※総選挙の結果を受けて沖神だけ入らなかったので別で書いた話です。

2年後設定/沖神/銀→神←土


sweet bunny:01/沖神※

 

 神楽が江戸から離れて2年が経った。

 その間も沖田は真選組一番隊隊長として街を守り、姉・ミツバの遺言である『総ちゃん、あの人のマヨネーズにコレを……』その言葉通りに土方のマヨネーズに大量のタバスコを仕込んでいた。そして、神楽との約束通り、一切他の女に触れることなく生活をしていたのだ。

 夜の街で時折好みのメス豚を見つけるが、ここはグッと堪えた。全てはいつか戻ってくる神楽との《一発》の為だ。だが、もうそれもそろそろ限界に近い。このままでは痺れを切らし、今の仕事を捨ててでも宇宙へ飛び出してしまいそうである。

「早く帰って来い、クソアマ」

 沖田は神楽の写真を枕の下に入れると、せめて夢だけでも見たいと目を閉じるのだった。




 馴れ初めと言えるかどうか分からないが、あれは神楽が宇宙に飛び立つ3日前のことであった。寝ている沖田に神楽が奇襲を仕掛けたのだ。だが、沖田も気配には気付いており、暗闇で飛びかかってくる神楽に向かい枕をぶん投げた。

「これでも喰らえ! 安眠枕ァア!」

「ギャア!」

 沖田が神楽の足を払うと、投げた枕がバランスを崩した神楽の頭の下へと滑り込んだ。するとなんということでしょう。匠の技が光る低反発素材が神楽の頭を包み込んだではありませんか。という日本三大加藤のうちの女帝・みどりの声が聴こえたような気がした。沖田は熟睡を始めた神楽に驚くも、うるさいよりマシだと放置して自分も寝ることにしたのだ。


 しかし、眠れない。神楽のいびきや歯ぎしりが酷い、というわけではなく、とにかく目が冴えて眠れないのだ。そもそも神楽は何をしに来たのか。ただ自分に殴り込みに来たにしては不思議である。いくらでも昼間相手をしてやるのに。

 眠れない沖田は布団の上に体を起こすと、もしかして眠れないのは枕がないせいなのかもしれないと神楽から枕を取り返すことにした。

 畳の上で眠っている神楽。沖田はそっと近づくと、頭の下から枕を引き抜こうとした。しかし、びくともしない。

「くそッ! てめーの頭は漬物石か!」

 沖田はこうなったら転がして、神楽の体ごと退けようと試みた。しかし、触れようとするだけで拳が飛んでくる。だが、それに怯んでいては枕の奪還など夢のまた夢である。

 沖田は殴られる覚悟を持って神楽の脇腹をくすぐったのだった。

「こうしてやる」

「あっ……う、んん……」

 沖田の動きが止まる。そして、目を閉じた。

 今の声は一体なんでィ…………

 ただ体をくすぐっただけだ。それなのに耳に入って来たのは、今まで聞いたことのない甘い少女の声であった。なんとなく胸の動悸が速まる。こんな『クソアマ』に対して浮つくような気分になるなど、沖田は認めたくないのだ。しかし、若い体は正直だ。チャイナドレスから伸びるしなやか手足に良からぬ想像を掻き立てられた。

 いや、ねーよ。チャイナ娘相手に……

 しかし、すっかり枕を取り返す気を削がれると、沖田は大人しく布団に戻るのだった。


 翌朝、目覚めると神楽の姿はなく……そして、安眠枕の姿もなかった。その代わり一枚の便箋が置いてあり拾い上げてみると、それは下手くそな日本語で書かれた手紙であった。

「…………なんでィ、こらァ」

 内容は以下の通りである。

『バカサドへ。近々わたしは江戸を立つ。その前にお前とケリ着けたかったけど、昨日は無効試合になったから勝負は2年後まで持ち越しだぞコラ。いつもお前とは定春のちんぽの時とかに出会って、ケンカになった。すごくムカつくけど、本気でやりあえる相手はお前だけだった。せんべつにぐっすり眠れる枕もらって行くから。じゃあな! かぐらより』

