獲物と獲物/沖+神
刀はどれくらいの血を吸ったか。
拳はどれくらいの骨を砕いたか。
それでも、次から次へと沸き出てくる怪物(えいりあん)に、きりがないと額に汗をにじませる。
血生臭さと淀んだカビ臭いニオイが混ざり合い、なんとも言えない悪臭になって鼻につく。
しかし、そんな嗅覚による不快感よりも、今は体の内側から突き破るような苛立ちに囚われていた。
「なんでよりによってオマエとネ!こんなの万事屋ならとっくに蹴散らしてたアル!」
「まだそんな口叩けるなら……余裕だろィ!」
真選組一番隊隊長である沖田総悟は、既に滑りの悪くなりつつある刀を振り回し、斬りつけると言うよりはほぼ殴りつける形で奇妙な姿の生物を倒していた。
やや劣勢。
それを助太刀しているのは万事屋の紅一点、夜兎族の神楽だった。
神楽は沖田と背中を合わせてはいるものの、不本意だと嘆き怒っていた。
「あとで報酬たっぷり用意しろヨ!」
「大丈夫だ。土方さんのポケットマネーからたんまり払ってやりまさァ。だから、くたばんなよ。テメーの首を取るのはこの俺だけでさァ」
「オマエこそ……私がヤってやるネ!」
常日頃憎まれ口を叩き、気が付けばいつも2人は歪み合っていた。
どうして自分はこんな男に背中を預けているのか。
本当なら隙を突いて、ドタマぶち抜いてやりたいなどと神楽は包み隠さず思っていたのだった。
しかし、そうは思っていても、さすがにこの数を自分一人で相手することも出来ないので、沖田に飛び掛かるとすれば、こいつらを全滅させてからにしようなどと考えていた。
だが、そんな神楽の計画も次々に出てくる怪物達により、遂行されるのは当分先の様に思えた。
「こいつらマジうぜー!」
廃墟と化した建物の中枢で、どこからともなく湧き出てくる怪物に沖田は手を焼いていた。
右も左も前も後ろも。
自分達を殺気を持った目ん玉がギョロギョロと動いて見ている。
気味が悪い。
沖田は人間意外に刀を向けることなどそうなく、怪物相手にいつものように上手く立ち回れないでいた。
一方、神楽は違った。
父親のエイリアンハンターのDNAを色濃く受け継いでおり、何よりも怪物なら幾度と相手をしてきた。
なので戦う事に対しての疲れはまだマシだったが……背中の人間に対して慣れないせいか呼吸を荒げていた。
「あーもう!ちょっと背中引っ付け過ぎんなヨ!」
「てめーも尻引っ付け過ぎだ」
どれくらいか前に既に応援は呼んであった。
それなのに応援はちっとも来ない。
沖田の痺れだす右手は正直疲れ始めていた。
どうやればこいつらを全滅させられるか。
沖田は緑色の反り血を浴びる顔を袖で拭うと、今一度呼吸を整えた。
神楽は背中でそれを感じ取ると、冷静な口調でこう言った。
「どれか一匹ネ。そいつが親玉アル」
「なら、そいつを殺りゃ全滅か」
沖田は刀を怪物達に向け、牽制しながら目だけで周囲を見回した。
右から順番に怪物、怪物、怪物、一つ飛ばし……
「ってどれも一緒じゃねぇか!」
「バカが!ちゃんと見ろヨ!一匹だけなんか、ほら」
神楽は肘で沖田をつつくと指を差した。
そこには、一匹だけピンクのリボンを着けた怪物が口から緑色の液体を垂れ流し、シュウシュウと不気味な鳴き声をあげこちらを見ていたのだ。
「あれ雌アルカ?」
「あんな面なら雄も雌も一緒だろ。化物の癖に性別とかなんの意味があんだよ」
沖田も神楽もようやく見つけた突破口に合わせていた背中を離すと、一目散に飛び掛かった。
「ちょっと待つアル!」
「あ?」
神楽は急に沖田の腕を掴むと刀を振り上げる手を阻止した。
その意味の分からない行動に沖田は何すんだと振り払おうとした。
「だって、よく見ろヨ」
神楽の言うように辺りを見渡せば、あれほどいた怪物達が次々に溶けだし、ただの緑色の液体へと変わってしまったのだ。
ただ一匹、ピンクのリボンを着けた親玉を残して。
一体何が起こったのか。
焦りの色を隠せない沖田に神楽は噴き出して笑いそうになっていた。
「お、オマエっ、顔っ、ププッ」
沖田はそんな神楽を睨み付けるも、目の前でシュウシュウ鳴き声をあげる怪物の異変に首を傾げた。
何かがさっきまでいた怪物達とは違うのだ。
「おい、チャイナ娘。テメーなんで阻止した」
「だって、そいつなんかちょっと“あちゃー悪いことしたなー”みたいな顔してたネ」
そう言われてみれば、怪物の親玉は襲ってくることもなければ、ただそこでシュウシュウ言ってるだけだった。
やたら蒸気が出ていて、いまにも臓物をぶちまけて爆発してしまいそうな感じはあったが。
「どうすんだよ。こんな化物生かしてても仕方ねぇだろ」
