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レディバード:12(沖田side)


 沖田は公園から戻ると着ている上着をかなぐり捨て、畳の上に寝転がった。心中穏やかではいられない。それは天井を睨みつける表情にも出ていて、こうして感情をわかり易く表すことは珍しいように思えた。

 公園での光景。思い出すだけで胸がカァっと熱くなり、それが広がって喉の奥が灼けただれそうになる。分かっているのだ。この感情は間違いなく嫉妬であり、自分の思う通りにならない神楽に苛立っていると言うことは。それが未熟所以の感情なのか。それすらも分からないほどに沖田は経験が乏しいのであった。しかしそうは言っても、女を惚れさせて身を委ねさせる事など今まで簡単にこなして来た。そのせいか恋愛などちょろいもんだと大して面白味を感じていなかったのだが、神楽だけはどうにもこうにもならなかった。勝手に寄ってくる女達とは違う。それが沖田の気を引いたのだった。自ら動いてアクションを起こさなければ、男として意識すらしてもらえない。どうしても神楽を手に入れたかった沖田は、プライドを捨て恥も偲んで神楽にアプローチをかけた。その結果ようやく手に入れたと思っていたのに……神楽の心は誰に向いているのか、今はそれが分からず不安で仕方がなかった。

 このまま終わってしまうのだろうか。もうあの身体を抱くことは出来ないのだろうか。沖田はそんな事を考えると、不貞腐れるように体を横に向けた。黙って奪われて堪るかという気持ちは強くあって、なのにそのままの気持ちを神楽にぶつけるのは気が引けた。何故なら自信がないのだ。そんな沖田の頭には、いつもある言葉が存在していた。

 自分の事を神楽は愛しているのだろうか?

 沖田は神楽に会いたくて会いたくて堪らずに体を起こした。今この腕に抱けたのなら素直に言葉を吐き出せる自信があるのだ。いつもなら言ってやれないようなクサい台詞まで。それっぽっちのことで神楽の気持ちを繋ぎとめることが出来るのならば、いくらでも言ってやると思っていた。

 だが、沖田の想いも虚しく神楽は夕方まで戻っては来なかった。


 いつの間にか眠っていた沖田は玄関の引き戸の開く音で目を覚ました。十畳程の部屋は西陽で溢れており、部屋の入り口でこちらを見下ろしている神楽も赤く染まっていた。

「また寝てたアルカ?」

 沖田はあれだけ会いたかったにも拘らず、普通に見える神楽に無性に腹が立った。だが、神楽は別に土方と仕事をしていただけで責められる落ち度はないのだ。それが分かっているだけに、なんとも言えない表情で見つめているだけだった。

「今から行くアルカ? 店の見廻り」

 神楽はそう言うと沖田の隣に膝を抱えて座った。真紅のチャイナドレスのスリットから神楽の真っ白な太ももが覗いている。沖田はそれを目に映しながら神楽の質問に答えた。

「いや、今日はそんな気分じゃねぇや」

 そう言って沖田が神楽の腰に手を回すと、神楽は沖田の手の甲をつねった。

「仕事ダロ? そんなこと言ってると誰かに奪られても知らないネ」

 沖田はその言葉にわざとらしく口角を引き上げた。仕事くらい誰かに奪られたところで、いくらでも奪い返せる自信があった。だが、隣の女はどうだろうか。もし誰か奪られてしまったら、もう二度とこの腕に抱けないような気がしたのだ。沖田は神楽に手の甲をつねられはしたが怯むことなく再び腰に手を回した。

「ちょッ! お前なにアルカ」

 神楽は怒った顔で沖田から逃れようとしたが、沖田はそんな神楽に構わずその身を引き寄せると、すがりつくように抱いたのだった。神楽の柔らかな体が胸の中へ雪崩れ込む。フワリと漂うシャンプーの清々しい香り。それが沖田の鼻腔に広がって脳を揺さぶる。

 今すぐに欲しい。

 そんな感想を抱いた沖田は、少し大人しくなった神楽の頭に唇を引っ付けた。仕事に行く気などもう全くないのだ。それには神楽もようやく本気である事に気付いたのか、赤く見える頬をこちらに向けた。

「お前、シたい……アルカ?」

 沖田は神楽の頬から唇へと視線を移すと何も言わずに顔を近付けた。そんな沖田に神楽はいつもの事だと言うように目を閉じると、西陽に照らされ浮かび上がっている影が一つに重なったのだった。

 柔らかな神楽の唇が熱を帯びていて、沖田は早くも溶けそうになった。軽く啄めば甘い蜜の味が口に広がる。それをもっとくれと言わんばかりに神楽の口腔内へと舌を挿し込んだ。ねっとりと絡まって、しっとりと濡れていた。沖田はゆっくり深呼吸すると神楽のシャンプーの匂いがまたしても香って……香って? そこである疑問が浮かんだのだった。先ほどまで仕事をしていた筈の神楽がどうして汗の匂いも……土方の煙草の匂いもさせずにいるのだろうか? どこかで風呂に入ったのか? それは一体どこなのか?

