sweet bunny:03/沖神※


 テーブルの上に行儀悪く足を乗せる沖田の向かいには、悪びれる様子のない銀時と土方。

 沖田は二人を睨みつけながらどんな仕返しをしてやろうかと考えていた。

 というのは建前で、本音は全く違うところにあった。

「旦那、ラブホ入ったら、まずどーするのが正解だ」

 その沖田の質問に銀時は、いつの間にか注文していたパフェをつつきながら答えた。

「いや、一応保護者としては、神楽ちゃんをラブホに入れるつもりは無えんだけど」

「なら、青姦か…………」

 沖田は忘れないようにと警察手帳に『野外調教』と書き込んだ。

 しかし、隣の土方は煙草を吸いながら首を横に振った。

「オイ、万事屋。テメェ、そう言ってまず自分が喰っちまうつもりだろ? 総悟、俺が教えてやる。まずラブホに入る前に清めが必要だ」

 土方はそう言って懐からマヨネーズを取り出すと、テーブルに置いた。

「それにはマヨネーズがいる。体に塗りたくって邪気を払わなきゃならねェ……安心しろ。チャイナ娘の方は俺が請け負ってやる」

 思いの外、諦めの悪い土方に沖田のこめかみに青筋が浮かんだ。しかし、それは銀時も同じだったらしく沖田がテーブルの下で足を蹴るよりも先に、さくらんぼの種を土方に飛ばしていた。

「そういうテメーが一番喰う気満々だろッ! 沖田くんも良いか。順序ってもんがあるだろ? それすっ飛ばしてラブホってな、俺は認めねぇから」

 まるで父親かと言わんばかりの発言だ。いや、下心を殺しきれていないのだから父親ではない。元カレくらいのポジションである。

 だいたい神楽には一切興味がなかった癖に、美人へと成長していると分かった途端にこの手のひらの返しようだ。沖田は奥歯を強めに噛み締めた。

 こっちはもはや遊びで終われないところまで来ている。お前らとは気持ちが違うと言うことを示してやらなければと思っていた。

「なら、正式に交際ってヤツから始めれば文句ねーんだな?」

 それには銀時も土方も黙って真面目な顔をした。沖田がそこまで考えているとは思ってなかったのだろうか。正直、沖田も神楽が交際してくれるか分からないが、筋を通す女だとは分かっていた。遊びで一発やる、そんな女ではないだろうと…………

「分かった。そこまで神楽に惚れてるつうなら、一発だけ許してやる」

 銀時はパフェを食べながらそう言うと、沖田にかぶき町に伝わるラブホテルの流儀を教えた。

「耳の穴かっぽじってよく聞けよ。まず、ホテルの前で服を全部脱ぐ。いいか、そこは間違えんな。靴下も靴もな」

 沖田は必死でメモを取った。『露出調教』と。

「それで、後は……受付で一杯のバーボンを頼んで、それを飲む。もちろんロックだ」

 それも沖田はメモに取った。『気付けの一杯』と。

 その辺りで土方が顔を片手で覆い始めた。それが気になり何かと問えば…………

「い、いや、そ、総悟が、ついに大人の階段を……の、上ると思ったらな」

 どうやら泣いているらしく肩を小刻みに震わせていた。だが、それを気色悪いと沖田は土方から視線を逸らした。

「それで、旦那。部屋に入ってからは何すれば良いんでィ?」

 銀時は最後の一口を食べきると、スプーンを置いて両腕を組んだ。

「まぁ、そうだな。部屋に入ったらベッドがあるから、その上で跳ねてスプリングの調子を見て、それからは…………分かるだろ?」

「ああ、そういう事か。旦那、助かったぜ」

 そう言って手帳を懐にしまった沖田は銀時と土方を残して、神楽の居る万事屋へと向かった。まさか沖田の背中を見送る二人が『計画通り』と笑っているなど何も知らずに。


 万事屋で対峙する沖田と神楽。ソファーに腰掛けて黙ったまま睨み合って早5分。沖田はそろそろ良いだろうと、単刀直入に口にした。

「約束忘れてねぇだろうな。俺の相手するって話だ」

 丸2年間、神楽の為に自制した生活を送って来たのだ。今更、なかった事に……は通用しない。沖田は獲物を狩る目で神楽を見据えていた。

 神楽はと言うと長く伸びたツインテールの先を指に絡み付けながら、正座している足を崩した。

「確かに言ったアル。でも、2年経ってちょっと考えてみたら…………それっておかしくネ?」

「おかしくねぇだろ、何も」

 即答した沖田は少々必死過ぎたかと、乗り出した身を引いた。だが、神楽も不満そうではあるが何となく流されてくれるような雰囲気を出している。もう少し押してみるかと沖田は足を組み替えた。