 読み終わって沖田は何かを堪えるように口に手を当てた。信じられないのだ…………まさか『ち』と『さ』を間違える古典的なミスをする人間がいるなど。

「ギャハハハ。あいつミスってやがる。だっせぇ!」

 沖田は神楽の残した手紙を隊服の上着のポケットに入れると、着替えて早速神楽をからかいに行こうとした。

 そう言えばと玄関で靴を履いている時に何か大事なことを忘れている感覚に包まれた。

 何だっただろうか。神楽のことだったか。思い出そうとして思い出せないので、結局考えることを放棄するのだった。


 公園に行くも駄菓子屋に行くも神楽の姿はなく、もしかすると挨拶回りをしているのかもしれないと沖田は万事屋に向かうことにした。行けば夕方には戻ってくるだろう。それまで万事屋で昼寝でもして仕事をサボろう。それくらいに考えていた。

 二階へと伸びる階段を上り、鍵の掛かってない万事屋に入る。

「旦那ァ、チャイナ娘居やすか?」

 そう言って居間に繋がる戸を開けた沖田の目に――――――想像を絶する光景が入って来た。日の傾いた一室。差し込む日差しは柔らかい。そんな室内で目に映ったのはバスタオル一枚だけを身にまとった神楽の姿であった。

「……昼間から風呂か? イイ身分だな」

 そう言った沖田の顔面に読み古した漫画雑誌が投げつけられた。

「銀ちゃァァアアああん!!」

 しかし、叫ぶも他には誰もいないらしく、神楽は真っ赤な顔でソファーを頭上に抱えた。

 次はきっとアレが投げつけられる……

 沖田はひとまず退散しようとして――――――ソファーを抱える神楽のバスタオルがハラリと足元に落ちてしまった。むき出しになる真っ白な裸体。綺麗な形の乳房に毛の生えてない下腹部。人形のように生気がなく見えるが、ちゃんと桜色に染まっている乳首に沖田は…………ソファーの下敷きとなった。

 良い物を見た。正直気分はソレである。いくら神楽が乱暴で何かと衝突の多い相手とは言え、昨日聞かされた声も今の姿も間違いなく可憐な少女である。そんなものを最後に見ることが出来てラッキーだったと、鼻血を流す沖田は思っていた。

 なんとかソファーの下から出てくると、床にへたり込む神楽を見た。いつもならここで殴り掛ってくる所だが、さすがに今だけは何も言えないようである。顔を伏せて髪が垂れ下がり、どこか泣いているようにも見える。

 沖田はこの慣れない状況に白目を剥きそうになるも、逃げ帰るわけにはいかないとズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「…………おい」

 しかし、神楽は返事すらしない。ここは放っておく方が良いのか。それとも見物料でも渡すと良いのか。最良な選択が沖田には出来そうになかった。

「俺はただてめーが置いていった手紙で『さんぽ』と『ち◯ぽ』を間違ってたから最後にバカにしに来ただけだ。じゃあな」

 そう言って帰ろうとした沖田の背中を神楽は思いっきり引っ張った。仕方なく沖田は立ち止まると、神楽が何か小声で言っているのが聞こえた。

「…………も…………ヨ」

 正直小さすぎて聞こえない。沖田は体ごと神楽に向き直るとポケットから手を出した。そして、まだ垂れ下がっている神楽の髪を掻き上げ、その顔を覗いてやった。

 だが、そこにあった顔は想像しているものとは違い、沖田の胸を内側から強く打ち付けた。

 涙目と赤い頬、そして垂れ下がる眉。今までに見たことのない弱気な少女の顔だ。いつだって神楽の顔は、はつらつと元気がいいものであった。それが今は――――――

 謝る気はないが、沖田は神楽の言葉に耳を貸してやっても良いと考えた。

「なんでィ、はっきり言えよ」

 すると神楽はスゥっと息を吸い込んで、やや躊躇いを見せるも沖田の上着を摘んだまま言った。

「お前のも……見せろヨ…………」

「嫌だ」

 即答であった。だいたい見せたからと言って沖田の眼の奥に刻み込まれた神楽の裸体が消えるわけでもない。それに神楽のバスタオルが落ちたことと沖田には何の因果もない。メリットもないのに裸を見せるなど絶対に嫌であった。

