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現実トリップ:04

 

 ようやく体を離した二人は、息も絶え絶えに体を横たえていた。神楽は長い髪をかき上げると、目を閉じたまま銀時に尋ねた。

「さっき、戻り方って言わなかったアルカ?」

 銀時は体を起こすと、脱ぎ散らかした衣服を身に着けた。

「あぁ……俺はたまに頼まれて五年前から転送されて来た“五年前の銀さん”だ」

 神楽はゆっくりと体を起こすと驚いた顔で銀時を見た。今、自分の身も心も抱いたのは、五年後の恋人である銀時ではなく、五年前のなんの関係もない銀時であったのだ。神楽は急いで服を着ると、今更鼻血を流している銀時に迫った。

「どうやったら元に戻れるアルカ!?」

「正直、信じられねーが、逆立ちで時間逆行が出来んだとよ」

 神楽はそっかと言って俯くと、あまり浮かない顔をした。未来に来た当初は銀時の変わらない様子に悲観をしたが、銀時が実は神楽だけを愛し、その為に夜も働いていた事を知ってしまった今――――――元の時間に帰る事が嫌になったのだ。

 ずっと未来に留まる事が魂や残してきた体にどんな影響が出るか分からなかったが、居心地の良いこの未来を手放したくないと思ってしまった。元の時間に戻っても、また銀時に苛立ったり、子供である自分にもどかしさを感じるだけなのだ。良い事なんて一つも…………突然、神楽の頭を大きな手が包んだ。神楽は顔を上げると銀時が真面目な表情をしてこちらを見ていた。

「定春、待ってんぞ。新八も」

 神楽は元の時間で自分を待つ者たちを思い浮かべた。こちらの未来では銀時との絆が濃くなった分、他の人との関係が薄くなっていた。それが気にならないくらい快楽に溺れていた神楽は、ここで初めて冷静になった。

「この未来をお前がどう思ってるか知らねぇけど……思い出も案外、持ってて邪魔にならねぇもんだぜ?」

 未来の銀時と神楽がどうして恋人になったのか。今の神楽は何一つ知らなかった。どうして二人は結ばれたのか? 告白したのはどちらなのか? 好きだと初めて口にした時、どんな気持ちだったのか? 何も無い今の自分はこの未来の銀時と共に過ごしてはいけないと思うのだった。 元の時間に戻って銀時に腹が立っても、給料が貰えなくても、この未来に繋ぐ為に自分にしか出来ない事がある筈だ。神楽はそんな風に思うと、布団の上に立ち上がった。

「未来まで押しかけられたら、帰ってやらないワケにはいかないアルナ」

 神楽はそう言って、壁に向かって倒立をすると逆さまの銀時を見た。

「じゃあナ。さっさとお前も帰って来いヨ! 未来の私を騙して余計な事――――」

 最後まで言い切らない内に神楽の意識は遠退くと、視界が徐々に白く消えて行った。

 

「……う、うーん」

 神楽は目を覚ますと、自分を覗き込むたまと源外の顔を目に映した。

「神楽様!」

 たまが慌てたような声を上げると、神楽は体をゆっくりと起こした。体が痛む。頭がふらつく。だが、見える手や足、どれもしっかりと自分についていて、この小さな体は紛れもなく自分のものだと確信した。

「大変申し訳ありません。戻り方をお伝えしなかった上に……」

 神楽は首を静かに振ると、もう良いと言ったのだった。確かに、無理に未来を見せられて悲しい思いもしたが、悪い事ばかりではなかった。自分だけが愛されて、大人の女性として生活も出来て、今の世界ではできない事が体験出来たのだ。しかし、あの未来は必ずしも約束されたものではないかもしれない。だが、ひと時の夢だと思えば悪い気もしなかった。

「私、銀ちゃんに大事にされてたアル。嘘みたいに、信じられないくらいに。こっちとは随分違ったネ」

 そう言って悲しげに笑った神楽にたまは言った。

「実は神楽様をお送りした後、戻り方を伝えなければと、私が未来へ向かおうとしたのですが、カラクリには不可能で――――」

 たまは、あの後こちらの世界で起こった事を神楽に伝えた。たまの代わりに銀時以外の誰かを転送させようとしたのだが、定春は言葉が話せないし、新八は眼鏡だしで、結局銀時を頼る以外に術がなかったこと。だが、機械が調子を悪くして、すぐに銀時の魂を転送させる事が出来なかったこと。そして、未来へと転送出来なかった間、銀時は眠り続ける神楽を心配そうに見つめていたこと。