「指切りまでしたのはテメーだろ? それとも惚れてる男でもいるのかよ?」

 すると神楽は薄っすら頬をピンクに染めると、爪を見つめながら呟いた。

「お前が……それ言うアルカ……」

 その表情、態度、言葉に沖田の胸は撃ちぬかれた。

「くはッ!」

 思わず心臓を抑える。今すぐにでも抱いてしまいたいのだ。だが、この部屋では無理だ。いつ邪魔が入るか分からない。やはりここは早い所ラブホテルへ向かうかと、沖田はソファーから立ち上がった。

「チャイナ娘、とりあえず来い」

 その言葉に神楽は沖田を睨み上げた。

「今アルカ? 今度でもいいダロ?」

 そう言って立ち上がることすらしない神楽に沖田は腕を引っ張った。

「いや、今じゃねぇとダメだ。さっきも見ただろ。旦那と土方さんもあの調子だ」

 すると急に神楽は立ち上がり沖田に迫った。

「あんなん相手するわけないダロ! お前それ本気で言ってるアルカ!?」

 神楽の眉間には濃いシワが出来ている。今ここで歯向かえば…………きっとお預けを食らうだろう。沖田は今日だけは言葉をぐっと飲み込むと、口角を上げて見せた。

「冗談だ。テメーが相手するのはこの俺だけだ。今も昔も……そうだろ?」

 神楽は吹き出して笑うと、手の甲で口を押さえた。

「……なんか必死アルナ」

 掴んでいる沖田の手を神楽は振り払うと両腕を組んだ。

「じゃあ、もう少し我慢しろヨ。2年待てたなら大丈夫ダロ」

「一体どんな計算したらそうなるんでィ。10代の2年間はな、20代の6年間に匹敵すんだよ。キャパ超えてんだ。今すぐしねーと…………」

 今日、神楽を抱けなければ沖田は死ぬかもしれないと思っていた。それはショック死なのか、それとも絶望からのスーサイドか。なんにせよ写真にブッカケ続ける日々はもう終わりにしたいのだ。

「今すぐってこっちも色々準備あるネ! お前の勝手で話進めんなヨ!」

「準備ってなんでィ? パンツの色か? どうせ脱がせんだ。何でも良い」

 神楽もこの言葉には目を泳がせた。その気がないワケではないのだろうか。

「テメーも俺の裸が見たくてセックス許可出したんだろ。今夜はその脳に刻みつけて忘れられないようにしてやれるんだ。ラブホテル向かうぞ」

 神楽は怯えたような表情になるとその身を抱いたのだった。

「べ、別に見たいとか言ってないダロ。何勘違いして先走り汁出してるアルカ! キモいアル」

「ああ、何とでも言え。その先走り汁でヌルヌルになんのはテメー自身だがな」

 沖田は神楽の腕を再度掴むと引っ張った。神楽も嫌だと言っているわりには、沖田を投げ飛ばさなかった。きっと会わなかった2年間が二人の愛を育ててしまったのだ。今の神楽は沖田に恋をしていて、それを自分でも戸惑いはあるが受け入れているのだろう。

「ちゃんと歩くから手離せゴルァ!」

 神楽は玄関で沖田に蹴りを入れると、つれない態度を見せながらもしっかりついて来るようだ。

 遂にこの時が来たと緊張する沖田だったが、既に頭の中はどのように神楽を陵辱するかでいっぱいになっているのだった。


「銀ちゃん、何か言ってたアルカ?」

 道中、神楽はそんな事を尋ねて来た。やはり保護者である銀時に知られているのは気恥ずかしいのだろう。沖田は神楽を気遣って嘘をついた。

「いや、旦那はテメーの×××に俺の×××がぶっ挿さる事は微塵も知らねぇ。安心しな」

「どこが安心できるかァ! 声でかいんダヨ!」

 そう言って神楽は怒るも殴りはしなかった。それに逃げ出すこともせず、隣に肩を並べている。沖田は横で揺れる神楽の頭を見ながらこれが恋愛というものなのかと、不思議な気分に浸っていた。神楽に止めどなく愛しい気持ちが湧いてくるのだ。セックスしたいと言う想いが天辺に君臨してはいるが、その下にはキスしたい、抱きしめたい、見つめていたい……そんな想いがゴロゴロ転がっていた。