「お、お前ッ! 見といてそれは無いだろッ! ここは男らしく潔く脱げヨ! ゴルァ!」

 神楽が顔を上げて上着を引っ張りながら叫ぶと、沖田もその手を解こうと必死であった。

「テメーの裸と俺の裸が同価値で良いのか!? よく考えろバカチャイナ!」

「なにを! 同価値かどうかは見てから決めるアル! さっさとお前の粗末なもんだせヨ!」

 見せろと言われて見せられるかと言われると、全く見せたくないのだ。しかし、神楽はお前だけ人の裸見るのは不平等だと、沖田の身ぐるみを剥がそうと必死である。こうなったらどうにかして丸め込まなければ、本当に沖田の沖田が白日の下に晒されてしまう。

「こっち来い!」

 そう言って沖田は神楽を小脇に抱えると物置へと連れ込んだ。

「ついに見せる気になったアルナ」

「そうじゃねぇ…………」

 沖田はそう言って神楽を床に下ろした。

「見せてやっても良いが、その代わりセックスしろ」

 神楽の顔に暗い影が落ちる。だが、沖田の口は止まらない。

「聞いてるか? 俺とセックスしろ。するなら見せてやる」

 神楽は顔を伏せると肩を震わせた。きっと沖田はこの後殴り掛かられる。それを察知して戦闘態勢を取った。すると神楽は沖田の胸ぐらを掴みにかかり、真っ赤な頬で言ったのだ。

「上等だコラ! 2年したら帰って来るから、その時お前の相手してやるネ!」

 拍子抜けした。きっと冗談ではない。神楽がこんな事を冗談でいうような少女でないことは、沖田もよく知っていた。

 目がマジだ、こいつ…………

「その代わり私が居ない間、神楽ちゃん以外の女と寝てみろ! 絶対にお前なんかの相手はしないアル! その約束守れるなら……オラ、小指出せヨ」

 沖田はそっぽを向きながら小指を差し出した。それに熱い指が絡みつく。

「ゆーびきりげんまーん、嘘ついたら沖田のちん◯ちょん切ってやるー、ゆびきったー」

「とんでもねぇ事をさりげなく言うな」

 しかし、もう契りは交わされた。神楽が江戸から去る2年間。沖田はどんなに飢えていようが自家発電で乗り切らなければいけなくなった。だが、気分は悪くない。この神楽を自分のモノでヒィヒィと啼かせることが出来るのだ。楽しみで仕方がなかった。

「じゃあな。テメーも自家発電で乗り切れよ」

 神楽は分からないと言ったふうに首を傾げると、そうだと言って押し入れから安眠枕を取り出した。

「お前、この枕ん中にこんなもん入ってたアル」

 沖田は忘れていた。何か大事なことがあった気がしていたのだが……それは神楽が奪った枕であった。思い出した途端に体から汗が吹き出した。神楽に知られては困るものが枕の中にはあったからだ。

「ププッ、お前好きだったアルカ? 知らなかったネ」

 そう言った神楽の手には、HDZ48の水着姿のブロマイドがあったのだ。

「返せ。それは土方さんが急に『またトッシーが出てきた。総悟、すまねェがHDZ48のCDを買ってきてくれ。DVD付きの方』とか言った時にショップでオマケに貰っただけだ!」

 ムラムラっとした時にそれを見てナニを握っていたなど、誰にも言えない。沖田は一刻もカピカピのそれを取り返してしまいたかった。

「まさかお前がお通ちゃんのファンだったとは。さすが新八のプロトタイプネ」

「なんで俺があいつのプロトタイプだ。そうじゃなくて、テメー…………マジで言ってんのか?」

 神楽は沖田の言葉の意味が分からないとやはり首を傾げていた。まさかカピカピになっているのが神楽だけとは気付いていないようなのだ。

「まぁ、大事にしてるみたいだし写真は返してやるネ。でも、この枕は嫌アル! 持って行くもん!」

「好きにしろ」

 自分の枕をバスタオル姿で抱きかかえる神楽に、沖田は当分大丈夫だと確信した。この姿だけでしばらくは乗りきれると。

「これで最後だ。つまらねぇ死に方すんなよ。テメーをヤんのはこの俺でィ」

「それはこっちの台詞ネ。犬死にすんなヨ! バカサド野郎」

 沖田は神楽を振り返らなかった。神楽ももう沖田を追い駆けなかった。

 大人から見ればクダラナイ喧嘩に見えていただろうが、未成熟な少年少女だけに許されたコミュニケーションだったのだ。それなりに別れは寂しい。だが、口に出せるほど大人じゃない。二人はそこから2年間、全く顔を合わすことがなく互いにそれぞれの道を歩んだ。