修羅場:05(神楽side)
高杉と交際して一ヶ月が経つ頃だった。その日、学校が早く終わった神楽は高杉のマンションへと制服のまま遊びに来ていた。しかし、遊びと言ってもゲームやお喋りをするワケではない。広いリビングのソファーで抱き締め合ってキスを交わすのだ。
この日も二人は学校じゃ出来ない事をしようと、制服のまま互いの身体を強く抱き締めていた。そして、いつものように長いキスをして、唾液の交換にいそしんでいた。
初めてのキスは神威の部屋で突然にして交わされた。その後二人は正式に付き合うようになり、暇を見つけては唇を重ねるようになっていた。しかし、日を重ねるごとに高杉の行為はエスカレートし、ついにこの日高杉は神楽をソファーに押し倒すと、熱を持った右手を神楽のセーラー服の中へと滑り込ませたのだった。
「きゃあ!」
突然の刺激に神楽は声を上げると、高杉を押し飛ばした。その勢いで軽くよろけた高杉はソファーの背もたれを掴むと、珍しく揺れる瞳で神楽の事を見つめていた。
「な、なんでアルカ?」
神楽は自分の身体を抱えたまま高杉を怯えた表情で見ていた。そんな視線に耐えられなくなったのか、高杉はソファーから立ち上がると、リビングの大きな掃き出し窓の前に立った。
「……帰れ」
こちらを見ることなく言い放った高杉の言葉に、神楽は胸の奥が冷えていくのを感じると、髪飾りが一つ取れていることにも気付かずにマンションから飛び出したのだった。
そうして二人の短く幼い関係は終わった。
神楽はあの日から高杉と会うことはなくなった。高杉も神楽に弁明をするでも謝るでもなく、今日までその姿を見せることはなかった。なのに、最近急に連絡が来て、忘れていた遠い記憶を神楽は思い出しているのだった。
あの日、どうして帰れと高杉は口にしたのか。それは自分の思い通りにいかない苛立ちから出た言葉だったのか? 神楽はその理由を知りたいと思っていた。どうしても高杉が己の我儘であんな事を言ったとは思えなかった。しかし、今さらそれを知って何になる? そんな事は分かっていたが神楽は高杉にどうしても尋ねたかったのだ。得られる答えによっては――――
神楽は俯いていた顔を上げた。そしてヘルメットを抱えたままゆっくり口を開くと、ずっと言えずにいた言葉を紡ぎ出した。
「あの日、どうして私を帰したアルカ? なんで姿を見せなかったアルカ? 謝りもしないで、追いかけもしないで」
高杉は煙草を口に咥えると、静かに煙を吐き出した。そして柔らかく見える表情で暗い空を仰ぎ見た。
「その答えが知りたけりゃついて来いよ。嘘は言わねェ、全て教えてやる」
神楽は下唇を噛み締めた。ついて行こうとしている自分が存在するからだ。
今さらになって現れて、また胸を掻き乱す。そんな高杉がやはり神楽は嫌いであった。
「……行かんアル。知りたいけど、私は銀ちゃんの彼女ネ。どんなに知りたくてもお前にはついて行けないアル」
その言葉を聞いて高杉は目を閉じた。
「本当に愉快な女だ。おめェは……」
そう言って高杉は神楽からヘルメットを取り上げると、自分の頭に装着した。
「あの日俺は怖くなったのさ。お前を壊してしまうことが。壊すことなど幾度も繰り返して来たにも拘らず」
高杉はそんな言葉だけを残すと、バイクに跨がりエンジンを掛けた。そしてまた、さよならも言わずに神楽の前から姿を消したのだった。
「なにヨ……それ……」
神楽の前から姿を消したのは、高杉なりの愛情であり、優しさであったのだ。それが嘘か真か本当のことは分からなかったが、どうしようもなく神楽を擽っていた。
残された神楽は高杉の言葉に胸を妬くと、昔の気持ちが蘇ってくるようであった。初めて胸を焦がしたあの瞬間が。
「神楽」
しかし、聞こえてきた声にそんな気持ちはどこかへナリを潜めたのだった。背後から聞こえて来た声。神楽は振り返ると、そこに立っている男を見つめた。
天然パーマと眼鏡。どこかだらしなく見える服装と締まりのない顔。だが、神楽は世界中のどんな人よりも、その男に胸を焦がしたのだった。
「銀ちゃん」
銀八は足早にこちらに近付いてくると、神楽の間近まで迫って足を止めた。
「今の……高杉じゃなかったか?」
神楽は目を泳がせるも逃げられないと小さく頷いた。すると、銀八の顔が歪んで足元に向いた。
「お前ん家で何してたワケ?」
まだ疑ってる?
