その日も沖田は神楽の居ない万事屋を訪れていた。
「旦那ァ、チャイナ娘から連絡ねーですか?」
そう言って居間に入れば、銀時は窓際の椅子に座り、漫画を読んで笑っていた。
「あ? また沖田くん? 健気だね。あいつから連絡あったら教えてやるから、マスかいて寝てろ」
酷い言い草だ。だが、それに苛立つことなく沖田はソファーに座って足を組んだ。
「旦那は薄情なお人でさァ。あんな女でも一緒に暮らしてたんだ、少しは寂しくなるのが人情ってもんでしょうよ」
銀時は漫画から目を離さない。それが余計に神楽などすっかり忘れていると言ったふうに映った。
「いや、お前さ。そりゃあんな大食らいでも居なきゃ『あ、あいつ居ねーんだな』ってしんみりとはなるよ。でも考えてみ? 今まで月◯万円掛かってた食費が浮いて……」
あとは想像通りの内容であった。ピンクな店に消えているのだ。
「そんなもんかねィ。まぁ、いいや。じゃあ、あいつから連絡あったら間違いなく頼みまさァ」
沖田はテーブルの上の煎餅を一枚口に咥えると万事屋を後にした。そして、公園で一眠りしようかと思っていると…………ウザったい長髪の男が目の前を通り過ぎ、ベンチに座った。隣には真っ白い要注意危険生物が並んでいる。沖田はニヤリと笑うと背後から指名手配犯・桂小太郎に飛びかかろうとした。
「そう言えばエリザベス。今月はリーダーから便りは来たか?」
そんな言葉が聞こえ、足を止めた。
リーダー……確かチャイナ娘のことだ。
どうやら要注意危険生物宛に神楽から手紙が届いているらしいのだ。沖田は近くで聞き耳を立てると桂の会話を盗み聞きした。
「なに? リーダーに恋人が出来ただと!」
思わず詳しく聞きたくなったがここはグッと堪え我慢した。
あの神楽に恋人…………正直、帰りの遅い神楽にそんなことではないかと思っていたのだ。と言うか、自分は何故あんな約束を真に受けたのか。恋人でも何でもないのだ。
「エリザベス。まさかとは思うが、リーダーと俺の誓いを知っていて言っているのか?」
一体、桂と神楽は何を誓い合ったのか。沖田は自分と同じ内容ではないだろうなと不安になった。
いや、神楽が桂と一発やろうなど約束をするはずがないのだ。しかし、どっちにしても手紙の内容が気になる。どうにか知ることは出来ないだろうか。
すると、エリザベスは口の中から一枚の紙を取り出した。
あれはきっと神楽が送った手紙に違いない。沖田は桂の頭に手を置いてエリザベスの前に出ると、素早く手紙を取り上げた。
「桂ァァア!」
「マズいぞ! エリザベス。さぁ走れ!」
そう言って桂はエリザベスに掴まると黒髪をなびかせて去って行った。
「今日はチャイナ娘に感謝しろよ」
沖田は桂を追い駆けはせず、早速奪った手紙を開くと読み上げた。
『エリザベス様へ。お元気ですか? こっちでは江戸にはない、新鮮な野菜や果物をたくさん見ることが出来ます。食べることも大好きなので、とても過ごしやすいです。最近は田植えも終えて一段落がつき、恋人と楽しい時間を過ごしています。あっ、恋人と言ってもヤギや牛ですが。そんなわけで今年も秋には美味しいお米を送ることが出来ると思います。楽しみにしていて下さいね。 T◯KI◯のリーダーより』
読み終えた沖田は体が震えた。一体、桂はこのリーダーと何を誓ったと言うのか。一生俺たち独身でいような! とかそう言った類の話であろうか。沖田は手紙をポケットにしまうとそのまま手を突っ込んだ。
何故こうも神楽のことばかり考えてしまうのだろうか。江戸にいて、喧嘩ばかりしていた頃はこうではなかった。珍しく意気消沈していたのだ。
その日の夜だった。沖田は土方の私室に呼び出されていた。いい気分ではない。こういった呼び出しを受ける時、それは叱られる時だからだ。
「まぁ、座れ」
腕を組み、咥え煙草で正座している土方の前に沖田は胡座をかいて座った。
「今日、桂を取り逃がしたらしいな。それもわざと」
その言葉に沖田はすぐに山崎の顔を思い浮かべた。
あの野郎、地味にかこつけて俺を偵察してたな…………
「ちげーや。そうじゃねーんでさァ。あいつらの策にハメられただけで……いや俺がハメたいのは……あ、チャイナ娘ってそう言や江戸に居ないんですぜィ」
土方は目を閉じて額に手を当てた。
「なぁ、総悟。お前、その……アレだ……吉原行け。いや、連れてってやる」