「念書でも書かせて星に帰せばいいネ」
しかし、岩のような顔面からおびただしい数の触角が生えただけの怪物に、念書なんてものを書かせるのは無理に等しく思えた。
そんな時、ふと神楽は怪物の鳴き声の中に聞き覚えのある星の言葉を見つけたのだった。
「ワ、タ、シ、オ、マ、エ、ノ、コ、ド、モ、ヤ、ド、シ、タ、イ」
突然、隣の神楽がそんな事を口走った。
それには沖田も驚きを隠せず、口をあんぐりと開けたまま神楽を見た。
急に何だと。
何バカな事を言い出すんだと。
しかし、確かに種の保存の法則で言えば、危機的状況に陥った時に本能的に子供を残したくなるものなのかもしれない。
沖田は隣の神楽を見つめた。
こんなチビで幼いガキ……
沖田は目を擦った。
あれ?
怪物の親玉と見比べてるせいか、すごくマシだった。
いや、マシと言うよりは可愛く見えた。
もし仮にこのどちらかと子供を作れと言われたら、自分は間違いなく神楽を選択するだろうと思った。
って事はその気になれば神楽を抱くことも可能で……しかし、こんな急に、ましてやこんな場所で奮い起てる程に沖田は猛者ではなかった。
「勃つわけねぇだろ」
「……って言ってるアルヨ!」
「は?」
途端に怪物の親玉は奇声を発し、絶やした筈の怪物達を蘇らせ始めた。
その声は怒りに満ち、先程まではなかった殺気をビシビシと感じていた。
「な、なんだよ!急に!」
「オマエのせいネ!とりあえず謝っとけヨ!」
「はぁ?なんでだよ!」
神楽は無理やり沖田の頭を抑え込むと一緒になって頭を垂れ、すみませんすみませんと連呼した。
沖田もよく分からないながらも謝ると、怪物の親玉は機嫌が良くなったのか他の怪物達をまた溶かしてしまったのだった。
そして、シュウシュウと鳴き始めると今度はジワジワこちらへと近付いてきた。
これには沖田も思わず刀を向けた。
「また怪物を復活させられたいアルかッ!?」
「ならどうしろって……」
そう言いかけた沖田の肩に神楽は手を置くとウンウンと頷いた。
そして、わざとらしく目頭を押さえると、うつ向きながら泣き真似をした。
「オマエの気持ちは痛いほどわかるネ。誰だってこんな化物相手になんて嫌アル。さすがの私も同情するネ。だけど、私はオマエの漢としての生き方を誇りに思うヨ!だから、ここは一発……怪物抱いてこいヨ!」
「あ゛あ゛あ゛?」
沖田はどこから出してるのか分からない声を上げると、ブンブンと首を横に激しく振った。
「オマエのその一発が人類を救うアル!もったいぶらずに行ってこいよ……オェッ」
「自分で言っときながら気分悪くなってんじゃ……オェッ」
2人して青い顔で口元を押さえると、ブルブル震えながら目の前の親玉を見た。
しかし、見たところで表情なんてものは存在せず、怒ってんのか笑ってんのか何なのか、全く分からなかった。
ただやはり鳴き声をあげており、神楽はまたその中から言葉を拾おうと耳を澄ましてみた。
「モ、ウ、オ、マ、エ、ラ、ツ、キ、ア、ッ、チ、ャ、エ、バ……?」
神楽と沖田は同時に地面を蹴ると親玉目掛けて飛び掛かった。
「誰がコイツと!」
「誰がこいつと!」
真っ二つに割れた怪物は緑色の液体を噴き上げながら、あっと言う間に姿をなくした。
沖田と神楽はお互いの顔を見合うも、直ぐにソッポを向いた。
「ほとんど私の手柄アル。報酬、分かってんダロナ」
「あの化物が俺に惚れたから全滅出来たんだろ。全部俺のお陰でさァ」
「オマエ、全部ってどういう意味だコラァ!」
神楽と沖田はようやく戦闘が終わったにも関わらず、とっつかみ合いの喧嘩を始めた。
疲れて痺れていた沖田の右手は神楽の頭を押さえ付け、膝が笑ってガクガクしていた神楽の足は沖田目掛けて繰り出されていた。
先ほどまでの死闘よりも激しく2人は動き回った。
元気が良いと言うよりは、体が勝手に互いを求め動いているようだった。
そんな中、沖田が神楽に報酬は何が良いかと尋ねた。
それに神楽は考える素振りを見せるも、沖田を掴んでる手は放さずに答えた。
「酢昆布100箱」
「貧乏人は安上がりでいいや」
だけど、神楽は首を横へ小さく振った。
「やっぱり、何もいらないネ。もう報酬は良いから、マジでちょっと眠らせるアル」
「は?おい!」
慌てる沖田に構いなく、神楽は沖田を掴んだまま瞳を閉じてしまった。
揺すっても叩いても起きる気配のない神楽は沖田の胸に寄りかかったまま眠っていた。
その神楽の体温が暖かいのと突然切れた緊張とで、沖田も段々と眠くなってきたのだった。
神楽を抱えたまま床に座ると、辺りの様子を気にもせず寝転んでしまった。
ちょっと、心臓がざわつく。気のせいか?
