平穏な日々/銀+神
パチンコ屋の帰りにいつものコンビニに立ち寄った。駅前通りに面してる事もあってか、自動ドアは少しも休む事なく、入れ替わり立ち替わり人が出入りする。
俺は既にボロボロの立ち読み尽くされた漫画雑誌を手に取り、それを横目で見ていた。
何をそんなに買いに来るのか。俺には他人事だった。なんせ、さっきたんまりとパチンコ屋に貯金してきたとこだからな。お陰で懐は軽い軽い。財布にはあって300円がいいところだった。まぁ、明日は依頼も入ってるし大丈夫だろう。どのみち、宵越しの銭は持たねぇのが江戸っ子ってもんだろ? まぁ、言い訳だけど。
それにしても、さっきからコンビニに出入りする客は、どいつもこいつも良い意味で所帯染みてんのね。何年も付き合ってんのか新鮮味のないカップルに、出勤前のキャバ嬢とホスト。仕事終わりのオッサンに寺子屋帰りのガキ共。かぶき町のいたるところに棲息していた。何年も変わることなくここにある見慣れた風景だった。
そんな景色を俺は、漫画雑誌と交互に眺める。正面のでかい窓ガラスから前の通りを見れば、コンビニの前でたむろする連中に黒い制服を来た男が何やら注意をしていた。真選組の連中も割りと色んな仕事をしてんのな。だが、俺の視線はその後ろの方でメンチをきり合ってる馬鹿2人に注がれた。一人は神楽でもう一人は……あー、何て言った? 沖田くん?
「飽きねぇな」
俺はそう小さく呟くと、すぐに漫画雑誌へと目を落とした。なのに内容なんざちっとも頭に入ってこねぇ。つか、店の中までアイツらの声が聞こえてくる。
「オマエ、どたまぶち抜くアル!」
「構ってられるか!ガキは帰る時間だろィ!」
そして、あっと言う間に睨み合う顔が近付き、1つの塊になる。
つか、いつも何が原因?多分、アイツらの事だから下らねぇ内容だってことはよく分かるが、神楽ももう少し慎ましく対応出来ねぇんだろうか。まぁ、でも相手がアレじゃ仕方ねぇよな。
俺は表に出て神楽を連れて帰ろうかとも思ったが、ガキの喧嘩に大人が首を突っ込むもんでもないかと漫画の続きに戻った。
「今の娘、パンツ見えてたよな?」
不意に耳に入ってきた言葉に、再度読書を中断して俺は顔を上げた。
声の方を見れば、どうやら寺子屋帰りに寄ったと思われる男のガキが、ひそひそと思春期の青臭い表情を引っ提げて自動ドアの外を眺めていた。
まさか。
だが、外で暴れ回ってる神楽を見れば今日はチャイナドレスを身にまとっていて、仮にパンツが見えたとしてもおかしくなかった。
俺は急いで漫画雑誌を棚に戻すと、自動ドアを手動で開ける勢いで外に飛び出した。理由はアレだ。つまり、その……
「かぐっ」
「ぎんちゃーん!」
喧嘩をやめさせようとコンビニから飛び出たものの、俺が声を掛けずとも神楽は野郎から体を離した。
「銀ちゃん、捜してたアルヨ!」
神楽は俺の腕に自分の腕を絡めると、目の前の沖田にベーっと舌を出した。そして神楽は行こうと俺に言うと、その腕からは想像できない馬鹿力で俺を引っ張った。
そんな俺達を見ている沖田は、追い払うようにしっしと手を振ってみせた。俺はそれに苦笑いを浮かべると、あっという間にコンビニから遠退いた。
神楽は少しペースを落とすと、俺に歩調を合わせて隣に並んだ。そして、こっちを見上げると膨れっ面で唇を尖らせた。
「銀ちゃん、忘れてたアルカ? 今日は婆さんの奢りで、焼肉食べ放題アル!」
そういや、昨日の晩に言われてたよーな。
やべ。んな重要なこと、俺としたことがすっかり忘れていた。
「……腹ペコで行く方が良いだろ。だからちょっと散歩してただけだ」
「台の前に座ってる散歩なんて聞いた事ねーヨ」
神楽にはパチンコに行ってたこともバレてるらしく、俺は思わず頭を掻いた。
それとも勘か?