その言葉に沖田は勢い良く立ち上がると土方を怒鳴りつけた。
「そのへんの女には興味無えんだ! あんたにそんな世話されるほどガキじゃねぇ!」
すると土方も立ち上がり沖田に迫った。
「だったらテメェはしっかり仕事しろ! なに腑抜けたこと言ってんだ!近藤さんから聞いた……お前がチャイナ娘に操を立ててるっつう話しは。でもな、総悟。帰ってこねーだろ。もう忘れろ。あんなガキのこと」
そんな話は聞きたくなかった。沖田は部屋を飛び出すと自分の部屋へと戻った。おかしいのは分かっている。だが、それでも土方が思っているよりはまだマトモ……であると自分では思っていた。
部屋に戻れば畳の上に寝転がり目を閉じた。神楽と一番歪み合っていた自分がこんなにも神楽を思い、他の連中は神楽のいない日常を普通に過ごしている。それが奇妙であり、周囲が間違っていると批判したい気分であった。だが、いつだって大多数が正しいのだ。いつまでも帰らぬ女を待つ男は愚か。そんな言葉が頭に浮かぶ。
しかし、神は見捨てなかった。信仰心の欠片もない沖田だったが、吉報は翌日届けられたのだ。
「もしもし、ああ、旦那。えっ……そうですかィ」
沖田は電話を着るとまだ寝巻き姿ではあったが、急いで近藤の元へと向かった。道場を覗けば丁度稽古が終わったところらしく道具を片付けていた。
「近藤さん!」
珍しく子どものように明るい声で駆け寄る沖田に近藤もニカっと笑った。
「どうした。総悟」
息を整えながら沖田は言った。
「ああ、来週の日曜。休みをくだせィ」
近藤は顎に手を置くと急の有休に探るような目つきになった。
「お前が有休使うなんて、珍しいこともあるもんだな」
「まァな、で、どうですか?」
近藤はトシに相談してみると答えを保留にした。
来週の日曜。ついに神楽が戻って来るらしいのだ。それなのに上手く休みが取れないとなると……その次の休みは次の水曜までないのだ。
こんなに待ったんだ。3日も余計に待ってられるか。
沖田はどうしても日曜に休み、神楽に会い、そしてその身を抱いてしまいたかった。こんなに心躍る休日はどれくらいぶりだろうか。浮き足立っていた。
その後、どうにか日曜に非番をもらうと沖田はコンビニでコンドームを初めて買った。頭の中では予行練習を幾度と無く行い、準備は万端である。そうして長いようで短い日々は過ぎ、いよいよ神楽が万事屋に戻ってくる日曜の朝になった。
午前6時。休日にこんな早起きなど滅多にしない。目が冴えてほとんど眠れなかったわりに眠気はない。すると枕元に置いていたケータイに電話が掛かってきた。こんな早朝に誰からか。見れば万事屋からで、沖田は心を震わせながら電話に出た。
『あっ、もしもし。沖田くん?』
「ああ、旦那か。なんの用でさァ」
『いやぁ、その……非常に言いづらいんだけどォ』
嫌な予感しかしない。まさか神楽が戻って来られなくなったなんて話か。緊張が走る。
『神楽に会わない方が沖田くんの身のためだと思って』
「どういう意味でィ?」
銀時の話によれば深夜に神楽は万事屋に戻って来たらしいのだが、どうも思っているよりも残念な感じに成長を遂げ、体重も随分と重くなったようで。つまりは幻滅するから会わないで神楽を忘れた方が沖田の為だと電話して来たのだ。
にわかには信じられない。実際に神楽に会ってみないことには。しかし、そうやって電話を入れてくるのだから余程なのかもしれない。
沖田は布団の上で胡座をかいて腕を組んだ。一発ヤりたいと焦がれていた相手が、本当のメス豚になっていたら…………それはそれで罵りがいがありそうだとも思う。そこで考えた。さすがに一人で行く勇気はないから、土方を道連れにしようと。
こうして沖田は土方を連れ立って万事屋へと向かうのだった。
「先に土方さんが見て来て、会ってもいいか判断してくだせィ。腹立つが俺の姉上に惚れたその審美眼だけは、土方さんの体の中でも唯一本物だと認めてるんで」
「…………なんかその言い方やめてくんない」
二人は万事屋へと伸びる階段下でそんな話をしていた。
「じゃあ、俺が先に行って見て来てやるから、テメェはここで待ってろ」
「ラージャ」
沖田は階段の影に隠れるように身を潜めると、土方が万事屋に消えていくのを見守った。
