晒した。それを銀時は目を細めて眺めると、神楽の心の動きを探った。

 嫌がっている素振りは見せているが、赤い顔が物語っている。嫌いじゃないと。

 ニヤリと笑った銀時は、あともう一歩だと逃げた神楽の顔を覗きこんだ。

「他にも望むことがあるなら、別に叶えてやってもいいし…………神楽、お前はどうされたい?」

 その言葉に神楽は目を閉じると、唇を軽く噛み締めた。赤い顔をして、何かを堪えるような表情。それがとても官能的で、銀時は神楽の心の状態が手に取るように分かった。

 きっと悩んでいるのだ。そして、言ってしまいたくなっているはずだ。

「言ってみろよ…………」

「な、何をヨ? わからんアル」

 神楽はしらばっくれるが、まだその頬は赤い。何かを期待しているから逃げもせずにここに居るのだろう。今から起こる何かを――――――

「分かんねぇの? なら、教えてやろうか? 後に続いて言ってみ? 『神楽ちゃんは……』」

 神楽は唾を飲み込むと、ゆっくりと言葉をなぞった。

「か、神楽ちゃんは……」

「『銀さんと……』」

「銀ちゃんと…………」

 神楽の呼吸が次第に苦しそうなものへと変わっていく。それは、もしかすると銀時が神楽の膝を足で割ったせいかも知れないが、気にしないことにした。

「『祭りに……』」

「お祭りに…………」

 そこで銀時は神楽の髪を撫で付けると、首元に顔を埋めた。

「あとは、もう分かるだろ?」

 神楽の高い体温。それが銀時へと伝わってくる。神楽はもう手の中にある。あとは、落ちた所を捕まえるだけだ。銀時は早くしろと急かすように膝頭を神楽に擦りつけた。

「ひゃ、な、なななにヨ!」

「ほら、早く言わねぇと……」

 細い首にゆっくりと唇を引っ付けた。それを神楽は拒もうと銀時の髪を掴むが…………

「ぎん、ちゃんとお祭り……いく、アル」

 遂に神楽は落ちたのだった。祭囃子のような心音を立てながら。

「はい、決定! 神楽ちゃんは銀さんとお祭に行くことになりましたー」

 しかし、もう銀時はそんなことどうでも良くなっていた。嫌がらない神楽にその気になってしまったのだ。食指が動く。

「え? ちょっと待ってヨ! ぎん、ちゃん…………やッ、んっ」

 色っぽい神楽の声が聞こえた所で万事屋の電気は消えてしまった。後のことは、銀時と神楽、二人しか知らないのであった。


2015/07/11