桃色傀儡


14,銀八side


 ずっと隣に居ることが当たり前だと思っていた存在が、ある日突然消えてしまった。それまで大して興味もなかったのだが、立ち去った瞬間に湧き上がるのだ。手放すには惜しい、なんて言葉が。

 子供っぽく、色気もない。そう思っていたクラスの生徒である神楽が、どういうわけか最近綺麗になった。と言うよりは、銀八の眼鏡を通すと綺麗に見えたのだ。その理由には何となく気づいている。これだけ目で追っていれば嫌でも気付く。光を受け輝く青い目の向かう先――――――それが沖田総悟という一人の男子生徒だということに。それを知った時は、どうせ散る恋だと鼻で笑っていたのだが沖田は何を考えているのか、神楽の告白を受け入れたらしい。それはすぐにクラスでも噂となり、銀八の耳にも届いた。

『当たって砕けろ』

 そう神楽にアドバイスをしていた矢先である。振られてくれと願いながら放った言葉は、若い男女の前では何の意味もなさなかったのだ。そうして光のない濁った目をしている銀八は思った。沖田から神楽を奪ってやろうと。幸い、神楽も銀八のことは信用しているらしく、誰にも言えない秘密を簡単に漏らしてくれた。それだけでも十分に分かる。神楽のクチが案外簡単に割れてしまうということが……


 自分を求めてだらしなく涎を垂らす神楽を見ることが快感であった。そして、教室で何も知らずに笑っている沖田を見ることも。まさか子供染みた神楽が裏で沖田を欺き、男の性器を咥えこんでいるとは夢にも思わないだろう。思わず口角が上がる。しかし、それなのに何故か心は満たされず、時折見せる神楽の物悲しい横顔に胸を掻き毟った。

 どんなに己の体で快楽を教え込んでも、神楽の心の中まで影響することが出来ないのだ。その思いは今もずっと継続している。



 あれから。沖田と神楽が破局したと噂が流れた。どんなふうに終わりを迎えたのか。それは銀八も神楽からは聞いていない。ただ、神楽を骨の髄までしゃぶり尽くしたあの日。沖田との別れを決意したに違いない。あんなにも銀八の精液に塗れたのだ。それだけは分かる。


 銀八は放課後の屋上で、一人煙草を吸っていた。神楽とは正式に交際しているわけではないが、変わらずに体を結ぶ仲である。きっと神楽も戻れないのだろう。無垢だったあの頃のカラダには。そんなふうに彼女を変えてしまったセキニンを取らないほど鬼畜でもない。だから、神楽が何か関係を望むのであれば応える気ではいるのだ。それにやはり誰かに渡してしまうのは惜しいと思う。

 塔屋の外壁にもたれながら煙草の煙を吐き出していると、反対側にある屋上のドアが開く音が聞こえた。風が強いからかそれは乱暴に音を立てて開き、そして足音がこちらに向かってくる。だが、それは神楽のものではない。しかし煙草を消すわけでもなく、銀八は遠くを見つめながら肺に煙を取り込んでいた。

「どしたの? もしかして吸うの?」

 銀八がそう言葉を出せば、沖田がこちらを静かに見つめ立っていた。その目は怒りを宿しているわけでもなく、悲しみに満ちているわけでもなかった。ただ少し軽蔑するような色が含まれており、何となく話は見えた。

「神楽が何か言ったの?」

 面倒くさそうに銀八が問えば、沖田は眉一つ動かさずに答えた。

「どんな面してんのか、拝みに来ただけでさァ」

 きっと何か神楽から聞いたのだろう。だが、それにしては冷静で、もしかすると沖田も神楽の体にしか興味がなかったのではないかと思った。

「へェ……で、どんな顔してたよ?」

 すると沖田は余裕のある笑みを浮かべた。それにはさすがに銀八も焦る。

「あのメス豚ならテメーにくれてやる。だが、鎖は俺が握ってることだけは言っておく」

 強がりなのだろうか。それともまだ神楽の心が沖田にあると知っての発言か。どちらにしても沖田が思いのほかダメージを受けていない事を知った。それが……はっきり言うとどうしようもないくらい悔しいのだ。銀八は険しい表情をするとこちらに背を向けた沖田に出来るだけの嫌味をぶつけた。

「すげェ最高だったわ……なあ、どんな気分だよ? 心底惚れてた女を自分のくだらねえプライドで他の男に取られた気分は?」

 これには沖田の足も止まり、こちらを睨みつける鋭い目が突き刺さった。

「プライド? そんなんじゃねえや。あの女が性欲に負けただけでさァ。それに俺は一度取り上げられた玩具には、情なんて感じねえ質なもんでねィ」

 だからお前が遊べないように壊してやる。そう聞こえたのだ。しかし銀八が何かを言い返す前に沖田は立ち去り、妙な苦味だけが残ってしまった。

 あれだけ欲しかった玩具を手に入れて、それで満たされると思っていたのだが、いつまでも隙間は埋まらない。それどころか取り上げられてしまう恐怖がつきまとう。いっそのこと手放してしまおうか。だが、神楽の体は銀八の形にピッタリと合うのだ。まるで鍵と鍵穴のように、寸分違わずに合致する。その神楽を手放すことは考えられない。ならば、沖田に取り返されないように死守するしかないのだ。それが体の繋がりであっても良い。寧ろ、移ろいやすく目に見えない心よりはずっと信用が出来るのだから。



 今日も国語科準備室では銀八の膝の上で、悩ましげな声を上げている神楽が居た。虚ろな目には銀八しか映っておらず、口に出す言葉も銀八の為だけにあった。

「ぎん、ちゃんだけネ……中に……出して……」

「本当に? 沖田くんにやられちゃったんじゃねーの?」

 神楽は自分で上下に動きながら首を振った。

「違う……好きなの、銀ちゃんだけネ……」

 そう言った神楽の頭に誰の顔が浮かんでいるのか。そこまで分からない銀八は、神楽が自分だけのものになるようにと体の奥深くで射精するのだった。


2015/08/23