一分経った。二分経った。三分経過し、気付けば五分経っていた。
「そんなギリギリの判断、迫られてんのかよ」
神楽の容姿が合格ラインギリギリなのだろうか。それとも不合格ラインスレスレか。沖田はただもどかしい気持ちで祈るように玄関を眺めていた。しかし、いつまで経っても開かない。さすがに苛立ちのほうが強くなってくる。こうなったら乗り込むか。そう思った矢先であった。玄関の戸が開き、土方が駆け足で下りてきた。
「帰るぞ」
ただそれだけを言って歩く土方。だが、まぁこの態度を見ればどうだったのか簡単に想像がつく。
多分、不合格だったのだろう。別に容姿に惹かれてヤりたいと思ったわけではないが、あの容姿だったからこそブロマイドにブッカケたのだ。
「総悟。今から遊郭連れてってやるから、それで忘れろ」
妙な優しさが気持ち悪い。しかし、今日だけはむせび泣きながら女をいたぶりたい気分であった。その相手が神楽であればどんなに良かったか。
沖田は遊郭に連れて来られると、土方にそっと背中を押された。
「店一番の上玉で遊んでこい。時間は気にするな。前金で夜まで払ってやる」
「いや、そこまではいい」
「遠慮するな。2年間女に触れてねェんだろ。たっぷり堪能してこい」
そう言って店から出ていこうとした土方の顔に沖田は不気味な笑みを見た。何かを企んでいるような、どうも趣味の悪いものだ。沖田は逃さないと言ったふうに土方の肩に手を置くと引き留めた。
「それで……土方さんはどこに行くんでィ? 遊んでいかねーのか?」
「俺は良い」
沖田はその言葉に頷くと店に戻った。そして、突っ立っている番頭に土方から貰った金を全て渡すと笑顔で言った。
「テメー、今すぐ服を脱げ」
番頭の顔が一気に青ざめる。
「い、いや、参ったな。そっちの趣味は無えんですが……別の店紹介しやしょうか?」
「そうじゃねぇ! テメーの服と俺のものを取り替えろ!」
沖田は急いで番頭の服に着替えると、出て行った土方を尾行した。何か不穏なものを感じるのだ。すると予想は的中。何故か土方はまた万事屋へ戻ったのだ。
「忘れ物でもしたのか?」
そう思ったが万事屋に入ったきり、一向に出てくる気配がないのだ。沖田はこうなったら突撃するしかないと、万事屋の中へ静かに潜入するのだった。
抜き足で廊下を歩き、居間の戸を僅かに開けた。
すると見えたのは、ミニ丈のチャイナドレスを身にまとった女の背中であった。形の良い尻、腰のくびれ、しなやかな手足。そして長く鮮やかな色の髪。スタイルは素晴らしいものである。顔は見えないがその女が美人であることは背中の雰囲気からも分かった。そして、その女の足元に目をやると…………美人に土下座をする一人の男がいた。それは銀時で、そしてその傍らに立っているのは土方であった。
「頼む! 一回だけ、一回だけで良いからヤラして! 一生のお願い!」
「……テメェはアホか。何が一回だ……こんなアホは放っておいて俺と食事に行かねェか?」
昼間から随分と下品な交渉だ。女はそんな二人をスカートから伸びる長い足で蹴ると、銀時の胸ぐらを掴んだ。
「それで、沖田の馬鹿はハゲでデブになって会わない方が良いって本当だろーナ」
今、なんて言った?
沖田は震える心臓でその言葉を聞いていた。
「そうだ、総悟に会うなんてやめておけ! 今頃、テメェとの約束破って朝まで女を抱き狂ってるだろうよ」
土方がそんな事を言い放った。そこで沖田は確信した。このイイ女は神楽で、2年ぶりに会ったら素晴らしい成長を遂げていたものだから、二人して沖田に渡したくなかったのだと。
随分と汚い手使うじゃねーか。
沖田は痺れを切らして乗り込むと、神楽の足にまとわり付いている銀時と土方の頭を踏んだ。
「チャイナ娘、待たせたな」
そう言って沖田は目に映る美人に微笑みかけた。美少女はすっかり美女へと変貌をとげ、紅の塗られた唇が白い肌によく似合っていた。
「お、お前! 真選組クビになったアルカ!」
商人の格好をしている沖田に神楽は驚くと目を見張った。
「いや、驚く所はそこじゃねーだろィ。とりあえずこいつら江戸湾に沈めてくる」
沖田は神楽への挨拶も早々に、銀時と土方を引きずって近所のファミレスへと向かうのだった。
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