神楽は疲れた表情でフっと笑うと、もう関係を修復することは無理だと悟った。
「きっと何言っても銀ちゃん信じてくれないから、言わないアル」
「あ、マジで? あ……ああ……」
銀八はブロック塀に片手をつくと、神楽に覆いかぶさるように見下ろした。
「あのさ、お前には……謝ろうと思うんだけど……さっき沖田君からメールが来て……なんつーか」
歯切れの悪い言葉を並べる銀八を神楽は見上げた。その目は相変わらず濁っており、覇気のないものであった。
「とりあえず家入るアルカ? センセっ」
神楽は周囲を見回すと、今度こそは撮られてなるかと急いで家に入ったのだった。
神楽の部屋は、壁に取り付けられた棚にトロフィーや盾が並んでいた。どれも大食い大会で優勝した時のものであった。
疲れた顔の神楽は銀八と部屋のベッドに腰掛けると、隣に並んで座った。
「何が言いたかったネ?」
二人の表情はどちらも浮かないもので、どこか部屋に流れる空気も重いものであった。
「記事あんだろ? アレがまあ、その……捏造って事は信じる、信じるけど……」
銀八は背中を丸めて両手を組むと、神楽を軽く見上げた。
「元カレが高杉だって聞いたんだけど、そっちは……どーすりゃ良いの?」
どうやら沖田から神楽の元カレを聞き出したようで、銀八は今さっき見た光景にまだ疑いを抱いてるようだった。
「信じたいよ? そりゃ俺も。でもな、前に見ちまったんだよ。お前のケータイにあいつからメッセージが届いたのを」
神楽はそれでようやく分かったのだった。銀八が神楽を信用出来なかったワケを。それが分かれば神楽はもう大丈夫だと、柔らかい表情を作った。
「銀ちゃんが言ってるのって、コレでしょ?」
神楽は高杉から送られて来たメッセージを見せながら、今までの経緯を説明した。高杉と学生時代に付き合っていたこと。スグに別れたこと。会わなくなったこと。しかし、髪飾りのことだけは誤魔化した。
「だから心配しないでヨ。私は銀ちゃんしか見えないアル」
話を聞き終えた銀八は口角を片方だけ上げると、神楽の頭をグシャグシャと撫で回した。
「その言葉はありがたく受け取るけどなあ……お前があいつと色々あったかと思うと、ちょっとしばらく立ち直れねぇかも」
神楽はその言葉には唇を尖らせると、銀八をベッドへと押し倒した。そして腹の上に乗ると、銀八の首にかかってるネクタイを引っ張った。
「お前にだって過去はあるダロ! それに初めては銀ちゃんにあげたネ! それでも立ち直れないなんて言うアルカ!?」
神楽はそう言うと、部屋の電気を暗く落とした。そして着ている上着を脱ぐと、銀八のシャツのボタンに白い手をかけた。
「銀ちゃん、もし今日は“そのままで良いヨ”って言ったらどうするネ?」
銀八は神楽の台詞に汗を掻くと、口を閉じたまま返事をした。
「正直アルナ! 銀ちゃん大好きッ!」
そうして銀八は簡単に立ち直ると、愛がまた少し深まる夜を過ごしたのだった。
2014/07/07
以下、あとがき。
リクエストありがとうございました。
3Zの高神が好きなので自分の趣味を前面に出してみました。
この話を書くときに、今カレと元カレを誰にするかをすごく悩みました。
初めは新八で書こうかなと思っていたんですが、
新八で書くと基本的にDTが邪魔をするのでここは銀八で……と言う感じにしました。
ヤキモキ以上の嫉妬心剥き出しな今カレと、
今カレ大好きな神楽と突然現れた元カレの三つ巴に、愉快な仲間たちという選出でお送りしました。
楽しんで読んでもらえたら嬉しく思います。
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