どっちにしても女に嘘は吐けねぇなと痛感した。
「あっ、それよりお前」
「なにアルカ?」
俺はさっきあったコンビニでの出来事を思い出した。パンツが見えたとか何とか。そういや、なんで今日はチャイナドレスなんてもん着てんだよ。
「あのさ、チャイナドレスの時は、あんまり暴れ回んねぇ方が良いんじゃねーの」
そう言った俺を神楽は、一瞬目を大きくして見た。そして、一度下を向くと再度膨れっ面を俺に見せた。
「でも、動き易いようにスリットって入ってるんデショ?」
いや、違うと思うけど。
「つか何でもいいけどよ、いつも脇酸っぱく言ってんだろ? 男はどんな野郎でも獣だって」
神楽はうんうん隣で頷いてはいたが、分かってんのかね。俺を見る目は純真無垢そのものに見えた。こうして今は俺の腕にまとわりついてうざったいが……いつかこの腕が俺から離れる日が来たら、今日の事を思い出して寂しくなんだろうか。不意にそんな事が頭に浮かんだ。
つか、俺は何を考えてんだ。やや感傷的になるのは、上に広がる夕焼け空のせいなんだろうか。
「でもネ、銀ちゃん。私、ズボンの時にしか喧嘩しないアル」
どうやら神楽もそこは分かっているらしかった。なのに暴れたって事は、よっぽどあの野郎に腹が立ってたんだろうか。
「今日は……焼肉皆で食べに行くから、だから」
神楽はパッと顔を赤く染めると、何やらモゴモゴと口にしていた。はっきりとは聞き取れなかったが、言いたい事はなんとなく分かった。何年も同じ時間を過ごしてると、他人なのに自分の事のようによく分かる。それが良い時もあれば悪い時もあるが。でもまァ、今はその前者だろう。
「あー、なるほど。ズボンだと肉、腹いっぱい食えねぇもんな。食い気優先のお前らしい考えだよ本当。だったら銀さんも神楽見習って、ズボン脱いでこれば良かったか」
「…………」
神楽は無駄のない所作で俺のケツに回し蹴りを入れると、デカイ声で叫びながら前方に走り出した。
「お前は焼け過ぎて、すすけた野菜だけ食ってろヨ!」
どうも神楽の機嫌を損ねさせたようだった。理由は分かってる。ほら、アレだろ? 食い気優先なんて俺に言われたからだろ? そうじゃないんだって、分かれよ馬鹿なんて思ってんだろ?
神楽が何故今日はチャイナドレスを着ているのか。俺は全部知っていた。分かってる上でわざとあんな事を口走る自分に、素直じゃねぇなんて心の中で突っ込んだ。本当は似合ってるなんて思ってて、皆で出掛ける事を楽しみにしている神楽を可愛いなんて思っていた。だが、口には出せねぇ。態度にだってそうだ。
「銀さーん!」
俺を呼ぶ新八の声が聞こえて、見えてきたスナックお登勢の看板に俺はやや早歩きになった。だが、それでも満足しなかったのか、新八と神楽は俺の元まで来ると早くと急かした。
俺の背中を押す新八と腕を引っ張る神楽。そんなよくある光景にジワッと胸が温かくなる。いやだね。なんだよ。俺も歳か?
遠い先の事は分からなかったが、明日も明後日もこうして過ごせる事に俺は期待していた。ずっと続いていくんだろうと、全く疑う気持ちはなかった。
「銀ちゃん、早く早く!」
すっかり機嫌を直した神楽は、俺をいつもの笑顔で見ていた。
「たかが焼肉くらいでお前ら何だよ」
「銀時! なら、お前の分は払わなくて良いんだねッ!」
準備中の札の掛かった店から出てきた婆さんが俺にそう言えば、またドッと笑いが起きた。心地好い。面倒くせぇ事に、ホント壊したくねぇ。
俺は肘にあたる神楽の体にヒヤヒヤしながらも、ネオンが輝きだす賑やかな街に繰り出した。
2013/05/12
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