 まさかとは思うが……

 沖田は自分の中の濁りゆく心に気が付いた。疑っているのだ神楽を。激しくなる動悸。それは神楽に酔いしれ興奮しているせいではない。頭に浮かび上がる映像のせいであった。神楽と土方がもつれながら混ざり合い、誰かに内緒だと息を潜めて体を揺らすのだ。

 青ざめた顔色の沖田は、疑う気持ちのまま唇を離すと怪訝な顔つきの神楽が目に入った。

「どうしたアルカ?」

 沖田は額に汗を滲ませていた。今見えたものはただの想像にしか過ぎない。だが、愛しくて堪らない筈なのに神楽に乱暴に当たってやりたくなったのだ。何も証拠はないと言うのに。

「いや……なんでもねェ」

 そんな短い言葉を呟いたが沖田の口は神楽に尋ねたくなっていた。確かめたくて仕方が無いのだ。知らなければ良い事もあるのは百も承知だが、それでも揺さぶりをかけてまでも真実を引きずり出そうとしていた。

「てめぇ、どっかで風呂でも浴びたか?」

 神楽はその言葉にゆっくり唾を飲み込むと、少しだけ瞳を揺らして答えた。

「うん、汗掻いたから」

 だが、沖田はその答えに納得しない。汗を掻いたことはさほど問題ではないのだ。重要なのは何をして汗を搔き、どこで風呂に入ったのかと言うことだった。

「そうかィ。俺ァてっきり煙草の匂いでも消して来たのかと思ったぜィ」

 沖田はニッコリ笑顔を作ると、こちらを険しい表情で見ている神楽に口づけをした。先程と変わらずに温かく柔らかい唇。だが、一つだけ変化を見つけた。神楽の唇が僅かに震えているのだ。

 クロってことかよ……

沖田は目を閉じると深く呼吸をした。不思議なことに、あれだけ嫉妬の炎で燃え盛っていた胸へと氷が張っていくような冷たさを感じる。沖田は神楽の手首を掴んで乱暴に布団へ押し倒すと馬乗りになった。

「お前怒ってるアルカ?」

 下から突き刺すような神楽の視線に沖田は目を細めた。別に怒っているわけじゃない。ただ少し面白くないだけなのだ。ただ少し……

「否定しねーのかよ。土方さんと会ってただろ?」

 そう言って沖田が覆い被さり白い首元に顔を埋めると、神楽はそれを嫌がって激しく抵抗した

「急になにアルカ! やめろヨ!」

 しかしそんな事くらいでやめる気など微塵もない。嫌がっているのなら反対にわざと実行してやりたくなるのが沖田である。軽い興奮状態の沖田は神楽の首筋にキスするとゆっくり唇を降下させた。顎の横からスーッと滑って鎖骨の辺り、そして神楽のチャイナドレスのホックを外して現れた胸の上……

「ま、待てヨ……なんッ、何で?」

 神楽の言葉は次第に吐息が混ざる。その様子にニンマリと笑った沖田は片手をチャイナドレスのスリットへ滑り込ませると、弾力のある太ももに手を添えた。そして膝で神楽の脚に割って入ると手の位置を更に奥へと移動させた。神楽の抵抗が一気に弱まる。それには沖田も神楽の手首を解放してやった。

「トシには会ったけど、仕事手伝ってもらっただけアル。お前何か勘違いしてないアルカ?」

 神楽と土方の間に何かあったなど……言う通り勘違いかもしれない。いや、思い込みだろう。それでも神楽が奪われてしまうような恐怖は拭えないのだ。今ここで神楽が“欲しい”とねだってくれれば、それだけで不安など簡単に払拭出来る気がしていた。言われなければそれこそ……もう満たされた? どこで? さっき? 嫌な言葉が駆け巡るのだ。