「それはそれは心配そうに、魂の抜けてしまった神楽様の冷たい体を摩っておられました」

 神楽は自分の隣で眠っている銀時を見下ろすと、少し柔らかい表情をした。すると、見えている銀時の目が薄っすらと開いたのだった。神楽はどれくらいか振りに目の合った銀時に心臓が激しく揺れると、急いで目を逸らした。銀時もゆっくりと体を起こすと、癖のある髪を掻いた。

「……帰るぞ」

 神楽は銀時の後に続いて源外の作業場を出ると、どこか懐かしい道を銀時と並んで万事屋まで歩いた。その間に会話はない。だが、神楽はやはり自分の居るべき世界はここだと思っていた。

「神楽ちゃんッ!」

「わんッ」

 万事屋へ着くと、憔悴し切った顔で新八と定春が神楽を迎えた。神楽はただいまと明るい顔で言うと、二人を抱きしめたのだった。新八は何も聞かされていなかったらしく、涙を拭いながら神楽に尋ねた。

「一体、何があったの!? まさか誘拐されてたんじゃ!」

 神楽はうーんと唸ると、銀時をチラリと見ながら答えた。

「なんか銀髪でモジャモジャで定職にも就いてないようなオッさんとちょっと色々してたアル」

 新八はそれを聞くと驚いた顔をして、大きな声を出した。

「変な事されなかった? 絶対そう言うおっさんは危ないから、どこか行くならちゃんと連絡をしないとッ!」

 銀時はこめかみに青筋を浮かべるも、何も言わずに堪えていた。

 

 その夜、銀時は珍しくどこにも行かなかった。それは偶々なのか、神楽が心配なのか定かではなかったが、銀時はソファーの上でテレビを見ていた。神楽はそんな銀時を隣で見ながら少しは大切に思ってくれていると知る事が出来て、気持ちが軽やかであった。

「おい」

 銀時がテレビから視線を逸らさずに神楽に声を掛けた。

「何アルカ」

 神楽はあまり大きくない声で答えた。やはり、未来での出会いを思い返すと気まずくて仕方が無いのだ。

「これ」

 銀時は神楽の前に茶封筒を突き出した。神楽はそれを受け取ると、中を見て声を上げた。

「給料アルカッ!」

 神楽は給料を貰うのは当たり前の権利ではあるが、この銀時から貰えた事に喜びがひとしおであった。未来へと行った事に少なからず意味があったのだと、神楽は柔らかく微笑んだ。

「大事に使えよ。一週間分の飲み代削ったんだからな」

「えー! 一週間分アルカ?」

 銀時は不満そうな声を上げた神楽を片眉をつり上げて見ていた。

「なら、三日分で良いんだなッ!」

 銀時はそう言って神楽から封筒を取り上げようとした。しかし、そうはさせるかと神楽は封筒を引っ込めた。そのせいでバランスを崩した銀時が神楽の上へと倒れて来た。

「重いアルッ!」

 神楽はソファーに倒れると自分の胸の上で倒れ込んでいる銀時に頬を膨らませた。そして、いつまでも起き上がらない銀時に痺れを切らすと見えている体を押した。

「おりろヨ!」

 すると銀時は顔を上げてこちらを見た。その表情はいつになく真面目なもので、神楽は五年後の銀時と今の銀時が重なって見えた。そのせいか胸の鼓動が速くなる。

「神楽」

 名前を呼ばれただけなのに体は熱くなり、何かを期待している自分がいた。前まではこうじゃなかった。すっかり五年後の世界で覚えてしまったのだ。男を受け入れる方法を。

「……銀ちゃん」

 勝手に甘えたような声が出る。そんな神楽に銀時は目を細めると、目の前にあるなだらかな胸を手のひらで包んだのだった。

「いや、俺は五年待つわ。やっぱあのオッパイ見た後でこれは――――」

 神楽は銀時の髪を思いっきり掴むと血走った目で銀時を睨み付けた。

「ゴルァ! 誰が触って良いって言ったァ!」

 そう言って神楽は銀時に頭突きを食らわすと、銀時の体が後ろへと吹っ飛んだ。

「……誰かさんにすんごいテクニック教え込まれたけど、今の銀ちゃんにはやってあげないアル!」

 神楽は伸びている銀時を覗き込んでそう言うと、酢昆布でも買いに行こうと銀時に背中を向けた。

「べ、別に。お前が何したって勃つワケねーんだから……」

 神楽はその言葉に後ろにいる銀時を振り返り見た。そんな事を言われたら、本当かどうか試してみたくなる。神楽は予定を変更すると、大人びた顔で銀時へと迫った。

「じゃあ、もし銀ちゃんが勃ったら、今後一切、風俗禁止アル」

「い……いや、嘘々! もしかして本気にしちゃった? 今の嘘だから! 冗談に決まって……神楽ちゃん、やめてッ!」

 その後、銀時がどうなったのか。神楽だけが知っているのであった。

 

2014/02/22

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