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賽は投げられた:04

 

沖田が暮らしているマンションは駅前の便利な立地に建っていた。

今まではクラスの他の友人もいたが、今日は沖田と神楽の2人だけだった。

2人だけでエレベーターに乗って、2人だけでドアを開けて、2人だけで部屋に入った。

沖田の部屋はカーテンが中途半端にしか開けられておらず、室内は異様に薄暗かった。

相変わらず読みっぱなしの漫画やゲームが床に落ちており、とても男臭い部屋だった。

 

「やべっ、しまうの忘れてた」

 

部屋に入るなり沖田は足でそれらを隅にやると、神楽に空いた所に座れと言った。

神楽は汚ねぇナと嫌がりながらも仕方なく床に座った。

ふと神楽の目に入ったのは、乱雑に置かれた“エッチなDVD”だった。

いくら神威の部屋で見たことがあり慣れていると言っても、同じクラスの男子の部屋にあるとなると話は違った。

一見、女に興味なんてなさそうなのに……

神楽は手際よくテレビゲームの用意をしている沖田を見つめた。

沖田はその視線に気が付くと、神楽にコントローラーを投げたのだった。

 

「負けたらプリンにタバスコかけて食えよ」

「はぁ?プリン奢るんじゃねーアルカ?」

 

神楽は負ける気がしなかった。

何故なら今まで一度も沖田に負けた事がなかったからだ。

神楽はいつも使用するキャラクターを選択すると、フフンと鼻で笑ったのだった。

 

 

 

「あともう一回だけ」

 

既にその言葉は九回も繰り返されていた。

 

「どれだけやってもオマエは私に勝てないアル!いい加減に諦めろヨ」

 

神楽は何度打ち負かしても対戦を求める沖田にうんざりとしていた。

神楽は一回休憩とコントローラーを投げ出した。

そして、ぐっと伸びをすると沖田がこっちを見ている事に気が付いた。

何だろう。

神楽は静かに沖田の目線をたどって行った。

すると、自分の胸の辺りに行き着く事に気が付いた。

いつもならぶん殴ってるところだ。

しかし、今日は神楽も殴る気にはなれなかった。

もしかして大きくなってる?

神楽は少し誇らしくなった。

わざとぐっと体を反らしたりして胸を突き出した。

 

「なぁ、チャイナ」

 

沖田は視線を逸らせると神楽の名前を呼んだ。

神楽が何かと尋ねれば、やはり沖田はあの言葉を繰り返した。

 

「あともう一回だけ。マジで最後にするから」

 

神楽は面倒臭いなと言った表情をした。

しかし、どうせ瞬殺だ。

手間にもならない。

神楽は仕方ねぇアルナと返事をした。

 

「なぁ、もし俺が勝ったらどうする?」

 

神楽はテレビ画面を観ながらウーンと唸った。

もしサド野郎が勝ったら。

神楽はいつものキャラクターを選ぶと、あまり考えずに言った。

 

「オマエのくだらないSMプレイに付き合ってやるネ」

 

すると沖田は一瞬目を大きく見開くと、口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「まぁ、その生意気な顔にメス豚くらいは書かせろィ」

 

沖田もキャラクターを選ぶと最終マッチが始まった。

神楽は戦い方を知っていた。

コマンドの入力ミスだってあり得ない。

一方、沖田は逃げ回るのが精一杯だった。

決して弱いわけではないが、神楽が尋常じゃないくらいに強かったのだ。

テレビ画面に表示されるHPは神楽が100で沖田が既に62だった。

あと数回技が極れば、沖田のHPは0の数字を表示するだろう。

 

「この勝負も勝ちアル!」

「……そういや、てめぇ放課後、あの部屋で何してたんでィ?」

 

突然の沖田の質問に一瞬神楽の手が止まった。

その隙を突いて、初めて沖田の技が極った。

 

「あの部屋?」

「とぼけんなよ。銀八と窓際で何か話してただろィ」

 

神楽の手が汗ばんだ。

意識は突如としてテレビ画面から現実へと引き戻された。

沖田は見てたんだろうか?

額にも汗が滲んだ。

でも、あそこは3階で玄関から見えるはずがなかった。

もしかして、あの部屋に入る所を見てた?

神楽の頭はグルグルと回り出す。

どこまで知ってるのだろうか。

何を見たんだろうか。

まるで神楽の心情を反映するように、テレビ画面の神楽のキャラクターのHPをどんどん削られていった。

 

「まぁいいや。どうせてめぇは怒られてたんだろィ」

「そ、そうアル!怒られてたネ」

 

神楽は先ほどよりだいぶ減ったHPに焦ったが、すぐに体勢を立て直そうと大技のコマンドを入力した。

 

「そうはさせるか!つか、銀八の噂知らねぇの?」

 

大技の途中で沖田にダメージを加えられ、神楽ははね飛ばされた。

ヤバい!