見えてる横顔は“首を取ってやる”なんて物騒な言葉を吐くような少女には見えなかった。
スゥスゥとすっかり安心しきって眠っている神楽に沖田は、何とも言えない気分になった。
伏せられている長いまつげや静かな口、改めて見るとどこにでも居る普通の女の子だった。
だけど、どこか他と違う。
その違和感が何か分かりはしないが、その違いがむしろ良いんだとも思っていた。
それでも、いくら大人しく眠っていても子憎たらしさは寝顔にも出ていて、沖田は思わず神楽の額にデコピンをした。
「……気を許しすぎでさァ。俺に首取られちまっても良いのかよ」
たった一本触れた指先がやけに熱くて、だけどそんなのも段々どうでもよくなり、結局沖田も眠ってしまった。
「総悟!」
「隊長!」
ようやく現場に到着した近藤と山崎は、引き連れて来た隊と共に今にも崩れ落ちてしまいそうな建物内を捜索していた。
「局長!発見しました!」
その声に近藤と山崎は急いで2人のいる場所へと駆け付けた。
「うっ」
思わず顔をしかめる程の悪臭と残虐な光景。
壁から床から緑色の液体がぶちまけられていた。
しかし、その真ん中で折り重なるようにして沖田と神楽が倒れており、近藤も山崎も思わず表情を強張らせた。
「総悟、しっかりしろ!」
沖田を抱えあげた近藤は沖田を軽く揺すった。
それには沖田も意識を取り戻したのか、うっすらと目を開けると近藤に笑いかけた。
「こ、近藤さん……あのガキ生きてやすかィ?」
近藤は傍らの神楽の胸が上下に動くのを確認した。
「あぁ、大丈夫だ。バカやりやがって」
「しぶとい奴でさァ」
そう言った沖田の言葉に眠っていたハズの神楽の目がカッと見開き、何を思ったか沖田へと飛び掛かったのだった。
「オマエの首取るまで、私は絶対死なないアル。絶対に」
取り繕うように、何かを否定するように神楽は言った。
するとそれまで意識を朦朧とさせていた沖田だったが、胸ぐらを掴んでいる神楽をしっかりとした目で睨み付けた。
「……俺に首取られるまでの間違いだろ?」
神楽はそう言った沖田から素早く離れると、すっかり回復した体であっと言う間にその場を去ってしまった。
それを沖田は目を細めて眺めていた。
気のせいじゃない。
確かに心臓はざわついていた。
「近藤さん、今回の手当どれくらい付きますかィ?」
近藤は神楽が去って行った方を見ながら答えた。
「酢昆布100箱は余裕だぞ」
その答えに沖田はうつ向いた。
ポケットに入っている繋がったままの携帯電話に思わず苦笑いを浮かべた。
全部筒抜けじゃねーかと。
神楽が何故沖田の胸の中で平気で眠れたのか、沖田が何故神楽に胸を貸したのか。
逃げるように帰って行った神楽も、人差し指を眺めている沖田もなんとなく理由は分かっていた。
そんな2人を見ていた近藤と山崎は、怪物の親玉と同じように“お前ら付き合っちゃえよ”とは思っていたものの、余計なことは言わずに見守ろうと思っているのだった。
2012/02/19
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