 沖田は神楽の顔を見ながら指を動かした。きっと今頃神楽の中で浸っているところだろう。どうりで先程から湿っぽい音が聞こえるワケだ。

「トシねェ……土方さんもよっぽど暇してんのか。俺ァ誠組に入らねーで正解でィ」

「ねぇ……総悟……」

 神楽は壊れた音楽プレーヤーのように沖田の名前を繰り返し呼んでいる。それには気付いているのだが、沖田はわざとに聞いてやらなかった。その間にも沖田の指はふやけていき、飲み込まれそうになっていた。そんな神楽が愛しくて今すぐにでもどうにかしてやりたいのだが、神楽から求められるのを堪えて待った。指の動きを止めて、唇は唇を塞いで。絡み合う体液は容易く一つに混ざり合う。なのにこの胸を押し潰さんとする想いは膨れて行くだけで神楽へ重なることはない。知られたくないが伝わって欲しい。面倒な男だと思われたくないが手間は掛けさせたい。甘やかされて育てられたのは自分でもよく分かっているが、こんなにもワガママだったとは思いもしなかった。

 俺だけを求めて狂えばいい。そんな言葉を心で呟きながら沖田は神楽の熱い舌へ吸い付いていた。しかし、神楽もやられっ放しではない。隙を見て仕返しされる。神楽は沖田の唇から逃れると濡れたままの舌を沖田の首筋に這わせた。その感触に身震いが起こる。堪らなくイイのだ。

「焦らして楽しいアルカ? このどS野郎」

 赤い顔して可愛い声で罵る神楽に自然と口角が上がる。もっと激しく虐めてやろう。もっと優しく殺してやろう。今から神楽をどう弄ろうか、それを考えるだけで愉しくて仕方がないのだ。この頃にはすっかりと土方に対する苛立ちや嫉妬心などは消えていて目の前の神楽しか見えていなかった。いや、神楽のことしか考えていたくなかったのだ。

「楽しかったら何か問題でもあんのか? テメーのその顔見てるだけで……出ちまいそうでィ」

「なッ! そんなこと……言うなヨ……」

 神楽の中がキュウっと締まって指が喰われる。口では嫌がっている風だがその身体は沖田の言葉に悦んでいるようだった。そんな反応がいつも通りで嬉しくなって、沖田は神楽を信じていける気がしていた。

「そろそろ余裕が無くなって来たんじゃねーか? 正直に言えよ。どうして欲しいか」

 すると神楽は虚ろな目で沖田を見つめた。睨みつけているつもりなのだろうか?

「お、お前の方こそ……欲しい癖に余裕ぶってんじゃねーヨ」

 神楽はそう言って沖田の下腹部を膝で軽く押したのだった。その動きがとても下品で沖田は身体が熱く燃え上がった。

「そういうテメーもどうしたんでィ? ほら、ここ」

 指をゆっくりと神楽の中から引き抜けば、糸を引いてヨダレを垂らしていた。その動きに神楽の表情は軽く歪み、下唇を噛み締めた。

「んんッ……」

 だが、小さな啼き声が漏れてしまい、それを聞いた沖田の呼吸が荒くなる。神楽の耳元に唇を寄せると甘えたような声で言った。

「先っちょだけ挿れても良いか?」

 そう囁いた沖田が神楽の中に再び指を入れると、神楽の身体が軽く震える。そんな様子に沖田は神楽の下着を足首まで下げてしまうと脚を大きく開かせた。すると指は奥の方まで滑り込んで神楽の呼吸がハッキリと喘ぎに変わった。部屋に響く神楽の甘い声。沖田も指の動きを速めると神楽を煽った。

「さ、先っちょ……まってヨ……だめ……」

 何がダメなのか。神楽の身体だけ見れば早く頂戴と泣いているようであった。沖田ははだけているチャイナドレスの胸元に片手を突っ込むと神楽のブラジャーを押し上げて、乱暴に乳房を露出させた。そして唇を噛み締めている神楽に薄笑いを浮かべた。

「腰……浮いてるぜィ?」

 沖田は神楽の胸にしゃぶりつくと出し入れさせる指の速度を緩めた。すると神楽は苦しそうな呼吸をしながら沖田の頭を抱き締めた。

「ほんっとに先っちょだけアルナ? 約束破ったら……ンッ!」

 沖田は赤子のように音を立ててしゃぶってやった。もう挿れたくて堪らないのだ。昨晩あんなに射精したというのにまだ足りないのか、沖田のソレは既に腫れ上がっている。先っちょだけで終わるはずがないのは自分が一番よく分かってはいるのだが、神楽だって本当はそれを知っているのだ。なのにわざわざ口に出して確かめるなど、とんだ茶番であった。しかしそんなことさえも今は悪くないと思うのだった。