だけど、それよりも神楽は銀八の噂話が気になっていた。

 

「銀ちゃんの噂?なにアルカ?」

 

沖田は神楽のキャラクターに大技を極めまくると、遂に形勢が逆転した。

 

「クラスの女子とセックスしまくってるらしいぜィ」

 

嘘アル。

神楽は小さく呟いた。

だけど、自分と銀八の関係だけを見てもその噂を強く否定する事が出来なかった。

 

「最近、3zの女子だけ胸がデカくなったの気付いてんだろィ?」

 

神楽はコントローラーを持つ手を動かすのを止めてしまった。

沖田の言葉に胸が詰まって苦しくて仕方がなかった。

やっぱり他の子とも……

分かってはいたが、他人から聞かされると堪えるものがあった。

しかも、セックスって。

神楽は自分は胸のマッサージだけだと言うことを引け目に感じた。

ガキ臭いから胸止まり?

それとも本当にあれはただの親切心?

自分だけは他の子みたいに“生徒と教師”の関係を飛び越えていないんだと辛くなった。

 

気が付けばテレビ画面には“YOU LOSE”の文字が表示され、神楽の使用キャラクターは倒れていた。

それを沖田は何でもない表情で見ていると、じっと動かない神楽に言った。

 

「負けたんだ。約束は守れよ」

 

神楽は放心しているようで、力なく小さく返事をした。

負けたことが悔しいワケじゃなかった。

銀八の良くない噂に囚われているのだった。

 

「張り合いねぇな」

 

そう言った沖田は、神楽の体を後ろから抱き締めた。

その動きはぎこちなく、ちっとも安心出来るものじゃなかった。

神楽は驚くこともせずに黙ったまま抱き締められると、何となく痛いなんて思っていた。

 

そんな神楽に傷付いたのか沖田はつまらなさそうな表情を見せた。

 

「……飽くまでも噂でィ。つまんねーこと気にすんじゃねぇ」

 

神楽は小さくうんと頷いた。

確かに噂は噂だ。

真実は銀八にしか分からない。

今ここで悩んでいても仕方がなかった。

 

神楽は自分を抱き締める沖田の腕に、銀八の温かな手を思い出した。

そして、恋しくなった。

沖田が自分を慰めようと柄じゃないこんな事までしてくれてるのに、これじゃ私は満足しなんだと神楽は気付いていた。

先生じゃなきゃ、銀ちゃんじゃなきゃダメなんだと。

 

「ごめんアル」

 

謝った神楽は沖田の腕からすり抜けようとした。

だが、沖田は神楽の体を更にきつく抱き締めると、逃がさないようにした。

 

「てめーはゲームに負けたんだろィ。だったら俺とSMプレイに興じやがれ」

 

神楽は沖田のこの言葉にあの約束がマジだったことを知った。

冗談だと思っていた。

だってコイツは私に興味がないから。

私を女としては見ていないから。

神楽はずっとそう思っていた。

だけど、背伸びをした時に感じた視線。

銀八が自分を見る目とは違うように感じた。

 

「いいヨ。SMプレイしてやるヨ。お前がM男で私が女王様ナ」

 

神楽はそう言うと沖田にニッコリ笑ってみせた。

 

「……ジョークにきまってらァ」

 

沖田は神楽から離れると、ポンとベッドに寝転んだ。

分かりやすいくらいにふて腐れている。

神楽は沖田のその様子にやはり真剣に約束をした事を認識した。

そんな沖田が少しだけ可哀想にも思えた。

神楽はベッドの端に腰を駆けると、沖田に尋ねた。

 

「そんなにメス豚って罵りたかったアルカ?」

 

沖田はぶっきらぼうに違うと言うと、体勢を変えて神楽に背中を見せた。

 

「……けよ」

 

沖田が何か小さく呟いた。

神楽はそれが上手く聞き取れず、ベッドに乗ると背中を見せて寝転んでる沖田を覗き込んだ。

すると血走る沖田の目が神楽を睨み付けた。

 

「えっ?」

 

上から覗き込んだ神楽は沖田に腕を捕まれると、体勢を崩して倒れ込んだ。

そして、強い腕に抱きすくめられると、神楽は沖田の顔がすぐ近くにある事に気が付いた。

 

「10分で良い」

 

いつもよりずっと近くで聞こえる沖田の声に神楽は顔が熱くなった。

少し掠れた甘い声。

それが頭の辺りで聞こえた。

10分。

神楽は沖田の腕の中で静かに耐えた。

互いに何も喋らず、目も合わさず。

神楽は明日からどうすれば良いだろうと困惑していた。

これを忘れて友達に戻れるアルカ?

きっと無理だろう。

神楽は自分の白い太股に当たる沖田の熱に気付いていた。

それがある以上、友達ではいられない。

神楽はきっちり10分を計ると、無言で沖田の部屋を後にした。

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