 そんなことを考えて神楽を見ていると、大きな青い瞳が沖田に向いて照れくさそうに瞬きをした。長いまつげが揺れ、それだけの事に体が熱くなる。

 沖田は駆け出したい諸々を我慢し、その身に留めると手頃なホテルへ向かった。


 まだ昼過ぎだ。ピンクの街にも人は少なく、今なら大丈夫だと沖田は一軒のホテルの前で足を止めた。

「心配するな。俺はちゃんと旦那にマナーを聞いて来た」

 沖田は銀時に教えられた通りに番頭に借りた着物を脱ぎだすと、神楽の顔が青く染まった。

「ちょ、ちょっと待てヨ。お前、何してんダヨ」

「あ? 旦那がホテル入る前に全部脱げって。それがこの町のラブホテルを楽しむ流儀だろィ。テメーもボサッとしてねぇで、さっさと脱げ」

 神楽は沖田の頬をぶん殴ると目を覚ませと叫んだ。

「考えたら分かるダロ! お前まさか初めて…………えーっと、ふ、服は……そうネ! 脱がせる楽しみも必要ジャン! 部屋でお互いに脱がせるとか、そーゆーの大事アル」

 沖田は納得した。鼻血を袖で拭きながらニヤリと笑うと、神楽のやる気に火が着いたことを確認したのだ。

「ああ、悪い。テメーはそっち派か。じゃあ、とりあえず俺は受付でバーボンを飲んでくる」

 そう言って一人で沖田は受付に行こうとしたが、神楽に阻止された。

「他に何教えられたアルか? あの毛ジラミに」

 笑顔が素敵ではあるが、そのこめかみには血管がくっきりと浮き上がっていた。

 沖田は持っていた手帳を神楽に取り上げられると、神楽は小さく頷いて何かを確認しているようである。

「なんかマズいことでもあったか?」

「もうコレ、全部マズいアル」

 そう言った神楽に沖田は引っ張られると立場が逆転した。それについては…………これはこれでありだと、思わず白い歯が溢れる。そうして沖田は神楽に連れ込まれると、金を払うまで出ることの出来ない部屋に監禁されるのだった。


 やけにムードのある部屋だ。気後れがする。だが、沖田はここまで来て萎えるわけにはいかないと、早い所風呂にでも入って流れを持っていこうと思った。神楽はと言えば部屋を見回して色々と弄っていた。

「ふぅん…………」

 一人で何を納得しているのかこちらに背を向けているのだが、肉付きのよい尻が無防備にこちらに向けられていて沖田は…………起き上がってしまった。

 マズい……バレる…………

 そう思い急いでバスルームへ行こうとした時だった。神楽がこちらを向いた。

「な、なに見てんダヨ」

 沖田は汗を滲ませながらも出来るだけ平常心を保とうと努力だけはした。

「お前の尻がいい具合に育ってると思っただけでィ」

 心の声が大きく出た。それに神楽は握り拳を作ると沖田に迫って来た。

「さっきからそんな事ばっかり言って……くだらない流儀気にしてるくらいなら、もっと大事なことに気を配れヨ!」

 大事なこと?

 神楽の言うそれが何か沖田にはさっぱり分からなかった。

 金のことか? それともやっぱり下着の色か?

「心配するな。どっかの貧乏侍と違って金には困ってねぇ。それに下着もババアの肌着じゃなければ穴空いてたって……いや、寧ろ俺はそれでも可だ」

 親指を立ててウィンクを決めてみたが、残念なことに遂に神楽にぶっ飛ばされた。だが、まだここで取っ組み合いになるのは早い。とりあえず風呂が先だとバスルームへ一人向かった。

 ドアを開ければ部屋同様にムードのある風呂で、妙な色でライトアップされていた。それにテンションの上がった沖田は素早く着物を脱ぐと、神楽との情事を想像しながらシャワーを浴びるのだった。