 沖田は体を起こすと首に巻いているスカーフをとって、ズボンのベルトを緩めた。そして適当に下着と共にズボンを膝までズリ下げると再び寝ている神楽に被さった。神楽の白い脚を開かせると既に充血したワレメがあって、そこに固い己の化身を突き立てると沖田は焦る気持ちをグッと堪えて先端だけ挿し込むのだった。

「約束守れ……あンッ……」

 何の説得力もない神楽の声。奥までブチ込んでくれと懇願しているようだ。沖田は震えそうになる体を必死に律すると、汗を滲ませた顔で神楽を覗き込んだ。

「い、約束は守ったぜ……このまま抜いて終いってことで……ッいいんだな神楽?」

 すると途端に沖田のモノを飲み込もうと神楽の肉が蠢いた。

「や、ダメ……名前呼んじゃ駄目アル!」

 身体中の血液が局部に集中し、先程とは比べものにならないくらいに膨張した。今すぐにでも出てしまいそうだ。沖田は潤んだ瞳で震えている神楽の耳に口を寄せると弱々しい声で囁いた。

「神楽」

 すると神楽は今にも泣きそうな赤い顔で沖田にしがみつくと、首をフルフル左右に振ったのだった。

「総悟……頂戴ヨ……」

 沖田は一瞬その言葉だけで達してしまいそうであったが歯を食いしばると、望まれるがまま神楽に己をくれてやった。奥の方までたっぷりと。ソレはジュブジュブと音を立てるように飲み込まれて行き、神楽の温もりに包まれると腰を動かさずにはいられなかった。

「あ、ヤべ……もう出る」

 神楽は沖田の下で妖しく乱れており、その言葉は最早届いていないようであった。我慢しようにもそんな神楽が堪らなく、沖田はキスをして気を紛らわせようと試みたのだが、結局神楽の中へと全て発射してしまうのだった。なのにまだソレは収まりを見せない。沖田はこんなくらいではもう足りないくらいに愛しているのだと、神楽に溺れているのだと思い知った。唇から離れると腰を動かしながら沖田は神楽の乳房を強く揉んだ。

「壊していいか?」

 神楽はシーツを両手で強く握りながら身をよじっていた。その目は薄っすらと開き沖田だけを映しており、熱い視線に背筋がゾクリとした。

「そんなヤワに出来てないネ」

 壊せるものなら壊してみろ。まるでそう言いたげな挑発的な神楽の言葉に、沖田は自分が先に壊れてしまうかもと恐ろしく思うのだった。


 それから何度か神楽の中に想いをブチまけると、沖田はようやく収まりを見せた。布団の上でグッタリと倒れこんでいる二人。西陽はすっかりと落ちて行き、部屋は月明かりが差し込むだけで他に光など存在していなかった。

「腹減ったな。飯でも食いに出掛けるか」

 背中から神楽を抱き締めている沖田はそう言って神楽の横顔に口づけをしたが、神楽は曖昧な返事をするだけだった。表情が見えない分神楽の感情を声で判断しようと思うのだが……どうも大人し過ぎる気がしていた。

「疲れて返事もできねーのかよ」

 すると神楽は何も言わずに沖田の胸の中で向きを変えると、背中へ腕を回したのだった。素肌と素肌が触れ合って生きた心地を感じる。こんな不確かで明日を生きることさえ危うい時代ではあるが、喜びに胸が染まる瞬間もあるのだ。神楽を直接この身に感じることができ沖田は幸せを感じていた。だが、それを表に出したり口にしたり、そういうものは得意ではない。成長してその捻くれた性分も少しは矯正されたようにも見えたが、そう簡単に治ることはないのだった。

「……用事思い出したネ。バアさんに頼まれごとがあったアル。今日はもう帰るネ」

 神楽はそう言うと沖田から離れ身なりを整えた。沖田はまだ少し名残惜しい気もしたが、自分も本当は少し眠ってしまいたかったのだ。

「じゃあな」

 沖田は布団に寝転がったまま、立ち上がった神楽に挨拶をした。

「うん、じゃあナ」

 神楽も短く挨拶をするとアパートのドアから出て行った。

 だが沖田は知らなかった。暗闇の中、神楽の瞳がどんな色をまとっていたのか。その異変に気づけなかった沖田は神楽の残り香の中、眠りに落ちて行くのだった。

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